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2026年4月7日火曜日

布野哲郎 健康メモ 闘病記

 布野哲郎 闘病記 健康メモ 

 

健康メモ

   1991年

  6月14 木次町里方1093番地47雲南クリニックで前立腺検診。初診財団法人前立腺研究財団山陰事務所所長・鳥取大学名誉教授・雲南クリニック院長  医学博士  後藤甫:事務所  島根県大原郡木次町大字里方1093-47   TEL(08544)2-5275:自宅 鳥取県西伯郡岸本町吉長 28-6  TEL(0859)68-2108 :検査  排尿時間40秒(普通25秒位) 残尿量40cc。直腸から触診エコー撮影 手術を要するか要しないかの限界。薬をもらう(週間)

  6月28 雲南クリニック再診  薬は長期に服用を要し  松江日赤病院   浜本隆一先生に紹介状を貰う(カルテコピー添付)。

  7月 2(火)日赤ひ尿器科初診  浜本副部長  頻尿の薬1週間分

  7月 9  日赤再診  尿道膀胱検査、尿道から造影剤を入れて? レントゲン写真を撮る、前立腺肥大それほどでない。残尿量は多い。当分薬は続ける。 POLLAKISU3  Perselin

  7月23(火)POLLAKISU Perselin  Halcion 0.25睡眠薬

      24  パ-セリン(頻尿の薬)ハ服用シナイデ  ツチラ猪苓湯 (医療用を試用  8月6日(火)  8月20日(火)  9月3日(火)  薬のみ2週間分

  8月 1  朝日公民館で肺ガン検診レントゲン撮影

6  同喀痰検査

  8月20  胸部X線検査要精密検査の通知  28日喀痰検査異常なし通知   松江地区広域行政組合  保健防疫課

  9月 2  国立病院内科初診  吉田先生  血液検査採血  胸部X線撮影   平成3年のX線写真右下の方に、平成1、2年の写真にない陰りがあって要精密検査となったもの。9月2日の写真ではその陰りの痕跡があるが、かなり薄くなっている。(四ツ 切リ)

  9月 4  国立病院  内科再診  胸部 C.T撮影16枚。

  9月 9  国立病院  内科再診  吉田先生C.T 写真説明.点々と(粒々)肺の組織が壊れたところがあり、煙草を止めないと息切れがひどくなり肺気腫の恐れがある。右下の陰りのとこころは、これ以上検査の必要はない。以上。

  10 1  日赤ひ尿科再審当分中止する。パ-セリン とハルミオン は暫くストックあり、頻尿の薬は福庭医院の漢方薬ツチラを続ける。

  10 2  福庭医院再審、老人検診を受ける。身長163.5cm 体重60Kg  血圧120/80  検尿蛋白-糖- 0時間.潛血-血液検査コレステロ-186血糖値125mg/dl心電図著変なし.胸部X線写真著変なし

       8  古瀬眼科医院,精密眼底検査 審査所見:両眼混合乱視 老人性初発白内障S.H.T(0)  S.A.S(0) I.O.P  R 13mmHg L 15mmHg

  1125  秋になって体調が良くないので1020日頃から朝無理をして歩かないことにした  福庭先生は季節的な関係があるようだといっていた  物置の整理で物の上げ下しはきつい連続した作業は息切れがする  1124日食欲がないおなかがごろごろいう腸感冒かもしれない今日は朝はお粥昼は抜いた

  12 2  10日程前から下の義歯にひびが入ったので作り替えのため石原歯科に行く、型とり。 6日本番型とり。10日噛み合わせ調整。14日歯並びチェック調整。20日義歯完成装着。24日最終点検調整。(保険対象だけ)

  1225  福庭医院再審日であるが飲み忘れで4週分くらいストックしているので年末年始通院せず。以前から頻尿が気になっていて前立腺の検査をして貰おうと思っていた。91年初めからのメモを見ると夜間2~3時間置きに尿意があって明け方は更に間隔が短くなり朝食が終わると1日中眠い眠いと言っていた。検査を受ける前から秋頃までは夜間1時間半から2時間半位の間隔であったが日赤の薬は止めて漢方薬ツチラに変えてしばらくしたら夜間2時間半から3時間半くらいの間隔になり夏頃のように気にならなくなった。  息切れは煙草を止めないからだんだん調子が悪くなり10月中頃から朝歩きを休んだ。後半は概して不調だった。この1年の喫煙本数:1月  57本、2月 171本、3月 139本、  4月 123本、五月  20本、6月 100本、7月 274本、8月 300本、 9月 194本、10 281本、 11 184本、 12 196本、 合計2039本、

 

1992年

01/04 十日程前、朝起きた時右手親指の付け根が痛かった。それから後も直らない、特に夜中に起きた時にボ-ルペンを持つと痛くて字が書けない。腱鞘炎のように思うので嘉本医院に行って診察を受ける。(この前左手親指の腱鞘炎は89/56)レントゲンを撮り、親指の付け根に注射を打ってもらってチュウブ入り塗り薬をもらう。

02/01 1/11.1/18.1/25まで計4回注射を打って薬を塗って様子を見たが注射を打った日と、次の日くらいは少しよいが、捗々しい改善は見られず、1月中頃からは親指の関節が曲げにくくなったので注射は止めにして手術をすることになり必要な血液検査だけしてかえる。

  /07 右手親指腱鞘炎手術 12;0012;45 痛み止めと化膿止めの錠剤をもらって14;00 帰宅。/15 2/8.2/10.2/12.2/13嘉本医院術後処置化膿止め注射に通院。

02/14 抜糸、2/15 まで通院。一応治療は終わっているが医者は1週間後にまた見せてくれという。今は右親指が左に比して少し太い感じ、少し熱持った感じ、指を曲げる感じも少なめの感じ、親指の先腹の方が可なりしびれがある。

 

1993

02/08 昨日母の13回忌の法要で、隆栄も一緒に往復小室の車に乗せて貰って知井宮に行った。帰ってから胃を悪くしたような感じであまり食欲がなかったので絶食して在宅。雪になり寒さが戻り4℃くらい

  /09 気温0℃~6℃胃の調子悪く、置き薬(胃薬)を飲んで在宅休養する。風邪気味である。

  /10 気温2℃~8℃、体温37.1℃はっきり風邪だと思うので講演会出席等予定を変更して在宅休養する。

  /11 建国記念日、

/12 休んでいても良くならないで /14は病院が休みなので土曜日福庭医院へ行った。体温38℃、レントゲン写真を撮って解熱剤、胃薬、抗生物質(?)を貰って帰り、取り敢えず食間服用になっている解熱剤を飲んだら、すぐに吐き気を催してきて慌てゝ便所に駆け込んだが何も食べていないので吐くものはなかった。無理に夕食を少し食べて胃薬や咳、痰の薬を飲んで寝た。夜中に呼吸が困難になって目が覚めた。ベッドの上に座って大きく息をしようとするがどうしても空気が足らない感じである。午前2時日曜日である。家内を起こしてみてもどうすることもできないだろう。福庭先生に電話してみても日赤の急患受付に連絡しておいて、救急車を呼んで行けと言うことになり、病院で酸素吸入点滴してしばらく入 院だろう。こんな考えが頭の中をぐるぐると駆けめぐる。それにしても困ったな困ったなと思いながら、洗面器のところまで出てうがいしていたら痰が出たせいか段々呼吸が楽になってきた。

  /14 呼吸困難は4年前にも経験していて大変苦しい。怖くて滅多に薬も飲めない気がする、おそるおそる薬を飲んだりのまなんだりで熱は下がらない。時々咳は出るがそんなにひどいことはない。17日の定期通院日まで様子を見る。

02/17 体調が良くないので朝ゆっくり福庭医院へ出かけることにして先に散髪を済ませてから医院に行った。様子を話して症状は変わらないといったら、薬も飲まなければ良くもならないと云ってもう一度レントゲン写真を撮ってもう肺炎を起こしているから入院しなけれならない。家では酸素の設備が出来ないから無理だということだった。病院は日赤に呼吸器科が出来ているので日赤の病室を聞いて貰ったら、室があったので福庭医院から紹介状とレントゲン写真2枚を預かって、中央ビルから家に入院することを連絡して置いた。

 

    炎 : 日      院(93/02/1793/03/02

02/17 日赤の急患受付に行って採血血液検査、胸部レントゲン写真を撮影(正・側面)。とりあえず3階の整形外科の病室に入る北側の小さな個室で差額\2000-/day、一度家に帰ってスクーターを置いて、入院の支度をしてタクシーで隆栄と一緒に引き返して夕食から入院。 夕食が済むと酸素吸入と点滴を始める。点滴は小さい方が30分くらい、終わって大きい方が2時間くらいの予定だが時間が延びて終わった時は23時だった。24時眠りに入るも寝つかれず。看護婦から安

 /18 定剤貰って飲む。朝食 830分、点滴開始1030分、昼食13時~ 夕食18時~1830分、19時点滴小開始、1920分大に切り替え2130分終了。

  /19  5時昨日から一昼夜の尿量測定終了、11回計1,630 cc7時トイレ、洗面ひげ剃り、30分採血、50分検温36℃、810分朝食、9時ガウン着替え、20分点滴開始、11時痰切りをよくするための吸入とか、別な吸入器が持ち込まれてテストに装着したが、とても 5分と続けて吸入出来るものでなくすぐにやめた。1230~昼食、1340分~1410分身体拭きこの間用便。1450  7階に室を変わることになる。謡曲巴を聞きながら支度、1530分頃 7階西 733室に入室1615分点滴 500cc開始、1710分隆栄来る。18時~1830分夕食、1845分隆栄帰る。19時~1920分田中先生回診、血液検査検便の結果、血糖値が300と高く、便に潜血反応が出ているのが問題だ。肺炎の治療に平行してこれら問題点にどのように対処していくかということであったので、私としてはここでは当面肺炎の治療に限定して欲しいと希望し た。(4年前に気管支喘息重責発作肺気腫で呼吸困難を起こし入院した時の検便でも潜血反応があり、外科でも診て貰ったが分からなかった。2年ほど前に市立病院で直腸の検査をして貰ったが、異常なかった。時々検査を受ける必要はあるが別に考える。糖尿病は今薬も飲んでいないし、ここで少々入院期間を延ばしても具体的に治療効果が上がるものだろうか自分に今それをやるだけの気持ちがないので。田中先生はそれらの治療は患者の意志選択で自分としてはこだわらないということだった。) 1920分体温36.4℃、20 5分点滴小さい方に切り替え2030分完了、21時消灯、謡曲巴を聞きながら眠る。21;30'22;50'23;30'    

/20 0;45'1;55'3;20'5;20'、と 7回も排尿、7;00' 起床到底眠れず。

  /20 8;10' 8;30' 朝食(パン)8;40'家に電話して囲碁講座買ってきて貰うよう頼む。8;50' 用便、9;00' 室の掃除、10;30'点滴開始、11; 00' 大に切り替え、隆栄来る。 12;10'昼食12;35'了、隆栄図書館ボランティアでプラバーホールへ。14;10'点滴終了14;50'検温36.5℃、16;20 点滴開始、17;35'夕食18;10'19;10' 点滴 500cc了切り替え   19;35'完了、19;15'隆栄帰る。21;15'22;50' 排尿、23;15'うがい

  /21 日曜1;05'3;20'5;10' 排尿うがい、7;05' 起床、 7;30' 用便、検温36.3℃、8;00'朝食8;30'8;40' 洗面ひげそり、8;50' 隆栄来る. 9;15'点滴小開始 9;45'了大に切り替え、 10;50'中断、 11;15'再開      12;10'昼食12;40' 13:00'午前の点滴完了、 14;30'下着取り替え,14;45'検温37.1℃、16;10' 点滴大開始、17;40'夕食17;55'18;10'、点滴小に切り替え、18;40'点滴小完了、 18;50'排便、20;10'21;10'

  /22 22;40'1;20'4;00'排尿、5;40'採血。 7;00'排便洗面支度する、昨夜咳少なく、今朝うがいしても痰が少ない。7;50' 朝食8;20'    隆栄が来る、10;00'検温36.6℃、10;30'点滴小開始10;50'大に切り替え、12;10'昼食12;30'了、12;50'点滴終了。13;30'胸部レントゲン写真撮影。14;00'検温36.3℃、16;35'点滴500cc 開始、隆栄来る 。17;50'夕食18;10'19;00'点滴小に切り替え、19;25'終了。20;20'田中先生回診。肺炎は殆ど良くなったように思うが、時に息切れを感ずることがある。点滴に気管支拡張剤に変わる薬が入っているだろうかと聞いてみた。先生は入っているが点滴は一時的に薬の血中濃度が上がるが、点滴と点滴の間は下がる。その点従来服用していた錠剤は平均して薬効があるように設計されている、明日から点滴(500cc)は止めて、錠剤に変更するということになった。 今まで夜間排尿回数が多いのに加えて夕方から消灯前までに500cc の点滴するので閉口していたが少し助かった。病室は暖房でも温度調整が難しいし、空気が乾燥し過ぎるし、夜はボイラーが止まると寒いので家から電気毛布を持って来て夜だけ使っていた。20;40'23;10' 排尿、

  /23()02;10'03;40'排尿、6;40' 起床、用便、洗顔、ひげそり、 昨夜一晩中西風がヒュルヒュル窓を慣らす、今朝7時半雪になる。 8;00' 朝食8;30' 皆食べる錠剤飲む。8;40' 家に電話する。8;50' ナース前体重測定 56.5 Kg (3.5Kg 痩せた。新聞買って来る。  9;20' 身体拭き、10;10'検温36.3℃、血圧測定、10;15'点滴10;40'   12;10'昼食12;30'14;40'検温  脈、  16;00'田中先生回診、昨日の朝採血の血糖値は230 だったと。食事は入院した日だけ普通食だったが、折角良い機会だから糖尿食にして貰って、味やカロリーを家で食べているのと比較して体験することにしていた。カロリーは1,660calで、みんな食べていたが病院では全然カロリーを消費するほど動かないから1,440calに落として貰った。 酸素吸入はもう必要ないからと先生が止めてくれた。退院の見通しを聞いてみたら、抗生物質の点滴を午前午後続けて肺炎を完治して置く必要あり、僕の場合は呼吸器の弱者だから少なくとも来週まで様子を見る必要があるということだった。外出は届けをすれば可。17;30'隆栄来る。18;00'夕食18;20'、 錠剤飲む。19;00'点滴19;20'  隆栄帰る。20;20'トイレ、22;55'トイレ 。

