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2022年3月28日月曜日

私の環境学:地域の生態系に基づく住居システムに関する研究,環境科学部年報第10号,2006

 私の環境学:地域の生態系に基づく住居システムに関する研究,環境科学部年報第10号,2006

私の環境学: 地域の生態系に基づく住居システム

布野修司

 

51C(ゴジュウイチ・シー)」という暗号?をご存じであろうか?鉄道ファンに愛されている蒸気機関車の型番D51(デゴイチ)ならぬ「51C」である。一般には耳慣れない「51C」であるが、公営(村営、町営、市営、府営、都営)住宅の平面型(間取り)の1951年のC型という型番である。他にA型、B型があった。

住宅の間取りというと誰にも身近である。あれこれ考えるのは楽しい(筈である)。ところが、日本の住宅の間取りを大きく規定してきたのがこの「51C」である。わかりやすく言えば、「51C」とは2DK(ニー・ディー・ケー)の原型である。すなわち、DK=ダイニング・キッチンという日本独特の空間、ひいては日本全国画一的にnLDKというパターンが定着していく元になったのが「51C」なのである。

実は、この「51C」を設計した研究室(吉武泰水・鈴木成文研究室)の出身である。以来今日に至るまで、建築計画学の分野でも住居(居住環境)の設計計画の問題に拘り続けてきた。「51C」をめぐって、つい最近も議論にひっぱり出された[1]が、「51C」をどう乗り越えるかは大きなテーマであり続けている。

51C」がどのように生み出されたのかについて、『国民住居論攷』(西山夘三)[2]などその理論的背景[3]についてここで詳述する余裕はないが、要するに、ある制約条件(35㎡という限られた面積)において、「食べる場所と寝る場所を分ける」(食寝分離)、「寝室を分ける(二部屋確保する)」(就寝分離)という単純な二つのルールをもとに設計されたのが「51C」型平面(間取り)である。時代の制約あったとは言え、他に解答があったのではないか、というのが学を志した当初の直感である。建築計画学については、「「建築学」の系譜---近代日本におけるその史的展開」[4]1982年)で総括しているが、その「型」計画の方法は行き詰まっているように思えたのである。

 手探りではあったが、住戸計画をひとつはセルフ・エイド系(居住者の設計参加))を組み込んだかたちで考えること、ひとつは地域における住宅生産を考えることを軸として研究の出発点とした。初期には公共住宅の増改築に関する研究、地域住宅生産システムに関する研究で成果をあげている。今、振り返って手前味噌に言えば、コンヴァージョンやリフォームをいち早く手がけていたことになる。

東洋大学に移って、(故)磯村英一学長(都市社会学)から「東南アジアの居住問題に関する理論的実証的研究」(19781983)と題する研究プロジェクトを展開する機会を与えられたことが、以上の関心をより広くアジアのフィールドで展開するきっかけとなった。以降、広くアジアの都市環境、住環境を一貫するテーマ領域としてきた。アジア研究に携わるにあたって、当初の二年、京都大学東南アジア研究センターの夏期セミナーに参加、高谷好一(京都大学・滋賀県立大学名誉教授)など多くの先生から東南アジア地域研究の手ほどきを受けた。まず、フィリピン、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシアを対象地域として、それぞれ都市と農村の住環境についてフィールドワークを展開した。その成果をまとめたのが『地域の生態系に基づく住居システムに関する研究』()1981年)(Ⅱ)(1991年)[5]である。

平行して、インテンシブなフィールドワークの対象としたのはスラバヤ(インドネシア)のカンポンkampung(都市内集落)である。カンポンとは、日本語で言うとカタカナでいう「ムラ」というニュアンスである。都市なのにムラという。そのあり方に興味を持った。その立地、民族構成、居住密度、形成史を考慮することによって4つのカンポンを選定、住居平面などそのフィジカルな形態を詳細に図面化する作業(デザイン・サーヴェイ)と居住者のライフヒストリーの聞き取り調査をベースに、カンポンの居住地としての特性を様々な視点から立体的に明らかにした。ほぼ10年に及ぶ研究成果をまとめたのが学位請求論文『インドネシアにおける居住環境の変容とその整備手法に関する研究---ハウジング・システムに関する方法論的考察』(東京大学、1987年:1991年日本建築学会賞論文賞受賞)であり、そのエッセンスを一般に公開する機会を得たのが『カンポンの世界』(1991年)である。

スラバヤの調査カンポンについては、カウンターパートであるスラバヤ工科大学のJ.シラス教授(東南アジア研究センター客員教授1998年)との共同研究として今日にいたるまで定点観測を続けている。199698年には『スラバヤ・エコハウス』という実験モデル住宅を建設するという実践的機会も得た。椰子の繊維を断熱材に使うアイディアは極めて効果的であることが実証された。また、井水をソーラー・バッテリーによって循環させる天井輻射冷房の可能性は高く評価されたと自負している。

研究展開の次のステップになったのは、「イスラームの都市性」に関する重点領域研究への参加である。インドネシアをやっているのだからと共同研究への参加を求められた。都市景観を主テーマとする第三班に属し、班長であった京都大学の応地利明先生(立命館大学、京都大学名誉教授、地域研究)から大きな刺激を受けた。研究のネットワークが広がるなかで京都大学に拠点を移すことになった。建築計画学の西の拠点としてより広い視点から研究展開がなされており、「地域生活空間計画」講座という(故)西山叩三先生が創設された研究領域に惹かれたことが大きい。

京都大学に移って、最初に手掛けたのは、インドネシアのロンボク島の調査である。特にチャクラヌガラという18世紀にバリのカランガスム王国の植民都市として建設された興味深い都市について、その構成原理を解明する研究に集中することになった。その成果はいくつかの論文にまとめることになったが、ライデン大学が出版した“Indonesian Town”のシリーズの三冊目(Peter J.M. Nas (ed.):Indonesian town revisited, Muenster/Berlin, LitVerlag, 2002)に収められた‘The Spatial Formation in Cakranegara, Lombok’が大きな成果である。

