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2025年1月10日金曜日

書評 住まい学エッセンス 原広司 『住居に都市を埋蔵する ことばの発見』 平凡社 図書新聞   住居と都市:言葉と空間をめぐる格闘

 書評 住まい学エッセンス 原広司 『住居に都市を埋蔵する ことばの発見』 平凡社

図書新聞 

 

 住居と都市:言葉と空間をめぐる格闘

 布野修司

 梅田スカイビル(1993)、新京都駅ビル(1997)、札幌ドーム(2001)の3部作で知られる日本を代表する建築家、原広司、その原点には住居があり集落がある。1960年代末以降の建築理論家として、多くの著作を残した磯崎新に比べると、著書そのものは多くはない。評者の世代すなわち団塊(全共闘)世代に向かって強烈メッセージを送った『建築に何が可能か 建築と人間と』(1967)の後、『空間<機能から様相へ>』(1987)『集落への旅』(1987)まで20年の時の流れがある。そして、間を置かずに上梓されたのが本書(1990)である。そして、東京大学定年退官を記念して刊行された『集落の教え 一〇〇』(1998)を加えて4冊が主要著書である。

本書は、住まい学エッセンス・シリーズの一書として出版されたように、原広司の住居論を編んだアンソロジーである。新たに、原広司の一番弟子と言っていいプリツカー賞受賞者山本理顕への初版の編集者の植田実によるインタビュー(「建築家にして教育者」)が付されているが、山本理顕は、その中で「原広司は基本的にずっと住宅だと思います」と言っている。そして、本書のまえがき「呼びかける力」には、前三著のエッセンスが住居論の骨子というかたちで要約されているように思える。全体は、1990年までに設計された住宅をめぐって、Ⅰ 多層構造、Ⅱ 反射性住居、Ⅲ 未蝕の空間、Ⅳ 有孔体という構成で、時代を遡って自らが設計した住宅に即した論考がまとめられている。原広司の一連の住宅は、一般には知られないであろうが、特に、「粟津邸」(1972)原邸(1974)など「反射性住居」と呼ぶ一連の住宅群は、1970年代の日本の住宅を代表する作品として評価されている。

「住居に都市を埋蔵する」は、この「反射性住居」群の発表とともに、1975年に書かれた。「住居の歴史は(十全な生活を可能にする)機能的要素が都市に剥奪される歴史である」と書き出される。そして、「このままでゆけばおそらく将来はテレビしか残らないだろう・・・・建築家の創意はひとえにこの衰退した住居への逆収奪に注がれなければならない」と大きな指針が示される。時はオイルショックの渦中である。建築家たちがさまざまな都市プロジェクトを世に問うた1960年代初頭からExpo’70(大阪万博)にかけての「黄金の1960年代」が暗転、住宅の設計しか仕事が無くなった若い建築家たちを勇気づけたのは、「建築に何が可能か」「住居に都市を埋蔵する」とともに「最後の砦としての住宅設計」、そして「ものからの反撃-ありうべき建築をもとめて」(『世界』19777月)といったスローガンであった。「住居に都市を埋蔵する」は、今なお建築家の指針であり続けているといっていい。「都市はその内部の秩序を維持し、外部からの諸々の作用を制御する空間的な閾(しきい)をもっていた。空間的な閾は境界、内核、住居の配列形式によってできていた」「ひとつひとつの住居にも、こうした閾が用意されていた」など、随所にその指針が記されている。

こうして、住居を「最後の砦」として出発した建築家が、冒頭にあげた大規模な建築も手掛けることになるが、それを可能にする建築理論、建築手法が「住居に都市を埋蔵する」という理念と方法に既に胚胎されていたということである。本書を編むのと並行して「梅田スカイビル」「京都駅ビル」の設計とともに「未来都市五〇〇m×五〇〇m×五〇〇m」(1992)「地球外建築」(1995)の構想がまとめられるのである。

 その建築理論を一貫するのは画一的空間が単に集合する「均質空間」への批判=近代建築批判であり、大きく言えば「部分と全体」に関する理論である。最初の理論は「BE(ビルディング・エレメント)論」(学位論文『Building Elementの基礎論』(1965))である。ガリ版刷りの学位論文は今でも手元にあるが、数式が溢れている。原広司は「チカチカチカ数学者になりたい」(『デザイン批評』六号、1969)と書いているが、その理論の基礎には数学がある。しかし、数学で建築は組み立てられない。そこで設計理論としてまとめたのが「有孔体の理論」である。さらに「住居集合論」が集落調査をもとに組み立てられるが、基本的には、住居集合の配列を数学的モデルによって説明することに関心があったように思える。

