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2026年1月28日水曜日

「あらゆる賞はコネクションである」,『雑口罵乱』⑧,2015年6月

 「あらゆる賞はコネクション」,『雑口罵乱』20156

 

あらゆる賞はコネクションである。

 

布野修司

 

 「あらゆる賞はコネクションである」。

 「建築の賞について」という編集部の依頼を聞いて、すぐさま想起したのが辛口コラムニストとして知られ、雑誌『室内』の編集長であった山本夏彦さんのこの名言である。「コネ」というと何かずるいというか、うしろめたいニュアンスがあるが、あらゆる賞にコネクションが大きく作用するのはその通りだと思う。

問題はコネクションとは何かである。

これについては、最後に振り返るとして、頭に思い浮かぶことを綴ってみよう。

建築の賞は世界中に無数にある。実施設計のためのコンペ、さらには学生を主たる応募者とするアイディア・コンペの類の賞を含めれば、日常的に行われているといっていい。しかし、それぞれの賞にはそれぞれ機能と役割がある。

世界で最も権威があるのは、建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞であるとされる。「国籍・人種・思想・信条を問わず、建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきた」「存命の建築家を対象とする」[1]1979の第一回受賞者フィリップ・ジョンソン以降、ルイス・バラガンジェームス・スターリングケヴィン・ローチと錚々たる建築家が並び、日本人受賞者も丹下健三、槇文彦、安藤忠雄、妹島和世・西澤立衛(SANAA)、伊東豊雄、坂茂の7人を数える。賞の権威は、副賞10万ドルという賞金の額もあるが、こうした世界的に著名な建築家たちの受賞によって裏打ちされる。しかし、以下に触れるように問題は実は審査員である[2]。プリツカー賞の背後には磯崎新が「国際建築マフィア」というネットワークがあるのである。マフィアという言葉は、ここでいうコネクションという言葉で置き換えてもいい。

歴史的に古いと言えば、1848年第1回の王立英国建築家協会RIBAゴールドメダル1907年第一回のアメリカ建築家協会AIAゴールドメダルがある。世界建築家協会UIA[3]加盟の各国建築家協会はそれぞれ顕彰制度をもっている。日本の場合、職能団体としての出自をもち、建築界を代表する組織として最も古い日本建築学会AIJの学会賞(作品賞)の創設が早く第1回は1949年、日本建築家協会JIAJIA新人賞の創設は1989年、日本建築大賞・日本建築協会賞の創設は2005年である。すなわち、それぞれ各国で最高と考えられている建築賞が設けられている。従って、日本を基盤に建築を志したからには、まずは目指せ、「日本建築学会賞」ということになる。

それから先はここではおこう。日本建築学会賞以降、文化勲章受章までに至る安藤忠雄の受賞歴[4]を見てみれば容易に理解できるであろう。建築界を超えて様々な分野で建築活動を評価する賞がある。

さて、建築少年たちに声を大にして言いたいのは、あらゆる建築賞を目指せ、あらゆるコンペに応募せよ、ということである。

何故か。

何よりも、建築の力がつくからである。日々の設計演習に真摯に取組むこと、必要な技能を身につけること、様々なトゥールを自在に使えるようになることは言うまでもないことである。しかし、身近にいる指導教員がすぐれた建築家であるとは限らないのである。

受賞すれば自信になる。そして、次のステップに進むことができる。受賞を逃したとしても、受賞作品と自分の作品を比較することで目標を確認することができる。

学生でも、建築新人戦があり、卒業設計の日本一決定戦があり、日本建築学会、様々な団体、企業が主催するコンペがある。海外に眼を向ければ国際コンペも少なくない。

受賞の実績があれば、様々な実施設計の機会を得られる職を得ることにつながっていくということがある。実際、既に、学生のコンペ歴、受賞歴は、就職活動に用いられている。この実態については、評価は分かれるだろう。すなわち、どういう場で、どういう組織形態で建築を設計していくかは別の議論になる。