  /24()01;40'03;00'05;25' 排尿、6;30' 起床電気毛布片付け洗面。昨夜から断続的に積雪、平野部でも今朝12cmでこの冬一番の積雪。外気温-0.1 ℃、用便、売店へ新聞買いに行く。 8;10' 朝食8;40' 錠剤飲む、9;20' 石原高橋さんと、中金宅和さんと電話打ち合わせ。 9;30' 身体拭き9;50' 10;40'隆栄来る。12;15'昼食12;35'~休養  14;00'病院の中散歩(渡り廊下往復)14;50'15;00'検温36.2℃。15;45'農林中金宅和さんから花を貰う。16;20'隆栄帰る。16;25'婦長が話して行く16;40'17;50'夕食18;00'了、19;40'点滴20;00'了、20;10'田中先生回診。20;30'トイレ 就寝、22;35'0;00'トイレ

  /25 01;40'03;10'トイレ、 06;20'起床電気毛布方付、洗顔、07;20'用便。07;40'売店に新聞を買いに。07;50'朝食08;10'錠剤を飲む。  09;30'点滴09;50'10;30'トイレ、11;30' 検温35.5 12;15'昼食12;35'12;50'外出許可を貰って帰宅する。昨日からの囲碁棋聖戦衛星放送を見ながら駐車場料金計算をして、明朝高橋さんがとりに来たら渡せるよう準備しておく。ゆっくり風呂に入って、下着からすっかり着替えて、身の回りのもの後5日間病院でいるものいらないもの取り替えてタクシ-を呼んで帰院17;50'  18;05'夕食18;20'20;40'点滴 21;05' 21;10'22;50'トイレ。

 2/26 0;10'トイレ、02;00うがいトイレ、4;20'トイレ、05;30'トイレ洗顔、05;50'採血。08;00 朝食8;15' 8;30'家に電話する 8;40'用便、9;20' 身体拭き。09;30'駐車場売り上げ表計算整理。 10;30' 点滴10;50'11;30'レントゲン写真撮影。12;15'昼食12;30'、隆栄11;30'2;0015;50'今日は温かで院内散歩16;20'17;55'夕食18;05'18;30'レシャード先生突然病室に来てしばらく話す。要するに血糖値の高いのも無関係でないからゆっくり完全に直したが良いといった話で、具体的な話でないから何とも言えない。19;00'呼び出しがあり、レシャード先生と病室を出て、田中先生の説明を聞きに詰め所に行く。田中先生がシャーカステンに止めた写真で、気管支、肺気腫、肺炎を説明してくれる。気管支拡張症もあると。気管支拡張症はこの時初めて説明を聞いた。CRPの数値が今度入院した2/1719.02/22 (4.9 、今朝の採血で2.3 であった。CRPは炎症の度合いを示す数値でこの場合は明らかに肺炎によるもので、正常値は 0であるが、5>が一つの目安、10<は要入院であると。だから今回入院する時点では異常に高い数値を示していたし、今2.3 まで下がったが、この後 1> 迄下がるかどうかは分からない。このまま発熱がなければ来週は退院できるだろうが、従来から服用していた錠剤は、やはり福庭医院で出して貰うのが良いだろうと。体調がもとに還り安定したら、呼吸器科外来で肺機能の検査をして 貰うことにした。20;30'トイレ うがい、20;40'点滴21;05'22;40'トイレ 。

  /27 0;20'トイレ、2;05'3;20'トイレ安定剤を貰う。6;40' 起床、検温、電気毛布片付け、洗顔、新聞を買ってくる。8;00' 朝食8;30'9;50' 用便、10;10'家に電話カメラを注文。10;40'点滴 11;00' 11;40'散歩12;00'12;05'散歩12;25'13;3014;30'代々木へ電話、不在。15;30'検温36.1℃。18;05'夕食18;25'、隆栄17;50'晶子と琢也の見舞い手紙持ってくる。19;15'帰る。19;40'京都美智子さんと晶子にTEL、見舞いありがとう。琢也二度目の風邪39.5℃で電話口に出られず寝ている。土曜日で医者にかかっていない。晶子も37℃くらいか、期末試験だから休めないと。20;00'点滴 20;20' 20;30'家に電話して明朝謡曲の録音の仕方を説明する。20;50'消灯就寝。

  /28  0;50'2;20'3;50'トイレ、6;15'起床洗面、電気毛布片付け。 7;00'検温36℃。新聞買いに、 8;05'朝食8;25' 8;50' 用便。9;10'点滴9;40'10;10'代々木に電話。12;00'昼食12;15'13;00'隆栄来る、15;00'検温 36.4 ℃。16;00'隆栄帰る。17;25'17;50'院内渡り廊下散歩。17;50'夕食18;10' 18;20'肩・腰が凝るようで、看護婦さんに貼り薬を貼って貰う。20;20'点滴20;50'22;30'トイレ、

 3/01  0;30'1;50'トイレうがい、3;30' 5;00'トイレ、6;20' 起床洗面。7;50'朝食8;10' 8;40' 用便、8;50' 家に電話。9;00'身体拭き、下着替え9;20' 10;00'田中先生回診。点滴は今晩までとし、明日から錠剤にする。熱も出ないので、明日退院して良いと云われたので、3月2日昼食後退院と決定して手続きして貰うことにした。退院後最初に呼吸器科の外来に行くのは3月10日(水)として、それまでの抗生物質(肺炎の薬)と、気管支拡張剤、吸入薬アトロベントを出して貰う。10;40'点滴11;00'12;00'昼食12;20'14;00'検温36.7℃。15;50'預金引き出し、通帳記帳して隆栄くる、18;00'帰る。  17;00'薬局から退院後の錠剤を受け取る。18;00'夕食18;10'19;30'トイレ 、20;10'点滴20;40'21;00'23;00'トイレ 。

 /02  0;40'2;20'4;10'トイレ、6;20' 起床洗面、  7;50' 2階外来の受付状況を見に行く。 8;05' 朝食8;20' 9;00' 体重測定 56.5 Kg9;05' 用便。11;00'退院手続き、支払い  44,031- 12;10'昼食12;30'、検温。13;30'隆栄来て、ゴミを捨てて詰め所に挨拶して退院する。タクシーで帰宅。呼吸器科部    レシャード             主治医  田中文啓  7階西      小森恵子

 

                   

03/03 2日に退院して3日にピノまで行ったが、冷たい外気に当たると少し熱がある感じだったので、以後外出せず、美保さんが絢子を連れて帰っていたが、在宅して安静に努めるようにした。熱は午前中は36℃~36.5℃、午後から夕方は36.5℃~37℃で微熱が続いていた。 自分の場合体調が良いときには体温は36.5℃以下だと思っている。

03/10(日赤呼吸器科初診、血液検査、レントゲン写真撮影の後、聴診器による診察。前記の体調を説明する。肺機能検査するためには今の薬をもう1週間続けて様子を見る。福庭医院には手紙に添えて写真を返して1週間先から気管支拡張剤を出して貰うことにする。

03/17(日赤呼吸器科再診、血液検査、レントゲン写真撮影の後、田中先生が写真を見て大変良くなっているという所見。聴診器による診察があって体調を聞かれるので、前回の診察日以降は熱もないし調子は良いが、無理もしてないのに左胸に微かな疼痛を感ずることが2日あったといったら、昔肋膜かなんかやった後があってそれを刺激するとそんな感じがすることも考えられると。もう1週間肺炎の薬を続けて24日には肺機能検査をすることにする。

03/22 久しぶりの晴天、気温も15℃くらいに上がったので、いつものコースを歩いたが、体重が56.5Kgと減っているので息切れはいつもより楽、ただ足が出ない、上がらない、うんと時間がかかった。

03/24(日赤呼吸器科再審、肺機能検査とレントゲン写真撮影の後、聴診器による診察を終えて、検査結果について説明があった。

  呼吸機能検査成績報告書    測定日  1993/3/24      体重56.5 Kg 身長164 cm  温度 19   気圧 760 mmHg    (別表肺活量 2.11(  ) VCPR (年齢、 身長、 体重カラノ 標準) 3.19 (  )、肺活量 2.11 / 3.1966.1%、 ( 80 %即ち3.19×0.8 = 2.552以上であれば良いが。)1秒率 [] 39.09    (1秒間に吐き出せる率であって70%以上であれば良いが39%は可なりひどい肺気腫といえる。)  原本には66.1%と39%が赤字の記入になっていた。この表は福庭先生に報告しておいて、今後は何かあった時に改めて受診すること。 ※平成元年10月16日国立療養所松江病院で肺機能検査した時の肺活量2,100cc 66%の記録あり。

 

05/28  Am5;20'頃より中海干拓事務所跡でスギナを採集する。午前中かかって洗って陰干しにした。スギナがガンの予防になると聞いて来てからもう4~5年になる。私はそのことにこだわり続けて毎年この時期になるとスギナ採集を続けている。

  /29 松の芽摘み(第1回)、台所の窓に簾を吊す、物置から網戸出して広間・縁側に。

  /30(朝9時前に出掛けて風土記の丘へ、ウオークラリーに参加、50人くらい。真名井の滝・真名井神社・国庁跡・六所神社等を藤岡大拙先生の説明を聞いて歩き午後1時半頃帰宅。

  /31(朝1時間喰ケ谷池コースを歩く。今日は年金者連盟の総会で、9時半頃でかけて市役所へ、下水道施設課野津課長に町内長岡さん前のマンホール蓋を修理して貰った御礼に。10時半頃まで長谷川さん・舟木さんと一緒に開発公社で時間待ちして白鳥会館の総会に行く。総会終わって例年のとおり福祉センターに行って7~8人で 囲碁5時頃まで。何時も使っている手帳、5月末から6月になる余白に、 朝ごはんの時に、特別に急いで食べるわけでもないのに喉に詰まる感じで、ちょっと箸を止め、あれ!俺も食道ガンかなー、胃が悪いのかゲップが出る、食事が進まない、食べ過ぎかも、5/10胃ガン検診の結果が分かるかもしれないと思って星野保健婦さんに調べて貰ったら異常なしだったと。 東京の石原先生に体調を話して、丁度桂子先生が来ていて桂子先生からも聞く。集団検診の写真は小さいから見落としがあることがあるから一度胃カメラを飲んだ方が良いと。ただ胃カメラの検査も上手下手があり、医者の技術でも個人差が大きいので何処でどの医者にかかるかという情報を集めなければならない。今まで余りにもこの方面の知識がないので困ったなァという感じ。6月になっても酷く体調が悪いわけでないので、朝はできるだけ1時間くらい(4K)程度歩いた。ゲップ、胃凭れ?と云ったような自覚症状が軽くなるわけでもなく、気にはなるけれど松の芽摘み、さつきの植え替え、囲碁、ビデオ撮りと整理、等々毎日の時間の過ごし方も変わらなかった。

06.08 福庭医院再審日、先生にみぞおちの辺の変調を話したが、先生は食道ガンはうんと罹患率の低いものですと云って笑っていた。それでも胃散とゲップのとまる薬と云って錠剤を出してくれた。

    

        モ93・07・09~ 7月9日午後日赤7階西病棟750号室に入院。

0709 病院に持ち込みのビデオの選択が残っているのでいろいろ迷いながら4本と、生1本を手提げ紙袋に入れる。テレビ・ビデオの段取りがついていないのでダイイチの開店時間を待って出掛ける。テレビデオ(一体型)14インチか21インチにすべきか、迷う。日赤に行って室を下見する。今井書店に行って梅原猛の『歎異抄入門』と、長尾三郎の『裟婆に還った生き仏』を買ってくる。荷物はいつもの旅行用のボストンバッグと、手提げ紙袋、それに隆栄が出してくれた手提げ袋にワープロと用紙を入れたもの3個で、二人で荷物を分けてスクーターと自転車で2時前に病院に入った。内科受付・処置室・入院受付・といろいろ廻されたり、暫くお待ち下さいで、2月入院していたり、午前中下見したりして勝手知ったこの室に辿り着いたときには2時40分になった。これには腹も立ったし非常に不愉快だった。早速検温・脈拍・血圧測定と病室カルテに書き込む病歴等聞かれるままに話す。その間ダイイチとの電話連絡でばたばたしていたが、詰所で呼吸器科の田中先生を見かけたので挨拶した。田中先生は、香川先生からも、福庭先生からも話は聞いている心配ない大丈夫だからと言っておられた。(福庭先生の手術、麻酔、肺炎といった心配のことだと思った。)私は単純に胃潰瘍とだけ考えていたものだからどうせ手術が必要なら2週間ずらさなければ良かったと言っていたら香川先生が見えて病室で診察すると言うことだったので病室に帰った。田中先生は何でもざっくばらんに話したがいいですよと言うことだった。

病室で香川先生とも同じような話しをした。私は先生が病院の経営に協力して入院を進められると呑気にもとんだ誤解していました。どうせ手術するなら早く入れば良かったと思います。と言ったら、先生は色いろ知識?のある人は叶わんなと皮肉って帰って行った。5時頃ダイイチからパナソニックビデオ一体型カラーテレビTH-1VT3を納入して貰う。代(税共)\153,645- 済。18時夕食、相撲放送が終わって隆栄帰宅する。今朝4時頃から起きているので9時過ぎに眠ったらしい。11;10'01;05'03;00'04;30'トイレ、 もう眠れないから起きている。

