シンポジウム「新しい住環境整備へ!」ウトロ調査事業の報告集会,パネリスト1,早川和男,布野修司,中村尚司、2010年5月23日
建築のあり方研究会編:建築の営みを問う18章,井上書店,2010年
PFI(「総合評価」)による事業者(設計者)選定方式
布野修司
「世界貿易機構(WTO)」案件はもとより、国の事業は、既に「PFI(Private Finance Initiative)」事業が主流となっており、公共事業の事業者選定におけるPFI方式は着実に定着しつつある。国あるいは地方公共団体が、事業コストを削減し、より質の高い公共サービス提供する(安くていいものをつくる)という「説明責任」を果たす上で極めて都合がいいからである。第一に、PFI事業は、事業者選定の過程について一定の公開性、透明性を担保する仕組みをもっているとされる。第二に、国あるいは地方公共団体にとって、設計から施工、そして維持管理まで一貫して事業者に委ねることで、事務作業を大幅に縮減できる、第三に、効率的な施設管理(ファシリティ・マネージメント(FM))が期待される、そして第四に、何よりも、設計施工(デザイン・ビルド)を実質化することで、コスト削減が容易となる、とされる。しかし、「説明責任」が果たせるからといって、「いい建築(空間、施設)」が、実際に創り出されるかどうかは別問題である。
日本のPFI(Private Finance Initiative)法は、欧米のPFIでは禁止されている施設整備費の割賦払を禁止していないばかりかむしろ割賦払いによる施設整備を促進しており、財政悪化の歯止めをはずした悪法となっていることなど[i]、その事業方式そのものの問題はここでは問わない。事業者(特別目的会社SPC)および設計者の選定に関わる評価方式を問題にしたい。決定的なのは、地域の要求とその変化に柔軟に、また動態的に対応する仕組みになっていないことである。
BOTとBTO
公共施設整備としてのPFI事業が、BOT(建設Build→管理運営Operate→所有権移転Transfer)か、BTO(建設→所有権移転→管理運営)かは、建築(空間)の評価以前の問題である。
PFI事業がBTOに限定されるとすれば、設計施工(デザイン・ビルド)とほとんど変わらなくなることは容易に予想される。すなわち、設計施工の分離をうたう会計法の規定?をすり抜ける手段となりかねない。
SPCは、民間企業として、事業資金の調達および建築物の設計・施工・管理を行い、さらに、その運営のための多くのサービスを提供するのに対して、公共団体は、その対価を一定期間にわたって分割して支払うのがPFI事業の基本である。地方公共団体にとって、財源確保や管理リスクを回避できることに加え、契約期間中に固定資産税収入があることで、メリットが大きい手法となるはずである。問題は、民間企業にとって、どういうメリットがあるかである。PFI事業の基本的問題は、すなわち、公民の間の、所有権、税、補助金などをめぐる法的、経済的関係、さらにリスク分担ということになる。
公には「施設所有の原則」があり、「施設を保有していないのに補助金は出せない」という見解、主張があった。公的施設の永続性を担保するためには公による所有が前提とされてきたからである。実際は、BTO方式によるPFI事業にも補助金を出すという決定(補助金交付要項の一部改正)がなされることになる。SPCにとっては、補助金がないとすれば、メリットは多くはない。BOT方式のPFI事業では、所有権移転を受けるまでの30年間(最近では10年~20年のケースが増えつつある)は、SPCの所有ということになる。従って、SPCは税金を払う必要がある。これではSPCにはさらに魅力がないことになる。
実際上の問題は、公共施設のプログラム毎にケース・バイ・ケースの契約とならざるを得ない。「利益が出た場合にどうするか」というのも問題であるが、決定的なのは「事業が破綻した場合に、その責任をどのようにとるか」である。契約をめぐっては、社会的状況の変化をどう考えるかによって多様な選択肢があるからである。公共団体、SPC、金融団等の間に「秘密保持の合意」がなされる実態がある。破綻した際の責任をだれが取るのか、建築(空間)の質の「評価」の問題も同じ位相の問題を孕んでいる。
責任主体
PFI事業によって整備される公共施設の「評価」を行い、SPCの選定に関わる審査機能をもつ委員会は基本的に法的な権限を与えられない。従って、責任もない。これは、PFI事業に限らず、様々な方式の設計競技においても同様である。また、審査員がどのような能力、経験、資格を有すべきかどうかについても一般的に規定があるわけではない。