設計を始める場合、まずコネクションが必要となる。磯崎新に「君の父を殺せ、母を犯せ」といった名言があるけれど、多くの建築家は自宅や親戚の仕事からスタートするのである。そして、その仕事が何らかの賞を受賞することは社会的に認められていく評価につながる。公衆トイレであれ、なんであれ、コンペなどで仕事を獲得していくことは、次の仕事につながる力となる。以下、具体的な事例は省略しよう。成功した建築家の軌跡には多くを学ぶことができるだろう。

さて、建築の賞の問題である。具体的には、建築の評価基準と審査委員が問題となる。また、それ以前に受賞者をどう特定するかという問題がある。

建築の場合、美術作品や文学作品のように基本的に個人によって制作されることはない。集団の作品である。企画設計があって、現場での施工があって初めて実現する。日本建築学会賞の作品賞は、「近年中、国内に竣工した建築(庭園・インテリア、その他を含む)の単独の作品であり、社会的、文化的見地からも極めて高い水準が認められる独創的なもの、あるいは新たな建築の可能性を示唆するもので、時代を画すると目される優れた作品を対象とする」が、基本的には個人を対象としてきた。結局、主たる役割を担った少数のものを表彰するということで作品ごとに審査委員会ごとに判断がなされてきている。象設計集団(今帰仁公民館)のように、建築の側自らが集団名でなければ受賞しないと主張したケースもあるが、身近にいくつかの例を知っているけれど、個人の受賞が原則だとして、共同設計者が受賞者から外された応募者も少なくない。

既に、受賞者をめぐるこうした議論において、建築の評価の視点と誰が決定するのか、という問題の深さをみることができる。建築は実に多様な評価の側面を持っている、ということである。それは文学でも美術でも同じといえるかもしれないが、個人の作品を対象として、個人としての審査員が自らの作品を賭けて評価を下す場合はわかりやすいだろう。芥川賞、直木賞といった文学賞では、数人の作家が受賞者を決めることになるが、嘘か真か知らないが、一人の作家(審査員)がこの作品の受賞は絶対に認めないと言い張ると、受賞できないという話を聞いたことがある。多様な評価とは言え、譲れない基準は個々にはありうる。単に多数決で決されるとは限らないのである。実際、審査委員会が割れれば、受賞者なしということもしばしばある。

建築でも基本的に同様の問題が起こりうるが、実施コンペの場合、該当者なしとはいかない(実際にはあり得るし、歴史的には様々な事例がある)。建築の多様な評価の側面についてはイチイチ説明しないが、建築が社会的な作品として具体的に「使用」されるという点が大きな特性である。すなわち、誰でも建築家でありうるし、誰でも建築を評価しうるのである。実施コンペの場合、特に、建築の専門家以外も含めて誰が審査委員となり、どういう枠組みで審査委員会が編成されるかが問題となるのは、建築の評価の平面は他の「芸術」ジャンルよりはるかに広いのである。「建築」とは何か、「芸術」とは何か、「建築」は果たして「芸術」か?といった議論もその評価に関わってくるのである。

「建築は、99%社会がつくる」といったのは村野藤吾であるが、そうだとすると、建築の評価もまた99%社会の側にある。あらゆる賞はコネクションであるという時、念頭にあるのはそういう脈絡である。建築は社会的なネットワーク(コネクション)によってつくられ、評価される。賞を貰うために「コネ」を使うという次元の話ではない。磯崎新は、実は、プリツカー賞の審査員を第1回から第6回まで務めている。しかし、磯崎はプリツカー賞を受賞しているわけではないのである。

コネクションを拡げながら自らの建築の理念、方法に関する理解をアピールしていくこと、それが賞への王道である。



[1] アメリカ人実業家でハイアットの事実上の創業者であるジェイ・プリツカーと妻のシンディによって設立された。原則として1年に1人表彰している。

[3] UIAゴールドメダルは1984年以降不定期で授与されている。

[4] 1979 - 日本建築学会賞住吉の長屋1983 - 日本文化デザイン賞(六甲の集合住宅ほか)1985 - アルヴァ・アアルト賞1986 - 芸術選奨文部大臣賞新人賞1986 - 毎日デザイン賞1987 - 毎日芸術賞1988 - 吉田五十八賞(城戸崎邸)1994 - 日本芸術大賞大阪府立近つ飛鳥博物館),朝日賞1995年度プリツカー賞受賞 1996 - 高松宮殿下記念世界文化賞,国際教会建築賞(フラテソーレ)1997王立英国建築家協RIBAゴールドメダル2002アメリカ建築家協会AIAゴールドメダル 京都賞 ローマ大学名誉博士号,同済大学名誉教授2003化功労者2005年国際建築家連合UIAゴールドメダル2010文化勲章 ジョン・F・ケネディセンター芸術金賞 第四回後藤新平賞 大阪キワニス賞 2010 - 文化勲章