0710 隆栄市連婦理事会08;30'頃婦人会館に出掛ける途中、繋ぎコード・ジョギングシューズ・トレーナーのパンツをもって寄る。昨夜裕子と知井宮の恭子から心配して電話して来ていたと。早速ベッドの上でワープロを始める。 泰広メモ・健康メモ・入院メモを追加、ベッドのマットは固く椅子のように肘掛けも背もたれもないので、長い間続けて座っていると疲れる。横になって歎異抄入門を読む。隆栄は2時前婦人会館が済んで手芸をしながら相撲放送が終わるまでいて帰宅する。隆栄が帰った後 6;20'頃青木和哉氏が来る。彼は2週間ぶりの土曜休みである、朝から2回ほど電話したけれど誰も出ないしおかしいなと思い、2週間前の話があったのでもしやと思って日赤と見当つけて来てみたと。(註.青木氏と3番手直りで楽碁を打っていて、2週間前こんな馬鹿なことはないと言いながら随分続けて負けた。その時こんなことは言いたくないけどと日赤でカメラを飲んだいきさつ、入院を執行猶予にして貰った話をしてしばらく青木君がカメラを飲んだ時の話、胃潰瘍治療の話等して負け碁の言い訳でない、この次は一遍に借金を返すと話していたので。)しかたなく7月7日外来再審、8日胃カメラ再検査、昨9日入院話までざっくばらんにして、絶対他言無用に頼んだ。今日は病院も先生も休みで検温だけ。朝36.1℃、15;00 36.5℃明日も何もないだろう。こんなことなら月曜入院でも良かったのに、これから早く手術日を設定して貰うよう頼まなければならないからそうも言っておれないし、何て考えていた。野球放送が済むか済まないかで寝た。9;3010;4500;5002;30トイレ あと3;30頃から起きている。

07.11 何べんもお茶くみに行ってみたが、お茶気のあるお茶は汲めない。売店の開く時間に行って新聞を買ってきた。帰りに配達の人に逢えたので13日から病室に入れて貰うよう頼んだ。07;00-36.3℃。午前中本を読んだり、ワープロ叩いたり。昼からテレビ囲碁隆栄が2時頃から来て相撲放送が済んで6時半頃帰る。修司が土曜日に隆栄が出た後へ電話していて繋がらなかったと言っていたそうだ、今日改めて電話してきて、今月中に見舞いに行けると思うと。明月曜日の検査予定として看護婦さんから検尿、検便の容器を貰い朝採血に来て、後レントゲン検査と心電図の為の呼び出しがあると予告された。9;00就寝 10;1011;1501;00、 …トイレ05;00

07;12 05;00 採尿。06;20 採血。07;20 採便。08;00 朝食旨く食べられるが、敢えて神経質に言えばおなかの中に邪魔になる小さな異物がある感じ。10;30 検温36.4℃、血圧 12880。ワープロに精出す。保険証を持ってきて貰ってあるので1階入院受付に行って確認して貰ってくる。11;50'頃香川先生回診。バリュウム検査(透視)させてくれと。手術をなるべく早くと頼んでおいた。先生は「私の方もいろいろと検査して情報を集めなくちゃ、はい分かりました。」といって帰っていった。夕方看護婦さんが食事は皆食べましたかといって聞きに来たとき、香川先生が外出許可証にサインしていることを聞いた。要するに外出の都度具体的に日時等を詰め所に届ければ良いということ。検査予定を外して許可を頼むのだが、まだ明日の予定を聞いていないといって置いた。19;20'別な看護婦が明日はエコー検査だから今晩9時以降一切飲食しないようにといってきた。21;00'就寝22;40'01;00'トイレ3;00'5;00' まで眠れれば良いと思ったが最近は4時間眠ったら後はちょっと目が合わない。止むなく点灯して歎異抄入門を読み始める。しばらくして明るいから到底眠れないと思い古典講読歎異抄のカセットをかけて明かりを消す。自然とカルテに貼りつけられた透視写真に思いが及ぶ。大きな潰瘍掘れこんだようになっている。これは香川先生の表現だったけれど、これを単純に胃潰瘍の患部の説明でないとしたらどうか。もともと自分の自覚症状だけで胃の透視をして貰い見つかった、少し食べ物がつっ掛かるような感じがあるが痛みの出血もないからと云って早く見つかった、早期発見早期治療のケースと云えるだろうか。現に随分痩せて体重も減っている。2月肺炎で入院した時60Kgの体重が56.5Kgになった。3月末には58Kgまで戻っていたからその後4、5、6、7の今日まで約 100日である。54.5Kgガンの場合既に転移が始まっているのではないか。それは今は到底分からない、見つからないだろう。取り敢えず胃の患部を切除して次に何処かに出てきたら改めてそれに対処することになるのか。むしろこれが常識的に考えられる普通のケースだろう。心配、恐怖心はないのか、仕方ないね、それに今直ぐ実感が湧かないしね。あまり自信はないけれど何れ自分もファイトをもって病気と闘うなり、時間があれば神仏に祈ることによって救われたいと思う。それよりお婆さんになっても子供と一緒だと思われるような家内の方が可哀想かもしれないと思う。また修司、裕子、泰宏3人の子供がもう自分たちの親が不治の病気で助からないと認識した時、どんなにか空しい思いになるだろう。どうせ誰も経験する親の死でも今の我が家では少し早いと思う。それでも夫々自分の人生経験としてしっかり看取って貰いたいと思う。それにしても今年も5月10日に市の胃ガン検診を受けて、5月下旬に食べ物が喉に詰まるような感じで胃カメラの検査でもして貰おうと思った時、胃ガン検診の結果を調べて貰ったら、異状なしとの答えが返ってきた。どういうことか、それも小さい写真では時たま見落とすこともあると理解すれば敢えて文句を言う程のことではないかもしれないが、大きな潰瘍で堀れこんだようになっているといわれ、それも可なり進行していたとしたら、割り切れない気がする。思いは次から次ととめどもない。暫くベッドの上でワープロを叩いていたが少し疲れて4;30'トイレに行って横になる。

07.13 6;00' テレビをつけたら北海道南西部で地震津波があって日本海沿岸全体で津波被害があった。奥尻島を初め死者17名行方不明者約40名。今朝は絶食、用事がない髭剃り洗面だけ済ませて5階渡り廊下まで歩く。今日13日から中央新報を室に入れて貰うことにした代金は一応月末計算とする。腹が空いても検査の呼び出しが来ない検温に来た看護婦さんと喋っていたら36.8℃まで上がっていた。10;00'院内放送で不在者投票の案内があって3階講堂へ行って投票してくる。帰ってワープロに向かっていたっら、エコーの検査の呼び出しが来ていたから2階へ下りてゆく。エコーも再検査は香川先生だった。香川先生は胃カメラの時もそうだったが他の先生と違って格段にうまい。見ていて胆石があると言っていた。明日はバリュームを飲んで胃の透視だと、また絶食になる。7階に帰って朝食11;00'。薬を飲む。補助看さんがヘルスメーター持ち込みで体重測定に来る55Kg弱。12;30'昼食が来る。さっき食べた後時間が経っていないが長いことこのままも置けないので無理して食べちゃう。お膳を下げて詰め所の前に居られた香川先生と昨日からの検査結果のこと、2月肺炎で入院した後の体重増減のこと、ガン保険の入院治療費給付金請求のことなど少し話した。後、病室に帰ってベッドに横になって休む。2;00' 隆栄がいろいろ頼んであったものを持ってくる。板花の棟上げは明日の大安のようであるので、建瑞の準備して置いた。自治会のこと土江さんに連絡して置いた。アメリカンファミリー山根代理店 (今市) 0853-23-6660に病室から電話で、ガン保険の手引書を郵送して貰うよう頼んだ。隆栄が6時過ぎに帰って、青木和哉氏が7時半頃来てくれて8時20分頃までいて帰った。昨日今日の検査の話、主治医との話ザックバランに話す。青木君はガン保険の請求について調べて呉れた。マルチビル3F24-2388 で隆栄のメモと同じ、出雲の山根の話と同じ。22;10、テレビを消して休む。23;301;002;404;00、トイレ

07.14 5;20起床洗面、今朝も雨が降っている。京橋川の水が一面に黄色。城山の石垣工事中大雨の関係とか、今日は胃の透視だけだが何時になるか分からないし病室で時間を過ごさなければならない。廊下階段を歩いてもしかたないけれど、歩かないより増しだろうと思ってズックに代えて新館と本館の間の渡り廊下6階から1階へ、1階から7階へと歩く。午前中入院してから録画したビデオの内容とカウントを記録して、ラベルを印刷して置く。11;00 胃の透視検査の呼び出しがあって1階に降りる。順番を待って検査が始まったのが11;50、終わったのが12;20 。バリュウムを飲まされるのも閉口だが随分沢山シャッターを切ったように思う。レントゲン室の外に居る職員はいいとしても、患者はこんなにX線を浴びてもいいのかな、きっと昔と違って弱いX線で心配ないのだろうと思ったりする。

   それにしても同じような姿勢、方位を二度、三度やり変えてるように思う。これもエコー、胃カメラと同じでレントゲン技師に上手、下手があるに違いない。香川先生の指示書が難しい注文だったことも考えられる。とにかく参った。7階の室に帰ったら隆栄が来ていた。朝食抜きになったがバリュウムを飲んでいるせいか、どれほど腹が空いているということはない。とにかく昼食を済ました時に香川先生が回診に来てあと肺機能検査をするということだった。検査の結果待ちともいっていた。明日外出したいといったらどうぞ、検査は予定がはっきり決まっているわけでもないし変更もできるからとも云っていた。今日は昼も夕方も体温が37.0℃だった。相撲は若ノ花が武蔵丸を破ったが、貴ノ花が栃乃和歌に二敗目を喫した。放送が終わる頃食事がきたが、あまり食が進まない  残した。隆栄帰宅する。22;20 タイマーでテレビ 切れている23;300;402;20トイレ、 …しばらく歎異抄を読む。

07.15 5;00外が明るくなったのでカーテンを引いて窓を開ける。洗面所に入ってひげを剃る、昨日バリュウムを飲んでから下剤も貰わず便通がないので排便を試みて、少し出る。今日は検査がなく外出予定だが昨日のように病院の中の廊下を歩いていたら、地階入り口の斜路で香川先生が出勤して来たのに合う。今日はどこか行くところがあるので昨日の透視写真を明日にでも説明すると。9時外出スクーターで帰宅して入浴する。越谷の富田のお母さんから見舞いのはがきが来ている。序でにビデオの時計の時間あわせ、漢詩紀行の予約録画セットして、10時半ごろ石原の駐車料金の計算に行く。12時スクーターで病院に帰る。12時半隆栄が来てここで弁当を食べて1時半に福祉センタ-に。シーツの交換に来てくれる。

   3時検温に来る37.2℃、昨日のバリュウムが降りたかという話になり、今晩下剤を持って来て貰って眠前に飲むことにする。絶食と不規則な食事間隔から食欲も進まない体調も良くないという話をする。3時半詰め所前で身長、体重測定。153.5Cm55Kg。そこで明日肺機能検査と、腹部のCT検査があると連絡があった。肺機能検査は呼び出し時間未定。CTは午後からで昼食が絶食。4時頃2回目の便通あり。札幌の野球は今日も広島が負け残念!、隆栄が帰ってきてチャンネルを相撲に変える。今日は智ノ花が隆三杉に勝ち、若ノ花が栃乃和歌に、貴ノ花が小錦に勝ち、最後は安芸ノ島が曙を破って座布団が飛んだ。食事は昨日より増しだがやはり少し残した。隆栄6時半に帰る。少し眠っていたらしい。トイレ に行って時間を見たら20;40'寝よっと思ったら看護婦が下剤を持ってきてくれたのでありがとうと云って受け取ったが、もう飲まんでよかろうと思ってそのまま寝た。22;50'トイレ 明日は腹部のCTを撮るので思い直して下剤を飲んで置く。0;051;403;20トイレ、歎異抄のカセットを入れて、かけたり止めたりじっと眼をつむっている。看護婦が2回ほど見回りに。

07.16 05;00 曇っているが雨はない。昨日の朝バリュウムを排泄してから後の便器の中の水が白濁して、何べんフラッシュを押して水を替えても、便器の中に残った水は直にバリュウムの色になる。6時半から7時まで昨日のように、7階から地階へ新館から本館へ、その逆に地階から7階へと歩いて来る。今日はジョギングシューズだので歩きは快調である。何のことはない物足りないということ。

  今日は、肺機能検査と腹部CT検査が済むまで昼食が食べられないし、何時呼び出しがあるか分からないのでじっくり部屋で待つことにしてワープロを始める。午前の検温36.3℃、血圧 13078、便器の配水不良をビルサービスの掃除の人に直して貰う。11;45'CT検査室から呼び出しがあり地階に降りる。1819枚シャッターを切る12;20'検査が終わり病室に帰り食事する。どうにか今日は食べられたがだんだん胃につかえて食べられなくなる感じ。今日から特室の電話局番が改まり午前中に婦長さんが電話番号表を持って回る。750 号室は32-0590で中からも外からも直通で通話できるようになった。1時半頃肺機能検査の呼び出しがあり2階に降りる。検査は3月にもここで経験しているが、入れ歯でパイプをくわえるのも旨くいかないし、適当なところで辞めにした。室に帰っていたら香川先生の回診があり詰め所に行って透視の写真で潰瘍の状況と手術による対応の仕方を説明して貰うことになり、隆栄と一緒にナースに行く。胃や食道の透視写真は初めて見る。上から下に食道の線がきれいに真っ白に(陰画だから)写っている。胃に繋がるところが陰って狭くなっていてこれが潰瘍があるためで潰瘍の回りが大きく腫れていると。(ここはバリュウムが回っていない)問題は手術によってこの潰瘍を切除した場合胃の下半分は胃酸を作るところでここを残すと胃酸が直接食道へ上がって食道が焼けてしまう。ここを残しても何のメリットもない。したがって食道の端末は胃の出口に直結するのだと。来週早々外科の先生の意見も聞いて見るがそうなれば本人の覚悟決心と云うことになる。昔から胃を半分摂ったとか、しか残っていないと言う人があるがと聞くと、丁度胃の出口の方に潰瘍がある時は胃の上の方が残ることもあると。胃を全切除するのと、手術しないで残すのと選択の余地があるのか、ガンの疑いでもあれば躊躇なしに切除しなければならないじゃないかと聞いたら、いろいろ検査しているが今そんなものはない、将来はともかく今無ければ無いということ。一通り説明を聞いたようでも良く分からない。土曜日曜は何も無いから外出でも外泊でもどうぞと。22;0023;201;003;004;20、トイレ…