 チャクラヌガラ研究においてテーマとして大きく浮かび上がったのが、都市構成におけるヒンドゥー原理とイスラーム原理の差異、そしてヒンドゥー教徒とムスリムの棲み分けの問題である。チャクラヌガラを18世紀に建設されたヒンドゥー都市の東端とすると同時代にその西端に建設されたのがジャイプル(ラージャスタン、インド)である。チャクラヌガラとの比較を大きな目的として、ジャイプルにおいてフィールドワークを展開することとなった。カトマンドゥ盆地のパタン、ティミ、ハディガオンについての調査研究もヒンドゥー教的コスモロージーと都市形態に関する研究の延長である。また、比較のためにインド・イスラーム都市としてアーメダバード、ラホールについてもフィールドワークを展開した。

 都市組織urban tissue, urban fabricと街区構成、都市型住宅についてのその後の研究展開については、「Urban Housing in AsiaResearch on Community Model of Metropolis in Developing Regions (Humid Tropics):アジアの都市住居:発展途上地域の大都市における居住地モデルに関する研究」[6]に総括する通りである。

 この間、Roxana Waterson の“The Living House: An Anthropology of Architecture in South-East Asia[7]を翻訳する機会を得た。また、平行して20年に及ぶフィールドワークの経験をもとに『住まいの夢と夢の住まい・・・アジア住居論』[8]をまとめる機会を得た。

 カンポンという言葉は、実は英語のコンパウンドcompoundの語源であるとされる(OED)。ヨーロッパ人がマラッカやバタヴィア(ジャカルタ)の住宅地を見て、カンポンという現地人の言葉を知り、インドでも同じような居住地をそう呼ぶようになったのだという。そして、大英帝国が植民地とした地域で一般的に用いられるようになる。アフリカでは囲われた集落のことをコンパウンドというのである。インドネシアのカンポンに導かれながら、関心は世界に広がることになった。さらに新たな研究展開に繋がったのが「植民都市研究」である。「植民都市の形成と土着化に関する研究」(199798)「植民都市空間の起源・変容・転成・保全に関する調査研究」(19992001)として5年にわたって科学研究費(国際学術研究)を得ることが出来た。植民都市研究は、基本的に〈支配←→被支配〉〈ヨーロッパ文明←→土着文化〉の二つを拮抗基軸とする都市の文化変容の研究である。都市の空間生態学に視点を置きながらこの間フィールドワークを展開しつつあるのが、マラッカ、ヴィガン(フィリピン)、バンコク、そしてスラバヤである。東南アジアの諸都市において、その植民都市遺産をどう位置づけるかは、今日大きなテーマである。この成果は、文部科学省の研究成果公表促進助成を受けた『近代世界システムと植民都市』[9]にまとめた。また、平行してつい最近『世界住居誌』[10]を上梓することができた。

以上のように、この四半世紀、発展途上地域の大都市の居住地のあり方を中心に考えている。具体的に焦点を当て研究対象としてきたのは東南アジアの大都市であり、続いて南アジアであり、それぞれの気候風土に相応しい居住地を構成する都市型住居モデルの開発を主題としてきた。東アジアについては、韓国、台湾、北京について、主として都市形成史、都市組織について研究してきている。近年は、韓国研究者との共同研究として「植民地期における韓国の日本人移住漁村の形成と変容に関する研究」を展開中である。

21世紀を迎えて「地球環境問題」がますます深刻なものとして意識されつつある。そこで、グローバルに大きな焦点となっているのは、発展途上地域の大都市の居住問題である。人口問題、食糧問題、エネルギー問題、資源問題など地球環境全体に関わる様々な問題は既に先進諸国よりもアジア、アフリカ、ラテン・アメリカの大都市においてクリティカルに顕在化しつつあるのである。発展途上地域の大都市の居住問題に対してどういう解答を与えるかは、都市計画・地域計画の大きな課題であり続けている。

日本においては、阪神淡路大震災は、大きな衝撃であり、都市地域計画を見直す大きなきっかけとなったことはいうまでもない。阪神淡路大震災に先立ってまとめたのが、『町家再生に係る防火手法に関する調査研究』[11]である。伝統的な京町家の保存と防火規定、伝統的なまちなみ景観と防災をめぐるテーマは、京都に限らない歴史的都市に共通の課題であるが、「町家再生」「まちなみ景観再生」の立場から、その制度・手法をまとめた。阪神淡路大震災の直後は、復興支援から被災度調査に携わった。日本建築学会による被災度調査については、尼崎市(約15万戸)を担当し、東園田地区を中心として復興計画に実践的に関わった。また、後方支援として、研究組織を立ち上げ、各地の復興計画立案の支援を行った。その結果は、『阪神大震災研究の復旧・復興過程に関する研究』[12]にまとめている。また、その経験をもとに、日本の都市計画・地域計画のあり方について考え、主張してきたのはタウンアーキテクト制である。その構想をまとめたのが、『裸の建築家・・・タウンアーキテクト論序説』である[13]

おおよそ以上のような研究活動と平行して、『戦後建築論ノート』(『戦後建築の終焉』)をはじめとして、建築論に関わる論考を発表してきた。また、建築批評を展開してきた。それをある程度まとめたのが、布野修司建築論集Ⅰ~Ⅲ『廃墟とバラック・・・建築のアジア』、『都市と劇場・・・都市計画という幻想』、『国家・様式・テクノロジー・・・建築のアジア』である。

環境科学という新たなフレームを与えられて、「地域の生態系に基づく住居システム」という当初のテーマが鮮やかに蘇った思いがしている。これまでのささやかな蓄積を大事にしながらも、諸先生との共同研究を大いなる刺激・糧として、さらに一仕事、二仕事、新たな研究展開を図りたいと思っている。 



