住居根源論,雑木林の世界22,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センター,199106
雑木林の世界22
住居根源論
布野修司
昨年の三月から今年の三月にかけて、計五回、「住居根源論」と題した連続シンポジウムに出席する機会を得た。といっても、企画を立てて、毎回、司会をしていただけだから、たいしたことはない。しかし、僕自身は随分勉強になった。毎回、小松和彦氏と同席できたことは大きい。文化人類学者、民族学者としての小松氏の仕事は言うまでもないであろう*1。大変な売れっ子である。また、物知りである。フィールド派でもある。僕はかねがね文化人類学者には敬意を抱いているのであるが、小松氏もそのひとりだ。彼は、ミクロネシアや高知でフィールド調査を続けている。住居の問題をそうしたフィールド派の碩学と論じるのは実に刺激的であったのである。
こう書くと主役に怒られる。各回には主役がいて、主役を挟んで二人がそれをサポート、コメントするのがプログラムであった。そのラインアップは、以下のようである。
建築フォーラム'90ー'91 ”深化する建築ーー住居根源論”
FORUM PART-1 建築を遡行せよ
総論 渡辺豊和 199003
FORUM PART-2 命の泉は何処にありや
住居に現れる水 平倉直子 199006
FORUM PART-3 空間の響き 場のざわめき
住居に現れる音 高橋晶子 199009
FORUM PART-4
住居に現れる風 妹島和世 199012
FORUM PART-5 都市の火・住宅の火
住居に現れる火 後藤真理子 199103
水、音、風、火というテーマ設定からピンとくるものがあろうか。下敷になっているのは、ギリシャ哲学の万物の四元素である。ミレトスのタレスは、「水は万物の根源なり」といった。紀元前五世紀頃、エンペドクレスは、水、空気、土、火、を万物の元素とした。あるいは、仏教の五大である。地水火風空智というのが六大であるが「地底建築論」(明現社)をものしたことのある渡辺豊和氏の総論を「地」に割り振り、「空」を空気の振動は音ということで「音」に位置づければ五大を住居に即して考えてみようという格好になる筈だ。いささかこじつけかもしれない。G.バシュラールの一連の著作、『火の精神分析』、『空間の詩学』、『大地と休息の夢』などが一方で頭にあった。
各回の議論の内容のエッセンスは、主催者である松下電気産業の「季報」に掲載された。また、近い内に本にもなる筈だ。各回で考えようとしたのは例えば次のような問いである。ますます、人口環境化しつつある世界で、自然をどう考えるかが共通のテーマとして浮かびあがってくる。しかし、各回は同じテーマを繰り返していたわけではない。それぞれのテーマ毎に固有の問題があった。住居を根源的に考えてみるいい企画ではなかったか。自画自賛である。
「乾いた世界のオアシス、天水利用の山岳地帯、潅がい耕作の高原、河川利用の平原、逆に、デルタの溢れる水、そして、世界に開かれた海の世界。水利、治水は、居住の基本である。水利の形態によって多様な住居集落がつくられてきた。水を制するものが世界を制するという言葉もある。水の世界は世界への交通路でもある。
淀んだ水、暗い沈みこんだ水の魅力もあろうが、流れる水、循環する水、動きのある水に豊かさがある。世界を写す水、どこまでも澄んだみず、水浴び、木浴、清めの水、水に流す、水の豊かな世界が忘れられてしまっている。」
「西イリアン(インドネシア)での話である。農村開発の一環として、生活環境改善が各地で行なわれるのであるが、ある村にトイレが設置された。しかし、半年経っても、一年経っても、いっこうに使われない。どうしてか、と問えば、用を足す時には、やっぱり、青空が見え、川のせせらぎが聞こえないと出るものも出ない、という。住まいと音というと、まず、思い出すのがこの嘘のようなほんとの話である。
トイレと音といえば、集合住宅に住んでいてまず問題になるのがトイレの縦管を伝わる音だ。ものすごい。うるさいと思えば耐えられないのだけれど、縦につながって暮らしているんだなあ、という奇妙な連帯感も湧いてくるのが不思議である。」
「風というのは建築学的には60√hと表現される。60√hというのは、高さhメートル(15メートル以下)のところの風圧である。すなわち、建造物の構造計算をするために、風は、風圧という数字に還元されて処理されるのである。しかし、風はもちろんそれだけの存在なのではない。実に多くの表情をもっている。強風、涼風、微風、すきま風、北風、・・・風にも色々あるのだ。
風と住まいというと、すぐ思い出すのは、パキスタンのシンド地方の住居だ。暑さをしのぐために、風を巧みに取り入れる、風の塔が実に印象的である。風の塔と言えば、アテネに八角形の「風の塔」がある。パルテノンの岡からもよく見える。各方角から吹いてくる風の特性が図像で示してある。強風は時に住まいを吹き飛ばす。だから、南西諸島の民家は、台風に対する構えをもっている。建物を強化する方法もとられるがそれだけではない。石垣や防風林で屋敷地を囲い、環境全体をしつらえる必要があったのだ。今日、自然の風を感じるのはそれこそ台風の時ぐらいだろうか。そういえば、超高層ビルの林立する都市には、ビル風が吹き荒れている。」
A.火の民俗 火の経験
B.火祭りと共同体、家族と炉
C.火の験能、浄めの火、悪霊払い
D.火の視角化、火の表現
E.防火と再開発、消防法
F.火とエネルギー
G.火と照明
このシリーズは、今年度も六月から続けられることになった。題して、「住居未来論」。乞う、御期待。司会は安藤正雄氏が務める。
*1 1947年生まれ。大阪大学文学部助教授。国際日本文化研究センター客員教授。人類学、民族学、国文学等、幅広く探求。特に妖怪研究で知られる。『神々の精神史』、『鬼がつくった国・日本』、『異人論』など著書多数。
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