07.17 05;40 小雨、曇り、洗面ひげそり。今日は外泊許可を貰っているのでベッドの回り片付け整理しておく、帰っても特に用事がないからワープロはもって帰らないと何にもできない。病院で録画したビデオは持って帰ってダビング整理することにする。天気なら庭の手入れでも鉢物の世話でもあるが生憎小雨だ。9時過ぎにナースに行って薬を貰って下へ下りる。スクーターで9時半頃帰宅する。東京石原先生からその後どんなんか、自分も気持ちが悪くなって帰るまでにカメラを飲むことにしたと云って電話があったと。小室も心配して電話があった。何か用事することがあれば云ってくれと、横丁恭子さんも電話してきていた。手術して付添が要るようになれば裕子は遠くて出来ないだろうから自分も一晩でも二晩でも手伝うからと。東京石原先生、雑賀町小室、埼玉裕子、知井宮恭子4人に順々に電話して詳しく様子を話した。1時間半も電話していたろうか。隆栄が野津ハスエさんと福祉協力員で、地区の独居老人の人を集会所に集まって貰っていた。ふれあいの会を開いていてそれに準備したお鮨弁当の数を増やして注文し、昼は同じお鮨弁当を食べた。少し固いけれど潰瘍食の糊のようなご飯にも大分閉口しているので良く噛んで食べておいしかった。特にすることもないし留守中に録画して置いたビデオを整理する。

07.18 05;00 隆栄が投票立会人で6時半に出掛けるので起き出したから、自分も用事はないけれどいつも起きる時間だから起きた。隆栄が出掛けた後食事を済ませて仕舞う。時間が沢山あっていろいろできるように思う。漢詩紀行のビデオ克己さん用のと同じもを二つダビングして録画内容目録、時間 (カウント、等プリントして置く。9時過ぎ修司が電話してくる。今日は帰ると聞いていたので電話してみたと。検査が全部済んだこと来週手術日を決めることになるだろうと主治医の説明を良く分からないままに話して置く。さいかマッサージ院予約して置いて10時に出掛ける、小雨だけれど大したことはない。この節日曜に治療してくれるのは助かるが自分には余り効かなかった。1時間20分で¥3,000-だからあんなものか。時間どおりに昼食を済ませて、NHKのテレビ碁を見る。風呂のスイッチを入れて置いて、碁が済むとゆっくりと風呂に入る。大阪の恵之からきていたはがきをとり出して正浩君の結婚式おめでとう、と自分が今入院していること、自分が行けなかったら修司を代理で隆栄と一緒に行かせると返事を出して置く。4時にタクシーを呼んで帰院する。相撲放送はいいところを見る。 若ノ花が小錦に勝ち、貴ノ花が曙に勝って、若・貴・曙三者が共に13勝2敗で優勝決定三巴戦になった。三巴戦はあっけなく曙の優勝になった。相撲が終わると衆議院選挙の開票速報になり、テレビをタイマーにして置いて、テレビを見たり眠ったり。11時頃には大勢判明。11;150;502;404;20トイレ 。

07.19 05;30 曇っている今日は腎臓の検査か?、6時で区切って24時間尿の全量を採ることになっている。洗面を済ますと渡り廊下、階段を上から下へ、下から上へと歩いてくる。テレビは選挙結果一色。森繁久弥のカセットをかけて置いてワープロを始める。10時検温 36.5℃、第1回尿量測定10;40-190cc 。隆栄二時半頃来る。ゆうべ開票速報で余り寝てないようなことをいって椅子の上で休んでいる。3時の検温37.3℃、午後いい天気になる3時半過ぎか小室益男さん・幸子さんが見舞いに来てくれる。5時頃までいろいろ話して帰る。見舞い金封貰う。6時に食事が来る、隆栄は食事が済むまでいて片付けして帰る。テレビはどのチャンネルでも次の政権に対する各党の取組方を番組にしていて、各党首またそれに変わる人がはなはだ慎重に不明快な発言を繰り返している。司会者や大学の先生は自分の願望を含めて気楽に発言している。昨夜の開票から一夜明けたばかりだから当然だろうと思う。久しぶりに水戸黄門を見る。  21;30 寝ることにする。22;5023;300;301;504;20トイレ 尿量測定中。

07.20 05;00 歎異抄入門読むすぐ起きて、洗面髭剃り、看護婦さんが来て採血、6時尿量測定完了。概略メモしたのを集計してみると14回で2920cc14回はいいとして2920ccは多すぎる気がするが。今朝はかねて考えていたように院外に抜け出て。散歩するつもりである。病衣を脱いでズボンをはいてポロシャツを着て、ジョギングシューズを履いて地階売店横から院外に出る。真っ直ぐ北に向かって普門院の境内に入る。それから西に行って城山を北から椿谷の方へ廻って県庁前から日赤玄関に帰ってくる。今日あたり梅雨明けか、ここのところ毎日涼しくて最高気温24℃くらい、朝の散歩道は雨上がりで埃っぽくなく木々の緑も一層鮮やかだ、一目で散歩と分かる人とお互いにおはようございますと声をかけあうのも気持ちが良い。8時朝食。10時体重測定54Kg又少し減ったか。昼食が済んだところへ香川先生が回診に来る。良く食べられるね、と。量が少ないからといったら、これだけ食べれば大丈夫と。でもだんだん痩せるからといえば、それは悪いところがあるから仕方ないと。聴診器当てたり、お腹押さえたりして大丈夫のようだと。木曜日に外科の先生に写真を見せると。この分だと手術は来週か丁度裕子達が来る頃になるかも。5時頃に隆栄が頼んであった孫の手、ワシントン泰広宛に準備した 封筒を持って来てくれる。日曜日に終わった大相撲、プロ野球前半の勝敗表、衆議院総選挙開票結果のきり抜きと入院してから今日までの日誌を泰広に送る。隆栄が帰りに本局で投函する。6時半から東京ドームでプロ野球オールスター戦が始まり寝るまでテレビを見る。10:8で全パの勝ち。23;101;152;454;15トイレ。

07.21 05;45 起床、今日は血糖値検査のための採血が何回かあるが、時間しっかり聞いていなかったので、午前中待機して何処へも出なかった。第1回採血11;00、以下17;0021;0003;0007;00 の5回。朝食食べ始めはどうしても飲み込みにくい。ゲップになって戻す感じ。後は軟らかいご飯だから少しづつゆっくり食べれば皆食べられる。隆栄12時半ころ来るめざし、ゆで卵、白菜漬を持ってくる。1時半頃香川先生回診に来る、上記のように最初に飲み込みにくいことを話して置く。便通を聞かれて病院では間隔が延びると云ったら、先生は少し運動しなければだめだ、血糖値も高いから手術にはインシュリンを使わなければならないかもしれないと。許可を貰って城山の方まで散歩したいと云ったら、病院の渡り廊下を歩いたらよいと。病院の廊下ではネ-。明木曜は外出を予定していたが、外科の先生に写真資料を見て貰うというから自分はいた方が良いかと問うたら、質問があるかもしれないのでいた方が良いと。外出は金曜に変更する。 隆栄東部事務所の加村さんところまで、婦人会の用事。2時半ころ小森婦長来る。今日副院長回診があってその続きかと思ったら、回診で来たけれど部屋に見えなかったから、副院長は又にするといって帰ったと。体調、食事、便通、運動、血糖値等香川先生との話をして、自分では手術までに少しでも体力を維持したいと思うけれど血糖値が高いといっても数値も聞かされていない。今回は検査結果の説明がないので、自分で十分得心が行かないことが多い。先生が全部話していない感じだから信頼する気持ちになりにくい。婦長は、先生もいずれ全部説明されるでしょう、私も云っておきますヮ。といっていたが、私は何も云わないで置いて下さい、説明と云っても検査の都度タイミングと云うものもあるし、今更もういいですヮ。といいながら更に感情の赴くままに、自分は胃カメラを飲むために自分でこの病院と香川先生を選んだ。日本の医療システムでは今この段階で病院を変えたり医師を変えることはできない。(いくらでもできるが、デメリットばかりでロスが大き過ぎるだけだの意。)昔の戦争だって同じことで全部が全部自分で選んで納得していたわけではない。今自分の置かれた環境条件で精一杯頑張らなくちゃと思うだけだとまくしたてた。婦長は布野さんは随分はっきりしておられますね、上手に云いますからと云って帰って行った。少しでも動かなければと思ってジョギングシューズに変えて4階渡り廊下を歩く10分、5分2回。9時採血就寝23;2002;10、トイレ3;00、採血…4;00トイレするといって帰ったと。体調、食事、便通、運動、血糖値等香川先生との話をして、自分では手術までに少しでも体力を維持したいと思うけれど血糖値が高いといっても数値も聞かされていない。今回は検査結果の説明がないので、自分で十分得心が行かないことが多い。先生が全部話していない感じだから信頼する気持ちになりにくい。婦長は、先生もいずれ全部説明されるでしょう、私も云っておきますヮ。といっていたが、私は何も云わないで置いて下さい、説明と云っても検査の都度タイミングと云うものもあるし、今更もういいですヮ。といいながら更に感情の赴くままに、自分は胃カメラを飲むために自分でこの病院と香川先生を選んだ。日本の医療システムでは今この段階で病院を変えたり医師を変えることはできない。(いくらでもできるが、デメリットばかりでロスが大き過ぎるだけだの意。)昔の戦争だって同じことで全部が全部自分で選んで納得していたわけではない。今自分の置かれた環境条件で精一杯頑張らなくちゃと思うだけだとまくしたてた。婦長は布野さんは随分はっきりしておられますね、上手に云いますからと云って帰って行った。少しでも動かなければと思ってジョギングシューズに変えて4階渡り廊下を歩く10分、5分2回。9時採血就寝23;2002;10、トイレ3;00、採血…4;00トイレ

07.22 5時半起床、渡り廊下を歩く12分8時前に香川先生が話しあいしたいと云って詰め所に来ていると連絡があったから詰め所に行った。昨日の話婦長が先生に話したことはすぐ分かったが、食事は後にしてすぐ行った。詰め所では香川先生がカルテを出して血糖値の検査表を示して血糖値が少し高い、今時間血糖値を調べているがまだ検査結果が出ない。…福庭先生のところで毎月記入して貰っている糖尿手帳の数値より、少し高いような気がするけれど、少しなんか、うんとなんか分からない。…  次にCTの写真でなにがしか他の臓器が分かるところがあって胆石が見えていたり、少し説明があったけれど取り立てていうほどのものはないらしい。 次に呼吸機能検査成績報告書の表を示して1秒率が低いのが問題だそうだ。1秒率 []39%程度の赤字、もうひとつ肺活量が93% 程度黒字になっていて、これは間違いではないかいつも66% 程度の赤字だと云ったら先生は良くなったですワネと云っていたのはナンセンスだと思った。一番肝心な組織検査についてであるが、香川先生の手元にある報告書には第4グループとあった。説明によれば組織検査の判定区分で第1グループ、第2グループと云うのは全然問題でない良性のものだが、第3グループになるとボーダーラインと云うところか、第5グループははっきり悪いもの第4はその中間。初めはボーダーラインの患者と云うことで外科の方へ話していたがもう一度見直した結果第4グループと判定するのが妥当だと云うことになったものとの説明だった。 今日の説明がなければもう少し楽観的な見当で居たかもしれない。これはガン保険の治療費が請求できる診断書になるかと聞いたら、当然で、どこでも認められるれっきとした診断書になると。手術後の治療見通しその他聞いたらそれは外科の方でなければ答えられない。自分の方は患者を紹介するところまで。それでは外科の外来で診察を受けるのですかと問うたら、そうだ呼び出しの連絡がある筈だという説明。入院当初は呼吸器科の先生とも、外科の先生とも協議するという説明で単純にそのとおり理解していた。7/14バリュウム透視して、7/16写真の説明を聞いた時は、来週早々外科の先生の意見も聞いてみるが、この程度ならばと云われれば別だが、手術だと云われれば、後は本人の決心次第ということになると説明があった。7/21回診の時に木曜日に外科の先生に写真資料を見て貰うと聞いたから自分はいた方が良いですかと聞いたら、質問があるかも知らんからいてくれと。こんな経過だから自分は認識違いしていたことになる。こうなると、総合病院だからああそうかとも思うけれど、香川先生の方の説明も一貫したニュアンスで話していたのではない。部屋に帰って食事していると小森婦長が来て今日は外科の八杉部長が出張で病院に出ないそうである。予定とおり今日別な先生でも診察を受けるか、次八杉先生の診察日月曜日まで待つか、但し今日診察を受けても来週は手術日が詰んでいて、手術は再来週以降になると。香川先生が本人の意向を聞いて呉れといっているそうだ。月曜日に受診することにして今日は初めの予定どおり外出する。9時半に病院を出て石原の駐車場料金計算をする。終わって帰りに今井書店に寄って朝日新聞学芸部編「余白を語る」 1.2.3.3冊を買って正午帰院する。午後はワープロを打ったり、「余白を語る」を拾い読みする。 何時頃から眠ったのか、22;300;001;40、トイレ …

