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2024年4月27日土曜日

1円入札が問う設計報酬の自由,日経アーキテクチャー,19960923

設計料入札など論外

 

1円入札が、アイロニーとして行われたとしたら、あるいは談合へのプロテストとして試みられたとしたら、かろうじて意味があるのかも知れない。しかし、昔からこの手の話は耐えないのだからしゃれにもならない。古い話だけれど、警視庁が9万円で落札されたのは本当なのか。『日経アーキテクチャー』をはじめ、建築ジャーナリズムは、この際、徹底して設計入札の実態を明らかにして欲しい。

 設計入札など論外である。

 設計入札に応じる建築家など論外である。

 設計入札が設計という業務に馴染まないことは明かだ。にもかかわらず、それが無くならない設計業界の体質は絶望的である。徹底的に実態を洗い出して設計入札反対のキャンペーンを展開して欲しい。

 確認すべきは、設計入札の問題と設計報酬(の自由)の問題は次元が違うということだ。設計者は設計の内容によって決められるべきで、設計料の多寡によって予め決められるべきではない、という単純なことだ。極端な話、しかるべき手続きで決定された後、設計者が納得すれば(利益の社会的還元というのであれば)設計料零ということだっていい。

 問題は、しかるべき手続き、の問題だ。基本的には設計競技によるしかない。方法は様々にある。そのプロセスの公開性が担保されさえすれば、どんなやりかたでもいい。

 公共施設の場合、国民の血税を使うわけだから、それなりの時間と智恵を使うべきだ。単年度予算の制度や行政手間といった小官僚の都合によって、設計入札が採用されているのが根本原因である。公共発注の実態を徹底的にルポルタージュして欲しい。『日経アーキテクチャー』には、その使命がある。