 しかし一方、原広司の建築理論の基礎に置かれているのが「言葉の力」である。本書の副題は「ことばの発見」であり、本書は、住居の設計における言葉についての論考にウエイトを置いて編集されている。Ⅲ 未蝕の空間は、「埋蔵」、「場面」、「離立」、「下向」という言葉(概念)についての考察である。『空間<機能から様相へ>』の序には「設計は、「言葉」と空間の鬼ごっこなのだ」と書いている。すなわち、原広司は常に理論的営為と設計行為の間のギャップを意識している。そのギャップを埋めようとする試みが「空間図式論」であり、「様相論」であるが、最終的に鍵とするのが「言葉」である。本書にも所々で文学作品が言及されるが、言語表現と建築表現が同相において考究される。大江健三郎との交流が知られるが、表現空間が共有され、共鳴しあっているからであろう。

「呼びかける力」には、「告白すれば、私は「ことば」に構法上の自由度である逃げをとった。ことばの逃げによって「もの」としての住居を納めてきた。ことばは事実というより希望と幻想であり、いまもなお次にはすばらしい住居ができるかもしれないと思い続けてきた持続力である。」と書いている。

 



2025年1月6日月曜日

2024年12月7日土曜日

講演:京都エコハウスモデルへむけて,日本の住宅生産と「地域ビルダー」の役割,京都健康住まい研究会,19991029

 講演:京都エコハウスモデルへむけて,日本の住宅生産と「地域ビルダー」の役割,京都健康住まい研究会,19991029


京都エコハウスモデルにむけて

 日本の住宅生産と「地域ビルダー」の役割

                                          京都大学大学院工学研究科

                   生活空間学専攻 地域生活空間計画講座

                                布野修司

 

●略歴      

1949年 島根県出雲市生まれ/松江南校卒/1972年 東京大学工学部建築学科卒

1976年 東京大学大学院博士課程中退/東京大学工学部建築学科助手

1978  東洋大学工学部建築学科講師/1984年  同   助教授 

1991  京都大学工学部建築系教室助教授

 

●著書等

         『戦後建築論ノート』(相模書房 1981

                  『スラムとウサギ小屋』(青弓社 1985

                  『住宅戦争』(彰国社 1989

         『カンポンの世界ーージャワ都市の生活宇宙』(パルコ出版199107

         『見える家と見えない家』(共著 岩波書店 1981

                  『建築作家の時代』(共著 リブロポート 1987

         『悲喜劇 1930年代の建築と文化』(共著 現代企画室)

         『建築計画教科書』(編著 彰国社 1989

         『建築概論』(共著 彰国社 1982

         『見知らぬ町の見知らぬ住まい』(彰国社  199106

         『現代建築』(新曜社)

         『戦後建築の終焉』(れんが書房新社 1995

         『住まいの夢と夢の住まい アジア住居論』(朝日選書 1997

         『廃墟とバラック』(布野修司建築論集Ⅰ 彰国社 1998

         『都市と劇場』(布野修司建築論集Ⅱ 彰国社1998

         『国家・様式・テクノロジー』(布野修司建築論集Ⅲ 彰国社1998)          等々

 

 

○主要な活動

 ◇ハウジング計画ユニオン(HPU) 『群居』

 ◇建築フォーラム(AF)  『建築思潮』

 ◇サイト・スペシャルズ・フォーラム(SSF)

 ◇研究のことなどーーーアジア都市建築研究会

 ◇木匠塾 

 ◇中高層ハウジングプロジェクト

 ◇建築文化・景観問題研究会

 ◇京町屋再生研究会

 ◇

 ◇

●主要な論文     

 『建築計画の諸問題』(修論)

  『インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究』(博論)

 Considerations on Housing System based on Ecological Balance in the Region, The 8th  EAROPH International Congress  JAKARTA  1982

 The Regional Housing Systems in Japan,HABITAT International  PERGAMON PRESS 1991

京都エコハウスモデルにむけて 日本の住宅生産と「地域ビルダー」の役割

 

Ⅰ 日本の住宅生産

      概要

    ①国民経済と住宅投資 ②住宅建設戸数の動向 ③住宅需要の動向

    ④住宅所有関係の動向 ⑤住宅種別の建設動向 ⑥工務店事業所及び従業員数

    ⑦建設関係技能者 ⑧建築士と建築士事務所 ⑨木材需給⑩建材 ⑪工具

  2  地域特性

    ①住宅着工動向 ②木造率 ③プレファブ化率 ④住宅関連業種

  3  国際比較

 

