景観形成とタウン・アーキテクト制,島根県建築士会報,1997
景観形成とタウン・アーキテクト制
布野修司
「メゾン宍道湖」の新築工事について、県の景観審議会は、全国ではじめて、景観条例に基づく「勧告」を行い、その旨を「公表」する決定をするに至った。委員の一人としても、「勧告」「公表」はやむをえない、との判断である。
景観条例の景観形成基準等の規定は、承知のように、法的拘束力がない。建築確認申請の届け出については、建築基準法に基づく違反事項がない限り、定められた期間に許可するのがルールである。今回も「法的には問題はない」。
それにも関わらず、「勧告」「公表」するのは、計画の敷地が宍道湖景観形成地域のなかでも最も重要な地点であり、届出の行為が当該地域の景観形成に及ぼす影響が大きいからである。極論すれば、景観条例の存在意義を問われかねない事例なのである。何のための景観条例か、ということが審議会で大きな問題となった。階数を減らせばいいということではないのである。景観形成基準の厳格な適用は避けられない、という判断である。
全国でも初の事例となったのは不幸なことである。しかし、考えようによっては、独自のまちづくりのやり方を産み出すいいチャンスでもある。そのためには、少なくとも、市民の間で「景観問題」をめぐる議論が必要である。その議論のなかから、景観形成の新しい方式が定着していくことを期待したい。
景観審議会としても、「勧告」「公表」で一件落着というわけにはいかない。その存在意義が問われたわけであるから、より実質的な仕組みの構築が早急の課題である。今回のように、公共性の高い土地については、公的に取得することが考えられる必要がある。そのためには、景観基金などの創設が不可欠だ。
また、基準とは別に、景観についての基本的な合意形成をはかる必要がある。大景観については、千鳥城の天守閣から宍道湖の湖岸が見える、市内の主要な視点場から、千鳥城や大山が見える、といった県民であればだれもが大事にしたいと考える景観を広く共有する必要がある。身近な景観については、クーラーの室外機や貯水タンクの位置、看板や植栽のあり方などを日常的に議論する必要がある。基準やマニュアルではなく、景観はそれぞれの場所の佇まいが大事なのである。
地域の建築家の役割は、地域の景観形成にとって大きい。日々景観形成に寄与しているのは建築家である。地区毎の佇まいを判断できるのが建築家である。県には景観アドヴァイザー制度が既にある。景観アドヴァイザーとして、まず、自分の住む町、関わりをもつ町をどうすればいいか、考えてみる必要がある。そして、機会ある毎に実際にアドヴァイスをすることが大切である。景観問題は一朝一夕ではいかないのである。
タウン・アーキテクト制あるいは地区アーキテクト制の具体的形を士会でも是非検討してみて欲しい。
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