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2025年2月10日月曜日

美和絵里奈、 2008年度建築計画委員会春季学術研究会報告、建築計画委員会、建築雑誌、2008

 2008年度建築計画委員会春季学術研究会報告

建築計画委員会

 

台湾において「台湾版まちづくり」ともいうべき「社区総体営造」が開始されて14年になる。その帰趨を問い、まちづくりが抱える問題を突き合わせる研究集会「社区総体営造(台湾まちづくり)の課題」を668日台北―台中で開催した。また、この開催に先駆けて台湾大学・建築與城郷研究所+芸術史研究所主催による国際シンポジウム「日本與台灣社區營造的對話:地震災後重建、社區營造與地域建築師(Town Architects)」(台湾大学総合図書館B1国際会議庁、65日)が開催された。合わせて以下に報告したい。2つのプログラムを企画・組織頂いたのは、黄蘭翔先生(台湾大学芸術史研究所)と研究室の若い学生、院生のみなさんである。

 

日本與台灣社區營造的對話:地震災後重建、社區營造與地域建築師(Town Architects)

 台湾大学芸術史研究所所長・謝明良先生の開会の辞(通訳:宗田昌人)で始まったシンポジウムは、9:30から18:00までたっぷり行われた。プログラムは以下の通り。9:30-11:30 「淡路震災とその後の街づくり」―台湾921大震災との比較― 講演:小林郁雄。コメント:喩肇青(中原大学)12:20-14:20:「日本の街づくりのこれからの課題」講演:宇野求。コメント:曾旭正(台南芸術大学)/14:30-1630 「日本におけるタウンアーキテクトの可能性」講演:布野修司。コメント:黄聲遠(建築家)16:30-18:00総合討論夏鑄九(城郷與建築研究所)、布野修司

地域をベースにした日本のまちづくりが本格的に始まるのは1995年の阪神淡路大震災以降である。ヴォランティアの出現、NPOの法制化がその方向を示している。一方、台湾で社区総体営造が開始されるのは1994年のことである。そして、921集集大地震(1998年)を経験している。震災復興については、相互に経験を交流してきた。折しも、中国四川大地震が起こった直後である。議論は熱の籠もったものとなった。小林郁雄先生の復興まちづくり、宇野求先生の日本橋でのまちづくりは、台湾の聴衆を大いに刺激した。台湾の自治体や建築家の取り組みにも同じような流れがあり、共感するところが多かった。とりわけ、若手建築家、黄聲遠さんの宜欄での活動はまさにタウンアーキテクトの仕事と呼びうるものであった。現地に住み込み、現場で考え、自らの手作りでまちづくりを続ける黄聲遠とその仲間たちの活動は台湾で大きな関心を集めている。建築、都市計画分野における台湾屈指の理論家、夏鑄九の総括も含めて相互に多くを学ぶことが出来たように思う。黄蘭翔先生、伊東豊雄の台中オペラハウスの設計を協働する、京都大学布野研究室出身の張瑞娟さん、夏鑄九研究室の博士後期課程に在籍する宗田昌人さんのすばらしい通訳に感謝したい。

 

 「社区総体営造(台湾まちづくり)の課題」

第一日(66日)、春季学術研究会のプログラムは以下の通りであった。司会を山根周先生(滋賀県立大学)が勤め、台湾大学城郷與建築研究所の博士課程に留学中の五十嵐祐紀子さんに通訳をお願いした。

社区総体営造の現状と課題」講師:社区営造学会、陳其南(国立台北芸術大学教授・元文化建設委員会主任)、「台湾現代建築の動向---李祖源、姚仁喜、謝英俊三人建築家を例として--- 講師:阮慶岳(実践大学副教授・建築評論家)、「店屋の保存と再生」講師:徐裕健(華梵大学教授・建築家)

 陳其南先生は社区総体営造の仕掛人である。阮慶岳先生は小説家でもあり(邦訳もある)、若手の建築評論家である。徐裕健先生は、老街の再生に取組む。黄蘭翔先生のすばらしい人選であった。短い時間であったが、台湾における新たな動きとその背景を実によく理解することが出来た。

