「あらゆる賞はコネクション」,『雑口罵乱』⑧,2015年6月
あらゆる賞はコネクションである。
布野修司
「あらゆる賞はコネクションである」。
「建築の賞について」という編集部の依頼を聞いて、すぐさま想起したのが辛口コラムニストとして知られ、雑誌『室内』の編集長であった山本夏彦さんのこの名言である。「コネ」というと何かずるいというか、うしろめたいニュアンスがあるが、あらゆる賞にコネクションが大きく作用するのはその通りだと思う。
問題はコネクションとは何かである。
これについては、最後に振り返るとして、頭に思い浮かぶことを綴ってみよう。
建築の賞は世界中に無数にある。実施設計のためのコンペ、さらには学生を主たる応募者とするアイディア・コンペの類の賞を含めれば、日常的に行われているといっていい。しかし、それぞれの賞にはそれぞれ機能と役割がある。
世界で最も権威があるのは、建築界のノーベル賞とも言われるプリツカー賞であるとされる。「国籍・人種・思想・信条を問わず、建築を通じて人類や環境に一貫した意義深い貢献をしてきた」「存命の建築家を対象とする」[1]。1979年の第一回受賞者フィリップ・ジョンソン以降、ルイス・バラガン、ジェームス・スターリング、ケヴィン・ローチと錚々たる建築家が並び、日本人受賞者も丹下健三、槇文彦、安藤忠雄、妹島和世・西澤立衛(SANAA)、伊東豊雄、坂茂の7人を数える。賞の権威は、副賞10万ドルという賞金の額もあるが、こうした世界的に著名な建築家たちの受賞によって裏打ちされる。しかし、以下に触れるように問題は実は審査員である[2]。プリツカー賞の背後には磯崎新が「国際建築マフィア」というネットワークがあるのである。マフィアという言葉は、ここでいうコネクションという言葉で置き換えてもいい。
歴史的に古いと言えば、1848年第1回の王立英国建築家協会RIBAのゴールドメダルや1907年第一回のアメリカ建築家協会AIAのゴールドメダルがある。世界建築家協会UIA[3]加盟の各国建築家協会はそれぞれ顕彰制度をもっている。日本の場合、職能団体としての出自をもち、建築界を代表する組織として最も古い日本建築学会AIJの学会賞(作品賞)の創設が早く第1回は1949年、日本建築家協会JIAのJIA新人賞の創設は1989年、日本建築大賞・日本建築協会賞の創設は2005年である。すなわち、それぞれ各国で最高と考えられている建築賞が設けられている。従って、日本を基盤に建築を志したからには、まずは目指せ、「日本建築学会賞」ということになる。
それから先はここではおこう。日本建築学会賞以降、文化勲章受章までに至る安藤忠雄の受賞歴[4]を見てみれば容易に理解できるであろう。建築界を超えて様々な分野で建築活動を評価する賞がある。
さて、建築少年たちに声を大にして言いたいのは、あらゆる建築賞を目指せ、あらゆるコンペに応募せよ、ということである。
何故か。
何よりも、建築の力がつくからである。日々の設計演習に真摯に取組むこと、必要な技能を身につけること、様々なトゥールを自在に使えるようになることは言うまでもないことである。しかし、身近にいる指導教員がすぐれた建築家であるとは限らないのである。
受賞すれば自信になる。そして、次のステップに進むことができる。受賞を逃したとしても、受賞作品と自分の作品を比較することで目標を確認することができる。
学生でも、建築新人戦があり、卒業設計の日本一決定戦があり、日本建築学会、様々な団体、企業が主催するコンペがある。海外に眼を向ければ国際コンペも少なくない。
受賞の実績があれば、様々な実施設計の機会を得られる職を得ることにつながっていくということがある。実際、既に、学生のコンペ歴、受賞歴は、就職活動に用いられている。この実態については、評価は分かれるだろう。すなわち、どういう場で、どういう組織形態で建築を設計していくかは別の議論になる。
設計を始める場合、まずコネクションが必要となる。磯崎新に「君の父を殺せ、母を犯せ」といった名言があるけれど、多くの建築家は自宅や親戚の仕事からスタートするのである。そして、その仕事が何らかの賞を受賞することは社会的に認められていく評価につながる。公衆トイレであれ、なんであれ、コンペなどで仕事を獲得していくことは、次の仕事につながる力となる。以下、具体的な事例は省略しよう。成功した建築家の軌跡には多くを学ぶことができるだろう。
さて、建築の賞の問題である。具体的には、建築の評価基準と審査委員が問題となる。また、それ以前に受賞者をどう特定するかという問題がある。
