カンポンハウジングプロジェクト,東南アジアの建築世界4,GLASS LIFE,セントラル硝子,199012
東南アジアの建築世界4
カンポン・ハウジング・プロジェクト
布野修司
●東南アジアの現代建築
東南アジアの現代建築といっても、僕が東南アジアに通いだした70年代末には、そうみるべきものはなかったといっていい。中心業務地区にオフィスやホテルなど高層ビルがパラパラと建つのであるが、あとは粗末な民家が密集するのが、大都市の一般的光景であった。公共施設といっても、欧米のどこかに建っているものをつたなくまねしたようなそんな建築が目立つ程度であったように思う。
しかし、この十年で、東南アジアの建築も独自の展開を始めたように見える。雑誌『MIMAR』をみているとつくづくそう思う。『MIMAR』というのは、「発展する建築」をサブタイトルとする、アジアを中心とした第三世界の新建築情報をしっかりした編集方針のもとに扱っている、シンガポール発行の建築雑誌である。編集長は、建築家、ハッサン・ウディン・カーン( )である。僕の直接知っている建築家だと、ウイリアム・リム( )が編集顧問に名を連ねている。
もちろん、一方で目立つのは、欧米の建築家による作品だ。例えば、ジャカルタに 年に建ったダルマラ・サクティー( )ビルは、P.ルドルフの設計である。なつかしい。しかし、一般的に言えば、地域の独自の表現を模索する作品が多いようにみえる。『MIMAR』の編集方針がそうだということもあるが、必ずしもそれだけではない。
イスラム圏の建築を対象として、すぐれた建築を顕彰するアガ・ハーン( )賞というのがある。その 年、 年、 年の授賞作品をみても、そうした広がりをみることができるのである。既存の建築の修復、再利用、保存、コンテクスチャリズム、ヴァナキュラリズム、ハウジングといった動向にも大きな光が当てられ、数多くの賞が与えられているのである。
この間、東南アジアでそのアガ・ハーン賞の授賞作品は3件ある。また、表彰作品が2件ある。そのうち、いわゆる建築作品といえるのは、2件、タンジュング・ジャラ・ビーチ・ホテル( マレーシア)とサイード・ナウム・モスク( ジャカルタ)である。いずれも、伝統的な民家の形式を生かした作品である。そして、後の3件は、いずれも、コミュニティーによる居住環境改善のプロジェクトである。ここでは、そのカンポン・インプルーブメント・プログラム( )と呼ばれる居住環境改善のプロジェクト、そして、その延長としてのあるカンポン・ハウジング・プロジェクトを紹介しよう。
●カンポン・インプルーブメント・プログラム
カンポン(
)とは、インドネシア(マレー)語でムラのことである。今日、行政単位の村を意味する言葉として用いられるのはデサ( )であるが、もう少し一般的に使われるのがカンポンである。村というより、カタカナのムラの感じだ。カンポンと言えば、田舎、農村といったニュアンスがある。カンポンガン( )とは田舎者のことである。しかし一方、都市の居住地も同じようにカンポンと呼ばれる。都市でも農村でも一般にカンポンと呼ばれる居住地の概念は、インドネシア(マレーシア)に固有のものである。
ところが、しばしば、カンポンはスラムの同義語として用いられてきた。特に、西欧人は、カンポンをスラムと思ってきた。確かに、そのフィジカルな環境条件を見ると、都市のカンポンはスラムと呼ぶに相応しいようにみえる。生存のためにぎりぎりの条件にあるカンポンも多い。スクオット(不法占拠)することによってできあがったカンポンも少なくないのだ。
そうしたカンポンで行われてきたのがカンポン・インプルーブメント・プログラム(KIP)である。KIP(キップ)とは、フィジカルな居住環境整備の手法として、住宅地のインフラストラクチュアである歩車道、上下水道、ゴミ処理設備等、最小限の基盤整備を行い、住宅の改善については、居住者およびコミュニティーの相互扶助の活動に委ねるというものである。この手法は、大きな成果を挙げ、同じように居住問題に悩む発展途上国を中心に、世界的にも注目されてきたのであった。
年の第一回アガ・ハーン賞の選定にはひとりの日本の高名な建築家が審査員が加わっていた。KIPは、結果的には全員一致で選ばれるのだけれど、その建築家はひとりだけ反対したのだという。余程、インパクトが強かったのであろう、その建築家は、いくつかの場所でその時のことを繰り返し述べている。
「スクオッターというのは、不法占拠地域という意味です。難民とか、職がなくて都会に出てきた人が、その土地が誰に属していようとおかまいなく集団で丘やら原っぱを占拠し、そこに勝手に家を建てることによってできた村や町をいいます。そこには初めは電気もなければ水道もない。それを徐々に改良していって、道もでき、汚い水を流す開渠もでき、水も電気も引いてきて、さらに全体のコミュニティーセンターになるような施設も造る。こうしてできた村の例をいくつか挙げて、これにも賞をやってほしいというわけですよ。建築賞という名前がついているんですから、ある程度の文化性がないと困るんじゃないかと私は主張したんです。」
ここで語られているのが、カンポンであり、KIPである。カンポンやKIPには文化性がないというのである。しかし、その意義は受賞においても、また以下の脈絡においても、確認できる筈だ。