 続いて、懇親会を開いたが、今年も国士舘からの18名を含めて多くの学生の参加があった。全く意図しなかったことであるが、若い学生たちの眼をアジアに開くいい機会になっている。参加者は58名、日本を離れて、議論をするのはいつも新鮮である。(布野修司、建築計画委員会委員長)

 

 台北視察

2日目(6月7日)は台北の現代建築や歴史的建築、下町の視察見学ツアーを行った。大陸工程ビル→台北101→中山公会堂(昼食) →板橋林家邸宅と庭園→台北廸化街→台北保安宮の順にバス2台で巡回した。

 大陸工程ビルの設計は姚仁喜(大元建築及設計事務所主宰)Exoskelton(外骨格)という構造設計手法による外観と、それによって可能となる内部の26m×26mの無柱空間が特徴的である。台北101は台北市信義計画區の南部、台北世界貿易センターに隣接する李祖原設計の101階建ての超高層ビルである。現在、世界一の高さの「使用中」ビルである(現在ドバイに建設中のビルがこの高さを凌いでいる)。世界最大の揺動式チューンド・マス・ダンパーがとてつもなく大きかった。構造体の大部分を内部に納め、ガラス壁に7度の傾斜をもたせることで得られる鳥瞰的な視界は圧巻。 台北市中心の延平南路に位置する中山公会堂は、辰野金吾に師事し台湾建築学会を創設した井出薫によって日本統治時代に建てられた。建築的には折衷主義であり、平面の対称性や正面の破風のような表現に見られる様式建築的なものと、水平線や垂直線の多用などの現代的な影響も見られる。林本源園邸は林本源一家により1893年に造園された歴史的名園で、台湾に現存する最も完全な園林建築である。中国庭園の伝統を受け継いだものであるが、三角形、平行四辺形の建物などやりたい放題の印象である。廸化街1850年代に建設され店屋街である。連棟式店屋(ショップハウス)の建築形式は、閩南式・洋楼式・バロック式・モダニズム式の4種類に分類される。保安宮は淡水河と基隆河の合流点に位置し、龍山寺、清水巌祖師廟と並び台北の三大廟と称せられる。建築形式としては、前殿、正殿、後殿という清朝末期の典型である三殿式である。精微で色彩豊かな装飾や彫刻からは台湾の文化が伝わってきた。

台北はとても湿度が高く、ゴキブリが大きく、南国気候だった。歴史的街並みと建造物、そしてそのすぐ背後にある都市化した市街地との対比が印象的だった。日本統治期の建物や古い街並みが保存されながら、活気に満ち溢れていた。(鮫島拓、滋賀県立大学大学院)

 

南投県視察

3日目(6月8日)は自由参加のバスツアーによる南投県(台湾唯一の内陸県)視察。今回の焦点となった1999年の集集地震の復興まちづくりの事例を見学した。参加者は先生・学生35名。このツアーのコーディネートをして頂いたのは台湾大学の学生である。

 南投県へは、まず20071月に開通した台湾高速鉄道(新幹線)にて台中へ向かう。台北と高雄を最速96分でつなぐというから驚きだ。建築家・伊東豊雄による話題の「台中メトロポリタンオペラハウス」や「高雄スタジアム」が進行プロジェクトとして挙げられるが、南へのアクセスは大分楽になった。

台中県霧峰郷林家屋敷(地震後の再建)(文化財)は、18世紀中ごろ大陸より渡り一代を築いた台湾屈指の旧家である。19世紀後半に建てられた邸宅群は、1945年日本敗戦後、国民党によって破壊され、1990年からようやく母屋を中心とした最も古い建物群を対象にした復元工事が行われ、99年にほぼ完成、その矢先、大地震に見舞われ、建物群は全壊した。「三落大宅院式」という建築形態をとるが、結婚式や劇などに使われ、舞台を囲む三方が観覧席となる。住宅内の欄間や戸には木の彫刻細工が施されていたが、元のまま残っている部分と新たに継ぎ足した部分が木の色合いらみてとれた。伝統的な職人技術の継承が困難になっている中で、当時の繊細な彫刻を残していく意味は大きい。邵族は、10数余の台湾原住民のうちのひとつであり、山間部の台湾最大の淡水湖、日月潭沿いに居住している。邵族はかつて半農半漁で生計を立てていたが、日拠時代や国民党時代を経て居住地移転や漢化政策による生活困窮など、徐々に離散していった。震源地から10kmほどの日月潭は壊滅的な被害を受けた。邵族の住居も80%が全半壊した。建築家・謝英俊は「部族コミュニティ再生」を基本方針に、震災復興住宅を計画した((サオ)(台湾原住民)の復興村)。邵族にとって重要な伝統的に行われている祭事のために、広場を計画している。また、軒を深めに出すことで、半屋外の軒下空間が隣近所との相互交流を生むきっかけとなっている。構造は軽量鉄骨のフレームをベースとし、セルフビルドで行われた。南投県信義郷潭南小学校女性建築家・姜楽静の設計である。伝統的な家屋が設計の発想であり、学校を「家」のように捉えていた。敷地が45m×70mと普通の1/3程度しかないため、建物を敷地に対して真ん中に据え、建物の周りがトラックとなっている。