[1] 『「51C」 家族を容れるハコの戦後と現在』、平凡社、鈴木成文・上野千鶴子・山本理顕他、2004

[2] 伊藤書店、1944

[3] 拙稿、「西山夘三論序説」、『国家・様式・テクノロジー―建築の昭和―』(布野修司建築論集Ⅲ)、彰国社、1九九八年

[4] :新建築学体系1『建築概論』、大江宏編,彰国社, 1982

[5] 住宅総合研究財団,1981, 1991

[6] traverse03、新建築学研究、京都大学建築学教室、2002

[7] 『生きている住まいー東南アジア建築人類学』 布野修司(監訳)+アジア都市建築研究会1997

[8] 朝日選書、1997

[9] 京都大学学術出版会、20052

[10] 布野修司編、昭和堂、2005

[11] 主査 西川幸治 分担執筆,町家防火手法研究会,19943

[12] 主査 室崎益輝 分担執筆,日本住宅総合研究所,1996

[13] 建築資料研究社,2000

2022年3月27日日曜日

『図書新聞』読書アンケート 2021上半期 下半期

 『図書新聞』読書アンケート 2021上半期 下半期 


2021年上半期

布野修司

 

❶山本義隆『リニア中央新幹線をめぐって 原発事故とコロナ・パンデミックから見直す』みすず書房20214

❷神田順『小さな声からはじまる建築思想』現代書館20212

❸松村淳『建築家として生きる 職業としての建築家の社会学』晃洋書房20213

❹辻泰岳『鈍色の戦後 芸術運動と展示空間の歴史』水声社20212

❺日埜直彦『日本近現代建築の歴史』講談社選書メチエ20213

❶は、「フクシマ」後、「コロナ・パンデミック」後の日本の採るべき指針を明快に指し示す緻密な論考。ローカル線が潰れていくなかでリニア中央新幹線の建設に突き進むのは日本の破滅への道である。❷は、「建築基本法」制定運動を粘り強く展開する建築構造家の自らの歩みを振り返る建築論。阪神淡路大震災、耐震偽装問題、東日本大震災を鋭く問う。❸は、文化欄では「建築家」しかしその他の欄では建築業者に過ぎない、そうした建築家「界」の重層的差別の構造を鋭く抉る。ありうべき建築家について考える必読書。❹は、展覧会を軸に戦後建築を問う。フランク・ロイド・ライトの帝国ホテルの工事管理で来日して以来、日本の近代建築の歩みに大きな影響を与えたとされるアントニン・レイモンドの占領期の仕事(戦時中は焼夷弾の延焼実験のために木造住宅地を設計(1942)、戦後は政商として動いた)が冒頭論じられる。❺は、日本の近代建築の歴史を、明治維新に遡って、「戦後」を含んだかたちで叙述するはじめての通史の試み。これまで書かれた日本の近代建築史は、何故か敗戦までの歴史であった。『戦後建築論ノート』(1981)を書いた評者としては、我が意を得たりである。

個人的な収穫としては、❻布野修司『スラバヤーコスモスとしてのカンポン』京都大学出版会20212月を上梓した。『カンポンの世界』(1991)以降のアジア都市組織研究の集大成である。起承転結の学術書のスタイルを超える?重層的な構成を試み、QRコードでカンポンの生活風景を映した動画も組み込んだ。(建築批評)



 

2021年下半期

布野修司

 

❶高島直之『イメージかモノか―日本現代美術のアポリア』武蔵野美術大学出版局202111

❷小野田泰明・佃悠・鈴木さち『復興を実装する 東日本大震災からの建築・地域再生』鹿島出版界20217

JCAABE日本建築まちづくり適正支援機構『建築系のためのまちづくり入門 ファシリテーション・不動産の知識とノウハウ』学芸出版社20219

❹松村秀一『建築の明日へ 生活者の希望を耕す』平凡社新書20217

❶は、『芸術の不可能性 滝口修造 中井正一 岡本太郎 針生一郎 中平卓馬』(2017)に続く日本現代美術論。前著同様、芸術の成立根拠を執拗に問う。イメージ(観念)かモノ(物質)か、本書のテーマはタイトルに端的に示されるが、日本美術の1970年前後、「もの派」そして「アンチ・フォーム」と呼ばれる系譜、反芸術、芸術解体、無芸術の系譜を追っている。❷は、東日本大震災以後、仙台を拠点に東北各地の復旧復興活動に建築都市計画の分野から最も深くかかわったグループによるその記録であり、総括であり、それに基づく地域再生論である。大震災によって東北地方は一気に2050年段階の人口に減少したとされる。少子高齢化の行き着く日本の地域社会の抱える問題が抉り出される。「復興を実装する」というタイトルは? ❸は、あえて「建築系のための」をうたって、日本各地のまちづくりの経験を伝えようとするマニュアルである。連ヨウスケによるマンガ「まちファシ物語」も巻末にある。ファシとはファシリテーターのことである。❷❸は一方で建築の明日は必ずしも明るくはない実態を説いている。❹は、「希望を耕す」という。「箱の産業より場の産業へ」「ひらかれる建築」など建築界の未来をめぐって発言を続けてきた著者の総まとめの感がある。(建築批評)

 

2022年3月26日土曜日

『図書新聞』読書アンケート 2020上半期 下半期

 『図書新聞』読書アンケート 2020上半期 下半期 

布野修司

 

 2020上半期

①『三島由紀夫1970』文芸別冊、河出書房新社

②竹山聖+京都大学竹山研究室編『庭 のびやかな建築の思考』エイアンドエフ

③逃げ地図づくりプロジェクトチーム編著『災害から命を守る「逃げ地図」づくり』ぎょうせい

①は、映画(監督豊島圭介)『三島由紀夫VS東大全共闘 50年目の真実」に合わせた刊行。TBSが異例ともいえるほどTVCMを緊急事態宣言解除以降も流すが、観客数は如何。自らの来し方を振り返るべく封切り直後に見たが、半世紀の歴史を貫く、また日本の戦前戦後に通底する深層に迫る。本書のなかで、『三島由紀夫と』を書いた菅孝行は、三島由紀夫と亀井文夫(映画監督『日本の悲劇』)のを歴史上のさらしものにしたままでは「歴史に後から立ち会ったわれわれの沽券は台無しである』という(「憂国忌五〇年 自刃の再審へ」)。