地域コミュニティや自治体に属する権限を持った「コミュニティ・アーキテクト」あるいは「タウンアーキテクト」、また法的根拠をもってレビューを行う英国のCAVE(Committee of Architecture and Built Environment)のような新たな仕組みを考えるのであれば別だが、決定権は常に国、自治体にある。都市計画審議会にしろ、建築審議会にしろ、諮問に対して答申が求められるだけである。
日本の審議会システム一般についてここで議論するつもりはないが、PFIをうたいながら、すなわち民間の活力、資金やノウハウを導入するといいながら、審査員には「有識者」として意見を言わせるだけで、予め設定した枠組みを全く動かさないという場合がほとんどである。
「安くていいものを」というのが総合評価方式であり、一見オープンで公平なプロセスであるように見えるが、プロジェクトの枠組みそのものを議論しない仕掛けが「審査委員会」であり、国、自治体の説明責任のために盾となるのが「審査委員会」である。
予め指摘すべきは、地域住民の真のニーズを汲み上げる形での公的施設の整備手法は他にも様々に考えられるということである。
プログラムと要求水準
公共施設整備の中心はプログラムの設定である。しかし、公共施設は様々な法制度によって様々に規定されている。施設=制度institutionの本質である。
民間の資金やノウハウを活用することをうたうPFI事業であるが、予め施設のプログラムは、ほとんどが「要求水準書」によって決定されている。この「要求水準書」なるものは、多くの場合、様々な前例や基準を踏襲してつくられる。例えば、その規模や設備は現状と変わらない形で決められてしまっている。また、容積率や建蔽率ぎりぎりいっぱいの内容が既に決定されており、様々な工夫を行う余地がない。極端に言えば、あらたな質をもった建築空間が生まれる可能性ほとんどないのである。
「要求水準書」は、一方で契約の前提となる。提案の内容を大きく規定するとともに、審査における評価のフレームを大きく規定することになる。すなわち、公共施設の空間構成や管理運営に地域住民のニーズを的確に反映させる仕組みを予めPFI事業は欠いているといっていい。参加型のワークショップなど手間隙はかかるけれどもすぐれた方法は他にある。
総合評価
公共施設整備の核心であるプログラムとして、設計計画のコンセプト、基本的指針が本来うたわれ、建築的提案として競われるべきである。そして、公的な空間のあり方をめぐってコンセプトそのものが評価基準の柱とされるべきである。あるいは、コンセプトそのものの提案が評価の中心に置くべきである。しかし、コンセプトはしばしば明示されることはない。PFI事業においては、「総合評価」方式が用いられるが、「総合評価」といっても、あくまで入札方式としての手続きのみが問題にされるだけである。
問題は、「総合評価」とは一体何か、ということになる。
A 評価項目とそのフレーム
多くの場合、審査員が参加するのは評価項目とその配点の決定からである。予め「先例」あるいは「先進事例」などに倣った評価項目案が示され、それを踏襲する場合も少なくない。すなわち、国あるいは地方公共団体の「意向」が反映されるものとなりやすい。
問題は、建築(空間)の質をどう評価するか、であって、そのフレームがまず審査員の間で議論されることになる。ここで、審査員によって構成される委員会におけるパラダイムに問題は移行することになる。例えば、建築を計画、構造、設備(環境工学)、生産といった分野、側面から考えるのが日本の建築学のパラダイムであるが、一般の施設利用者や地域住民にそのフレームが理解されることは稀である。「要求水準書」を満たすことは、そもそも前提であり、しばしば絶対条件とされる。審査委員会の評価として「プラス・アルファ」(それはしばしば外観、あるいは街並みとの調和といった項目として考慮されようとする)を求めるといった形でフレームが設定されるケースがほとんどである。
B ポイント制