台湾は、もともと地形や土壌、気候上、お茶の栽培が適していて、小葉のウーロンや大葉のアッサムまで数多くの茶葉が生産できる。日月老茶場では店舗や飲食店を併せ持つ茶葉の工場を見学した。倉庫のような外観とは対照的に現代的な店舗空間、2階に上がると食事ができるスペースになっている。

 19951月阪神淡路大震災直後、神戸市長田区に建てられた坂茂設計による仮設の教会が、2005、台湾南投県埔里鎮桃米村に多くのボランティアの協力の下移設された。はるばる日本からやってきたペイパードーム(南投県埔里鎮新故郷文教基金会)がまちづくりの拠点となって、食之坊工之坊などと共にまちを活気づけていければと思う。

この日は農暦55日で、「端午の節句」子供の日であった。台湾では都会に出た者も田舎へ帰り、家族でお祝いし、粽(チマキ)を食べることが習慣である。今回、視察のラストは粽を中心としたおもてなしをして頂いた。20種類近く存在するというを観光資源としているこの地域ということで、蛙の様々なトーンの鳴声がわたしたちを迎えてくれた。(美和絵里奈、滋賀県立大学大学院)

2024年12月11日水曜日

政策課題研究「変革期にある大学に対する施策」、大学コンソーシアム京都・キャンパスプラザ京都、 2002年9月24日

 京都市委託研究:政策課題研究「変革期にある大学に対する施策」

2002年9月24日:大学コンソーシアム京都・キャンパスプラザ京都

テーマ:1.京都ブランド3)大学都市としての京都のあるべき姿-大学都市にふさわしい都市環境と「京都」の可能性:2.産菅学地連携:3.国際化と地域協力2)大学都市京都論: ―地域連携、大学連携、都市力が持つ可能性について―

                                              布野修司(京都大学)

 

0 

 ・個々の大学の経営戦略と「大学連携」:差別化と共存←自治体によるソフト、ハードを含めたインフラ整備

 →大学コンソーシアムの重点積極活用                          

       「ひと」+「まち」+「なりわい」→人(知)的資源+空間資源

→「大学のまち京都」→如何に何で稼ぐか?

       地域生活空間計画の充実

        

1 世界都市としての「京都」(基本理念)

   「京都」の特権性・・・センター機能をどう維持し続けるか    

    1 天皇の所在地としての京都→?

    2 首都機能→政治首都、経済首都???→遷都 機能移転

   ◎3 文化首都→日本文化の中心

      ◎4  学術の中心→京都学派、ノーベル賞・・・→○○学センター

   ◎5 歴史都市(古都)としての環境(景観)資源

      →観光都市 修学旅行のメッカ(マッカ)?→世界文化遺産都市→小京都連合センター      

   or 地方都市としての「京都」

「京都市」=ONE OF 地方自治体 特定行政都市←上位計画

  →従って調査は、京都がどれだけセンター機能を保持し続けているか、その実態を明らかにするものを軸とする

 

2 大学のまち京都→特権機能の強化?(指針)

   学びのまち: 家元、本山機能の維持   

  ・京都学:京都学派の再興?:日本文化研究センター?○○学センター、地球環境学センター(京都議定書)?アジア研究?・・・・       

  ・世界歴史都市としての京都:都市景観資源

Ⅰ 世界都市文化センター: 世界歴史都市会議:世界都市博物館

 

