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2025年5月19日月曜日

うさんくさい呪文,日経アーキテクチャー,日経BP社,1995

うさんくさい呪文,日経アーキテクチャー,日経BP社,1995

環境共生住宅 うさんくさい呪文

布野修司

 

 「環境共生」という言葉を随分耳にするようになった。というか、猫も杓子も「環境共生」という時代である。「持続的発展」という言葉もそうだ。「地球環境問題」が強迫観念となる中で、このふたつの言葉はなにかお呪(まじな)いのように唱えられつつある。

 建築、都市計画の分野も例外ではない。エコ・ハウス、エコ・シティといった言葉が頻繁に唱えられる。しかし、その実態はどうか。

 環境共生住宅(エコ・ハウス)とは何か。建設省の定義によると、「地球環境を保全する観点から、エネルギー・資源・廃棄物などの面で充分な配慮がなされ」、「周辺の自然環境と親密に美しく調和し」、「住まい手が主体的に関わりながら健康で快適に生活できるよう工夫された」住宅である。なんだかよくわからない。地球環境の保全というのはいいにしても、エネルギー・資源・廃棄物などの面で充分な配慮とは何か。自然環境と調和するとはどういうことか。快適な生活とは何か。定義だけからは具体的なイメージはわいてこないのである。

 「地球環境問題」に対する住宅レヴェルでの対応と理解すればまだ具体的かもしれない。しかし、オゾン層破壊、温暖化、酸性雨、砂漠化、海洋汚染、核廃棄物処理といった地球規模の問題に個々の住宅のあり方はどのように結びつくのか、必ずしも道筋は見えないのではないか。大気汚染、水質汚濁、ゴミ処理、騒音、・・・といった公害の素因を可能な限り最小化すること、また、資源を可能な限り循環的に利用するということは共有されているといえるだろうか。しかし、住宅に即してはどうすればいいのか。環境共生住宅といっても、スローガンばかりで日本の住宅そのものはちっとも変わりそうにない。

 雨水利用、中水利用、太陽熱利用、風力発電、地熱利用、・・・様々なエコ技術が取り沙汰されるけれど、いずれも一般化にはほど遠い感がある。今の所コストがかかりすぎるという。例えば、古紙にしろ、空き缶や空き瓶にしろリサイクルにコストがかかる。しかし、限られた資源を有効利用するというのであればコストをかけるのは当然である。同じように、いま脚光を浴びるエコ技術が真の意味で「地球にやさしい」のであれば、コストがかかろうがシステム転換すべきではないか。しかし、一向にそうした動きが見えてこない。どうもあやしい。うさんくさいのは、省エネルギー化、あるいは自然エネルギー利用の最大化といった主張がかえってエネルギー浪費的だったりすることである。

 東南アジア(湿潤熱帯)におけるエコ・ハウスのあり方についての研究を開始して、今更のように気づくことがある。つまり、われわれははもともと「環境共生」的なあり方をしていたということだ。ソーラー・エナジーだ、ビオトープだ、バイオガスだ、といわなくても、自然環境と共生してきたのである。エコ・ハウス、エコ・テクノロジーというけれど、まずは、ヴァナキュラーな住居集落のあり方に学ぶのが原点ではないか、とJ.シラス先生(スラバヤ工科大学)には一喝されてしまった。先進諸国がエネルギーを浪費しておいて、発展途上国に「環境共生」を押しつけるのは欺瞞ではないか。自分だけはクーラーを使っておいて、熱帯地域の人はクーラーを使うなというのはおかしいのではないか。そう問いつめられると、日本の環境共生住宅とは一体なんだと思わざるを得ない。

 「持続的発展」論も、同じようにいかがわしい。南北問題を覆い隠すからである。本気で環境共生住宅を実現するのだとすればエネルギー消費を下げる試みがあらゆるレヴェルでなされる必要がある。ますます人工環境化を進める日本に果たして可能なのか。環境共生住宅といいながら、エネルギー消費は増大している、そんなまやかしであれば、スローガンだけの方がまだましである。