 


2026年1月27日火曜日

未来をつくる 夢をつくる, 『雑口罵乱』②(談話室,滋賀県立大学), 2008

未来をつくる 夢をつくる, 『雑口罵乱』②(談話室,滋賀県立大学), 2008

未来を創る、夢をつくる

                      布野修司

 

談話室は楽しい。

山本理顕、馬場正尊、佐藤淳、中村好文というメンバーを呼べる。居ながらにして、世界の情報を得ることができるし、本気で考えて生きることの大切さを繰り返し確認できる。

東洋大学にいた頃、まだ無名だった山本理顕さんと組んで設計演習を教えていた。二人で次々に建築家を呼んだ。磯崎新、原広司(東洋大の助教授から東大へ転進)、渡辺豊和、伊東豊雄、長谷川逸子、六角鬼丈、毛綱きこう、石山修武、元倉真琴、高松伸、妹島和世・・・・・・・・次々に来てくれた。そして次々に学会賞を受賞して、「東洋大に行ってレクチャーすると学会賞が獲れる」と噂になった。というのは冗談にしても、一線の建築家が彦根に来て、建築最前線の話をしてくれるのは素晴らしいことである。

山本理顕さんは、設計演習の合間に、俺んちを設計しなくちゃ、とスケッチを描いていた。それがGAZEBO(雑居ビルの上の住居)で学会賞を獲った。「都市に寄生せよ」という設計課題は理顕さんと創った。「愛人の家」もそうだ。ひとつだけ設計条件を外すと、建築家のイマジネーションはすさまじく膨らむ。数々の名課題は40くらい布野のストックにある。理顕さんはそのころと全く変わらない。建築家の役割は「未来をつくることである」。

馬場さんとは、初めてあった。石山修武研を出て博報堂に入社したという変り種である。高柳先生の先輩というから世の中狭い。とにかく「東京R不動産」という発想と実際にやってみせるのがすごい。談話室が馬場さんを呼ぶセンスはただものではない。

そして、馬場さんがA-Cupの首謀者だと聞いて、心底脱帽した。滋賀県立大学は3年目であったけれど、昨年に続いて参加した(200876日)。前日、東京でtraverseの座談会(竹山聖)があり、平田晃久、大西麻紀、百田有希といった人気者を拉致してつれていったのだけれど実に楽しかった。しかも、宮本佳明率いる「間取りどう?」に決勝で敗れたものの、わが「フノーゲルズ」は、なんと、準優勝である。しかも、布野はPK二発決めて、「ベスト・オールドマン賞」受賞である。

佐藤淳さんは陶器さんの伝だと思う。若手の構造デザイナーとして、可能性は無限である。そして、「建築基準法」改正を、改悪だ(構造の自由を奪う)という社会派でもある。

中村好文さんは同い年で、ドメスティックな建築の名手であり、数々の出版で知ってはいたけれど初めてであった。こういう談話室の人選も渋い。感動したのは、「自給自足」の別荘計画を本気で実現していることである。

『建築ジャーナル』誌で「現代建築家批評」という連載を始めた(20081月号~)。イントロダクションを書いて、まず安藤忠雄論は書いたら(4月号)、本人から電話がかかってきた。「いくつか間違ってる」といいながら、「こんど行くよ」という。その日(2008711日)は、滋賀県大講堂は超満員となった。題して「夢をつくるー地域を元気にー」である。話は、『雑口罵乱』03に採録されると思う。乞う御期待。

 

 