Ⅱ 世界木の文化センター:木の文化博物館:木の技術保存修復研修

 

3 「まち」づくり(都市計画 建築行政分野)の課題

   ・二分法の発想 紋切り型の議論→思考停止 解決の先送り: 北部保存南部開発:観光か開発か:景観か産業か:博物館都市構想:木都→学びの徒(学生と高齢者:生涯教育?)にとって暮らしやすいまち

     →地区(場所)の固有性へ 歴史の重層 新旧の併存 モザイク◎地区毎のヴィジョンの確立

    ・都市デザインボードの確立(長期展望の担保):啓発→企画・計画→実践→評価の一貫システム←都市デザイン分野における先進的仕組みをつくりあげることが第一の条件:アーバン・アーキテクト制(都市計画の一貫性担保):市立芸大学長?=シティ・アーキテクト:デザインコミッティ    

   ・都市環境資源(世界文化遺産)の維持管理システム:ひと・もの・わざ・・・技能・素材

    ◎京都景観基金◎法整備(条例を外すという特権)→構造改革特区 町家再生条例 独自の美観条例→ストックの活用・再生と内部フロンティアの発見: 循環型・環境共生型社会の実現 

 

4 「まち」を学ぶ仕組み

・・・京都CDL(コミュニティ・デザイン・リーグ)の試行(14大学24チーム) 42地区 タウン・ウォッチング フィールド・サイエンス 記録 提案 シンポ、断面調査 重点調査地区 

 

 

2024年12月6日金曜日

報告:アジアの都市と居住モデル,「都市におけるテクノロジーと人間に関する調査」研究会政策科学研究所,2001年10月29日

 政策科学研究所 

 「都市におけるテクノロジーと人間に関する調査」研究会
アジアの都市と居住モデル        20011029

 布野修司(京都大学)

 

 はじめに

   ・建築計画→地域生活空間計画

  ・カンポン調査(東南アジアの都市と住居に関する研究)

  ・「イスラームの都市性」研究

  ・アジア都市建築研究

  ・植民都市研究

             

 [1]布野修司:戦後建築論ノート,相模書房, ,1981615

  [2]布野修司:スラムとウサギ小屋,青土社,1985128

  [3]布野修司:住宅戦争,彰国社,19891210

  [4]布野修司:カンポンの世界,パルコ出版,1991725

  [5]布野修司:戦後建築の終焉,れんが書房新社,1995830

  [6]布野修司:住まいの夢と夢の住まい・アジア住居論,朝日新聞社, 19971025

  [7]布野修司:廃墟とバラック:建築のアジア,建築論集Ⅰ,彰国社,1998510

  [8]布野修司:都市と劇場:都市計画という幻想,建築論集Ⅱ,彰国社,1998610

  [9]布野修司:国家・様式・テクノロジー:建築のアジア,建築論集Ⅲ,彰国社,1998710

 [10]布野修司:裸の建築家:タウンアーキテクト論序説、建築資料研究社,2000310

 住居関連

[2]布野修司:見知らぬ町の見知らぬ住まい,彰国社,編著,1990

 [4]布野修司:見える家と見えない家,叢書 文化の現在3,岩波書店,共著

[6]布野修司:日本の住宅 戦後50, 彰国社,編著,19953

  [9]布野修司:日本の住居1985,戦後40年の軌跡とこれからの視座,建築文化,彰国社,共著,1985

 [29]布野修司:これからの中高層ハウジング,建設省住宅局,丸善,共著,1993

 [35]布野修司:講座 現代居住全5巻 第2巻 家族と住居,早川和男編,東京大学出版会,共著,19967

 [38]布野修司:21世紀の集合住宅・・・持続可能で豊かな社会をめざして,中高層ハウジング研究会,19983

 

[1]布野修司:環境の空間的イメージーーーイメージマップと空間認識,M.W.ダウンズ ダビット. ステア共編 吉武泰水監訳,IMAGE AND ENVIRONMENT---Cognitive Mapping and Spatial Behavior, edited by Roger M, Downs & David Stea, Aldine Publishing Co. Chicago 1973,曽田忠広 林章 布野修司 岡房信共訳,鹿島出版会,共訳書,1976