Ⅱ 住宅生産者社会の構造

 

 1 住宅供給主体と建設戸数

 2 住宅生産者社会の地域差

 3 工務店の類型と特性

 

 

 Ⅲ 日本の住宅をめぐる問題点 論理の欠落ーーー豊かさ?のなかの貧困

   ◇集住の論理  住宅=町づくりの視点の欠如 建築と都市の分離

           型の不在 都市型住宅   家族関係の希薄化

   ◇歴史の論理  スクラップ・アンド・ビルドの論理

          スペキュレーションとメタボリズム価格の支配 住テクの論理

          社会資本としての住宅・建築・都市

   ◇多様性と画一性  異質なものの共存原理

           イメージの画一性 入母屋御殿

            多様性の中の貧困 ポストモダンのデザイン

           感覚の豊かさと貧困  電脳台所

   ◇地域の論理 大都市圏と地方

          エコロジー

   ◇自然と身体の論理:直接性の原理

          人工環境化 土 水 火 木

            建てることの意味

   ◇生活の論理「家」の産業化 住機能の外化 住まいのホテル化

          家事労働のサービス産業代替 住宅問題の階層化

          社会的弱者の住宅問題

 

 

 Ⅳ 京都で考えたこと

 

   京町家再生

 

   京都グランドヴィジョン

 

   祇園祭と大工   マイスター制度とものづくり大学

 

 

 Ⅴ 京都エコハウスモデルに向けて

        21世紀の集合住宅

         三つの供給モデル

 

    エコ・ハウス・・・・ナチュラル・ハウス・・・

 

        スラバヤ・エコ・ハウス





パッシブ・クーリング 冷房なしで居住性向上 

 ミニマム熱取得  マキシマム放熱

ストック型構法

 長寿命(スケルトン インフィル) リニューアブル材料 リサイクル材料(地域産出材料)

創エネルギー

 自立志向型システム(Autonomous House) PV(循環ポンプ、ファン、共用電力) 天井輻射冷房

 自立志向型給水・汚水処理システム 補助的ソーラー給湯

ごみ処理 コンポスト

 

 大屋根  日射の遮蔽

 二重屋根

 イジュク(椰子の繊維)利用

 ポーラスな空間構成 通風 換気 廃熱

 昼光利用照明

 湿気対策 ピロティ

 夜間換気 冷却 蓄冷

 散水

 緑化

 蓄冷 井水循環

 スケルトン インフィル

 コレクティブ・ハウジング

 中水 合併浄化槽

 外構 風の道            

    積層形式における共有空間

    歴史の原理:ストック 街並み景観

   フローからストックへ

 

     地域性の原理・・・地域住宅生産システムの展望:

    直接性の原理

    循環性の原理

   環境共生

   自律性の原理・・・


京の風土と町にふさわしいエコ・サイクル・ハウスの提言

 

 はじめに

 日本の住宅生産の動向、その問題点をめぐって論ずべき点は多いが、決定的なのは一貫する住宅供給の論理が不在であり、地球環境時代における住宅のプロトタイプについて必ずしも明確になっていないことである。豊かさの中の論理の欠落について列挙すれば、少なくとも以下の点が指摘できる。 

  ◇集住の論理の欠落:住宅供給=町づくりという視点がない。建築と都市計画がつながっておらず、都市型住宅としての集住のための型がない。

 ◇歴史の論理の欠如:スクラップ・アンド・ビルド(建てて壊す)論理がこれまで支配的であり、歴史的ストックを維持管理する思想がなかった。住宅供給は住テクの論理によって支配され、社会資本としての住宅・建築・都市という視点が欠けている。

 ◇異質なものの共存原理の欠如:日本の住宅は極めて多様なデザインを誇るように見えて、その実、画一的である。生活のパターンは一定であり、従って間取りは日本全国そう変わらない。文化的な背景を異にする人々と共生する住空間が日本には用意されていない。

 ◇地域の論理の欠如:住宅は本来、地域毎に固有な形態、原理をもっていた。地域の自然生態、また、社会的、文化的生態によって規定されてきたといってもいい。その固有の原理を無化していったのが産業化の論理である。また、住宅問題は、大都市圏と地方では異なる。住宅の地域原理を再構築するのが課題となる。

 ◇自然と身体の論理の欠如:産業化の論理が徹底する中で、住宅は建てるものではなく買うものとなっていった。また、人工環境化が押し進められた。住宅は工業生産品としてつくられ、その高気密化、高断熱化のみが追求されることによって、住空間は人工的に制御されるものと考えられてきた。結果として、住空間は、土、水、火、木・・・など自然と身体との密接な関わりを欠くことになった。