 日本の住宅:戦後50年

                                       布野修司

 

 住宅不足数420万戸から出発して50年。日本の住宅はこの半世紀の間ににどこまできたのであろうか。あるいは、どのように変化したのであろうか。無味乾燥な統計データから読めることもある。

 まず、現断面をみてみよう。年間住宅着工戸数は1990年に171万戸、バブル崩壊があって、130万戸台に落ち込んだ後、徐々に回復し1993年には149万戸となった。1994年に入って、毎月発表される住宅着工統計の推移をみると(()内は1993年)、5月、13.0万戸(11.5万戸)、7月、14.5万戸(13.7万戸)、9月、13.3万戸(13.6万戸)とほぼ回復基調にあるとみていい。内容を見るとどうか。2割を超えたプレファブ住宅の割合が若干減りつつある。プレファブ住宅でも、好調であった賃貸住宅が減り、持家が増えている。それに対して、木造住宅の減少に歯止めがかかり、非木造の共同住宅が増え始めている。

 全国で住宅総数(ストック)が世帯数を超えたのが1968年(全県では1973年)、「量から質へ」がスローガンとされてから既に20年になる。焼け野原に無数のバラックを建てることから出発した戦後のゼロ地点と比較してみればなんと遠くまで来たことか。この半世紀の、とりわけこの30年の日本の住宅の変化は実にすさまじいとつくづく思う。日本の住宅はこれからどこへ行くのか、建築家はなにをなしうるのかを念頭に置きながら、うらなってみよう。

 ①ストックとしての住宅:フローからストックへ!、スクラップ・アンド・ビルドではなく社会基盤としての住環境を!とよくいうのであるが、果たしてそれは可能か。住宅着工戸数を加えてみると、この30年で日本の住宅はそっくり建て替えられたことになる。要するに、日本の住宅は現在30年を耐用年限としてリサイクルしつつあるのであるが、これを50年、100年の循環に切り替えることは実際如何に可能なのか。容易ではないだろう。住宅生産者社会の編成、ひいては日本の産業構造、国民総生産の動向にかかわるからである。建設産業の従事者が例えば半減するとすれば、自ずと建設戸数は減少するし、耐用年限は伸びる。建築家として、個別になしうることは、素材を素材としての生命を全うさせる、あるいは再生循環させるありかたを追求することであろう。そうした意味では、各地の古民家再生の試みや古材の回収センターの試みは評価できる。住宅メーカーのセンチュリー・ハウジング(百年住宅)は信用できない。

 ②町並み景観としての住宅地:日本の住宅地の景観は、日本の住宅生産構造のそのままの表現でもある。それが雑然としているとすれば、住宅生産システムが多様で混沌としているからでもある。この生産システムの雑然とした棲み分けの構造をどうすべきか。地域に固有な町並み景観の形成という観点からも再編成が考えられるべきであろう。景観形成のための材料や部品が安定的に供給されるシステムが地域毎に成立する可能性は果たしてあるのか。一方、この間の公共住宅の画一性を破るいくつかの意欲的試みは評価できる。これまで、あまりにも様々な制約や固定観念に囚われてきたということか。但し、住戸の構成は画一的nLDK住戸パターンのままで、ファサードだけを町並みデザインのテーマとするのは怠慢である。

 ③都市型住宅:住宅を社会的ストックと考える見方、あるいは町並み景観として住宅群を考える見方が成熟しないのは、都市的集住の型が成立していないことと大いに関係がある。個々の住戸を日照時間といったわずかの条件に依りながら単に集合させる形の集合住宅の帰結はこの50年で明らかになったとみていい。新たな住戸型を含む新たな集合住宅のイメージが求められている。所有と使用の分離、共用空間概念の社会化など、の

    




 

布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...