②は、建築家竹山聖とその仲間たちの思索と活動の記録である。巻頭には、原広司、隈研吾との鼎談「庭をめぐる想像力」が置かれている。竹山と隈は原研究室の同級生で最初の大学院生である。隈研吾は、今や日本のリーディングアーキテクトとして国際的に最も著名な建築家のひとりとなったが、竹山の営為は隈に勝るとも劣らない。建築家の寿命は長い。これからの二人が楽しみである。

③は、少なくとも全自治体首長、防災担当者の必読書である。地球温暖化のせいであろう。日本列島を次々に大災害が襲う。ハザードマップなるものがあるが(そもそも未作成のところが少なくない)、肝心なのは命をなくさないことである。そのためには、逃げる、ことである。

 COVID-19は、国、自治体、地域、家族…など集団関係の全てを根底的問い直すことを要求しつつあるが、高気密高断熱を推し進めてきた建築そして都市空間には、それこそ革命的変化(ウイルスとの共生)が必要である。布野修司(都市建築批評)



2020下半期

①藤森照信『藤森照信作品集』写真増田彰久、TOTO出版、20206

②山本想太郎・倉方俊輔『みんなの建築コンペ論 新国立競技場問題をこえて』NTT出版、20207

③松村秀一・服部岑生編『和室学』平凡社、202010

①は、建築史学を出自として、建築探偵を自称して路上観察学などの展開してきた後、40歳を過ぎて建築家に転じた藤森照信の建築作品の集大成、その決定版である。建築家に転じたというが、建築を志して以来、一貫するものがこの作品集に込められているといっていい。この30年間の作品61が網羅されているが、日本のみならず台湾、モルディブ、ヨーロッパに足跡を刻んでいる。屋根にタンポポやニラが生えた、あるいは、室内に植えられた樹がそのまま屋根を突き抜ける作品でしられるが、藤森作品に一貫するのは素材に対する拘り、徹底した探求である。素材が織りなす世界が作品集冒頭の数葉の写真が示唆している。

②は、新国立競技場問題によって露呈した建築設計界の問題、特にコンペ(設計競技)の問題に焦点を当て、建築がみんなのものであるために、コンペの重要性を説く。東京オリンピックの開催そのものが危ぶまれる中で、新国立競技場問題は遠い過去のように思えるが、建築コンペは何もモニュメンタルな建築だけのものではない。少なくとも、全ての公共建築はコンペによってみんなでつくるものである。

③は、世界で日本にしかない空間として和室の「新生」をうたう。先頃、日本建築を支えてきた建築職人技術が無形文化財に指定されたが、裏を返せば、日本建築の伝統的建築技術がこの間衰退してきたことを示している。「和室学」を関する本書は、その起源、素材としての畳、茶の湯など12本の論考からなっている。

布野修司(都市建築批評)




2022年3月23日水曜日

2008年度日本建築学会技術部門設計競技 「公共建築の再構成と更新のための計画技術」応募要領

 

2008年度日本建築学会技術部門設計競技

公共建築の再構成と更新のための計画技術 

主催 日本建築学会建築計画委員会

 

21世紀をむかえ、3000以上あった日本の地方自治体の数は、1千数百に再編された。自治体の合併にあたって、各自治体は既存公共建築の統廃合を検討推進している。今後、新築される公共建築は半減することが予想され、また財政上の理由からも、既存公共建築機能の有効な再配置、再構成、更新が求められている。その際、魅力ある建築再生のためには、1)計画技術(住宅系、施設系、基礎系)および2)構法計画技術のコンビネーションが必要不可欠である。

国、地方自治体、公共事業体などが保有する既存の公共建築をとありあげて、上記1)、2)のコンビネーションによる、市民と自治体から支持される持続可能で魅力的な改築の計画技術提案を募るものである。

 

応募要領

 

1|公共建築の再構成と更新のための計画技術

 

2|応募資格

本会個人会員(準会員を含む)、または会員のみで構成するグループとする。なお、同一の個人または代表名で複数の応募をすることはできない。

3|条件

1―公共建築の再構成と更新の設計計画方針と実施過程が具体的に表現されていること。

2―応募者が自由に条件を設定してよい。例えば次のような提案が考えられる。

a)市町村合併に伴って、既存の庁舎をどう再構成、再利用するか。

b)少子化に伴って統廃合される教育施設をどう再構成、再利用するか。

c)建築計画・プログラムと実態との不整合により、うまく機能していない施設をどう再利用するか

d)点在する公共施設を防災ネットワークのサテライトとしてどう再構成するか

e)公共建築として建設された駅舎、郵便局、電話局舎などを、新たな機能を導入してどう活用するか。

3―対象とする建築物は実在のものとする。以下についての革新性、独創性、魅力度などを評価軸とする。

a)地方自治体と市民へのリアリティ b) 計画技術c) 構法技術

 

4|審査員(敬称略、五十音順)

委員長  南 一誠(芝浦工業大学)

幹事   布野修司(滋賀県立大学、建築計画委員会委員長)

宇野 求(東京理科大学、建築計画委員会幹事)

委員  岡垣 晃(日建設計総合研究所)

金田充宏(東京芸大)

加茂紀和子(みかんぐみ)

杉本俊多(広島大学)

宿谷昌則(武蔵工大)

竹下輝和(九州大学)

長澤 悟(東洋大学)

深尾精一(首都大学)

六鹿正治(日本設計社長)

専門委員(第一次審査)

大原一興(横浜国大)/小野田泰明(東北大学)/菊地成朋(九州大学)/清水裕之(名古屋大学)/広田直之(日本大学)/藤井晴行(東京工業大学)/野城智也(東京大学)

 

5|提出物(使用する言語は、日本語または英語とする)

1―応募申込書

下記内容をA41枚に明記すること。書式は自由。

①提案名(提案内容を的確に表す簡潔なタイトル)

②代表者および共同制作者全員の氏名・ふりがな・会員番号・所属

③上記中の事務連絡担当者の氏名・ふりがな・会員番号・所属・電話番号・E-mailアドレス

2―計画提案

A11枚に以下の内容をおさめる。用紙は縦使いとし、パネル化しないこと。

①提案名(提案内容を的確に表す簡潔なタイトル)