[2]布野修司:生きている住まいー東南アジア建築人類学(ロクサーナ・ウオータソン著 ,布野修司(監訳)+アジア都市建築研究会,The Living House: An Anthropology of Architecture in South-East Asia,学芸出版社,監訳書,19973

[3] 布野修司:植えつけられた都市--英国植民都市の形成、ロバート・ホーム著 ,布野修司+安藤正雄(監訳)+アジア都市建築研究会, Of Planting and Planning The Making of British Colonial Cities ,監訳書, 京都大学学術出版会、20017

 

アジアの都市と居住モデル

 

Ⅰ.東南アジアの都市居住・・・都市カンポンの構成

                         :スラバヤをめぐって

   ○スラバヤの都市形成過程とその構造

   ○カンポンの構成

   ○カンポン住居の類型と変容プロセス

 

Ⅱ.東南アジアのハウジング・プロジェクト

   ○東南アジア各国の住宅政策

   ○セルフヘルプによるハウジング

   ○インフォーマル・グループの試み

   ○カンポン・ススン

 

Ⅲ.スラバヤ・エコハウス

 

 

 

Ⅳ.アジアの都市型住居

    Cakranegara---Jaipur

     Katumandu(Hadigaon, Patan, Thimi) Lahore ---Ahmedabad---Delhi

     Beijing--- Kyoto

    Taipei

     Ulsan--- Kyongju   

 

 

地域生活空間計画研究フレーム

 

 Ⅰ 居住空間システム

 

 [8]布野修司,田中麻里(京都大学):バンコクにおける建設労働者のための仮設居住地の実態と環境整備のあり方に関する研究,日本建築学会計画系論文集,483,p101-109,1996.05

[17]田中麻里(群馬大学),布野修司,赤澤明,小林正美:トゥンソンホン計画住宅地(バンコク)におけるコアハウスの増改築プロセスに関する考察,日本建築学会計画系論文集,512,p93-99,199810

 

  ◎ヴァナキュラー建築 住居の原型? 集合の基本形式

 [7]脇田祥尚,布野修司,牧紀男,青井哲人:デサ・バヤン(インドネシア・ロンボク島)における住居集落の空間構成,日本建築学会計画系論文集,478,p61-68,1995.12

 [9]脇田祥尚(島根女子短期大学),布野修司,牧紀男(京都大学),青井哲人(神戸芸術工科大学),山本直彦(京都大学):ロンボク島(インドネシア)におけるバリ族・ササック族の聖地,住居集落とオリエンテーション,日本建築学会計画系論文集,489,p97-102,199611

[14]山本直彦(京都大学),布野修司,脇田祥尚(島根女子短期大学),三井所隆史(京都大学):デサ・サングラ・アグン(インドネシア・マドゥラ島)における住居および集落の空間構成,日本建築学会計画系論文集,504,p103-110,19982

 

 

  Ⅱ カンポン・ハウジング・システム

 

 [1]布野修司,前田尚美,内田雄造:「インドネシアのスラムの居住対策と日本の経験との比較」  第三世界の居住環境とその整備手法に関する研究 その1,日本都市計画学会 学術研究論文集 19,1984

 [2]布野修司,前田尚美,内田雄造:「インドネシアのカンポンの実態とその変容過程の考察」  第三世界の居住環境とその整備手法に関する研究 その2,日本都市計画学会,学術研究論文集20,1985

 [6]布野修司:カンポンの歴史的形成プロセスとその特質,日本建築学会計画系論文報告集,433,p85-93,1992.03

  ・カンポン・インプルーブメント・プログラム(KIP) 

    ・ルーマー・ススン

[12]布野修司,山本直彦(京都大学),田中麻里(京都大学),脇田祥尚(島根女子短期大学):ルーマー・ススン・ソンボ(スラバヤ,インドネシア)の共用空間利用に関する考察,日本建築学会計画系論文集,502,p87~93,199712

    ・スラバヤ・エコハウス

 