フレームはフレームとして、提案の全体をどう評価するかについては、各評価項目のウエイトが問題となる。各評価項目を得点化して足し合わせることがごく自然に行われる。複数の提案から実現案1案を選ぶのであるから、審査員が徹底的に議論して合意形成に至ればいい(文学賞などの決定プロセス)のであるが、手続きとしてごく自然にこうしたポイント制が採られる。審査員(専門家)が多数決によって決定する、またその過程と理由を公開する(説明責任を果たす)のであればいいのであるが、ポイント・システムは、例え0.1ポイント差でも決定理由となる。建築の評価の本質(プログラムとコンセプト)とはかけ離れた結論に導かれる可能性を含むし、実際しばしばそうしたことが起こる。
各評価項目もまた、客観的な数値によって評価されるとは限らないから、多くの場合、相対評価が点数による尺度によって示される。個々の審査員の評価は主観的であるから、評価項目ごとに平均値が用いられることになる。わかりやすく言えば、平均的な建築が高い得点を得るのがポイント制である。
建築の評価をめぐる部分と全体フレームをめぐる以上の問題は「建築」を専門とする専門家の間でのパラダイムあるいはピア・レビューの問題であるといってもいい。
C 建築の質と事業費
「安くていいものがいい」というのは、誰にも異を唱えることができない評価理念であるが、「いい」という評価が、Bでの議論を留保して、点数で表現されるとして、事業費と合わせて、総合的にどう評価するかが次の問題である。
建築の質に関わる評価と事業費といった全く次元の違う評価項目を比較するとなると、点数化、数値化は全く形式的なものとならざるを得ない。そこで持ち出されるのが実に単純な数式である。
事業費を点数化して、建築の質の評価に関わる点数と単純に合わせて評価する加算法と、質は質として評価した点数を事業費で割って比べる除算法が用いられているが、数学的根拠はない。極めて操作的で、加算法を採る場合、質の評価と事業費の評価を5:5としたり、4:6にしたり、3:7にしたり様々である。除算法を採る場合、予め、基本事項(要求水準)に60%あるいは70%の得点を与える、いわゆる下駄が履かされる。基本的には、質より事業費の方のウエイトを高くする操作と考えられても仕方がない。
単純に事業費のみとは限らない。SPCの組織形態や資金調達能力などが数値化され、係数を加えたりして数式が工夫される。
事例を積み重ねなければ数式の妥当性はわからないというのが経営学の基本的立場というが、建築の質の評価の問題とはかけ離れているといわざるを得ない。
地方公共団体の施策方針と財務内容に基づいて設定された事業費に従って、施設内容、プログラムを工夫するやり方の方がごく自然である。
D 時間的変化の予測と評価
事業費そのものも、実は明快ではない。いわゆる設計見積を評価するしかないが、設計・施工のための組織形態によって大きな差異がある。そして何よりも問題なのは、時間の変化に伴う項目については誰にも評価できないことである。維持管理費やランニング・コストについては、提案書を信じるしかない。
結局は、予測不可能な事態に対処しうる組織力と柔軟性をもったSPCに期待せざるを得ない、ということになる。
事後評価
PFI事業の事業者選定委員会は、設計競技の審査委員会も同様であるが、多くて数回の委員会によってその役割を終える。当初から事業に責任がないことは上述の通りであるが、事後についても全く責任はなく、なんらの関係もない。そもそも、PFI事業は一定の期間を対象にしているにも関わらず、事後評価の仕組みを全く持っていない。
事業の進展に従ってチェックしながら修正することが当然考えられていいけれど、そうしたフレキシビリティをもったダイナミックな計画の手法は全く想定されていない。
以上、PFI事業による公共施設整備の問題点について指摘してきた。透明性の高い手法として評価されるPFI事業であるが、実は、建築(空間)の評価と必ずしも関わらない形式的手続きによって事業者が決定されていることは以上の通りである。PFI事業の制度は、結局は事業費削減を自己目的化する制度に他ならないということになる。「いい」建築を生み出す契機がそのプロセスにないからである。少なくとも、地域住民のニーズに即した公共建築のあり方を評価し、決定する仕組みを持っていないことは致命的である。
問題点を指摘する中でいくつかのオールタナティブに触れたが、「コミュニティ・アーキテクト」制の導入など、安くていい、地域社会の真のニーズに答える仕組みはいくらでも提案できる。要は、真に「民間活力」を導入できる制度である。