2026年1月26日月曜日

カンポンの世界から日本の住居を考える,日大理工・山本理顕「建築学特別講義」 2011年9月30日

 カンポンの世界から日本の住居を考える」,日大理工・山本理顕「建築学特別講義」 2011930

日大理工・山本理顕「建築学特別講義」 20110930:山本・布野・大月敏雄

 

カンポンの世界から日本の住居を考える
 カンポンkampungとは、インドネシア(マレーシア)語で「ムラ」という意味である。カンポンガンというと「イナカモン」というニュアンスである。都市の居住地なのにカンポンという。そして、このカンポン、実は、英語のコンパウンドcompound(囲い地)の語源という説がある。カンポンのあり方を紹介する中で日本の住居のあり方を考えたい。

 

研究経緯

Ⅰ 地域の生態系に基づく住居システムに関する研究

Ⅱ カンポン調査 (東南アジアの都市と住居に関する研究)

『インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究---ハウジング計画論に関する方法論的考察』(東京大学),1987年 Ph.D Thesis:Housing Theory ハウジング計画論: スラバヤ・エコハウス→環境建築学:

Ⅲ アジア都市組織研究

    イスラームの都市性研究:『曼荼羅都市』:『ムガル都市』:Stupa & Swastika

Ⅳ 植民地都市研究

Ⅴ Town Architect CommunityArchitect)論 

  京都CDL    近江環人地域再生学

 

主要関連著書

[1] 戦後建築論ノート,相模書房,19816

[2] スラムとウサギ小屋,青土社,198512

[3] 住宅戦争,彰国社,198912

[4] カンポンの世界,パルコ出版,19917

[5] 戦後建築の終焉,れんが書房新社,19958

[6] 住まいの夢と夢の住まい・・・アジア住居論,朝日新聞社,199710

[7] 廃墟とバラック・・・建築のアジア,布野修司建築論集Ⅰ,彰国社,19985

[8] 都市と劇場・・・都市計画という幻想,布野修司建築論集Ⅱ,彰国社,19986

[9] 国家・様式・テクノロジー・・・建築の昭和,布野修司建築論集Ⅲ,彰国社,19987

[10] 裸の建築家―タウンアーキテクト論序説,建築資料研究社,2000310

[11] 曼荼羅都市―ヒンドゥー都市の空間理念とその変容,京都大学学術出版会,20062

[12] 建築少年たちの夢 現代建築水滸伝、彰国社、20116

[13] 布野修司編,『世界住居誌』,昭和堂,200512:『世界住居』胡恵琴訳、中国建築工業出版社、201012

[14] 布野修司監訳:生きている住まいー東南アジア建築人類学(ロクサーナ・ウオータソン著 ,アジア都市建築研究会,学芸出版社,19973

[15] 布野修司+安藤正雄監訳:植えつけられた都市 英国植民都市の形成,ロバート・ホーム著:アジア都市建築研究会訳,京都大学学術出版会,20017

[16] 布野修司編+アジア都市建築研究会:アジア都市建築史,昭和堂,20038: 『亜州城市建築史』胡恵琴・沈謡訳、中国建築工業出版社、200912

[17]布野修司編:『近代世界システムと植民都市』,京都大学学術出版会,20052

 [18] Shuji Funo & M.M.Pant, Stupa & Swastika, Kyoto University Press+Singapore National University Press, 2007

 [19] 布野修司+山根周,ムガル都市--イスラーム都市の空間変容,京都大学学術出版会,20085

[20] 布野修司+韓三建+朴重信+趙聖民、『韓国近代都市景観の形成―日本人移住漁村と鉄道町―』京都大学学術出版会、20105

Kampung。英語のコンパウンドcompoundkampungが訛ったものである(OED.

