歴博国際シンポジウム 2007
日中比較建築文化史の構築 ─宮殿・寺廟・住宅─
International Symposium
2007
Creating the framework for a comparative
history of Japanese and Chinese architecture
─palaces, religious structures, dwellings─
布野修司 コメント 4000字
共通に解明すべきは、建築類型あるいは空間形式の起源、形成、変容、転生、保全の原理、法則、メカニズムである。地域を超えるものと土着的なもの、理念と実態、受容と選択、共通性と差異などがテーマとなる。そして、この解明は、異文化間の文化衝突、移転、変容に関する研究の一環である。
宮殿については、中国都城と宮殿の形式とその変化が大きな主題となる。中国(中原、中華)とその周辺地域との比較は第一のテーマである。ここでは、周辺地域の方がかえって中枢の古層を維持保全とするというテーゼ(田中淡の「吹きだまり」論)がまず興味深い。また、中枢より周縁の方が、その正統性を主張するために理念型が保持される場合が多い。このテーマについては、都城をめぐる議論を是非加えたい。
都城とコスモロジーとの関係を視点にアジアを広く見わたすと、「コスモロジー-王権-都城」連関にもとづく都城思想をもつA地帯と、それをもたないB地帯とに二分される。王権の所産である都城の形成は帝国の成立地、核心域にみられる。しかしアジアの帝国成立地帯がすべて都城を建設したとはいえないのである。A地帯に属するのは南アジア・東南アジア・東アジアであり、B地帯はその外に広がる西アジア・北方アジアである。両者の境界は、西方では湿潤と乾燥、北方では温暖と寒冷という生態条件の相違とほぼ対応する。A地帯は、都城思想を自ら生みだした核心域とそれを受容した周辺域という<中心―周辺>構造を示す。その核心域は、二つ存在する。古代インド(A1)と古代中国(A2)である。両核心域のまわりには、それらから都城思想を受容した周辺域が存在する。A1の古代インド都城思想の受容地帯が、ベトナムをのぞく東南アジアである。A2の古代中国都城思想を受容したのが、朝鮮半島・日本・ベトナムである。
一方、住居は基本的に地域の条件に拘束される。このテーマは何も東アジアに限定されない。『世界住居誌』(昭和堂、2005年)で総覧したが、建築の起源、その成立を考える絶好のテーマである。通常、住居のかたちを規定すると考えられる要因として挙げられるのは、①気候と地形(微地形と微気候)、②建築材料、③生業形態、④家族や社会組織、⑤世界(社会)観や宇宙観、信仰体系などである。地域が社会文化生態力学[i]によって形成されるとすれば、その基礎単位である住居も自然・社会・文化生態の複合体として捉えることが出来る。
寺廟をめぐっては、当然、その起源、オリジナルの形態がまずテーマになる。そして、その起源における形態、あるいは原型が、地域の条件(自然・社会・文化生体複合)においてどう変容するかがテーマとなる。例えば、仏教建築について、仏塔(ストゥーパ)、あるいは伽藍配置については、その起源に遡って検討すべきテーマである。ストゥーパの形態には、ある原型が想定される。仏教遺跡に描かれた図像に共通の形態があり、実際にその形態と同じサンチーのストゥーパのような例があるからである。しかし、各地に仏教が伝えられる過程で様々な形態をとる。地域の土着の建築文化が、仏塔の形態に大きく作用するのである。インドからはるか日本に至ると、世界最古の木造建築、法隆寺の五重塔となる。ジャワには立体曼陀羅といっていいボロブドゥールのような事例もある。その形態変遷の過程は、仏教建築史のひとつの焦点である。やがて仏像が成立すると仏堂が建てられる。ストゥーパ、チャイティヤとともに仏教寺院の中心となる。仏教を教え、また、学ぶ場として必要とされるのがヴィハーラである。あるいは、サンガラマである。ヴィハーラは精舎と音訳される。祇園精舎の精舎である。サンガラマは、僧伽藍摩と音訳されるが、僧伽藍摩は訳されて僧伽藍となり、さらに訳されて伽藍となった。仏教寺院には、僧が生活していくために必要な僧坊など諸施設が必要とされる。この諸施設の配置が、各地でどのように展開していくのかもひとつの焦点である。13世紀初めにインドから姿を消すことになる仏教は、それぞれの伝播の系統において今日までその法脈を伝えている。その大きな系統のひとつが日本であり、チベットである。また、タイ、スリランカなど、原始仏教の伝統を重視し、厳格な戒律保持を誇る南方上座部系仏教がある。中国、朝鮮半島と日本の関係のみならず、南アジア、東南アジアを含めた世界史的視野で様々な検討がなされるべきである。
日本の建築史学の視点として「日本」に拘るのは当然である。「日本」の住居のルーツはどこか、「日本」の都城の原型はどこか、「日本」の仏堂の起源と原型は何か。ただ、可能な限り広い視野において追及したい。これまでもそうした関心に突き動かされてユーラシア大陸を横断した伊東忠太のような巨人がいる。少なくともその視野を前提としたい。