07.23 2時過ぎから歎異抄を読みかけたけれど眠れないから3時頃から座ってワープロを打ち始める。これも全然能率は上がらないから5時頃横になる。しばらくして時計をとってみたら6時15分テレビをつけてこのまま眠れることもないだろうと思って起きた。十分休養を取った後の気力はないがトレーニングウエァに着替えて城山を歩いてこよう。今日はこの時間このコース初めての最後だから写真を撮ってくるのが目的だ。6時55分売店横の斜路から院外に出る。この前と同じに普門院に向かう。乳児院の前が津田法律事務所になっている。2~3年前に建つたろうか此処は森脇公証役場だったところで、昭和5910月から60年1月いっぱい今の東朝日町を立替える時に、仮住居に借りて入っていたところである建物は違うけど写真に撮っておく。普門院全景、稲荷神社、芭蕉堂。城山北メガネ橋から北の掘りへルン旧居方面を1枚三の丸広場を1枚、護国神社、城山稲荷神社、同本殿、椿谷の道路にたって1枚、県庁側千鳥橋のところで1枚通り掛かりの人に頼んでシャッターを押して貰った。病院に帰ったら7時55分朝食が来ていた。9時前に修司から電話が掛った。昨夜隆栄から電話があって聞いたけれど遅かったので今大学に出たところだと。 隆栄の話ではやはりガンだった、それも4期で大分進んでいた。手術の時は立ち会って一緒に医者から説明を聞いてくれと、大分驚かされている。7月見舞いに帰っても医者に会えるかどうかも分からないし、自分の都合を云うと困っていると。韓国行きのことだろう。見舞いなんか特に帰ることはない。 昨日主治医から聞いた説明では、組織検査の結果採取した組織は、4グループに入るものだった。1、2グループは全然心配のない良性のもの、3グループはボーダーラインと云うことか、5グループは悪性のもの、最初は3グループとしていたがもう一度見直すと4グループと判定する方が妥当だと。いずれにしても今度の手術が直接生死に繋がるものでもない。一応胃を全部摘出するのでその後が大変。これから始まると云うこと。それも手術は韓国から帰ってからになるだろう。というと修司はまあ運命だと思わにゃ仕方がな、い頑張ってくださいと。 今日は検査その他一切ない。午前の検温36.0℃、ワープロを打ったり、飽きてきたら昨日買ってきた「余白を語る」を拾い読みしたり、横になったり。隆栄3時過ぎに来る。香川先生4時前に回診。特に変わりなし。午後の検温は36.8℃。テレビは10Chで高校野球、自民総裁選と、野党連合の成否が主な番組で他に見るものなし。フイルムの残りで6階渡り廊下で隆栄に写真を撮って貰う。6時半食事が終わり隆栄は帰る。 7;50テレビヲオフタイマ-50'ニシテ寝ル21;3023;0001;0003;00トイレ …

07.24 5時15分洗面を済ませてベッド回り、寝具整理。今日は帰宅するので録画済のビデオの持ち帰りのため点検。朝の検温36.7   8時新聞を見ながら朝食。8時40分頃石原先生から連絡があって病室で10分程話す。希望するなら桂子先生が主治医(担当医)に逢って正確な病状を聞き出してみようかということだったので、お願いする。帰宅中の薬を受け取り、石原の高橋さんに車で家まで送って貰う。隆栄が予め病院から持って帰ったもの、今日持って帰ったもの、それぞれ整理して、宍道に予約して散髪に出かける。マッサージに行くのを止めたので少し時間に余裕ができて、今井書店に回る。闘病記のようなものに関心が向くけれど、何れと云う感じであり、今すぐ読みふける気になれない。胃ガンや、胃ガンの治療についての知識が欲しいけれど、ガン全体にすいての参考書的なものが多く、必要なところは少しずつは載っているけれど、すぐには適当な本も見付からない。スギナの凄い薬効というポケットブックを買って帰った。今更と云う気持ちと、自分のスギナにこだわる気持ちに苦笑する思いで。午後予定とおり青木和哉氏が来てくれて碁を打つ。先週隠岐行きの土産と野菜を少しいただく。入院前に続けて負けて、三番手直りだから今日はそれを取り戻すのが目的である。初めは五連勝だったが、後は一進一退を続けて、8時頃になると逆に押し戻される感じになり打ち切りにした。兼ねて先輩を見ていて、碁が打てなくなったらおしまいだと云ってきたので、今それを試しそのことに挑戦する積もりである。担当医3人(内科、外科、呼吸器科)の住所調べ石原先生に頼む。ビデオのダビング整理があるが明日のことにして、10時を過ぎたので就寝。0;301;003;004;20トイレ

07.25 5時起床、ビデオの整理。漢詩紀行は今日はなかった間違って別なものを録画すると直すのに時間がかかる。もうこのビデオは完了にする。7時過ぎ(ワシントン土曜18時)泰広に電話する。19日投函の手紙は未着。病気ははっきりと胃ガンであって手術日が決まらないけれど胃を全切除する。心配しても始まらない、大変な難敵であってもこれからファイト燃やして闘病に入る。そちらも遠く離れているし、近くてもどうすることもできないから、人生経験として現実を直視しておくことと、申し送る。知井宮宣さんに階段手摺をつけて貰った代金の件連絡して、簡単に病状を話しておく。恭子さんから電話があり最初に隆栄が出て話していたが、変わってその後の経過を詳しく話す。ここまで来たことについては良い悪いでなく、どうしようもないことだからファイトを燃やして頑張ることが結論で電話を切った。午前中は録画済のビデオの整理、昼から2時迄テレビ囲碁を見る。3時過ぎから風呂を沸かしてゆっくり入る。体重54.5Kg  高橋さんの車で病院へ送って貰う予定だから、また病院に持ち込むものをゆっくり選別して準備する。6時帰院。夕食を済ませて渡り廊下を少し歩いてくる。見たいテレビもなく、いつの間にか眠ったらしい10;30 テレビヲ消ス、0;002;003;40トイレ 。

07.26 4時過ぎからワープロ、また雨が降っている。疲れると横になる。一昨年頻尿で睡眠が不足がちになりそんな時に飲むように泌尿器科でHalcion 0.25mgを貰って、ストックしていたのを時たま服用するつもりで持ってきたがまだ飲んでいない。今日は外科の八杉先生の初診日で他に予定がないので外科外来から呼び出しがあるまで病室で待機。隆栄今日は10時過ぎに来る。昨夜山本昌子さんが来て自分が入院したときの経験その他から、先生・婦長への謝礼等いろいろ話してくれたので、金封、筆ペン、ハトロン封筒等準備して、商品券を持ってきた。一応香川先生と、八杉先生に金封を、小森婦長に商品券とストッキングを準備する。11時半連絡があり1階に下りる。八杉部長は50才くらいか、カルテ資料に一応目を通してこれは大きな潰瘍があるので手術しなければいけませんな。手術日が今週は詰んでいるから駄目ですが、あなたの場合呼吸器が悪いので自力では無理です。(呼吸機能検査成績報告書の1秒率が38%?程度)  集中治療室を使わなければならないので麻酔科の先生と連絡をとって多分大丈夫だろうということで一応8月4日(水)を予定して貰った。集中治療室2~3日か、その後何日くらい6階の病室でなければならないか、7階の病室へ帰るとなると何日くらい必要か。それまで特B室が確保できるか今日のところは分からない。今日は小森婦長休暇休み。隆栄売店の弁当食べて、1時過ぎの会議に出かけて4時ころまた来る。今そんなに病院に来てる必要もないと云うけど。午後の検温36.8℃ 隆栄が地下の売店で香川先生に会ったら典夫君とゴルフ友達だといっていたと。隆栄も上がってきて香川先生も入ってきてしばらく典夫君の話、香川先生が県庁の診療所にいたことがありその頃典夫君が職員課にいて親しくしている、今日もゴルフをしていたと。先生にハトロン封筒を渡す。6時夕食が来て食事中、青木和哉氏が来てくれる。隆栄6時半頃帰る。青木君7時40分頃帰る。子供のところへ電話するため8時になったので、先ず家に電話して見るが話し中で、生き物地球紀行を見たり、水戸黄門に回したりしているが何としても繋がらない。 気がついたら22時になっていたので念の為もう一度電話をして見たが同じ、ハルシオンヲ1/2 飲んでテレビを消して寝る。1;504;105;20トイレ。

07.27 6時テレビをつける家に電話する。繋がる。昨夜上手さんとこ、子供のところ。薬のせいで昨夜は少し睡眠が取れた。多少形式的に4階の渡り廊下を歩いてくる。7~8分。 隆栄がまた電話してきて今美保さんから電話があって、泰広はまだ帰っていないが、この前20日に出した手紙が着いたと。丁度良かったので手術日が8月4日に決まったことを話しておいた。朝食が終わって9時前に修司から電話がある。昨夜遅く帰って隆栄から一応聞いているけれど、直接電話するよう隆栄に言われて電話してきたもの。こちらからは4日の手術は肺機能が悪いので集中治療室を使ってするそうだということを話す。今日は小森婦長さんが部屋のことでしょうといって、早速来てくれた昨日話していた看護婦さんから聞いたのだろう。昨日外科の八杉部長の問診の状況を報告しておく。此処から手術室へ出てもいいだろうといって貰っていることを話しておく。手術後のことは日程的にも分からないが、術後は何日か外科の個室にいて、合併部屋に移るのだろうが、若し外科の病室でなくても良く、まだ入院しているようであれば、その時はよろしくと頼んで置く。そしたら部屋を空けて置くわけに行かないが、自分の立場では 公平にやりますと云っていた。なるほどなと思いながら、無理して貰わなくて云いですと云って置いた。この人もこの間から私の話を聞いていて、私を理解してくれてるように思う。お父さんが病気のときに私と同じようなことを云っていたと、隆栄が買ってきていた靴下を渡す。11時前だったろうか、桂子先生が来てくれる。どんなんですかといいながら見舞いを差し出されてちょっと意表を衝かれた感じ。今度の病気でもっとも気持ちの支えとしているので、直接会えて懐かしく春先からの経過を自分だけ喋り過ぎたと後で大いに後悔した。もう桂子先生は八杉外科部長に会ってきたということだった。特に専門的に新しい説明を聞いて来たと云うわけでもなさそうだ、組織検査の4グル-プと云うのはあくまでもその組織の炎症の進行の区分であって、全般的に見た病気全体の進行度合いとは一応別問題と承知した。寛之君がママ遅いねと云っていると佐保子先生から電話があり、帰られたのは12時になっていた。午後隆栄が来る。小室がまた来てくれる、桃や巨峰を買って来てくれた。先週月曜日に幸子さんと一緒に見舞いに来てくれてから後の経過を話す。長い時間いろいろ話している間に外科の先生が来られた中尾先生で私が院内で内科から外科に転科になったこと、これから若干手術のための検査を外科から来て実施するといったこと、手術のための説明はその時に改めてすると云うことであったが質問はないかと云うことだったから多少のことを聞いた。小室も1時間半くらいいて帰り、6時の夕食はどうにか食べられて隆栄も6時半ころ帰った。夕方明朝採血があると聞いたがどちらの看護婦だったか?。 テレビは見たい番組もなく9時過ぎ消灯。今日はハルシオンは飲まない。22;300;202;20トイレ、 座ってワープロを始める。ここまで来たので疲れて横になる04;00 

07.28 5時半起きて洗面髭を剃る。採血に来るのを待って政局のニュースを聞いている。採血は広江さんだった。終わって7時過ぎているけれどジョギングシューズに履き変えて4階の渡り廊下を15分歩いてくる少し汗ばむ。部屋にかえって新聞を見ていると食事が来る。いつものパターンで俺には新聞は余り読むところはない。食事は今朝は若干飲み込みの際の支えが少ないような気がする。ご飯の炊き上がりに大いに関係する、粒が潰れてくっついているのは駄目だ、柔らかくて粒と粒にある程度の空隙がないと駄目。おかずは野菜の煮付けが多い、これは味つけと水分が関係する。みそ汁は具も少ないし、スライスチーズ、ゆで卵、牛乳、低塩ふりかけは当然どうってことないが、これらは一度に口に入れる量と順序をバランスよくしなければならないこんなことを考えながら食事を済ます。食事の時間は喉の通りが良いときは123分せいぜい15分で早い方、ご飯とおかずの喉の通りが悪いときは20分かけても25分かけても駄目で大抵 15%20% 残しちゃうね。それにしても術後のことを考えたらもっと時間をかけて咀嚼する習慣にならなければとも思う。10時婦長から7月15日迄の入院費の請求書を渡される。¥41,454-  婦長は昨日の渡したものはもらえないから社会福祉事業に寄付させて呉れとか、ナースに出させて呉れとかとか云っていたがわずかで恥ずかしいようなものだからと云って帰ってもらった。11時半中尾先生が来て採血。動脈から採るということで最初手首の手のひら側から試みたけれど、旨く採れないので、股間の動脈から採った。

  昼飯をすませて、病院費を払って置く気になり1階のキャッシュコーナーから預金を下ろして支払ってきた。2時過ぎか隆栄が来たので請求書を見せて置いた。香川先生が毎日回診に来て呉れる。石原先生が見舞いに覗いて呉れる。昨日は突然桂子さんに見舞い来て貰って意表を突かれた形で恐縮だった。こちらで病気の経過なんかばかり長々と話していて、桂子先生が八杉先生にあって来たことを後で聞いて、しまったと思ったと散々言い訳けと、断りする始末だった。八杉先生との話で特に転移の話などなかったかもしれないと思う。桂子先生に謝礼を準備していたがどこに置いたか分からなくてそのままになっていたので隆栄が先生を追っかけて行って無理やり渡してきた。どうにも格好がつかない仕儀になったが今は仕方がないと思う。 10;301;304;00,トイレ