椎野若菜、「「コンパウンド」と「カンポン」---居住に関する人類学用語の歴史的考察---」、『社会人類学年報』、Vol.262000

樹木で覆われた屋敷地が集まって、周囲を柵や土塁で囲われた住区がカンポンである。

人類学で一般的に用いられるコンパウンド、ホームステッド、セトルメント、さらにホーム、ハウスといった言葉を検討する中で、椎野若菜は、カンポンという言葉がコンパウンドに転化していく過程に西欧諸国の植民地活動があるとする[。すなわち、バントゥン、バタヴィアあるいはマラッカにおいて民族集団毎に囲われた居住地の一画を指してそう呼ばれていたのが、インドの同様な都市の区画も同様にそう呼ぶようになり(インド英語Anglo-Indian English)、カンポン=コンパウンドはアフリカ大陸の囲われた集落にも用いられるようになったというのである。

Kampungの世界

 

 1 多様性

 2 全体性

 3 複合性

 4 高度サービス社会:屋台文化

 5 相互扶助システム

 6 伝統文化の保持

 7 プロセスとしての住居

 8 権利関係の重層性

 

Learning From Kampungの世界

 Urban Involution

 Shared Poverty(貧困の共有)・・Resources, Environment, Nature

・・・Work Sharing


Kampung Housing System

         カンポン固有の原理の維持

         参加

         スモール・スケール・プロジェクト

         段階的アプローチ

         プロトタイプのデザイン

         レンタル・ルームのデザイン

         集合の原理の発見

         ビルディング・システムの開発

         地域産材の利用

         ワークショップの設立

         土地の共有化

         ころがし方式

         コーポラティブ・ハウジング

         アリサンの活用

         維持管理システム

         ガイド・ライン ビルディング・コード

 

 

Surabaya Eco-House


日本の住宅まちづくりをめぐる基本的問題

◇集住の論理    住宅=町づくりの視点の欠如 建築と都市の分離   型の不在 都市型住宅

◇歴史の論理     

  スクラップ・アンド・ビルドの論理 スペキュレーションとメタボリズム 価格の支配 住テクの論理 社会資本としての住宅・建築・都市

◇異質なものの共存原理 

  イメージの画一性 入母屋御殿 勾配屋根

 多様性の中の貧困 

◇地域の論理 

 大都市圏と地方 エコロジー

◇自然と身体の論理

  人工環境化 土 水 火 木

  建てることの意味

◇生活の論理

 住宅生産の工業化 住宅と土地の分離

  物の過剰 家族関係の希薄化

 住宅問題の階層化 社会的弱者の住宅問題

◇グローバルな視野の欠如

 発展途上国の住宅問題

◇体系性の欠如(住宅都市政策)

 

 

51Cは呪縛か? 集合住宅の戦後~現代を探る 上野千鶴子・鈴木成文

布野・司会メモ

基本テーマ

これからの日本の(集合)住宅がどうなっていくのか(あるべきか)

日本の家族がどうなっていくのか(あるべきか)

   51Cという(標準)住居モデルが戦後日本の住居のあり方を規定してきた→それは問題ではないか?→それは何故か?

   近代家族の終焉→その行き着く先は

   型の提示を前提として、どのような住宅モデルがありうるのか。

nLDKをいかにして潰すか

基層テーマ 

   空間は生活を規定できるのか? 生活と空間の対応 空間の型 空間帝国主義 計画学批判  家族を容れるハコ 家族を超えるハコ→ハコを超える家族?

住宅は空間化された家族の規範である。

51C批判: LDK家族の崩壊・・・近代家族の成立と崩壊・・・家族像 家族形態の変遷?

近代家族はいつ成立したのか? その崩壊とは? 家族とは、 家族と世帯 家業・家名・家屋・家産・家計の共同 居住の共同(同火) 血縁の共同 →家族の多様化 近代家族のゆらぎ 女性(層)の変貌、一般化が成立しない 「家」の発明・日本型近代家族 近代家父長制 社会的構築物:核家族ではなく直系家族の形をとった 家内工業がベース 母系も末子相続もあった.家と国家 近代国民国家に適合的に形成された 忠孝一本イデオロギー 家族の民主化は達成された? 疑問 シャドウワーク:近代家族(落合恵美子)1家内領域と公領域の分離2成員相互の情緒的関係3子ども中心主義4性別分業5集団性の強化6社交の衰退7非親族排除8核家族 西川祐子9家族を統括するのは夫10この家族は近代国家の基礎単位をなす.戦前・戦後の連続性 父権支配→夫権支配 家父長制の連続性←世帯分離.ロマンス革命 母子の情緒的絆 世帯の自律性


























布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...