 ◇生活の論理「家」の産業化:問題は単に住宅という空間の問題にとどまらない。住機能の外化、住まいのホテル化家事労働のサービス産業代替、住宅問題の階層化、社会的弱者の住宅問題など家族と住宅をめぐる基本的問題がある。

 

 エコ・サイクルハウスの理念

 これからの住宅供給のあり方について、以上を踏まえて、いくつかの基本原理が考えられる。

 ◇長寿命構法、ストック型構法(スケルトン・インフィル分離)

 まず、フローからストックへという流れがある。すなわち、建てては壊すのではなく、既存の建物を維持管理しながら長く使う必要がある。日本全体で年間150万戸建設された時代には住宅の寿命は30年と考えられたが、少なくとも百年は持つ住宅を考えておく必要がある。そのためには建築構法にも新たな概念が必要である。住宅の部位、設備など耐用年限に応じて取り換えられるのが基本で、大きくは躯体(スケルトン)と内装(インフィル)、さらに外装(クラディング)を分離する。また、再利用可能な材料、部品(リニューアブル材料 リサイクル材料を採用する。

 ◇地域型住宅:地域循環システム

 地域の風土に適合した住宅のあり方を模索するためには、地域における住宅生産システムを再構築する必要がある。具体的には地域密着型の住宅生産組織の再編成、地域産材の利用など住宅資材の、部品の地域循環がポイントである。

 ◇自立志向型システム(Autonomous House

 循環システムは個々の住宅においても考えられる必要がある。特に、廃棄物、汚水などを外部に極力出さないことが大きな方針となる。自立志向型給水・汚水処理システム、ごみ処理用コンポストなどによって、住宅内処理が基本である。

 ◇自然との共生

 個々の住宅内での循環系システムの構築に当たってはふたつの方向が分かれる。いわゆるアクティブとパッシブである。しかし、省エネルギー、省資源を考える場合、パッシブが基本となる。具体的には冷暖房なしで居住性を向上させるのが方針である。ミニマム熱取得、 マキシマム放熱が原理となる。通風をうまくとる。また、太陽光発電、風力発電など創エネルギーも重要となる。さらに、天井輻射冷房などの考え方も導入される。

 

 エコ・サイクル・ハウス・テクノロジー

 以上のような原理は各地域の状況に合わせて考えられる必要があり、それぞれにモデルがつくられる必要がある。インドネシアのスラバヤでモデル集合住宅を建設した経験がある。北欧など寒い国には既に多くのモデルがあるが、問題は暑い地域である。地球環境全体を考えるとより重要なのは暑い地域の住宅モデルである。スラバヤは、日本と無縁のように見えるかもしれないが、大阪、京都の夏と同じ気候である。採用した考え方、技術を列挙すれば以下のようになる。大屋根による日射の遮蔽、二重屋根、イジュク(椰子の繊維)の断熱材利用、ポーラスな空間構成、通風、換気、廃熱、昼光利用照明、湿気対策のためのピロティ、夜間換気、冷却、蓄冷、散水、緑化、蓄冷、井水循環。こうした考え方は、基本は京都でも同じである。一般的にエコ・ハウス・テクノロジーを列挙すれば次のようになる。

 ◇自然(地・水・火・風・空)利用:風力エネルギー、風力利用:通風腔・外装システム:自然換気システム、壁体膜:太陽熱利用、断熱、蓄熱、昼光利用、昼光制御、昼光発電、地熱利用、PV(循環ポンプ、ファン、共用電力)

 ◇リサイクル・資源の有効利用:建築ストックの再生:地域産材利用、雨水・中水利用:廃棄物利用・建材、古材、林業廃棄物、間伐材利用、産業廃棄物:廃棄物処理 、コンポスト、合併浄化槽、土壌浄化法

 

 京都エコ・サイクル・ハウス・モデルへ向けて

 具体的な京都エコ・サイクル・ハウス・モデルについては、いくつかの条件設定が必要である。京都の住宅需要に即した提案でなければ画餅に終わる可能性がある。

 まず考えられるのは町家モデルである。これも二つあって、ひとつは新町家というべきモデルであり、ひとつは既存の町家の改造モデルである。いずれも伝統的町家を評価した上で、新たな創意工夫が必要である。「京都健康住まい研究会」の提案は町屋モデルの提案である。町家を新たに建設する機会はそうあるわけではないが、既存の町家の改造は大きな需要がある。