07.29 7時半ころ今日は何とかしようと思っていたけれど駐車場のコインの計算にいけない。内科から外科に転科して手術のための採血検査や知井宮の方から兄弟が出てきたりするから外出できないと断っておく。将来のことは又改めて相談するといっておく。部屋に八杉先生が来られた隆栄は分からないから私が慌ててア-先生と云ってベッドを下りたが、先生は風邪なんか引かぬようにしなさいと云って出て行かれた。慌ててハトロン封筒の書類を渡した。誠にスム-スに渡せた。桂子先生が行って合っているから部長が部屋に顔出したものでないかと隆栄と話した。1時過ぎに知井宮から和一郎さんと恭子が見舞いに来て呉れた。2月母の13回忌から初めて合うのかもしれないが、懐かしく嬉しかった。年齢の近い兄妹のせいだからと思う。それとも今度の病気のせいか。手術したら当分つらい毎日が続くからそれまでにと思って出てきて呉れたけれど、和一郎さんが何べんと無く生死の境を越えて来て恭子はズットそれを看病してきたものだ。寿命と云えばそれまでだが自分も頑張らなくちゃと思う。本日宣さんが来るといっていたけれどもう来ないだろう。6時半食事を済ませて一段落したところでしたところで、裕子が玲ちゃんと、慧ちゃんと3人で来てくれた。松江駅に隆栄は出ていたけれど、裕子が病院が気になり駅から直行したもの、隆栄はご飯の支度があるから家に帰ったと。しばらく部屋で話していた。思ったより元気そうだとか、大変景色が良いところで眺めが良いとか、…玲はこちらから話しかけるといくらでも話していたが、慧はそろそろ帰りたがった。裕子に6階の 外科病棟を説明して6階の渡り廊下から東方面西方面の景色を案内してから1階のタクシー乗り場まで送って行って別れた。

07.30 良く眠れた。時計を捜してみると5時半である。昨夜ヤクルト巨人戦8回で7対5で勝っていたからもう見る必要もなく寝ちゃった。ただハルシオンを飲んで寝た。2;40トイレ 次5時半である。今日は台風が日本海を通過するというので、強い南風が吹いている。窓を開けてベッド回りを整頓し洗面を済ますと4階の渡り廊下を20分程あるいてくる。食事皆食べる隆栄から連絡宣さんが電話して来て、打ち合わせした結果明日外泊で家に居る間に東朝日町に来ることになったと。8時修司が新潟から電話して来た。これから韓国に行って8月3日午後伊丹に帰る予定だと。手術の説明にはとうてい間に合わない。手術のための引っ越し、そのとき持って移動するもの、一度家に持ち帰るもの、考え考え整理している。10時になったので1階のキャッシュコーナーで預金を引き出してくる。珍しく全部ピン札であったのには気をよくした。検温36.8℃。午後から自民党の総裁選の放送を見ていた。河野が208票、渡辺が159票だった。新総裁のあいさつや記者会見もやっていた。今日も午後は採血、血液検査室に行って耳たぶの血液検査。午後の検温は37.1℃。今日は一日曇り風が吹いている。病室の窓のカーテンが院内放送で一斉に薄いグリーンのものに取り替えられた。5時半1日分の薬をもらって外泊のため病院を出る。此所はタクシ-は便利だ、1階に下りるとスット帰れる。古志原の栄子さんが見舞いに来ていて今すぐ帰るから顔だけ見て帰るといって待っていた。今日は休みだそうだ。玲ちゃん慧ちゃんが大変にぎやかだ。玲ちゃんは早速おしんのビデオを見たいというので掛けてやる。隆栄は精一杯のご馳走をしている。鯛や、海老の刺身、鯛の焼き魚などだけれど、それがあまり食が向かない。ご飯も魚も食べられない。少しだけ食べて止めてしまった。 体調も良くないので寝る。11;1001;1002;5004;30、トイレ

07.31 5時半起床。いつものように洗濯機を回しながら洗面を済ます。納豆、黄卵、オクラで多少食べられたが、まだ食欲不振である。泰広にカードの利用明細書を転送するので隆栄にワープロを打ってもらった。この手紙が着くときは手術も終わっているので手術予定を電話で知らせておく。食欲がないので午後は休んでいる。5時過ぎに車を呼んで5時20分帰院。7時半過ぎ石原先生が来てこの前の寸志は1万だけ貰うと、2万を返される。9時帰られる。広島は横浜に勝ち。巨人・阪神は同点放送時間切れ。体調が良くない食事が進まないからハルシオンを1錠飲んでぐっすり寝ることにする。最初に目が開いたのが1時頃寝ぼけた感じでトイレに行って放尿するまでに漏らして下着をたくさんぬらした。下着を着替えてそそくさと寝た。

08.01 今度目が開いたら6時10分だった。実に良く寝たが食欲が出てきたわけでない。朝の検温37.3℃。新聞屋がきたので先月13日から来月3日まで\1,980- 22日分支払いすます。朝食から手術のための薬(3錠)が増える。食事15%程度残す。看護婦が来て今日から呼吸練習をしますからといって来た。聞いているからといってトイレに行って待っていたら今機械が見えないから後日にしますからといってきた。後日といったら、自分で出来る腹式呼吸でもしていて下さいといって出ていった。午後の検温37.8℃。しばらくして看護婦さんが氷嚢を持ってきてくれた。呼吸の練習をする小道具も持ってきてくれて使い方練習の仕方を教えてくれた。7時検温37.9℃、呼吸練習はなかなか旨く行かない。9時検温37.4℃氷嚢を替えて貰って眠る9時半。ハルシオン1/2    22;001;054;20トイレ

08.02 5時50分起床。良く寝たけれど熱は風のような呼吸器の関係と違ように思う。キット潰瘍の変化から出る熱だから早く手術するよりどうにもならないだろう。午前検温37.4℃、午後隆栄が来る検温37.9℃また氷嚢を使うことにする、丁度香川先生が見えて熱が出ると手術が伸びるよ、中尾先生に云っておいたが良いといわれて看護婦が連絡して採血と採尿、検査と抗生物質を使うのでそのためのテストをした。裕子が玲と慧をつれて来た。歩いてきたと40分かかったと。子供たちがにぎやかに遊んでいるときに石原先生がまた見舞いに来て下さった。しばらくみんなではなしていたけれどとても元気そうだといってもらったが、今食が向かないので早く手術するより他に方法がないのではないか私は思うと。また改まってお見舞金封戴く4時頃中尾先生が来て、食事が食べられないから点滴にする、食事は流動食にする、血糖値が高いからインシュリンを使うと、告げられた。裕子は土産物も買わなければならないし子供たちをピノでも連れていったらということで帰らした。

  4時半ころから点滴が始まる。初めに100cc の小さいほう、5時ころから500ccのもの、途中夕食が来て食べかけてみたが全然向かない。せいぜい15%程度食べてやめてしまった。隆栄にも早く帰れ帰れといって返したら、しばらく振りに青木和哉氏が来てくれた5日に手術が決まっていること今食が向かないこと熱が少し出ていることなど話す。わしが好きだからと大きな桃を五つ買ってきてくれた。8時ころに帰る。9時頃から寝ることにしたがうまく眠れない22;500;00トイレ、ハルシオン  1/23;155;00トイレ

08.03 昨日熱があってシャワーを使わなかったので、今朝は洗面所で頭を洗う。十分なことは出来ないけれど洗わぬよりましで石けんを使って流し、クリームを塗り直す、ひげも剃ってそこら洗面道具を片ずける。今日から流動食丼一杯の主湯汁椀一杯のみそ汁卵の黄身がひとつ浮いている。それに何時もの牛乳、これなら食べられるとかすかな食欲がうごめく。裕子が下着を届けてくれて、青木君の桃をもって帰ってもらう。 朝の検温36.4℃、そのうち隆栄も来て看護婦が来て点滴が始まる。子供たちが克已さんを迎えに出てその足で真っ直ぐみんなで病院に来てくれる。

 

手術したのは、84日であった。


               

1.   

  6月14日木次町里方1093番地47雲南クリニックで前立腺検診  初診

    財団法人前立腺研究財団山陰事務所所長

    鳥取大学名誉教授・雲南クリニック院長  医学博士  後藤   

                      事務所  島根県大原郡木次町大字里方1093-47

                                               TEL(08544)2-5275

                      自宅    鳥取県西伯郡岸本町吉長 28-6

                                               TEL(0859)68-2108

    検査  排尿時間40秒(普通25秒位) 残尿量40cc

          直腸から触診エコー撮影    手術を要するか要しないかの限界

    薬をもらう(2 週間)

  6月28日雲南クリニック再診  薬は長期に服用を要し  松江日赤病院

    浜本隆一先生に紹介状を貰う(カルテコピー添付)。

  7月2日(火)日赤ひ尿器科初診  浜本副部長  頻尿の薬1週間分

  7月9日      日赤再診  尿道膀胱検査、尿道から造影剤を入れて?

                レントゲン写真を撮る、前立腺肥大それほどでない。

                残尿量は多い。当分薬は続ける。

                POLLAKISU3  Perselin

  7月23日(火)POLLAKISU   Perselin        Halcion 0.25睡眠薬

      24日パ-セリン(頻尿の薬)ハ服用シナイデ  ツチラ猪苓湯 (医療用) を試用

  8月6日(火)  8月20日(火)  9月3日(火)  薬のみ2週間分

 

  8月1日  朝日公民館で肺ガン検診レントゲン撮影  6日  同喀痰検査

  8月20  胸部X線検査要精密検査の通知  28日喀痰検査異常なし通知

            松江地区広域行政組合  保健防疫課

  9月2日  国立病院内科初診  吉田先生  血液検査採血  胸部X線撮影

            平成3年のX線写真右下の方に、平成1、2年の写真にない

            陰りがあって要精密検査となったもの。9月2日の写真では

            その陰りの痕跡があるが、かなり薄くなっている。(四ツ 切リ)

  9月4日  国立病院  内科再診  胸部 C.T撮影16枚。

  9月9日  国立病院  内科再診  吉田先生C.T 写真説明

            点々と(粒々)肺の組織が壊れたところがあり、煙草を止め

            ないと息切れがひどくなり肺気腫の恐れがある。右下の陰り

            のとこころは、これ以上検査の必要はない。        以上。

  10 1  日赤ひ尿科再審当分中止する。パ-セリン とハルミオン は暫くストックあ

            り、頻尿の薬は福庭医院の漢方薬ツチラを続ける。

  10 2  福庭医院再審、老人検診を受ける。

            身長163.5cm 体重60Kg  血圧120/80  検尿蛋白-糖- 0時間

            潛血-血液検査コレステロ-186血糖値125mg/dl心電図著変なし

            胸部X線写真著変なし

       8  古瀬眼科医院、精密眼底検査

            審査所見  両眼混合乱視  老人性初発白内障

            S.H.T(0)  S.A.S(0)     I.O.P  R 13mmHg L 15mmHg

  1125  秋になって体調が良くないので1020日頃から朝無理をして

            歩かないことにした  福庭先生は季節的な関係があるようだ

            といっていた  物置の整理で物の上げ下しはきつい連続した

            作業は息切れがする  1124日食欲がないおなかがごろごろ

            いう腸感冒かもしれない今日は朝はお粥昼は抜いた

  12 2  10日程前から下の義歯にひびが入ったので作り替えのため石

            原歯科に行く、型とり。 6日本番型とり。10日噛み合わせ調

            整。14日歯並びチェック調整。20日義歯完成装着。24日最終

            点検調整。(保険対象だけ)

  1225  福庭医院再審日であるが飲み忘れで4週分くらいストックし

            ているので年末年始通院せず。

  !!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

以前から頻尿が気になっていて前立腺の検査をして貰おうと思っていた。

91年初めからのメモを見ると夜間2~3時間置きに尿意があって明け方

は更に間隔が短くなり朝食が終わると1日中眠い眠いと言っていた。検査

を受ける前から秋頃までは夜間1時間半から2時間半位の間隔であったが

日赤の薬は止めて漢方薬ツチラに変えてしばらくしたら夜間2時間半から

3時間半くらいの間隔になり夏頃のように気にならなくなった。

  息切れは煙草を止めないからだんだん調子が悪くなり10月中頃から朝

歩きを休んだ。後半は概して不調だった。

  この1年の喫煙本数          1月  57本、2月 171本、3月 139本、

      4月 123本、五月  20本、6月 100本、7月 274本、8月 300本、

      9月 194本、10 281本、 11 184本、 12 196本、 合計2039本、

 

 

 

        モ(92・01~         
1992

01/04 十日程前、朝起きた時右手親指の付け根が痛かった。それから後も

      直らない、特に夜中に起きた時にボ-ルペンを持つと痛くて字が書

      けない。腱鞘炎のように思うので嘉本医院に行って診察を受ける。

      (この前左手親指の腱鞘炎は89/56)レントゲンを撮り、親指の付

      け根に注射を打ってもらってチュウブ入り塗り薬をもらう。

02/01 1/11.1/18.1/25まで計4回注射を打って薬を塗って様子を見たが

      注射を打った日と、次の日くらいは少しよいが、捗々しい改善は見

      られず、1月中頃からは親指の関節が曲げにくくなったので注射は

      止めにして手術をすることになり必要な血液検査だけしてかえる。

  /07 右手親指腱鞘炎手術 12;0012;45 痛み止めと化膿止めの錠剤をも

      らって14;00 帰宅。

  /15 2/8.2/10.2/12.2/13嘉本医院術後処置化膿止め注射に通院。

      2/14抜糸、2/15 まで通院。一応治療は終わっているが医者は1週間

      後にまた見せてくれという。

      今は右親指が左に比して少し太い感じ、少し熱持った感じ、指を曲

      げる感じも少なめの感じ、親指の先腹の方が可なりしびれがある。

 