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[i] 割賦払いの契約を締結すると公共には施設整備費を全額支払う義務が生じ、施設の瑕疵担保リスクを超えた不具合リスクを民間に移転することが出来なくなるというデメリットが生じる。そして、公債よりも資金調達コストの高い民間資金を利用して施設を整備する合理的な理由がなくなる。
インド都市の空間構造―曼荼羅都市とムガル都市―、第65回羽田記念館定例講演会 2010年12月4日
第65回羽田記念館定例講演会 2010年12月4日
インド都市の空間構造―曼荼羅都市とムガル都市―
布野修司(滋賀県立大学)
布野修司,戦後建築論ノート,相模書房,1981年6月
布野修司,スラムとウサギ小屋,青土社,1985年12月
1 布野修司,住まいの夢と夢の住まい・・・アジア住居論,朝日新聞社,1997年10月
2 布野修司編,世界住居誌,昭和堂,2005年12月
3 布野修司(監訳)+アジア都市建築研究会,生きている住まいー東南アジア建築人類学(ロクサーナ・ウオータソン著 ,The
Living House: An Anthropology of Architecture in South-East Asia,学芸出版社,1997年,監訳書
4 布野修司+安藤正雄監訳,アジア都市建築研究会訳, 植えつけられた都市 英国植民都市の形成,ロバート・ホーム著: Robert
Home: Of Planting and Planning The making of British colonial cities、京都大学学術出版会、2001年7月
5 布野修司編+アジア都市建築研究会:アジア都市建築史,昭和堂,2003年8月
6 布野修司編:近代世界システムと植民都市,京都大学学術出版会,2005年2月
7 布野修司,カンポンの世界,パルコ出版,1991年7月(『インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究---ハウジング計画論に関する方法論的考察』)
8 布野修司,曼荼羅都市・・・ヒンドゥー都市の空間理念とその変容,京都大学学術出版会,2006年2月25日
9 Shuji Funo &
M.M.Pant, Stupa & Swastika, Kyoto University Press+Singapore National
University Press, 2007
10 布野修司+山根周,ムガル都市--イスラーム都市の空間変容,京都大学学術出版会,2008年5月
11 布野修司+韓三建+朴重信+趙聖民、韓国近代都市景観の形成―日本人移住漁村と鉄道町―,京都大学学術出版会、2010年5月
Ⅰ アジア都市建築研究の経緯
カンポンの世界(7) Surabaya
イスラームの都市性
チャクラヌガラCakranegara・・・ロンボク島(8 Shuji Funo: The Spatial Formation in
Cakranegara, Lombok, in Peter J.M. Nas (ed.):Indonesian town revisited,
Muenster/Berlin, LitVerlag, 2002)
ジャイプル(8)
アフマダーバード(10)
植民都市研究(4,6)
Ⅱ アジア都市の系譜:都城とコスモロジー
応地フレーム(テーゼ)(6)
1 アジアは「コスモロジー・王権・都城」連関にもとづく都城思想(理念)をもつA地帯とそれをもたないB地帯とに二分される。
2 A地帯は、都城思想(理念)を生み出した核心域とそれを受容した周辺地域という「中心ー周辺」構造をもつ。
3 A地域の核心域は2つ(古代インドA1と古代中国A2)存在する。
それぞれは都城思想(理念)を表す書物『アルタシャーストラ』(A1)『周礼』考工記(A2)をもつ。
A地域について
4 コスモロジーに基づく都城理念は、空間的な図式として表現される。
5 空間的な図式として表現される都城理念は具体的な都市のかたちとして計画されようとするが、図式がそのまま幾何学的な形式として実現するとは限らない。都城の立地する場所の特性、条件によって制約を受けるからである。また、理念形は土地によって変形される場合もある ジャイプル フエ
6 理念形がそのまま実現した場合でも、歴史を経るに従って、変化していくのは自然である。 長安 平安京 マドゥライ
7 理念形がそのまま実現されるのは核心域より周辺地域の場合が多い。周辺地域の場合、支配権力の正統性を表現するために都城の理念形がより必要とされる。 アンコール・トム マンダレー