②対象とする地域と建築物の概要(地域計画図、建築図など)

③公共建築の再構成と更新の意図と概要(計画方針とその評価、環境、省エネルギー、機能性、経済性、施工性への配慮)

④再構成・更新後の主要建築物のデザイン(再構成・更新過程図、設計図など)

⑤上記図面のPDFファイル

◎注意:提出図面には、氏名・所属など応募者が特定できる情報を記載しないこと。

 

6|提出期限2008620日(金)

(当日の受付締切は17時。郵送の場合は当日消印有効。ただし宅配便は不可)

 

7|審査会

審査は二段階で行う。

1―一次審査会(公開)20087月上旬の予定

入選作品を選定する。

2―二次審査会(公開)20089月の日本建築学会大会

候補者による10分程度のプレゼンテーションを実施し、その後各賞を決定する。

◎詳細は後日、本会ホームページに掲載する。

 

8|表彰

最優秀賞―1点:賞状および副賞50万円

優秀賞―2点以内:賞状および副賞15万円

佳作―若干:賞状および副賞5万円

ただし、審査結果において該当作品なしとする場合がある。

 

9|審査結果の公表等

入選作品は20089月の日本建築学会大会で表彰する。入選作品は講評とともに日本建築学会大会および建築会館で展示し、審査経過とともに『建築雑誌』および本会ホームページに掲載する予定である。

 

10|その他

1―応募図面および関係書類は返却しない。

2―応募作品の著作権・特許権は応募者に帰属するが『建築雑誌』・本会ホームページへの掲載や日本建築学会編の出版物に用いる場合は、無償でその使用を認めることとする。

3―課題に関する質問は受け付けない。

11|提出先

(社)日本建築学会事務局「技術部門設計競技」係

108-8414 東京都港区芝5-26-20

TEL03-3456-2057FAX03-3456-2058E-mail: imai@aij.or.jp


『図書新聞』読書アンケート 2017上半期 下半期

『図書新聞』読書アンケート 2017上半期 下半期  


207年度上半期読書アンケート

 

①平良敬一、平良敬一建築論集 機能主義を超えるもの、風土社。

②松隈洋、建築の前夜 前川國男論 、みすず書房。

③種田元晴、立原道造が夢見た建築、鹿島出版会。

①は、『国際建築』『新建築』『建築』『SD』『都市住宅』『住宅建築』など、戦後の主要な建築雑誌の発刊、編集のほとんど全てに関わってきた建築ジャーナリズムの「神様」、平良敬一初の建築論集である。今年、91歳。一線を退いたとは言え、建築界の問題をめぐって発言を続けている。初の建築論集とは意外であるが、編集者に徹してきたということである。大論文は少ないが、編集や特集に寄せた小論考は鋭く、戦後建築の初心を生き続けてきたその主張には驚くべき一貫性がある。②は、戦後建築をリードし続けた前川國男の戦前戦中を丹念に問う。前川國男の戦前戦後の連続・非連続、転向・非転向をめぐってはこれまでも議論されてきたが、その実相に深く迫っている。③は、夭折の詩人であり建築家であった立原道造の「建築の夢」を問う。立原道造もその日本浪漫派との関係が議論されてきたが、昭和末期生まれの若い建築家がその夢の可能性を問う。いずれも戦後建築の基層をさらに深く問う真摯な信頼すべき論考である。時代が要請しているのである。

布野修司(建築批評)








2022年3月22日火曜日

『図書新聞』読書アンケート 2016上半期 下半期

 『図書新聞』読書アンケート 2016上半期 下半期 


206年度上半期 

 ① 磯崎新、偶有性操縦法、青土社

 ②黒沢隆、個室の計画学、鹿島出版会

 ③河江肖剰、ピラミッド・タウンを発掘する、新潮社。

 ①のサブタイトルは「何が新国立競技場問題を迷走させたのか」。ザハ・ハディドを見出した世界的建築家による怒りの追悼書である。女性、イスラーム圏出身ということで「魔女狩り」にあったと言うが、その批判は建築界さらに日本の政財界のディープな深層に及ぶ。「ハイパー談合システム」「「日の丸」排外主義」…その告発は鋭く重い。東京オリンピックに向けていくつかの施設建設が進められつつあるが、建設業界の空洞化は覆うべくもない。②は、2014年に亡くなった建築家の論集。薫陶を受けてきたものたちがそのエッセンスを編みなおした。個室が集まって一軒の家になる、そして・・・都市になる。その組み立てを今問う意味は大きい。③は、ピラミッドをめぐる考古学的知見の最新情報を知ることが出来る。著者によればニューエイジャーの疑似科学ということになろうが、渡辺豊和『縄文スーパーグラフィック文明』(ヒカルランド)は、建築家の溢れ出る創造力の顕在を示す。

布野修司(建築批評)


 206年度下半期 
 ①木村草太編、いま、<日本>を考えるということ、河出ブックス
 ②磯崎新・藤森照信、磯崎新と藤森照信のモダニズム建築談議、六曜社
  ③石槫督和、戦後東京と闇市、鹿島出版会。
 ④松山巖、ちちんぷいぷい、中央公論新社。
 ①は、山本理顕、大澤真幸を加えた3人の共著。個別に差異を持って生まれたきた個人がどう家族を形成し、集団を形成し、都市を形成するかをめぐって、「1住宅1家族」という近代システムを批判しながら「地域社会圏」を構想する山本理顕のヴェクトルと社会システムそのものの原理を掘り下げる大澤真幸の理論が木村によって重ね合わされる。後半は大澤現代社会論のキーワード「アイロニカルな没入」に議論が集中。議論が確実にクロスしているのは力強い。②は今や数少なくなった「建築」を語ることのできる建築家が、モダニズム建築の成立をめぐって戦前戦中の建築家の「立居振舞」を歯に衣着せずに語る。③は新宿、池袋、渋谷のターミナルビル周辺の戦後闇市の興亡を土地所有の変化を丹念に追って明らかにする。一級の労作。④は、建築批評家でもある作家の掌篇小説集である。「東京の片隅に棲息する50人の独り言」が50篇綴られる。東京はどこへいくのか、考えさせられる。
布野修司(建築批評)





