社区総体営造,現代のことば,京都新聞,19960420
社区総体営造 006
布野修司
この春休みに台湾へ行ってきた。中央研究院台湾史研究所と台湾大学建築輿城郷研究所での特別講義が主目的である。折しも、台湾は総統選の渦中にあった。わずか十日ほどの滞在であったけれど、つぶさに総統選の様子を見聞きすることになった。
中国の軍事演習でミサイルが飛び交うなど政治的緊張が予想されたが、市民はいたって平静であった。選挙戦はお祭り騒ぎで、人々はむしろ楽しんでいる雰囲気すらある。各党の集会にも顔を出してみたが、家族連れも多く、旗や帽子、警笛など様々な選挙グッズが売られ、各種屋台も並んで縁日の趣もあった。
各党の主張の背後には、複雑な台湾社会の歴史があるが、それぞれの主張はわかりやすい。投票日は、午後四時の締切りと同時にその場で開票が行われた。「二号 李登輝一票」などと読み上げる声とともに「正」の字が書かれていく。それを住民たちが取り囲んで見る。臨場感満点である。日本の選挙文化との違いを否応なく感じさせられたのであった。
ところで、こうして民主化の速度をはやめてきた台湾で、「社区総体営造」あるいは「社区主義」、「社区意識」、「社区文化」、「社区運動」という言葉が聞かれるようになってきた。「社区」とは地区、コミュニティのことだ。そして、「社区総体営造」とはまちづくりのことだ。「経営大台湾 要従小区作起」(偉大な台湾を経営しようとしたら、小さな社区から始めねばならぬ)というのがスローガンとなりつつあるのである。
実は、この台湾のこの新しいまちづくりについて知りたいというのも今回の目的のうちのひとつであった。「社区総体営造」を仕掛けているのは、行政院の文化建設委員会である。幸い、その中心人物である陳其南氏、台北市でモデル的な運動を展開中の陳亮全氏(台湾大学)、黄蘭翔氏(中央研究院)などと議論することができた。
「社区総体営造」を進めるときは社区から始めなければならない。しかも、自発的、自主的でなければならない。基本的に移民社会をベースとする台湾では、漢民族の家族主義が強いこともあって、コミュニティ意識が希薄である。まちづくりを考える上では、どうしてもその主体となるコミュニティの育成が不可欠であるという認識が出発点にある。
社区毎に中、長期の推進計画が立てられる。社区の役割は住民のコンセンサスを得て、詳細の完備した地区の設計計画を立て、同時に資金の調達計画、経営管理計画を立てることが期待される。行政機関の役割は考え方の普及が中心で部分的な経費の支援のみである。
十日の間、・・(ばんか)という台北発祥の下町地区に泊まって時間があれば地区を歩き回った。かってコミュニティの核であった廟がここそこにあるけれど、まとまりは失われつつある。こうした地区で「社区総体営造」はどのように展開できるのか。台湾の友人たちとともに考え始めたところだ。
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