日本の建築にとって、中国建築の影響は圧倒的である。そうした意味で、中国建築についての深い理解は必須である。そうした意味で、中国建築の「通時的特質」(田中淡)について議論することはひとつの出発点となる。特質のひとつひとつについて比較することで大きな視野を得ることができるであろう。
まず、「日本」あるいは「日本的特質」と同じように「中国(中華、中原)」あるいは「漢民族」の建築とは何かが問題となるであろう。例えば、「重層的閉鎖空間」という特質は、南中国では当てはまらない。「中国」といってもヴァナキュラーな建築的伝統は地域によって大きく異なるのである。「方位の原則」にしても、「建築とコスモロジーの関係」にしても、「建築の等級制」「建築の類型」にしても、多くの議論を提出できる。冒頭に指摘したが、建築の古層を中心―周辺のダイナミズムにおいてとらえる見方が大きな手掛かりとなる。
注意すべきは、一元的な見方である。アジアの広大な空間に幾筋もの建築都市の連関を示す線が重層的に描かれることが必要である。また、視点を据えた場合、その視点の全体フレームを明らかにすることが重要である。いくつか興味をもつテーマを挙げよう。
オリエンテーションあるいはコスモロジーと都市、建築のあり方をめぐるテーマは、実際に都市、建築を設計計画を行うためにも、興味深い。中国文化圏の「風水」説は、広く検討に値する。中国・台湾・朝鮮半島のみならず、インドには各種「ヴァーストゥ・シャーストラ」がある。また、フィリピンにはパマヒインがあり、ジャワにはプリンボンがある。また、バリには、アスタ・コサラ・コサリ、アスタ・ブミ、シワ・カルマがある。各地に残された「建築書」の相互比較は基礎作業である。
建築類型のあり方はひとつの焦点になりうる。何故、「中国」ではかくもワンパターンなのか。もちろん、四合院という形式にも地域差はあるけれど、この形式主義は特に問題としうる。清真寺が中国的なグリッド都市に整然と収まっているのは実に興味深いことである。個人的な興味の中心は、都市組織、そして都市住宅のあり方である。各地で成立してきた住居集合のあり方を比較することは大きなテーマだと思う。
また、西欧とアジアとの接触も大きなテーマとすべきだと思う。16世紀以降、既に日本はより広大なシステムに巻き込まれている。ポルトガル人が種子島に漂着したのが1543年、コペルニクスによる世界史の大転回のこの年は日本史にとっても大転回の都市である。火器の移入は、攻城法を大きく変え築城法を変化させた。イエズス会の宣教師を通じた西欧の科学技術の知識は建築都市の在り方に大きな影響を与えるのである。
以上は、以下で考えてきたことの一端である。若い学究の参入を大いに期待したい。
・布野修司+アジア都市建築研究会:『アジア都市建築史』,昭和堂,2003年8月15日
・布野修司編著書:『近代世界システムと植民都市』、京都大学学術出版会、2005年2月25日
・布野修司編著、『世界住居誌』、昭和堂、2005年12月20日
・布野修司:『曼荼羅都市・・・ヒンドゥー都市の空間理念とその変容』,京都大学学術出版会,2006年2月25日
・Shuji Funo & M.M.Pant, “Stupa & Swastika”,
・布野修司・山根周、『ムガル都市 イスラーム都市の空間変容』、京都大学学術出版会,2007年2月25日
第1日 2007年12月8日(土)
10:00~10:45
開会挨拶 平川 南(国立歴史民俗博物館館長)
趣旨説明 玉井哲雄「日中比較建築文化史の意義と展望」(国立歴史民俗博物館)
10:45~12:00
基調講演 田中 淡「日本における中国建築史研究(仮)」(京大人文科学研究所)
12:00~15:00 昼食休憩と博物館見学(解説 玉井哲雄)
15:00~17:30
セッション1 東アジアにおける寺廟建築の系譜
エリカ
A.フォルテ(ウイーン大学)
光井 渉
(東京芸術大学)
コメント 何 培斌
(香港中文大学・建築学系)
18:00~20:00
懇親会
■
第2日 2007年12月9日(日)
09:30~12:00
セッション2 日本と中国の宮殿建築
蕭 紅顔(南京大学建築研究所)
溝口正人(名古屋市立大学)
コメント 川本重雄(京都女子大)
12:00~13:00 昼食休憩
13:00~15:00
セッション3 日本と中国の住宅建築の比較
程 建軍(華南理工大学)
藤川昌樹(筑波大学)
コメント 黄 蘭翔(台湾大学)
15:00~15:30 休憩
15:30~17:30
総合討論
コメント 佐藤浩司(国立民族学博物館)
布野修司(滋賀県立大学)
大田省一(東京大学生産技術研究所)
総括 金 東旭(京畿大学校)
[i] 立本成文、『地域研究の問題と方法 社会文化生態力学の試み』、京都大学学術出版会、1996年
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