B地域について
8 B地域(西アジア)にコスモロジーに基づく都城理念(都市のかたちをコスモスの表現とみなす考え方)はない?←メソポタミア?ペルセポリス?天上のエルサレム?
9 イスラームには、一つの都市を完結した一つの宇宙とみなす考え方はない。メッカを中心とする都市のネットワークが宇宙(世界)を構成する
10 イスラームは、都市全体の具体的な形態については関心をもたない。イスラーム圏の諸都市の形態は地域によって多様である。
11 イスラームには、イスラーム固有の都市の理念型を現す書物はない。←イスラーム以前の西アジアにないのか?
12 イスラームが専ら関心を集中するのは、身近な居住地、街区のあり方である。この都市組織のレベルでイスラームの空間構成原理を認めることができる。
B.S.ハキーム『アラブ・イスラーム都市』
Ⅲ インド都市の空間構造
1 曼荼羅都市―ヒンドゥー都市の系譜
アルタシャーストラの都城理念
ヴァストゥ・シャーストラの空間構造
曼荼羅都市の系譜
南インドの寺院都市
マドゥライ
1 マドゥライの都市形成 /1-1 ドラヴィダの世界―タミル王国/ 1-2 マドゥライの発展/
2 マドゥライの空間構造/ 2-1 プラーナの中の都市/2-2 都市のかたち/
2-3 都市と祭礼/ 2-4 王宮と寺院
3 カーストと棲み分けの構造/ 3-1 商業施設とジャーティ/ 3-2 カーストと居住地区
4 居住空間の変容
4-1 プラーナの中の住居/4-2 住居の基本型/ 4-3 住居の変化型――街区特性
2 ムガル都市―インド・イスラーム都市
A 「インド都市」論/イスラームの「都市性」:移動とネットワーク/「イスラーム都市」論/「イスラーム都市」の空間モデル/「イスラーム都市」とコスモロジー
イスラームは,基本的に都市全体の具体的な形態については関心をもたない。専ら関心を集中するのは,身近な居住地,街区のあり方である。
イスラームは,「偶像禁止」を遵守することにおいて,基本的に建築の様式,装飾等には関心を持たない。だからといって,イスラーム建築が他に比べて劣っていると言うことでは決してない。「偶像禁止」ということで,むしろ精緻な幾何学を発展させ,数多くのすぐれた建築を生み出してきたことはよく知られるところである。宮殿にしても,むしろ精緻な幾何学を基礎に設計されることが一般的である。
しかし,モスクにしてもキブラqibla(メッカの方向)のみが唯一重要視されるだけで,その形式,様式は時代によって,地域によって異なる。場合によっては,異教徒の建造物をそのまま使用して,執着するところがない。土着の建築様式を借用するのはむしろ基本的手法であり,一般的である。建築の型についてのこうした無頓着からの類推にすぎないけれど,都市の形態についてもイスラームは一定の型に拘るところはないのではないか。
B 「ムガル都市」 1 オアシス都市と楽園2 歴史の中の「ムガル都市」 「インド・イスラーム都市」=「ムガル都市」の成立:遊牧国家の移動するオルド(宮廷)の大河川(インダス川,ガンジス川)支流域への定着,「オアシス都市」から農耕定着型の生産基盤を背景とする都市への転換:内陸の交易ネットワークから海のネットワークへの転換:ユーラシアを大きく移動し,雄大な世界を構築してきたテュルク・モンゴル系の遊牧民たちのインド定着=デリー。およそ1世紀半先立つ,大元ウルスが大都を建設したのと並行する過程。 3 「カールムカ」と幾何学 イスラームの幾何学とインド古来とされる「カールムカ」の伝統が結びついたのが「ムガル都市」である。コスモロジカルな秩序を重視するインド的世界観に基づく「曼荼羅都市」と異なり,「ムガル都市」の場合,都市全体について幾何学的秩序が維持されることはない。