●ハウジング・プロジェクトの概要
アセアン諸国に限らず、発展途上国の多くは深刻な居住問題に悩んでいるのであるが、各国共通の対応策を一般的に整理すれば、およそ以下のような施策を挙げることができる。
A.ロー・コスト・ハウスの供給ー
B.スラム・クリアランスと再開発ー
C.不良住宅地改善、居住環境整備ー
D.宅地分譲(サイト・アンド・サービス)ー
E.再定住、移住ー
F.農村住宅供給ー
G.住宅資金融資
公的機関による直接的な住宅供給(A)は、大規模な計画住宅地の開発を中心として各国ともに大きなウエイトをもって行われてきており、住宅融資とともに、居住政策の大きな柱である。しかし、一つには、他の施策に比べてコストが高く、必ずしもロー・インカム・ハウジングとならないこと、また、公的供給による量をはるかに上まわる量が必要とされていること、さらに、殊に高層住宅や集合住宅が必ずしも居住者の生活になじまないことなどから行き詰まっている。国よって、状況は異なるのであるが、公共住宅は、一つのモデルとして、デモンストレーションの意味をもつにすぎないのが一般的である。
スラム・クリアランスによる再開発(B)は、大規模な住宅地開発とともに試みられてきたのであるが、スラムの存在自体が発展途上国の政治的、経済的、社会的諸問題の集約的表現である状態において、居住者たちの抵抗を受け、むしろ圧礫を生み、矛盾を拡大する傾向にある。
サイト・アンド・サービス・プロジェクト(D)は、最小限の施設整備(上下水道、道路、公共施設)を行った住宅供給するものであり、各国においてユニークな試みがなされている。住宅の建設は、セルフ・ヘルプを基本とし、資金、技術、材料の援助が行われる。最も一般的なのは、水回りとワン・ルーム程度のコア・ハウス( )を供給し、増改築のその他を居住者の手に委ねる方法である。こうした手法は、住宅そのものの供給がコストがかかりすぎるという点と、人的資源の有効利用という視点から生み出されたといっていいのであるが、それ故、現実性をもって、かなり広範に行われつつある。サイト・アンド・プロジェクトは、リセツルメント・プロジェクト(E)において行われる場合が多い。
そのリセツルメント・プロジェクトおよびイミグレーション(E)は、スクオッター・スラムの居住者を都市郊外や他地域(インドネシア、フィルピンでは他島)へ移住させる直接的な人口分散計画である。クリアランス型の再開発とリンクして行われる場合もある。リセツルメントは様々に試みられてきたのであるが、雇用対策が不十分であることが多く、就業機会を求めて都心へUターンする現象がみられ、必ずしも人口分散の実効があがっていないのが現状である。
ルーラル・ハウジング(F)は、農村の生産基盤の整備充実によって向都移動を抑制すべく試みられている。その場合、地域産材を用い、その地域の伝統を考慮した住宅のあり方が模索されるのが一般的である。 以上のように、新規開発、再開発を問わず、直接的な住宅供給を行う政策に対して、オン・サイトで住環境整備を行おうとするのが、不良住宅地改善(C)である。これは、「スラム」の生活構造を大きく変えずに、都市公共サーヴィスと最大限のインフラストラクチャー(上下水道、歩道、ゴミ処理)の整備を行おうとするものであり、タイ( )、フィリピン( )などでも同じような手法によって行われつつある。インドネシアのKIPがその代表である。生存のためにぎりぎりを言ってもいい、劣悪な住環境を改善することは、緊急の課題であり、その根本的解決を将来に残すものと言えるのであるが、波及効果が大きく、投資効果は高い。また、ロー・コスト・ハウシングが土地問題などで行き詰まりをみせてくるにつれて、居住政策のウエイトは次第に、オン・サイトの住環境改善に移行しつつあるのである。
●カンポン・ハウジング・プロジェクト
こうした中で、J.シラス(建築家、スラバヤ工科大学)を中心とする仲間たちは、ひとつの実験に手をつけ始めた。KIPの延長としてハウジングのプロジェクトを展開しようとするのである。それは、いってみれば、立体コアハウス・プロジェクトといえるようなプロジェクトである。都心部のカンポンは、既に建て詰まりつつあり、その再開発が具体的に問題となりつつある。KIPを一歩進め、あくまでオン・サイトでハウジングも行おうというパイロット・プロジェクトである。
立体コアハウスというのは、トイレ、バス、キッチンを思い切って共同化した、3階建ての集合住宅だ。カンポンの雰囲気をできるだけ生かしながら、再開発しようというのである。各戸のバルコニーの庇に瓦が用いられている。もちろん、既往のカンポンに住んでいた人がそのまま住み続けるのが条件である。各階には共同の礼拝スペースが設けられている。トコ(店舗)やワルン(小店)はまとめられて一棟平屋でつくられている。集会所もそうである。
住民たちには好評のようであるが、J.シラスたちは慎重である。こうした住居形態が根付いていくかどうか、じっくりモニター(追跡調査)しながら、進めていくのだという。






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