2022年3月21日月曜日

日本建築学会 名誉会員となる 2022年3月22日




















 

『図書新聞』読書アンケート 2015上半期 下半期

『図書新聞』読書アンケート 2015上半期 下半期  

 

2015年度上半期

 

 ① 山本理顕、権力の空間/空間の権力、講談社新書メチエ

 ②黒石いずみ、東北の震災復興と今和次郎、平凡社

  ③渡辺真弓、イタリア建築紀行、平凡社。

 ①は、この間最も建築のありかたを根源的に問い続けてきた建築家の渾身の建築論。個人と国家の<あいだ>を設計せよ、が副題。雑誌『思想』における同題5回の連載がもとになっている。建築の社会的あり方を公私の空間のあり方、その境界<閾>のあり方に即して追求する。ハンナ・アーレントの一連の著作が読み解かれる。②は、東日本大震災後の被災地支援に取り組む筆者のグループが昭和戦前期の「東北地方農村漁村住宅改善調査」を中心に今和次郎の仕事の意味を問い直す。復興計画の現在と重ね合わせられることによって、その問題点が浮彫にされる。③はゲーテの『イタリア紀行』を下敷きにしたイタリア建築案内。イタリア旅行に必携の書。他に、絵本のなかまみちづくりの発想を読み解く④延藤安弘、こんなまちに住みたいナ、晶文社、など

布野修司(建築批評・アジア都市研究・環境問題)





2015年度下半期

 

 ① 藤本隆宏・野城智也・安藤正雄・吉田敏、建築ものづくり論 Architecture as “Architecture、有斐閣

 ②陣内秀信、イタリア都市の空間人類学、弦書房

  ③鈴木哲也・高瀬桃子、学術書を書く、京都大学学術出版会。

 ①は、「アーキテクチャー」概念を媒介とする経営学・経済学と建築学の共同研究の成果をもとにした新たな建築産業論。新国立競技場問題、杭打ちデータ偽装問題など建設業の抱える構造的問題が世情を賑わすが、日本型建築生産システムの成立を跡づけ、その強みと弱みを分析した上で、新たな「建築ものづくり」の方向を示唆する。②は、イタリア都市の建築類型学研究を出発点とし「空間人類学」の手法を確立、イタリアから地中海、イスラーム圏、さらに中国、東京・日本での膨大な調査研究を展開してきた著者の論集。③は、大学出版会において長年学術出版に携わってきた著者たちによる学術論。ノウハウ本の趣をとっているが、学術論文のあり方、専門分野のあり方、そして学のあり方そのものが問われる。評者は、『近代世界システムと植民都市』『大元都市』なだ何冊もお世話になり、鍛えられた。

布野修司(建築批評・アジア都市研究・環境問題)

2022年3月20日日曜日

『図書新聞』読書アンケート 2014上半期 下半期

『図書新聞』読書アンケート 2014上半期 下半期  

 

蓑原敬他『これからの日本に都市計画は必要ですか』学芸出版社

蓑原敬・松隈洋・中嶋直人『建築家 大高正人の仕事』X-Knowledge

木下庸子・植田実編『いえ 団地 まち』住まいの図書館出版局

南一誠『時と共に変化する建築 使い続ける技術と文化』UNIBOOK

 ①は随分刺激的なタイトルである。しかも「白熱講義」とある。『都市と劇場-都市計画という幻想』(布野修司建築論集Ⅱ)という本を書いている筆者は興味津々で手に取った。都市計画の限界はそもそも明らかであり、そのどこに突破口を見出すかが問題だと思ってきたけれど、必要ですか、ということになると、いっそないほうがいいかとも思うのである。本書は、蓑原敬というアメリカで都市計画を学び建設省(現国交省)で住宅行政に関わった経歴をもつ一九三三年生まれの超ヴェテラン都市計画家と一九七〇年代生まれの四〇歳前後の都市計画・建築学の専門家グループ(次世代都市計画理論研究会)の議論の記録である。確かに、結に言うように、「このドキュメントは「問い」には満ちてはいるが「答え」の多くは教えてくれない」。しかし、議論の筋には共感できた。蓑原敬の発言が一本の軸となっているのが大きい。

②は、その蓑原が中心となって編まれた建築家・大高正人の全集である。実は、①は、②の企画で蓑原敬、中嶋直人が協同したことがきっかけになったという。日本の戦後建築のひとつの流れを代表するその軌跡を振り返るための必携本である。③は、今日の日本の住宅地の風景をつくったといっていい日本住宅公団(現都市整備公団UR)の記録である。④は、ストック活用の時代の建築の方向を示唆する。

東日本大震災の復興が遅々として進まない中で、建築、都市の依って立つたつ基盤そのものの見直しのみが進行している。もどかしいけれど、当然の営為ではある。



 

飯島洋一『「らしい」建築批判』青土社

松村秀一『場の産業 実践論』彰国社

藤村龍至『プロトタイピング――模型とつぶやき』LIXIL出版

市川紘司編『中国当代建築 北京オリンピック、上海万博以後』flick studio

 ①は,力の入った現代建築批判である。執筆の大きな動機となっているのが、新国立競技場問題であり、ザハ・ハディド案である。「らしい」建築とは、「アイコン建築」とも呼ばれるが、アイコンとして商品化される「奇抜」な建築、具体的には世界的に著名な建築家たちによってブランド化される建築デザインをいう。本書においては、ザハのみならず、コールハース、安藤忠雄、伊東豊雄といった建築家たちも徹底批判されている。平たく要約すれば、世界資本主義に翻弄されることで建築が社会性を失っているということであるが、社会性を標榜する被災地での建築家の活動も俎上に載せられており、批判は重層的である。建築界で広く議論されるべき提起がある。④は「アイコン建築」が跋扈した中国の現代建築の特集であるが、中には王澍のような興味深い建築家の作品もとり挙げられている。③は、ソーシャルデザインを主張して建築のプロトタイプに拘る気鋭の建築家の小作品集。②は、建築に新しい仕事のかたちをめぐる討論集。「場の産業」と名づけられるが、最早「箱の産業」ではないということである。建築界の再構築の方向が探られている。