 もうひとつ是非とも必要なのは集合住宅モデルである。立地によって、また、供給主体によってモデルは異なるが、それぞれのケースにモデルが必要である。スケルトンについては、O型 柱列型 column、 A型   壁体スケルトン wall、B型 地盤型スケルトン baseを一般に区別できる。供給主体についても、地主単一の場合、複数の場合で異なる。

 しかし、いずれにしろ、スケルトンーインフィル分離、オープンシステム、居住者参加、都市型町並み形成、環境共生は鍵語である。

 

 

 

布野修司関連文献

■単著

①スラムとウサギ小屋,青土社,単著,1985128

②住宅戦争,彰国社,単著,19891210

③カンポンの世界,パルコ出版,単著,1991725

④住まいの夢と夢の住まい・・・アジア住居論,朝日新聞社,単著,199710

⑤廃墟とバラック・・・建築のアジア,布野修司建築論集Ⅰ,彰国社,単著,1998510(日本図書館協会選定図書)

⑥裸の建築家・・・タウンアーキテクト論序説、建築資料研究社,単著,2000310

■編著

⑦見知らぬ町の見知らぬ住まい,彰国社,編著,1990

⑧建築.まちなみ景観の創造,建築・まちなみ研究会編(座長布野修司),技報堂出版,編著,19941(韓国語訳 出版 技文堂,ソウル,19982)

⑨建都1200年の京都,布野修司+アジア都市建築研究会編,建築文化,彰国社,編著,1994

⑩日本の住宅 戦後50, 彰国社,編著,19953

■共著

⑪見える家と見えない家,叢書 文化の現在3,岩波書店,共著,1981

■訳書

⑫布野修司:生きている住まいー東南アジア建築人類学(ロクサーナ・ウオータソン著 ,布野修司(監訳)+アジア都市建築研究会,The Living House: An Anthropology of Architecture in South-East Asia,学芸出版社,監訳書,19973


2024年12月6日金曜日

報告:アジアの都市と居住モデル,「都市におけるテクノロジーと人間に関する調査」研究会政策科学研究所,2001年10月29日

 政策科学研究所 

 「都市におけるテクノロジーと人間に関する調査」研究会
アジアの都市と居住モデル        20011029

 布野修司(京都大学)

 

 はじめに

   ・建築計画→地域生活空間計画

  ・カンポン調査(東南アジアの都市と住居に関する研究)

  ・「イスラームの都市性」研究

  ・アジア都市建築研究

  ・植民都市研究

             

 [1]布野修司:戦後建築論ノート,相模書房, ,1981615

  [2]布野修司:スラムとウサギ小屋,青土社,1985128

  [3]布野修司:住宅戦争,彰国社,19891210

  [4]布野修司:カンポンの世界,パルコ出版,1991725

  [5]布野修司:戦後建築の終焉,れんが書房新社,1995830

  [6]布野修司:住まいの夢と夢の住まい・アジア住居論,朝日新聞社, 19971025

  [7]布野修司:廃墟とバラック:建築のアジア,建築論集Ⅰ,彰国社,1998510

  [8]布野修司:都市と劇場:都市計画という幻想,建築論集Ⅱ,彰国社,1998610

  [9]布野修司:国家・様式・テクノロジー:建築のアジア,建築論集Ⅲ,彰国社,1998710

 [10]布野修司:裸の建築家:タウンアーキテクト論序説、建築資料研究社,2000310

 住居関連

[2]布野修司:見知らぬ町の見知らぬ住まい,彰国社,編著,1990

 [4]布野修司:見える家と見えない家,叢書 文化の現在3,岩波書店,共著

[6]布野修司:日本の住宅 戦後50, 彰国社,編著,19953

  [9]布野修司:日本の住居1985,戦後40年の軌跡とこれからの視座,建築文化,彰国社,共著,1985

 [29]布野修司:これからの中高層ハウジング,建設省住宅局,丸善,共著,1993

 [35]布野修司:講座 現代居住全5巻 第2巻 家族と住居,早川和男編,東京大学出版会,共著,19967

 [38]布野修司:21世紀の集合住宅・・・持続可能で豊かな社会をめざして,中高層ハウジング研究会,19983

 

[1]布野修司:環境の空間的イメージーーーイメージマップと空間認識,M.W.ダウンズ ダビット. ステア共編 吉武泰水監訳,IMAGE AND ENVIRONMENT---Cognitive Mapping and Spatial Behavior, edited by Roger M, Downs & David Stea, Aldine Publishing Co. Chicago 1973,曽田忠広 林章 布野修司 岡房信共訳,鹿島出版会,共訳書,1976