精緻な幾何学が展開されるのは,宮殿,モスク,庭園の周辺のみである。むしろ,幾何学性と非幾何学性(迷路と袋小路)の併存が「ムガル都市」の特性である。4 「ムガル都市」の計画原理「イスラームは,基本的に都市全体の具体的な形態については関心をもたない」というテーゼ。都市についても土着の伝統を借用するのがイスラームである。都市の全体構成について,「アラブ・イスラーム都市」と同様の手法を確認することができる。主要施設の配置以外は,ディテールのルールに委ねられる。イスラームには全体を予め細部まで決定するマスターン・プランの伝統はない。5 街路体系と街区組織イスラームが,都市のあり方について専ら関心を集中するのは,身近な居住地,街区のあり方である。 「ムガル都市」において,人々の生活の場となる居住区あるいは街区は,様々な名称で呼ばれる。「ムガル都市」に共通するのは,いずれも街路を中心として街区組織が構成されていることである。街区名称に一般に通りの名が用いられていることがその特性を示している。「ムガル都市」と「アラブ・イスラーム都市」:①バーザールに沿って線状に店舗が並ぶのはアラブ,そしてペルシアの特性であるが,「ムガル都市」の場合,さらに下位レヴェルの細街路に沿って,網目状にバーザールが形成される。また,屋根付きバーザールが一般的である西アジアに対して,「ムガル都市」のバーザールは屋根を持たない。シャージャーハーナーバードのラール・キラのバーザールはおそらく唯一の例外である。②街区は,モハッラ(ハーラ)を単位とするが,その名は各地の言語によって様々である。また,下位単位を二重,三重にもつ場合が少なくない。③街区を構成する基本単位としての住居は,一般的にハヴェリと呼ばれる。地域によって木造のものもあり,当初は平屋か二層が一般的であったと考えられるが,地区によっては数層に及ぶ。高層のハヴェリがびっしりと高密度に細街路を埋め尽くすのが「ムガル都市」の特徴である。④都市の構成要素としての諸施設は「インド・イスラーム」に特徴的な建築様式をとる。オールド・デリーのジャーマ・マスジッドは,三つのドームを並べる礼拝空間の前面に広大な広場を設けるインド型モスクの典型である。アウラングゼーブがラーホールに建設したシャーヒー・モスクは,ミナレットを広場の四隅に置くなど,二本だけドームの両脇に建てるジャーマ・マスジッドとは異なるが,基本的な空間形式は同じである。京都大学大学院文学研究科附属ユーラシア文化研究センター(羽田記念館) ━━━━━━━━━━━━━━━━━□■第65回羽田記念館定例講演会■□━━━━━━━━━━━━━━━━━日時 2010年12月4日(土) 午後2:00 〜 (午後5:30より懇親会)場所 ユーラシア文化研究センター(羽田記念館) 〒603-8832 京都市北区大宮南田尻町13 TEL 075-491-6027 ◇◆講演◆◇ (1) 「インドとチベットの交点 −アティシャの伝えた仏教−」 宮崎 泉 氏 (京都大学大学院文学研究科准教授:インド哲学・仏教学) 紹介・司会: 熊谷 誠慈 氏 (日本学術振興会特別研究員・京都大学人文科学研究所) (2) 「インド都市の空間構造 −ムガル都市と曼荼羅都市−」 布野 修司 氏 (滋賀県立大学大学院環境科学研究科教授:建築・都市研究) 紹介・司会: 杉浦(田中) 和子 氏 (京都大学大学院文学研究科教授)
布野修司 20241101 履歴 住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14 1949 年 8 月 10 日 島根県出雲市知井宮生まれ 学歴 196...