 

 

        モ(93・01~         
1993

02/08 昨日母の13回忌の法要で、隆栄も一緒に往復小室の車に乗せて貰

      って知井宮に行った。帰ってから胃を悪くしたような感じであまり

      食欲がなかったので絶食して在宅。雪になり寒さが戻り4℃くらい

  /09 気温0℃~6℃胃の調子悪く、置き薬(胃薬)を飲んで在宅休養す

      る。風邪気味である。

  /10 気温2℃~8℃、体温37.1℃はっきり風邪だと思うので講演会出席

      等予定を変更して在宅休養する。

  /11 建国記念日、/12 休んでいても良くならないで /14は病院が休みだ

  /13 ので土曜日福庭医院へ行った。体温38℃、レントゲン写真を撮って

      解熱剤、胃薬、抗生物質(?)を貰って帰り、取り敢えず食間服用

      になっている解熱剤を飲んだら、すぐに吐き気を催してきて慌てゝ

      便所に駆け込んだが何も食べていないので吐くものはなかった。無

      理に夕食を少し食べて胃薬や咳、痰の薬を飲んで寝た。夜中に呼吸

      が困難になって目が覚めた。ベッドの上に座って大きく息をしよう

      とするがどうしても空気が足らない感じである。午前2時日曜日で

      ある。家内を起こしてみてもどうすることもできないだろう。福庭

      先生に電話してみても日赤の急患受付に連絡しておいて、救急車を

      呼んで行けと言うことになり、病院で酸素吸入点滴してしばらく入

      院だろう。こんな考えが頭の中をぐるぐると駆けめぐる。それにし

      ても困ったな困ったなと思いながら、洗面器のところまで出てうが

      いしていたら痰が出たせいか段々呼吸が楽になってきた。

  /14 呼吸困難は4年前にも経験していて大変苦しい。怖くて滅多に薬も

  /15 飲めない気がする、おそるおそる薬を飲んだりのまなんだりで熱は

  /16 下がらない。時々咳は出るがそんなにひどいことはない。17日の定

      期通院日まで様子を見る。

02/17 体調が良くないので朝ゆっくり福庭医院へ出かけることにして先に

      散髪を済ませてから医院に行った。様子を話して症状は変わらない

      といったら、薬も飲まなければ良くもならないと云ってもう一度レ

      ントゲン写真を撮ってもう肺炎を起こしているから入院しなけれな

      らない。家では酸素の設備が出来ないから無理だということだっ

      た。病院は日赤に呼吸器科が出来ているので日赤の病室を聞いて貰

      ったら、室があったので福庭医院から紹介状とレントゲン写真2枚

      を預かって、中央ビルから家に入院することを連絡して置いた。

            院(93/02/1793/03/02)

02/17 日赤の急患受付に行って採血血液検査、胸部レントゲン写真を撮影

    (正・側面)。とりあえず3階の整形外科の病室に入る北側の小さな

      個室で差額\2000-/day、一度家に帰ってスクーターを置いて、入院

      の支度をしてタクシーで隆栄と一緒に引き返して夕食から入院。

      夕食が済むと酸素吸入と点滴を始める。点滴は小さい方が30分くら

      い、終わって大きい方が2時間くらいの予定だが時間が延びて終わ

      った時は23時だった。24時眠りに入るも寝つかれず。看護婦から安

  /18 定剤貰って飲む。朝食 830分、点滴開始1030分、昼食13時~

      夕食18時~1830分、19時点滴小開始、1920分大に切り替え21

      30分終了。

  /19  5時昨日から一昼夜の尿量測定終了、11回計1,630 cc7時トイレ、洗面

      ひげ剃り、7 30分採血、7 50分検温36℃、810分朝食、9時ガウ

      ン着替え、9 20分点滴開始、11時痰切りをよくするための吸入と

      か、別な吸入器が持ち込まれてテストに装着したが、とても 5分と

      続けて吸入出来るものでなくすぐにやめた。

      1230~昼食、1340分~1410分身体拭きこの間用便。1450

       7階に室を変わることになる。謡曲巴を聞きながら支度、1530

      7階西 733室に入室1615分点滴 500cc開始、1710分隆栄来る

      18時~1830分夕食、1845分隆栄帰る。

      19時~1920分田中先生回診、血液検査検便の結果、血糖値が300

      と高く、便に潜血反応が出ているのが問題だ。肺炎の治療に平行し

      てこれら問題点にどのように対処していくかということであったの

      で、私としてはここでは当面肺炎の治療に限定して欲しいと希望し

      た。(4年前に気管支喘息重責発作肺気腫で呼吸困難を起こし入院

      した時の検便でも潜血反応があり、外科でも診て貰ったが分からな

      かった。2年ほど前に市立病院で直腸の検査をして貰ったが、異常

      なかった。時々検査を受ける必要はあるが別に考える。糖尿病は今

      薬も飲んでいないし、ここで少々入院期間を延ばしても具体的に治

      療効果が上がるものだろうか自分に今それをやるだけの気持ちがな

      いので。田中先生はそれらの治療は患者の意志選択で自分としては

      こだわらないということだった。)

      1920分体温36.4℃、20 5分点滴小さい方に切り替え2030分完

      了、21時消灯、謡曲巴を聞きながら眠る。21;30'22;50'23;30'

  /20 0;45'1;55'3;20'5;20'、と 7回も排尿、7;00' 起床到底眠れず。

  /20 8;10' 8;30' 朝食(パン)8;40'家に電話して囲碁講座買ってきて貰

      うよう頼む。8;50' 用便、9;00' 室の掃除、10;30'点滴開始、11;

      00' 大に切り替え、隆栄来る。

      12;10'昼食12;35'了、隆栄図書館ボランティアでプラバーホールへ

      14;10'点滴終了14;50'検温36.5℃、

      16;20 点滴開始、17;35'夕食18;10'19;10' 点滴 500cc了切り替え

      19;35'完了、19;15'隆栄帰る。21;15'22;50' 排尿、23;15'うがい

  /21 日曜1;05'3;20'5;10' 排尿うがい、7;05' 起床、 7;30' 用便、

      検温36.3℃、8;00'朝食8;30'8;40' 洗面ひげそり、8;50' 隆栄来る

       9;15'点滴小開始 9;45'了大に切り替え、 10;50'中断、 11;15'再開

      12;10'昼食12;40' 13:00'午前の点滴完了、 14;30'下着取り替え、

      14;45'検温37.1℃、16;10' 点滴大開始、17;40'夕食17;55'18;10'

      点滴小に切り替え、18;40'点滴小完了、 18;50'排便、20;10'21;10'

  /22 22;40'1;20'4;00'排尿、5;40'採血。 7;00'排便洗面支度する、

      昨夜咳少なく、今朝うがいしても痰が少ない。7;50' 朝食8;20'

      隆栄が来る、10;00'検温36.6℃、10;30'点滴小開始10;50'大に切り

      替え、12;10'昼食12;30'了、12;50'点滴終了。13;30'胸部レントゲ

      ン写真撮影。14;00'検温36.3℃、16;35'点滴500cc 開始、隆栄来る

      17;50'夕食18;10'19;00'点滴小に切り替え、19;25'終了。

      20;20'田中先生回診。肺炎は殆ど良くなったように思うが、時に息

      切れを感ずることがある。点滴に気管支拡張剤に変わる薬が入って

      いるだろうかと聞いてみた。先生は入っているが点滴は一時的に薬

      の血中濃度が上がるが、点滴と点滴の間は下がる。その点従来服用

      していた錠剤は平均して薬効があるように設計されている、明日か

      ら点滴(500cc)は止めて、錠剤に変更するということになった。

      今まで夜間排尿回数が多いのに加えて夕方から消灯前までに500cc

      の点滴するので、ので閉口していたが少し助かった。

      病室は暖房でも温度調整が難しいし、空気が乾燥し過ぎるし、夜は

      ボイラーが止まると寒いので家から電気毛布を持って来て夜だけ使

      っていた。

      20;40'23;10' 排尿、

  /23()02;10'03;40'排尿、6;40' 起床、用便、洗顔、ひげそり、 昨夜

      一晩中西風がヒュルヒュル窓を慣らす、今朝7時半雪になる。

      8;00' 朝食8;30' 皆食べる錠剤飲む。8;40' 家に電話する。8;50'

      ナース前体重測定 56.5 Kg (3.5Kg 痩せた) 。新聞買って来る。

      9;20' 身体拭き、10;10'検温36.3℃、血圧測定、10;15'点滴10;40'

      12;10'昼食12;30'14;40'検温  脈、

      16;00'田中先生回診、昨日の朝採血の血糖値は230 だったと。

      食事は入院した日だけ普通食だったが、折角良い機会だから糖尿食

      にして貰って、味やカロリーを家で食べているのと比較して体験す

      ることにしていた。カロリーは1,660calで、みんな食べていたが

      病院では全然カロリーを消費するほど動かないから1,440calに落と

      して貰った。

      酸素吸入はもう必要ないからと先生が止めてくれた。

      退院の見通しを聞いてみたら、抗生物質の点滴を午前午後続けて

      肺炎を完治して置く必要あり、僕の場合は呼吸器の弱者だから少な

      くとも来週まで様子を見る必要があるということだった。外出は届

      けをすれば可。

      17;30'隆栄来る。18;00'夕食18;20'、 錠剤飲む。19;00'点滴19;20'

      隆栄帰る。20;20'トイレ、22;55'トイレ 。

  /24()01;40'03;00'05;25' 排尿、6;30' 起床電気毛布片付け洗面。

      昨夜から断続的に積雪、平野部でも今朝12cmでこの冬一番の積雪。

      外気温-0.1 ℃、用便、売店へ新聞買いに行く。

      8;10' 朝食8;40' 錠剤飲む、9;20' 石原高橋さんと、中金宅和さん

      と電話打ち合わせ。

      9;30' 身体拭き9;50' 10;40'隆栄来る。12;15'昼食12;35'~休養

      14;00'病院の中散歩(渡り廊下往復)14;50'15;00'検温36.2℃。

      15;45'農林中金宅和さんから花を貰う。16;20'隆栄帰る。

      16;25'婦長が話して行く16;40'17;50'夕食18;00'了、

      19;40'点滴20;00'了、20;10'田中先生回診。

      20;30'トイレ 就寝、22;35'0;00'トイレ

  /25 01;40'03;10'トイレ、 06;20'起床電気毛布方付、洗顔、07;20'用便。

      07;40'売店に新聞を買いに。07;50'朝食08;10'錠剤を飲む。

      09;30'点滴09;50'10;30'トイレ、11;30' 検温35.5

      12;15'昼食12;35'12;50'外出許可を貰って帰宅する。

      昨日からの囲碁棋聖戦衛星放送を見ながら駐車場料金計算をして、

      明朝高橋さんがとりに来たら渡せるよう準備しておく。ゆっくり風

      呂に入って、下着からすっかり着替えて、身の回りのもの後5日間

      病院でいるものいらないもの取り替えてタクシ-を呼んで帰院17;50'

      18;05'夕食18;20'20;40'点滴 21;05' 21;10'22;50'トイレ。

 2/26 0;10'トイレ、02;00うがいトイレ、4;20'トイレ、05;30'トイレ洗顔、05;50'採血。

      08;00 朝食8;15' 8;30'家に電話する 8;40'用便、9;20' 身体拭き

      09;30'駐車場売り上げ表計算整理。 10;30' 点滴10;50'

      11;30'レントゲン写真撮影。12;15'昼食12;30'、隆栄11;30'2;00

      15;50'今日は温かで院内散歩16;20'17;55'夕食18;05'

      18;30'レシャード先生突然病室に来てしばらく話す。要するに血糖

      値の高いのも無関係でないからゆっくり完全に直したが良いといっ

      た話で、具体的な話でないから何とも言えない。

      19;00'呼び出しがあり、レシャード先生と病室を出て、田中先生の

      説明を聞きに詰め所に行く。

      田中先生がシャーカステンに止めた写真で、気管支、肺気腫、肺炎

      を説明してくれる。気管支拡張症もあると。気管支拡張症はこの時

      初めて説明を聞いた。

      CRPの数値が今度入院した2/1719.02/22 () 4.9 、今朝

      の採血で2.3 であった。CRPは炎症の度合いを示す数値でこの場

      合は明らかに肺炎によるもので、正常値は 01 であるが、5>が一

      つの目安、10<は要入院であると。だから今回入院する時点では異

      常に高い数値を示していたし、今2.3 まで下がったが、この後 1

      迄下がるかどうかは分からない。

      このまま発熱がなければ来週は退院できるだろうが、従来から服用

      していた錠剤は、やはり福庭医院で出して貰うのが良いだろうと。

      体調がもとに還り安定したら、呼吸器科外来で肺機能の検査をして

      貰うことにした。

      20;30'トイレ うがい、20;40'点滴21;05'22;40'トイレ 。

  /27 0;20'トイレ、2;05'3;20'トイレ安定剤を貰う。

      6;40' 起床、検温、電気毛布片付け、洗顔、新聞を買ってくる。

      8;00' 朝食8;30' 9;50' 用便、10;10'家に電話カメラを注文。

      10;40'点滴 11;00' 11;40'散歩12;00'12;05'散歩12;25'