2022年3月19日土曜日

『図書新聞』読書アンケート 2013上半期 下半期

  『図書新聞』読書アンケート 2013上半期 下半期 

 

布野修司

 

脇田祥尚『スラムの計画学 カンボジアの都市建築フィールドノーオ』めこん 

②延藤安弘『まち再生の術語集』岩波新書

③陣内秀信+法政大学陣内研究室編『アンダルシアの都市と田園』鹿島出版会

①カンボジアで居住環境改善に関わる調査を続ける都市住居論集。タイトルに違和感が残るが、膨大なフィールドワークがその論考を支えている。②は,震災復興まちづくりにも奮闘する、「まちづくり伝道師」を自称する著者のまちづくりの「術語集」。もちろん、法律用語や行政用語が並ぶのではなく、まちづくりに力を与える、経験に裏打ちされた言葉の束である。言葉の連鎖が興味深い。③は、東京と地中海を往復しながらフィールドワークを展開する著者グループの最新成果。④陣内秀信・三浦展編『中央線がなかったら見えてくる東京の古層』NTT出版もある。手前味噌ながら、⑤布野修司・ヒメネス・ベルデホ、ホアン・ラモン『グリッド都市-スペイン植民都市の起源、形成、変容、転生』京都大学学術出版会を上梓した。アジアの諸都市を歩いて、今は中国に集中しているのであるが、陣内グループの世界(③アンダルシア)とようやく繋がることができた気分である。その他⑥建築のあり方研究会『建築を創る 今、伝えておきたいこと』井上書院が、建築のありかたを掘り下げている。



布野修司

 

牧紀男『復興の防災計画 巨大災害に向けて』鹿島出版会

②森傑監修『大好きな小泉を子どもたちへ継ぐためにー集団移転は未来への贈り物ー』株式会社小泉地区の明日を考える会

③小野田泰明『プレ・デザインの思想 建築計画実践の11箇条』TOTO建築叢書

 その時(201103111446分)から随分と時が流れた。しかし、東日本大震災で大津波を受けた地域には、未だに茫漠たる風景が拡がっている。そして、原発事故によって放射能を撒き散らされた地域は、時間が凍結されたように動いていない。「殺風景」である。風景は殺されたままだ。

 そうしたなかで、東日本大震災の復興に関わりながら思索を深める著作が現れ始めている。①は、京都大学防災研究所にあって、巨大災害に向き合い続けている研究者の防災計画論。東日本大震災の復興計画についてももちろん冒頭に触れられるが、全体は、著者が数々の災害について直接見聞きしてきた知見をもとにした、あらゆる地域に対して地域の拠って立つ基盤を問う事前復興論である。

 ②は、逸早く合意形成を図り、高台移転の計画をまとめた、その全過程の記録。われわれはこのプロセスに多くを学ぶことができる。コミュニティ・アーキテクトの役割を果たした森傑の役割は大きい。

 ③は、東北にあって数々の復興計画に携わる著者による建築計画論。復興計画そのものには直接触れられないが、基本的な方法論が展開されることにおいて貴重である。

 一方で復興バブルが沸き立つなかで、被災地の殺風景は際立つ。この殺風景をもたらすものへの深い思索なしに日本に未来はないだろう。


 

2022年3月18日金曜日

『図書新聞』読書アンケート 2012上半期 下半期

 『図書新聞』読書アンケート 2012上半期 下半期  

布野修司

 

東北大学大学院経済学研究科 『東日本大震災復興研究Ⅰ』河北新報出版センター 

②地井昭夫『漁師はなぜ、海を向いて住むのか?』工作舎

③宇杉和夫『地域主権のデザインとコミュニティ・アーキテクト』古今書院

3.11後、復旧復興支援のことが頭を離れない。自らを省みて忸怩たるものがあるが,この国のガヴァナンスの欠如に腹立たしさを超える思いもある。①は,この一年間の動きを追いかけた共同研究のレポート。事態は深刻である。想像以上に人は動いているし、仙台一人勝ちの復興バブルが現実となっている。冒頭にいくつかのシナリオが検討されているが、「復興ならず」が既に見え始めている。②は、漁村研究者であった著者の遺稿集。高台移転をめぐって地域が分断される中で、漁村再生の根本を教えてくれる。③は、地域再生、震災復興のためにコミュニティ・アーキテクトと呼ぶ職能の存在、その必要性を力説している。阪神淡路大震災後に『裸の建築家―タウンアーキテクト論序説』を書いたが、その方向が間違っていなかったことを確信。その他、岩佐明彦『仮設のトリセツ もし、仮設住宅で暮らすことになったら』主婦の友社など震災復興をめぐる出版が続いている。問われているのは日常の暮らしの拠ってたつ基盤であり、それを鋭く深く突き詰める思索である。

                                  布野修司

 

①伊東豊雄『あの日からの建築』、集英社新書

②駒村圭吾・中島徹『3.11で考える日本社会と国家の現在』、日本評論社

リム・ボン『歴史都市・京都の超再生』、日本評論社

①は、3.11以後、被災地に通い続ける「世界的」建築家による現代建築論。伊東豊雄は、デビュー以降一貫して建築ジャーナリズムの最前線に立ち、「状況」に敏感に反応しながら発言を続けてきた。常に「新奇」な形態を追い求めてきた建築家として知られ、注目されてきた。その伊東が東日本大震災以後、各地に「みんなの家」と呼ぶ集会施設を建て続けてきた。小著であるが、本書には、自らのこれまでの軌跡を含めて、建築を問い直そうとする真摯な言葉がある。②は、ムック版であるが、気鋭の憲法学者たちが、3.11以後の日本の社会と国家を問う。手前味噌であるが、日本建築学会の復旧復興部会が開催した、憲法学者と建築家(山本理顕、内藤廣、松山巌)によるシンポジウム「復興の原理としての法」も採録されている。何故、居住制限が可能なのかなど刺激的な議論が含まれている。3.11以後、日本の再生そのものが問われる中で、また、各地で地域再生が問われる中で、③は日本の「古都」京都の再生を問う。京都に十数年住んでいたからそのまちづくりの難しさはよくわかるが、そこで格闘してきた著者の「京都モザイク論」には着目してきた。京都の「光」と「影」をストレートに論じ、「部落問題」にも触れる。







