Traverse08 前記
今年に入って、3度、中国に行く機会があった。6月(北京)、7月(上海)は、日本建築学会の短期の仕事であったが、中国の勢いに気圧(けお)されそうであった。とにかく、北京オリンピックを目前にした中国は元気である。中国建築学会では、200を超える新しい作品をスライド・ショウの形で見せてもらったが、その斬新性と多様性には驚くばかりであった。中国は実に広い。しかし一方、中国は大丈夫か、とも思う。北京は大気汚染がひどい。渋滞はバンコクなみである。上海の繁華街はずいぶん「柄」が悪くなった。著作権侵害の問題、食品安全の問題、異常気象・・・中国社会の闇の問題が次々に明るみに出つつある。8月中旬には、西安から洛陽、鄭州、開封、東西500キロを往復した。夏王朝の遺址と考えられる二里頭遺蹟や鄭州商城などを訪れる東アジアの都城に関する研究プロジェクトの一環であったが、いわゆる「中原」の風景に初めて触れた。黄河も初めて見た。中国は奥深いと思う。
この中国行に先立って、ウズベキスタン(タシュケント、サマルカンド、ブハラ、ヒヴァ)を訪れた。シルクロードに触れるのは初めてであったが、『ムガル都市』の仕上げを現地で書きながら、改めてユーラシアの歴史を思った。また、砂漠を走りながら、地球温暖化問題を肌で感じることが出来た。パミール高原の氷河の水をアラル海に運ぶアム河とシル河に囲まれた地域は古来マー・ワラー・アンナフル(川向こうの地)と呼ばれて、ユーラシアの歴史の興亡の舞台であったが、今も世界の注視を集める。知られるようにアラル海が消滅しつつあるのである。灌漑農地の拡大によって、水不足が慢性化している。そして、マー・ワラー・アンナフルは、インド、パキスタン、アフガニスタン、イランに接する。イスラーム世界の激震地帯でもある。
中国の次に焦点となるのはインドである。わが国の首相も遅ればせながらインドを訪れた。中国とインド、この二つの大国で25億人である。インド市場がどんどん開けば、建築家も引き寄せられるであろう。意欲ある若者は「インドへの道」を目指すべきだ。
しかし、グローバルな経済に翻弄されない道を目指すべきこともまた一貫して問われてきたのであり、模索されるべきだ、といいたいのだけれど。
布野修司/編集委員会
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