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2022年10月25日火曜日

秋田能代木匠塾の設立を,秋田木材通信社,19920101

秋田能代木匠塾の設立を

                                 布野修司

 

 昨年は、長年、お世話になった東洋大学を辞し、京都大学へ転勤することになった、私にとって、実に大きな転機の年でした。六月に決まって、九月には着任ということで、前後、あたふたと慌ただしかった上に、飛騨高山木匠塾の開校(七月)をはじめ、サイト・スペシャルズ・フォーラム(SSF)、建築フォーラム(AF)、出雲建築展(一一月)なんどで目まぐるしく、秋田には、すっかり御無沙汰してしまいました。京都に移って、秋田からは少し遠くなるような気もしますが、情報化時代に物理的距離は関係無いでしょう、今後とも宜しくお願い致します。

 一昨年は、三度も秋田へお邪魔したのですが、その後、秋田の木材業界は如何でしょうか。明るい展望は見えてきたのでしょうか。

 建設業界もそうなのですが、どうもこのところの業界の話題は、専ら技能者養成問題のようです。木造の需要が減ることもさることながら、木造の技術者がいなくなれば、木造建築の未来はないというわけです。確かに、京都にきてみて、そう感じることがあります。京都の景観を保存せよといっても、社寺仏閣や町家を建て、維持管理する職人さんが居なくなれば、保存もなにもないのです。京都でも木造建築技能者の問題は、いささか遅すぎるのですが、今ホットなテーマになりつつあります。京都のような木造建築のメッカのようなところで木造文化を維持していく仕組みを再生できないとすれば、わが国の木造文化も末期的と言っていいのでしょう。

 もうひとつ、テーマとなるのは、熱帯林、南洋材の問題でしょう。地球環境時代などといわなくても、一定の期間でリサイクルできる資源としての木材生産の仕組みをもう一度再構築することが本格的に日本全体で問われています。南洋材の問題でクリティカルなのは、合板で、むしろ鉄筋コンクリート造の建築なのですが、造作材にしても、合板の使用には、様々な代替策が求められるでしょう。

 飛騨高山木匠塾でインターユニヴァーシティーのサマースクールを開校してみて痛感されるのは、山と木そのものに触れることが大事だということです。この飛騨高山木匠塾の原型は、その前年における秋田・能代での大学合同合宿にあるのですが、各地に木と木の技術に触れる場所ができないものでしょうか。サイト・スペシャルズ・フォーラムでは、「職人大学」(仮称)を構想中なのですが、その前提は、各地に、木の文化を支える拠点ができることです。

 秋田能代木匠塾と仮に呼ぶ、そんな空間はできないでしょうか。楽しみにしてます。