[2]布野修司:生きている住まいー東南アジア建築人類学(ロクサーナ・ウオータソン著 ,布野修司(監訳)+アジア都市建築研究会,The Living House: An Anthropology of Architecture in South-East Asia,学芸出版社,監訳書,19973

[3] 布野修司:植えつけられた都市--英国植民都市の形成、ロバート・ホーム著 ,布野修司+安藤正雄(監訳)+アジア都市建築研究会, Of Planting and Planning The Making of British Colonial Cities ,監訳書, 京都大学学術出版会、20017

 

アジアの都市と居住モデル

 

Ⅰ.東南アジアの都市居住・・・都市カンポンの構成

                         :スラバヤをめぐって

   ○スラバヤの都市形成過程とその構造

   ○カンポンの構成

   ○カンポン住居の類型と変容プロセス

 

Ⅱ.東南アジアのハウジング・プロジェクト

   ○東南アジア各国の住宅政策

   ○セルフヘルプによるハウジング

   ○インフォーマル・グループの試み

   ○カンポン・ススン

 

Ⅲ.スラバヤ・エコハウス

 

 

 

Ⅳ.アジアの都市型住居

    Cakranegara---Jaipur

     Katumandu(Hadigaon, Patan, Thimi) Lahore ---Ahmedabad---Delhi

     Beijing--- Kyoto

    Taipei

     Ulsan--- Kyongju   

 

 

地域生活空間計画研究フレーム

 

 Ⅰ 居住空間システム

 

 [8]布野修司,田中麻里(京都大学):バンコクにおける建設労働者のための仮設居住地の実態と環境整備のあり方に関する研究,日本建築学会計画系論文集,483,p101-109,1996.05

[17]田中麻里(群馬大学),布野修司,赤澤明,小林正美:トゥンソンホン計画住宅地(バンコク)におけるコアハウスの増改築プロセスに関する考察,日本建築学会計画系論文集,512,p93-99,199810

 

  ◎ヴァナキュラー建築 住居の原型? 集合の基本形式

 [7]脇田祥尚,布野修司,牧紀男,青井哲人:デサ・バヤン(インドネシア・ロンボク島)における住居集落の空間構成,日本建築学会計画系論文集,478,p61-68,1995.12

 [9]脇田祥尚(島根女子短期大学),布野修司,牧紀男(京都大学),青井哲人(神戸芸術工科大学),山本直彦(京都大学):ロンボク島(インドネシア)におけるバリ族・ササック族の聖地,住居集落とオリエンテーション,日本建築学会計画系論文集,489,p97-102,199611

[14]山本直彦(京都大学),布野修司,脇田祥尚(島根女子短期大学),三井所隆史(京都大学):デサ・サングラ・アグン(インドネシア・マドゥラ島)における住居および集落の空間構成,日本建築学会計画系論文集,504,p103-110,19982

 

 

  Ⅱ カンポン・ハウジング・システム

 

 [1]布野修司,前田尚美,内田雄造:「インドネシアのスラムの居住対策と日本の経験との比較」  第三世界の居住環境とその整備手法に関する研究 その1,日本都市計画学会 学術研究論文集 19,1984

 [2]布野修司,前田尚美,内田雄造:「インドネシアのカンポンの実態とその変容過程の考察」  第三世界の居住環境とその整備手法に関する研究 その2,日本都市計画学会,学術研究論文集20,1985

 [6]布野修司:カンポンの歴史的形成プロセスとその特質,日本建築学会計画系論文報告集,433,p85-93,1992.03

  ・カンポン・インプルーブメント・プログラム(KIP) 

    ・ルーマー・ススン

[12]布野修司,山本直彦(京都大学),田中麻里(京都大学),脇田祥尚(島根女子短期大学):ルーマー・ススン・ソンボ(スラバヤ,インドネシア)の共用空間利用に関する考察,日本建築学会計画系論文集,502,p87~93,199712

    ・スラバヤ・エコハウス

 

  Ⅲ 街区組織と都市型住居 Urban Tissues

    グリッドThe Grid  

    コスモロジーCosmology 

    イスラームの都市原理 Hindu City & Islam City 

    棲み分けSegregation 

    街区組織と地域社会Block Pattern and Community Organization 

    Urban House Prototype

 

 