  Ⅲ 街区組織と都市型住居 Urban Tissues

    グリッドThe Grid  

    コスモロジーCosmology 

    イスラームの都市原理 Hindu City & Islam City 

    棲み分けSegregation 

    街区組織と地域社会Block Pattern and Community Organization 

    Urban House Prototype

 

 

[10]布野修司,脇田祥尚(島根女子短期大学),牧紀男(京都大学),青井哲人(神戸芸術工科大学),山本直彦(京都大学):チャクラヌガラ(インドネシア・ロンボク島)の街区構成:チャクラヌガラの空間構成に関する研究 その1,日本建築学会計画系論文集,491,p135-139,19971

[11]布野修司,山本直彦(京都大学),黄蘭翔(台湾中央研究院),山根周(滋賀県立大学),荒仁(三菱総合研究所),渡辺菊真(京都大学):ジャイプルの街路体系と街区構成ーインド調査局作製の都市地図(1925-28)の分析その1,日本建築学会計画系論文集,499,p113~119,19979

[19]山根周(滋賀県立大学),布野修司,荒仁(三菱総研),沼田典久(久米設計),長村英俊(INA):モハッラ,クーチャ,ガリ,カトラの空間構成ーラホール旧市街の都市構成に関する研究 その1,513,p227~234, 199811

[20]黒川賢一(竹中工務店),布野修司,モハン・パント(京都大学),横井健(国際技能振興財団):ハディガオン(カトマンズ,ネパール)の空間構成 聖なる施設の分布と祭祀,日本建築学会計画系論文集,514,155-162p,199812

[22]竹内泰,布野修司:「京都の地蔵の配置に関する研究」,日本建築学会計画系論文集,520,263-270p,19996

[23]韓三建,布野修司:「日本植民統治期における韓国蔚山・旧邑城地区の土地利用の変化に関する研究」,520,219-226p,19996

[25]闕銘宗(京都大学),布野修司,田中禎彦(文化庁):新店市広興里の集落構成と寺廟の祭祀圏,日本建築学会計画系論文集,521,p175181,19997

[28]トウイ,布野修司:北京内城朝陽門地区の街区構成とその変化に関する研究,日本建築学会計画系論文集,526,p175-183,199912

[29]Mohan PANT(京都大学),布野修司:Social-Spatial Structure of the Jyapu Community Quarters of the City of Patan, Kathmandu Valley, カトマンドゥ盆地・パタンのジャプ居住地区:ドゥパトートルの社会空間構造 ,日本建築学会計画系論文集,527,p177-184,20001

[30]根上英志,山根周,沼田典久,布野修司:マネク・チョウク地区(アーメダバード、グジャラート、インド)における都市住居の空間構成と街区構成,日本建築学会計画系論文集,535,p ,20009

[31]正岡みわ子,丹羽大介,布野修司:京都山鉾町における祇園祭と建築生産組織,日本建築学会計画系論文集,535,p ,20009

[32]トウイ,布野修司,重村力:乾隆京城全図にみる北京内城の街区構成と宅地分割に関する考察,日本建築学会計画系論文集,536,p,200010

 

 

 Ⅳ 世界都市史研究

 

 植民都市研究 All cities are in a way colonial

      Pretolia New Delhi Canberra

      Munbai Chennnai Calcutta

      田園都市計画

 

 

 

補1 21世紀の集合住宅 3つの供給基本モデル

A モデル設計の5つの柱 

        スケルトン分離

       オープンシステム

       居住者参加

       都市型町並み形成

       環境共生

B 供給モデル

  o型 one owner

       a型 association

       b  bond

C スケルトンモデル

        O型 柱列型 column

        A型   壁体スケルトン wall

       B型 地盤型スケルトン base

*(OAB)x(abc) 

 

  補2 住居をめぐるいくつかのアクシス 住まいの夢と夢の住まい

      所有形式(所有-無所有、定住-移住、恒久-仮設)

      集合形式(独居-群居、男性-女性、複数家族ー核家族)

      空間形式(有限-無限、限定-無限定、自由-不自由)

      環境形式(場所-無場所、自然-人工、地下-空中)

      技術形式(画一性-多様性、自己同一性-大衆性、地域性-普遍性)

      象徴形式(生-死、コスモス-カオス、永遠ー瞬間)

 

布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...