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2023年1月21日土曜日

東南アジアの樹木,雑木林の世界49,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センター,199309

 東南アジアの樹木,雑木林の世界49,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センター,199309

雑木林の世界49 

東南アジアの樹木

 

                       布野修司

 

 東南アジアを歩き出して既に久しいのだが、まだまだ学ぶべきことが多い。というか、知らないことが多すぎる。とくに専門外のことになるとからきし駄目である。否、専門として知ってないといけないことでも駄目なことが多すぎる。そのひとつが樹木である。

 人によって異なるのは当然であるが、建築に携わる人でも木を見分けられる人はそう多くない。松と杉、あるいは桧の違いはともかく、桧とひば(あすなろ)、さわらなどを臭いと肌理で判断できるとすれば、僕らの世代ではプロであろう。飛騨高山木匠塾では、木の種類を学ぶのが第一歩である。葉を見て、ひのきとひばを区別できるのであるが、ご存知であろうか。本誌の読者であれば当然の知識かも知れないのであるが、恥ずかしながら、飛騨高山木匠塾で初めて知った次第である。

 昔から、草花や樹木の名を覚えるのは不得意である。関心が無ければ覚えられないのは当然である。それなりに自然に囲まれて育った僕らの世代は、まだましかもしれない。最近の子供たちにとって自然に触れる機会がないのだからもっと事情は深刻である。山や海に出かけて自然に触れない限り、子供達に取って樹木や草花は図鑑の中の存在でしかない。

 東南アジアを歩き始めた当初から眼に触れる自然は新鮮であった。見慣れない樹木を沢山眼にするからである。まずは果物の木が珍しい。バナナの樹や椰子の樹、パイナップルの樹ぐらいは知っていても、他の果物になると果物自体が珍しい。ドリアンやマンゴスチンなど果物の王とか女王とか言われるものを食べて、その樹がそこら中に生えているのを見ると自然と覚える。ジャックフルーツ、パパイア、ランブータン、マンゴー、ロンガン(リューガン)、グアバ、・・・東南アジアを旅したことがある人はご存知であろう。

 他に、コーヒーの樹などは東南アジアで初めて見た。クロフの樹、煙草に入れる香料なのですぐ覚えた。建築材料としてはジャティ(チーク)、ナンカがよく使われる。屋根材としては砂糖椰子の繊維であるイジュク、あるいはアランアラン(茅)が使われる。

 まあ覚えたといっても以上のようだから全くもってたいしたことはない。不勉強の限りである。それではいけないと東南アジアの木造住宅の材料について少しづつ調べ始めたのであるが実に面白い。以下にいくつか記してみよう。今回のネタ本は、渡辺弘之先生の『東南アジア林産物20の謎』(築地書簡)である。

 東南アジアにも松がある。スマトラの高地、あるいはバリやジャワの高地で実際多く見かける。熱帯地方とはいえ、高度が上がれば針葉樹が生育してもおかしくない。わが国には、アカマツ、クロマツ、リュウキュウマツ、チョウセンゴヨウ、ハイマツ、など七種あるのであるが、東南アジアの場合、三針葉のケシアマツと二針葉のメルクシマツの二種類があるという。そして、ケシアマツはマレー半島以南には存在せず、赤道を超えて分布するのがメルクシマツだという。インドネシアでみられるのは従ってメルクシマツである。ボルネオには何故か自生していないという。

 南洋材というと、チークであり、マホガニーである。あるいはラワンである。いずれも我々には親しい。チークは確かに東南アジアの原産である。それもミャンマー、タイ、ラオスなど大陸部の明瞭に乾期をもつ地域が源郷であるという説が有力である。ジャワやスンバワにみられるチークがどのように大陸からもたらされたのかは各地の建築物を考える上で興味深いことである。チークは造船材として使われ、今高級家具材として専ら使われる。もちろん、建築用材としても高級材である。初めて知ったのであるが、宇治にある黄檗山万福寺の主要な柱がチーク材だと言う。

 一方、マホガニーは実は中南米が原産地だという。一六世紀後半、マホガニーは西欧列強によって家具材として、棺桶材としてヨーロッパに大量に輸出された。ところが、中南米ではしかるべき植林がなされなかったため、需要に答えられなくなった。そこで、気候の似た東南アジアで植林がなされるようになったというのが経緯らしい。マホガニーがセイロンに移植されたのが一八四〇年頃、マレーに来たのが一九七六年である。特に、オランダはインドネシアで積極的にマホガニーを造林したのだと言う。その結果であろう。東南アジアでマホガニーが多いのは、ジャワ、特に西ジャワである。マホガニーの並木道を車で走るのは極めて気持ちがいい。

 ラワンというのは、フィリピンでの呼び名だという。軽く柔らかい合板に適した樹種がフィリピンでラワンと呼ばれており、戦後、日本はまず主としてフィリピンからベニア(単板)を輸入したことからラワンの名が定着することになったのである。学術名はフタバガキである。あるいは、フタバガキ科の樹木の総称がラワンである。このフタバガキ科の起源はアフリカなのだというが、専ら繁殖したのが東南アジアで、五七〇種のうち、アフリカの約四〇種と南米アマゾンの一種を除いて他の種は全て東南アジアのものだという。

 フィリピンのフタバガキ林はベニア・合板のためにやがて伐り尽くされた。次の供給地がボルネオのサラワク、サバ、そしてカリマンタンに移っていく。この伐採が熱帯林破壊の大きな問題になっていることは衆知のことである。伐採しても植林すればいい、植林によって森林再生が可能であればいい。しかし、フタバガキ科樹木の再生は極めて難しいのである。

 まず第一に結実が不定期なのだと言う。第二に、種子の寿命が短く、すぐ発芽能力を失ってしまうのだと言う。第三に、仮に苗木の生産が可能になっても、熱帯林の中に生育の条件を作りだし、維持するのが極めて困難だという。他にも様々な問題があるらしいのであるが、かなり深刻な課題である。

 東南アジアの樹木と言うと仏壇、位牌に使われるコクタンなどがある。日本に輸入されているコクタンのほとんどはスラウェシ産だという。もう少し、一般的な建築用材、家具用材というと、やはり竹であり、あるいはラタンである。竹は建築に限らず、紙屋家具や食器や、ありとあらゆるものに使われる。東南アジア地域は竹の文化圏である。

  建築用材では無いけれど、強烈な印象を受けるのが、バンヤンの木である。インドネシアではブリンギンという。沖縄のガジュマルである。ロープをよるように大木になり、根が雨のように垂れ下がる。妖怪の住処のようだとよくいうが、バリなどでは神聖な樹木としてあがめられる。集落の核には必ずブリンギンが立っているのである。また、バリのサンガ(屋敷神の祠が置かれる領域)にはプルメリア(夾竹桃)が植えられる。プルメリアといえば、インドネシアでは墓地の樹木である。樹木のシンボリズムについても東南アジアは豊富な事例を与えてくれそうである。