      13;3014;30'代々木へ電話、不在。15;30'検温36.1℃。

      18;05'夕食18;25'、隆栄17;50'晶子と琢也の見舞い手紙持ってくる

      19;15'帰る。19;40'京都美智子さんと晶子にTEL、見舞いありが

      とう。琢也二度目の風邪39.5℃で電話口に出られず寝ている。土曜

      日で医者にかかっていない。晶子も37℃くらいか、期末試験だから

      休めないと。20;00'点滴 20;20' 20;30'家に電話して明朝謡曲の

      録音の仕方を説明する。20;50'消灯就寝。

  /28  0;50'2;20'3;50'トイレ、6;15'起床洗面、電気毛布片付け。

       7;00'検温36℃。新聞買いに、 8;05'朝食8;25' 8;50' 用便。

       9;10'点滴9;40' 10;10'代々木に電話。

      12;00'昼食12;15'13;00'隆栄来る、15;00'検温 36.4 ℃。

      16;00'隆栄帰る。17;25'17;50'院内渡り廊下散歩。

      17;50'夕食18;10'

      18;20'肩・腰が凝るようで、看護婦さんに貼り薬を貼って貰う。

      20;20'点滴20;50'22;30'トイレ、

 3/01  0;30'1;50'トイレうがい、3;30' 5;00'トイレ、6;20' 起床洗面。

       7;50'朝食8;10' 8;40' 用便、8;50' 家に電話。

       9;00'身体拭き、下着替え9;20'

      10;00'田中先生回診。点滴は今晩までとし、明日から錠剤にする。

      熱も出ないので、明日退院して良いと云われたので、3月2日昼食

      後退院と決定して手続きして貰うことにした。

      退院後最初に呼吸器科の外来に行くのは3月10日(水)として、そ

      れまでの抗生物質(肺炎の薬)と、気管支拡張剤、吸入薬アトロベ

      ントを出して貰う。

      10;40'点滴11;00'12;00'昼食12;20'14;00'検温36.7℃。

      15;50'預金引き出し、通帳記帳して隆栄くる、18;00'帰る。

      17;00'薬局から退院後の錠剤を受け取る。

      18;00'夕食18;10'19;30'トイレ 、20;10'点滴20;40'

      21;00'23;00'トイレ 。

  /02  0;40'2;20'4;10'トイレ、6;20' 起床洗面、

      7;50' 2階外来の受付状況を見に行く。

      8;05' 朝食8;20' 9;00' 体重測定 56.5 Kg9;05' 用便。

      11;00'退院手続き、支払い  44,031-

      12;10'昼食12;30'、検温。

      13;30'隆栄来て、ゴミを捨てて詰め所に挨拶して退院する。

      タクシーで帰宅。

 

          呼吸器科部    レシャード

                主治医  田中文啓

          7階西      小森恵子

 

 

                   

03/03 2日に退院して3日にピノまで行ったが、冷たい外気に当たると少

      し熱がある感じだったので、以後外出せず、美保さんが絢子を連れ

      て帰っていたが、在宅して安静に努めるようにした。熱は午前中は

      36℃~36.5℃、午後から夕方は36.5℃~37℃で微熱が続いていた。

      自分の場合体調が良いときには体温は36.5℃以下だと思っている。

03/10() 日赤呼吸器科初診、血液検査、レントゲン写真撮影の後、聴診

      器による診察。前記の体調を説明する。肺機能検査するためには今

      の薬をもう1週間続けて様子を見る。福庭医院には手紙に添えて写

      真を返して1週間先から気管支拡張剤を出して貰うことにする。

03/17() 日赤呼吸器科再診、血液検査、レントゲン写真撮影の後、田中

      先生が写真を見て大変良くなっているという所見。聴診器による診

      察があって体調を聞かれるので、前回の診察日以降は熱もないし調

      子は良いが、無理もしてないのに左胸に微かな疼痛を感ずることが

       23 日あったといったら、昔肋膜かなんかやった後があってそれ

      を刺激するとそんな感じがすることも考えられると。もう1週間肺

      炎の薬を続けて24日には肺機能検査をすることにする。

03/22 久しぶりの晴天、気温も15℃くらいに上がったので、いつものコー

  /23 スを歩いたが、体重が56.5Kgと減っているので息切れはいつもより

      楽、ただ足が出ない、上がらない、うんと時間がかかった。

03/24() 日赤呼吸器科再審、肺機能検査とレントゲン写真撮影の後、聴

      診器による診察を終えて、検査結果について説明があった。

      呼吸機能検査成績報告書    測定日  1993/3/24

      体重56.5 Kg 身長164 cm  温度 19   気圧 760 mmHg    (別表)

      肺活量 2.11(  ) VCPR (年齢、 身長、 体重カラノ 標準) 3.19 (  )

      肺活量 2.11 / 3.1966.1%、 ( 80 %即ち3.19×0.8 = 2.552

      以上であれば良いが。)

      1秒率 [] 39.09    (1秒間に吐き出せる率であって70%以上

      であれば良いが39%は可なりひどい肺気腫といえる。)

      原本には66.1%と39%が赤字の記入になっていた。この表は福庭先

      生に報告しておいて、今後は何かあった時に改めて受診すること。

      ※平成元年10月16日国立療養所松江病院で肺機能検査した時の

        肺活量2,100cc 66%の記録あり。

 

 

  健  康      (1993・07・10~       
       

7月9日午後日赤7階西病棟750号室に入院。

05/28  Am5;20'頃より中海干拓事務所跡でスギナを採集する。午前中かか

      って洗って陰干しにした。スギナがガンの予防になると聞いて来て

      からもう4~5年になる。私はそのことにこだわり続けて毎年この

      時期になるとスギナ採集を続けている。

  /29 松の芽摘み(第1回)、台所の窓に簾を吊す、物置から網戸出して

      広間・縁側に。

  /30() 朝9時前に出掛けて風土記の丘へ、ウオークラリーに参加、50

      人くらい。真名井の滝・真名井神社・国庁跡・六所神社等を藤岡大

      拙先生の説明を聞いて歩き午後1時半頃帰宅。

  /31() 朝1時間喰ケ谷池コースを歩く。今日は年金者連盟の総会で、

      9時半頃でかけて市役所へ、下水道施設課野津課長に町内長岡さん

      前のマンホール蓋を修理して貰った御礼に。10時半頃まで長谷川

      さん・舟木さんと一緒に開発公社で時間待ちして白鳥会館の総会に

      行く。総会終わって例年のとおり福祉センターに行って7~8人で

      囲碁5時頃まで。

      何時も使っている手帳、5月末から6月になる余白に、

      朝ごはんの時に、特別に急いで食べるわけでもないのに喉に詰まる

      感じで、ちょっと箸を止め、あれ!俺も食道ガンかなー、胃が悪い

      のかゲップが出る、食事が進まない、食べ過ぎかも、5/10胃ガン検診

      の結果が分かるかもしれないと思って星野保健婦さんに調べて貰っ

      たら異常なしだったと。

      東京の石原先生に体調を話して、丁度桂子先生が来ていて桂子先生

      からも聞く。集団検診の写真は小さいから見落としがあることがあ

      るから一度胃カメラを飲んだ方が良いと。ただ胃カメラの検査も上

      手下手があり、医者の技術でも個人差が大きいので何処でどの医者

      にかかるかという情報を集めなければならない。今まで余りにもこ

      の方面の知識がないので困ったなァという感じ。

      6月になっても酷く体調が悪いわけでないので、朝はできるだけ1

      時間くらい(4K)程度歩いた。ゲップ、胃凭れ?と云ったような自覚症

      状が軽くなるわけでもなく、気にはなるけれど松の芽摘み、さつき

      の植え替え、囲碁、ビデオ撮りと整理、等々毎日の時間の過ごし方

      も変わらなかった。

06.08 福庭医院再審日、先生にみぞおちの辺の変調を話したが先生は食道

      ガンはうんと罹患率の低いものですと云って笑っていた。それでも

      胃散とゲップのとまる薬と云って錠剤を出してくれた。


       

*5月10日胃ガン集団検診

      30日風土記の丘ウオークラリー参加、昼食抜き、夕食食が進まず。

      31日夕食進まず

 

93-08-20

08.20 一昨日までで点滴を中止して、昨日から自分で直接摂る栄養だけに

      なったので、今の体重と摂取栄養量の綱引きが始まると思ってナー

      スからヘルスメーターを借りて来て体重測定して置く。48.5Kg

 

08.21 土曜日11時頃中尾先生右側ドレン抜き取り完了。

 

08.23 月曜日久しぶりに晴れ上がる。今週は晴天が続くという予報に幾分

      気も晴れる。昨日までに比較して今日は少し元気が出て洗面髭剃り

      する。9時過ぎ藤井忠孝さんが見舞いに来てくれて少し話す。その

      後裕子が電話してきてくれた。昨夜佐渡から12時過ぎに帰ったと、

      こちらのその後の様子を直接話して、あと隆栄に代わる。

      便通下痢、冷水を控える要あり。夕方八杉先生、中尾先生回診。

      伊藤良一さん中村房一君から耳にしたので確認に来てくれて話す。

08.24 晴天なり。泰広宛海外宅配の20世紀梨鳥取県農協に郵便振替で申

      し込む。9時便通下痢、検温36.3℃、体重測定48.5Kg20日から横

      這い。石橋伊藤良一さんに電話して〃当分誰と会うのも負担に感ず

      るので、もう少し元気になるまでこのままにして置いて欲しい〃と

      頼む。隆栄市連婦の会普門院へ。


                                      平成5年7・8・9月

区分  宛名氏名                                          金額円  品名  記号

銚子  永田長也     288  銚子市愛宕町29668      0479-22-8007 30,000 肌布団 

東京  石原桂子     151  渋谷区幡ケ谷1-30        03-3466-1412 20,000 肌布団 

                          秀和レジデンス315                                  ブル  ピンク

東京  石原佐保     151  渋谷区代々木1-44-9-605  03-3370-1673 20,000 肌布団 

東京  唐澤高美     155  世田谷区代田5-17-7      03-3414-5270缶イリス-プ カバ-セット

出雲  布野和一郎様   693  出雲市知井宮町896-1     0853-22-4270 10,000 肌布団 

出雲  布野宣臣     693  出雲市知井宮町1,021     0853-21-5385 10,000 肌布団 

松江  野津       690  松江市和多見町83        0852-23-6123 20,000 肌布団 

松江  小室益男     690  松江市雑賀町450         0852-25-2754 10,000 肌布団 

松江  田中栄子     690  松江市古志原町748-5     0852-24-9118 10,000 肌布団 

松江  青木和哉     690  松江市内中原町320-9     0852-23-0988 10,000 肌布団 

松江  村上光雄     690  松江市西津田3-19-3      0852-23-3067 10,000 肌布団 

松江  高嶋静雄     690  松江市乃白町284         0852-23-6571 10,000 肌布団 

松江  石倉孝昭     690  松江市雑賀町506         0852-24-8245 10,000 肌布団 

松江  高橋明男     690  松江市雑賀町293         0852-23-5649  5,000 タオルシ- 

松江  大谷正三郎様   690  松江市東朝日町2412     0852-22-2553  5,000 タオルシ- 

松江  太田       690  松江市東朝日町236-13    0852-23-7614  5,000 タオルシ- 

松江  森山喜代子様   690  松江市東朝日町23610     0852-21-1380缶イリス-プ バスタオルピンクF

松江  中川英雄     690  松江市東朝日町236-20    0852-23-5953  3,000 バスタオルピンクF

            18                                          188,000

松江  山本昌子     690  松江市東朝日町236-19    0852-24-5590  5,000 タオルシ- 

松江  田根知恵子様   690  松江市灘町157           0852-21-4911  5,000 タオルシ- 

松江  門脇恵美子様   690  松江市西津田7-16-19     0852-24-8208  5,000 タオルシ- 

松江  宮部    晃様   690  松江市西津田5-3-34      0852-22-3438  5,000 タオルシ- 

松江  長岡美代子様   690  松江市大正町404         0852-21-2396  3,000 バスタオルピンクF

松江  金子佐紀江様   690  松江市東朝日町84        0852-21-7674  5,000 タオルシ- 

松江  吉川由里子様   690  松江市東津田町2274-6    0852-26-3615  5,000 タオルシ- 

松江  内田       690  松江市一の谷町5-6       0852-23-1776  5,000 タオルシ- 

松江  黒沢靖子     690  松江市津田町306-1       0852-21-5723 10,000   銘々皿E

松江  上手冨美子様   690  松江市新雑賀町11-7      0852-22-2353 10,000   銘々皿E

松江  太田綾子     690  松江市東朝日町143       0852-21-9579 10,000   銘々皿E

            11                                           48,000

木次  渡部末子     699-13 大原郡木次町里方12-22 08544-2-2286  5,000 タオルシ- 

                                                          5,000

松江  藤井忠孝     690松江市西川津町3565松江土建0852-21-3521 30,000

松江  若林       660松江市西津田2-1-24若林建設0852-21-2333 10,000

            32                                        281,000

  内祝い商品名  83B-3.         83B-2.       79B-4.    79B-7.    240B-8.   81B-2.

          A ウ-ル混肌フトン B ウ-ル混肌フトン Cタオルシ-  Dタオルシ-  E銘々皿  Fバスタオル

                 \10000        \6000        3500      3000      3000      2000

江津  佐々本芳子様   695  江津市渡津町178         08555-2-3073 10,000

浜田           697  浜田市錦町5             0855-22-4644 10,000

江津  藤田英悟     695  江津市渡津町358         08555-2-2625 10,000

            35    (10/16、迄追加分を含む)      311,000

 


              93・07~

  1.入院費

      7月  9日~15日        41,450円

        〃16〃~31〃        95,390円'

      8月  1〃~15〃        69,900円  311,090円

          16〃~31〃      102,830円'

          同上    追加            1,520円

 

                             

内科主治医          香川幸司      北田町114                26-5819

外科部長            八杉八郎      内中原町320-20           22-4373

外科主治医          中尾禎造      北田町27-6  A住宅ロ-2   23-9015

呼吸器科主治医      田中文啓      北田町27-6               23-9007

内科主治医 (糖尿)   並河        西川津町3123-4           21-5408

循環器科 (心臓)     垣尾

麻酔科              松本

7階内科病棟婦長    小森恵子


2003年5月














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布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...