2022年3月17日木曜日

山本夏彦 職人不足はだれのせい、夏彦の写真コラム540、週刊新潮、19900301

 




山本夏彦 日本へ帰れば元の木阿弥、夏彦の写真コラム500、週刊新潮、19890518

山本夏彦 日本へ帰れば元の木阿弥、夏彦の写真コラム500、週刊新潮、19890518




『図書新聞』読書アンケート 2011上半期 下半期

 『図書新聞』読書アンケート 2011上半期 下半期 

布野修司

2011上半期

 

①牧紀男『災害の住宅詩』、鹿島出版会

②東京大学景観研究室編『内藤廣と若者たち』、鹿島出版会

初田香成『都市の戦後 雑踏のなかの都市計画と建築』、東京大学出版会

3.11後、建築界は、復旧復興で騒然としている。ただ、事態はそう動いているわけではない。建築と都市の身近なあり方が根本的に問われて言葉が無い、と言ったほうがいいかもしれない。特に原発問題というあってはならないことが起こってしまった。そうしたなかで①は、いち早く東日本大震災についての一章を加えた災害人類学者の小著である。大災害の現場を見続けてきた著者の知見が随所にある。②は、岩手県の災害復興委員会委員も務める元東京大学副学長の退官記念対談集である。③は都市計画の戦後を問う労作、学位論文である。都市計画の戦後を根底から問い直す必要をつきつけるのが3.11である。手前味噌ながら、『戦後建築論ノート』『戦後建築の終焉』のその後に焦点を当てる、半生記の趣も込めて現代建築家批評『現代建築水滸伝 建築少年たちの夢』(布野修司、彰国社)を上梓した。被災地の最も深い現場から建築再生の夢をみたい、というメッセージも込めた。



 2011下半期

 ①応地利明、都城の系譜、京都大学学術出版会 

 ②広原盛明、日本型コミュニティ政策 東京・横浜・武蔵野の経験、晃洋書房

 ③細野透、東京スカイツリーと東京タワー、建築資料研究社。

 ①は、待望の応地都城論の集大成。都城を「王権―王都―コスモロジー」の三位一体的連関を表現する都市と規定、中国―日本に偏してきた都城論をインド世界を巻き込んでユーラシア世界に一気に解き放つ。長安、平安京を都城の「バロック化」の完成形態とみなす主張など、議論を巻き起こすこと必至である。②もまた、一貫して街づくりに関わってきた広原による「コミュニティ政策」総括の集大成。膨大な資料を丹念に読んで緻密な分析を展開する大著。ただ、関西の自治体についての作業は残されている。コミュニティが一瞬にして解体され、その再生が大きな課題になっている東日本大震災復興まちづくりにどう活かせるか、が大きな問いとなる。③は、元建築雑誌編集長によるミステリーもどきの東京論。東京の「鬼門の物語」が解き明かされる。

布野修司(建築批評・アジア都市研究・環境問題)



2022年3月16日水曜日

『図書新聞』読書アンケート 2010上半期 下半期

 『図書新聞』読書アンケート 2010上半期 下半期 


 布野修司

 2010上半期

山本理顕他『地域社会圏モデル』、INAX出版

②女性とすまい研究会編『同潤会大塚女子アパートメントハウスが語る』ドメス出版

③宇杉和夫他『まち路地再生のデザイン』

 建築不況の時代にもかかわらず、否仕事がないからだというべきか、建築と都市の身近なあり方をめぐる真摯な論考が目立つ。①は地域再生の核となるべきあり方を具体的形態の問題として検討した建築家たちの議論の記録。③は、身近なまちの路地の再生のためのデザインは提起する。②は、かつてのコミュニティ・モデルの質の現代的可能性を問う。出版不況も何のその、この半年送られてきた友人たちの著作は10冊を超える。第一に、中西昭雄『シベリア文学論序説』(寒灯舎)を上げておきたい。筆者の『カンポンの世界』をまとめて頂いた編集者の渾身の文学論である。帯にいわく「零下40度の文学」「極北文学論の試み」である。手前味噌ながら、日韓併合百周年の今年を意識したわけではないが『韓国近代都市景観の形成 日本人移住漁村と鉄道町』(布野修司・韓三建・朴重信・趙聖民、京都大学学術出版会)を韓国の若い仲間たちとようやく上梓することができた。


2010下半期

 太田邦夫『エスノ・アーキテクチュア』鹿島出版会

②秋山哲一・小幡谷友二『蘇るフランス遍歴職人』出版間・ブッククラブ

③日本建築学会編『劇場空間への誘い ドラマチック・シアターの楽しみ』鹿島出版会

日本の住宅生産(新築住宅数)は年80万戸を切った。うち6割は集合住宅でいわゆる在来木造の戸建住宅は2割を下回る。伝統的な建築技術はますます失われつつある。そうした中で①は伝統的な建築技術の豊かな世界を教えてくれる珠玉の一冊である。著者はヴァナキュラー(土着)建築に関しては日本の第一人者だ。専門の建築家でも眼から鱗の諸説満載である。②は、フランスで遍歴職人が蘇りつつあるという。その他深見奈緒子編『イスラム建築がおもしろい!』(彰国社)がイスラム建築の多彩な意匠をわかりやすく教えてくれる。日本も学ぶべき仕組みを教えてくれる。③は、演出家、建築家、プロヂューサーたちが現代日本の劇場空間を問う。劇場も「冬の時代」が続くが、様々な可能性に焦点を当てる。年末近くになって渡辺豊和の『古代日本のフリーメーソン』(学研)が届いた。『縄文夢通信』の改訂ということだが全体は一新されている。建築的想像力の飛翔に久々元気になった。