建築の場合、美術作品や文学作品のように基本的に個人によって制作されることはない。集団の作品である。企画設計があって、現場での施工があって初めて実現する。日本建築学会賞の作品賞は、「近年中、国内に竣工した建築(庭園・インテリア、その他を含む)の単独の作品であり、社会的、文化的見地からも極めて高い水準が認められる独創的なもの、あるいは新たな建築の可能性を示唆するもので、時代を画すると目される優れた作品を対象とする」が、基本的には個人を対象としてきた。結局、主たる役割を担った少数のものを表彰するということで作品ごとに審査委員会ごとに判断がなされてきている。象設計集団(今帰仁公民館)のように、建築の側自らが集団名でなければ受賞しないと主張したケースもあるが、身近にいくつかの例を知っているけれど、個人の受賞が原則だとして、共同設計者が受賞者から外された応募者も少なくない。
既に、受賞者をめぐるこうした議論において、建築の評価の視点と誰が決定するのか、という問題の深さをみることができる。建築は実に多様な評価の側面を持っている、ということである。それは文学でも美術でも同じといえるかもしれないが、個人の作品を対象として、個人としての審査員が自らの作品を賭けて評価を下す場合はわかりやすいだろう。芥川賞、直木賞といった文学賞では、数人の作家が受賞者を決めることになるが、嘘か真か知らないが、一人の作家(審査員)がこの作品の受賞は絶対に認めないと言い張ると、受賞できないという話を聞いたことがある。多様な評価とは言え、譲れない基準は個々にはありうる。単に多数決で決されるとは限らないのである。実際、審査委員会が割れれば、受賞者なしということもしばしばある。
建築でも基本的に同様の問題が起こりうるが、実施コンペの場合、該当者なしとはいかない(実際にはあり得るし、歴史的には様々な事例がある)。建築の多様な評価の側面についてはイチイチ説明しないが、建築が社会的な作品として具体的に「使用」されるという点が大きな特性である。すなわち、誰でも建築家でありうるし、誰でも建築を評価しうるのである。実施コンペの場合、特に、建築の専門家以外も含めて誰が審査委員となり、どういう枠組みで審査委員会が編成されるかが問題となるのは、建築の評価の平面は他の「芸術」ジャンルよりはるかに広いのである。「建築」とは何か、「芸術」とは何か、「建築」は果たして「芸術」か?といった議論もその評価に関わってくるのである。
「建築は、99%社会がつくる」といったのは村野藤吾であるが、そうだとすると、建築の評価もまた99%社会の側にある。あらゆる賞はコネクションであるという時、念頭にあるのはそういう脈絡である。建築は社会的なネットワーク(コネクション)によってつくられ、評価される。賞を貰うために「コネ」を使うという次元の話ではない。磯崎新は、実は、プリツカー賞の審査員を第1回から第6回まで務めている。しかし、磯崎はプリツカー賞を受賞しているわけではないのである。
コネクションを拡げながら自らの建築の理念、方法に関する理解をアピールしていくこと、それが賞への王道である。
[2] 2015年の審査員は以下である。Lord Peter
Palumbo, 2005-present (Chair),Alejandro
Aravena, 2009-present,Stephen Breyer,
2012-present,Yung Ho Chang,
2012-present,Kristin
Feireiss, 2013-present,Glenn Murcutt,
2010-present,Richard Rogers,
2015-present,Benedetta Tagliabue,
2014-present,Ratan N. Tata,
2013-present,Martha Thorne,
2005-present (Executive Director)
[3] UIAゴールドメダルは1984年以降不定期で授与されている。
[4] 1979年 - 日本建築学会賞(住吉の長屋)1983年 - 日本文化デザイン賞(六甲の集合住宅ほか)1985年 - アルヴァ・アアルト賞1986年 - 芸術選奨文部大臣賞新人賞1986年 - 毎日デザイン賞1987年 - 毎日芸術賞1988年 - 吉田五十八賞(城戸崎邸)1994年 - 日本芸術大賞(大阪府立近つ飛鳥博物館),朝日賞1995年度プリツカー賞受賞 1996年 - 高松宮殿下記念世界文化賞,国際教会建築賞(フラテソーレ)1997年 王立英国建築家協会RIBAゴールドメダル2002年アメリカ建築家協会AIAゴールドメダル 京都賞 ローマ大学名誉博士号,同済大学名誉教授2003年文化功労者2005年国際建築家連合UIAゴールドメダル2010年文化勲章
ジョン・F・ケネディセンター芸術金賞 第四回後藤新平賞 大阪キワニス賞 2010年 - 文化勲章
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