[10]布野修司,脇田祥尚(島根女子短期大学),牧紀男(京都大学),青井哲人(神戸芸術工科大学),山本直彦(京都大学):チャクラヌガラ(インドネシア・ロンボク島)の街区構成:チャクラヌガラの空間構成に関する研究 その1,日本建築学会計画系論文集,491,p135-139,19971

[11]布野修司,山本直彦(京都大学),黄蘭翔(台湾中央研究院),山根周(滋賀県立大学),荒仁(三菱総合研究所),渡辺菊真(京都大学):ジャイプルの街路体系と街区構成ーインド調査局作製の都市地図(1925-28)の分析その1,日本建築学会計画系論文集,499,p113~119,19979

[19]山根周(滋賀県立大学),布野修司,荒仁(三菱総研),沼田典久(久米設計),長村英俊(INA):モハッラ,クーチャ,ガリ,カトラの空間構成ーラホール旧市街の都市構成に関する研究 その1,513,p227~234, 199811

[20]黒川賢一(竹中工務店),布野修司,モハン・パント(京都大学),横井健(国際技能振興財団):ハディガオン(カトマンズ,ネパール)の空間構成 聖なる施設の分布と祭祀,日本建築学会計画系論文集,514,155-162p,199812

[22]竹内泰,布野修司:「京都の地蔵の配置に関する研究」,日本建築学会計画系論文集,520,263-270p,19996

[23]韓三建,布野修司:「日本植民統治期における韓国蔚山・旧邑城地区の土地利用の変化に関する研究」,520,219-226p,19996

[25]闕銘宗(京都大学),布野修司,田中禎彦(文化庁):新店市広興里の集落構成と寺廟の祭祀圏,日本建築学会計画系論文集,521,p175181,19997

[28]トウイ,布野修司:北京内城朝陽門地区の街区構成とその変化に関する研究,日本建築学会計画系論文集,526,p175-183,199912

[29]Mohan PANT(京都大学),布野修司:Social-Spatial Structure of the Jyapu Community Quarters of the City of Patan, Kathmandu Valley, カトマンドゥ盆地・パタンのジャプ居住地区:ドゥパトートルの社会空間構造 ,日本建築学会計画系論文集,527,p177-184,20001

[30]根上英志,山根周,沼田典久,布野修司:マネク・チョウク地区(アーメダバード、グジャラート、インド)における都市住居の空間構成と街区構成,日本建築学会計画系論文集,535,p ,20009

[31]正岡みわ子,丹羽大介,布野修司:京都山鉾町における祇園祭と建築生産組織,日本建築学会計画系論文集,535,p ,20009

[32]トウイ,布野修司,重村力:乾隆京城全図にみる北京内城の街区構成と宅地分割に関する考察,日本建築学会計画系論文集,536,p,200010

 

 

 Ⅳ 世界都市史研究

 

 植民都市研究 All cities are in a way colonial

      Pretolia New Delhi Canberra

      Munbai Chennnai Calcutta

      田園都市計画

 

 

 

補1 21世紀の集合住宅 3つの供給基本モデル

A モデル設計の5つの柱 

        スケルトン分離

       オープンシステム

       居住者参加

       都市型町並み形成

       環境共生

B 供給モデル

  o型 one owner

       a型 association

       b  bond

C スケルトンモデル

        O型 柱列型 column

        A型   壁体スケルトン wall

       B型 地盤型スケルトン base

*(OAB)x(abc) 

 

  補2 住居をめぐるいくつかのアクシス 住まいの夢と夢の住まい

      所有形式(所有-無所有、定住-移住、恒久-仮設)

      集合形式(独居-群居、男性-女性、複数家族ー核家族)

      空間形式(有限-無限、限定-無限定、自由-不自由)

      環境形式(場所-無場所、自然-人工、地下-空中)

      技術形式(画一性-多様性、自己同一性-大衆性、地域性-普遍性)

      象徴形式(生-死、コスモス-カオス、永遠ー瞬間)

 

2024年12月4日水曜日

ダイニング・キッチンからnLDKへ、早川和男編:講座 現代居住全5巻 第2巻 家族と住居,東京大学出版会1996年7月

 早川和男編:講座 現代居住全5 2 家族と住居,東京大学出版会19967


12.ダイニング・キッチンからnLDKへ

 

 核家族の器

  戦後日本の住宅のモデルとなったのが「51c型」住宅である。いわゆる2DKの原型である。51cとは、1951年の公営住宅の標準プラン(間取り)abcのうち、cのタイプ(吉武泰水・鈴木成文)を意味するi。「51c型」の計画にあたっては以下の3点がテーマであった。①小住宅でも寝室は2部屋以上確保すべきである。②食寝分離のために少なくとも朝食がとれるような台所とする。③バルコニーや行水や洗濯のできる場所、物置、水洗便所といった生活を支える部分の重視。「51c型」住宅が歴史に記録されるのは、そのプランにおいて、日本の戦後(近代)住宅の象徴となるダイニング・キッチン(DK)が生み出されたからである。

