お願い条例,現代のことば,京都新聞,19970402
お願い条例
「建築物西側のバルコニーの外側の壁面から、建築基準法(昭和二十五年法律第二百一号)第四二条第一項第四号の規定に基づき指定された「都市計画道路○○号線」の境界線までの距離を、五メートル以上確保し、その空地を高木により緑化すること」
以上のような勧告に対して「当該勧告を受けた者がこれに従わないので、規定によって公表する」との内容が、一月の末、ある県報に載った。景観条例に基づく勧告が公表されたのは、全国で初めてのことである。
現在建設中の九階建てのそのマンションは、当初一〇階建てで計画され、何故かこの間の経緯の中で一階切り下げられた。一見そう変わったデザインではない。京都でも一般に見かけるマンションだ。当該都市でもとりたてて珍しいわけではない。ただ、そのマンションが建つ敷地が景観条例に基づく景観形成地区に指定されているのが大きな問題であった。
県の景観審議会は正式の届出がなされて以降議論を重ねてきた。建主や設計者からのヒヤリングも行った。景観審議会は原則として公開である。現在、全国二〇〇にのぼる景観審議会のなかでも先進的といえるだろう。新聞やTVの取材にもオープンである。この間の経緯は全て公表されているが「勧告公表やむなし」というのが、全員一致の結論である。
景観条例は建築基準法や都市計画法に比べると法的拘束力がほとんどない。「お願い条例」と言われる由縁である。建築基準法上の要件を充たしていれば、確認申請の届出を許可するのは当然である。裁判になれば、行政側が敗訴すると言われる。
しかし、それにも関わらず勧告公表という事態になったのは、そのマンションがまさに条例の想定する要の地にあり、この一件をうやむやにすれば条例そのものの存在が意味がなくなると判断されたからである。
県外の建主にとって理不尽な条例に思えたことは想像に難くない。近くには景観形成地区から外れるというだけで七五メートルの高層ビルが同じく建設中なのである。景観形成上極めて重要な場所であり、公的な利用が相応しい敷地である。だから、公共機関が買収するのが最もいい解決であり、審議会もそうした意見であった。県にはそのための景観基金もある。しかし、買収価格をめぐって折り合いがつかなかった。問題は、階数を削ればいいだろうと、建主が着工を強行したことである。その行為は「お願い条例」である景観条例の精神を踏みにじるものであった。地域のコンセンサスを得る姿勢が欲しかった。
景観条例に基づく勧告公表は不幸なことであった。その結果、景観条例の精神が貶められたのを憂える。しかし、一方、法的根拠をもつより強制力のある景観条例を求める声が高まるのを恐れる。それぞれ地域で、よりよい景観を創り出す努力が行われること、その仕組みを創りあげることが重要であって、条例や法律が問題ではないのである。