 ダイニング・キッチンと戦後の日本人の生活は密接に関わる。ひとつには女性の立場の変化を象徴する。戦前の住宅では台所は裏側に隠されていて、そこで働く女性も家族の中では裏方であり社会的にも表にたつことは稀であった。ダイニング・キッチンの導入により、台所が生活の表舞台に現れることになる。核家族を基本とする住居には女中部屋がなくなり、女性の社会進出を促す生活スタイルが、家事の軽減を図るために間取りの変化を要求したのである。また、高度経済成長を支えた労働力の編成の問題として考えると、核家族の器として2DKは産業社会のニーズに応え、大いなる貢献したことになる。

 

 台所革命

 台所が食堂と並んで明るい位置に配置されたことは大きな革命である。そして、1950年のステンレス流し台の登場は2DK公団住宅にさらなる魅力を付加した。それまでの流し台はコンクリートに御影石のかけらを入れて磨き上げた人研ぎ流しであった。あるいは、タイル張りであり、トタンであった。住宅公団(1955年設立)による住宅建設とステンレス流し台の生産普及は同時進行であるii。当初、椅子式生活に慣れないことを考慮してダイニング・キッチンには食事用テーブルが備え付けられていた。「ステンレス流し台」と「食事用テーブル」はダイニング・キッチンには欠かせない要素として定着していくのである。ブームは「団地族」という言葉まで生んだ。2DK公団住宅での生活は、サラリーマンの憧れであった。ダイニング・キッチンを新しい生活の象徴として扱い、そこに積極的にモダンリビングのイメージを重ね合わせようとした意図があったのであるiii

 ダイニングとキッチンの一体化から誕生したダイニング・キッチンは、後にリビングが加わることで、家庭生活の中心的地位を確立していく。その過程で、台所に電化製品が次々に導入される。冷蔵庫、電子レンジ等調理器具だけでなくテレビが持ち込まれ、ダイニングには本棚が並んだ。ダイニング・キッチンは南面するよう計画されていて家族が必然と集まるように、そう仕向けられていた。ダイニング・キッチンは茶の間の役割も担うことになる。

 

 nLDK家族

 ダイニング・キッチンと4.5畳と6畳の二部屋からなるこの小住宅(2DK)のプランを生み出したのが食寝分離論(西山夘三)である。狭くても食事の場所と就寝の場所は分ける。そのために食堂が台所と一緒になってもやむを得ない。朝はダイニング・キッチンで簡単に食事をして夫婦共に働きに出かける、そんな家族像が戦後日本の出発点である。

 その後の展開もわかりやすい。戦後復興から高度経済成長期にかけて住宅の規模は拡大していく。食寝分離が保証された後は公私室の分離が目指される。リビングの誕生である(2LDK)。そして次は、個室の確保が目指される。1960年を過ぎた頃、3DKとか3LDKが日本の標準住宅となった。興味深いのは、この形式が農家住宅にも一気に普及していったことである。こうして日本の住宅と言えばnLDKという記号になる。

 nLDKとは核家族n人の住居である。今でも住宅の立地と形態(集合住宅か戸建住宅か)を知って、nLDKと聞けば、家族の形はイメージできる。驚くべき画一化であるといっていい。しかし、それだけ家族のかたちも一定であったのである。nLDKという空間形式が家族のかたちを表現した。だから日本の戦後家族はnLDK家族なのである。

 高齢化、少子化、女性の社会進出、熟年離婚・・・等々、家族を取り巻く環境はこの間大きく変化しつつある。そうした流れの中で総じて家族のかたちは多様化しつつある。家族の基礎である男女(個人と個人)の結びつき(婚姻)が急速に流動化しつつあるのである。家族は個人化しつつある、といってもいい。はっきりしているのは、高齢単身も含め独身期間が長期にわたり、単身居住が増えることである。

 この家族のゆらぎに対して、どのような居住空間を用意すべきか。予め言えるのは、多様な家族形態を受け入れる空間が日本にはほとんど用意されていないことである。

 

i 鈴木成文「住まいにおける計画と文化」

ii 公団仕様のステンレス流し台は1956年、浜口ミホらによって共同開発された。

iii ⅰに同じ

 

布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...