望ましい建築まちなみ景観のあり方研究会,雑木林の世界35,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センター,199207
雑木林の世界35
望ましい建築・まちなみ景観のあり方研究会
布野修司
昨年暮れから今年の五月にかけて「望ましい建築・まちなみ景観のあり方研究会」という数回の集まりの座長をつとめた。建設省の小さな研究会でほとんどノルマのない自由な放談会の趣があったが、「景観問題」について随分と教えられることの多い研究会であった。
京都は今再び「景観問題」で揺れている。およそ事情が呑み込めてきたのであるが、解れば解るほど難しい。そうしているうちに、松江市(島根県)から「景観対策懇談会」に加わるようにとの話があった。「まちの景観を考える」シンポジウム(6月6日)にも出てきて意見を言って欲しいとのこと。なんとなく、というより、否応なく、「景観」について考えざるを得ない、そんな羽目に陥りつつあるのが近況である。
何故、景観問題か
この十年、景観問題が方々で議論されてきている。各地でシンポジウムが開かれ、様々な自治体では、条例や要綱がつくられつつある。全国で半数以上の自治体に都市景観課、都市デザイン室、景観対策室などが設けられたと聞く。景観賞、都市デザイン賞など、顕彰制度も既に少なくない。建設省でも、都市景観形成モデル都市制度(一九八七年)、うるおい・緑・景観モデルまちづくり制度(一九九〇年)などの施策を打ち出してきている。何故、景観なのであろうか。
まず、素朴には、古き良き美しい景観が失われつつあり、破壊されつつあるという危機感がある。もちろん、自然景観や歴史的町並み景観をめぐる議論はそれ以前からある。しかし、一九八〇年代のバブルによる開発、再開発の動向は、危機感を一層募らせてきた。また、日本の都市景観は美しくない どうも雑然としている 西欧都市に比べて日本の都市は見劣りがする、という意見もある。
しかし、おそらく一番大きいのは、経済大国になったというけれど生活環境は果たして豊かになったのか、という疑問であろう。スクラップ・アンド・ビルドを繰り返すのみで、ちっともストックにならない。歴史的に町並みが形成されていくプロセスがない。望ましい建築・まちなみ景観を形成維持して行くためにはどうすればいいのか、少なくとも建築の世界においては大きなテーマになってきたのである。
景観とは何か
ところで景観とは何か。このところ「景観」とか「風景」をテーマにした本が目につく。そのこと自体、「景観」が一般にも大きな関心事となっていること示すのであるが、内田芳明氏の『風景とは何かーーー構想力としての都市』(朝日新聞社 一九九二年 他に 『風景の現象学』 中公新書 一九八五年 『風景と都市の美学』 朝日選書 一九八七年など)によれば、「景観」とは「風景」を「観」ることである。「景観」が自己中心の主観的な身勝手な見方、対象の部分を断片化する見方であるとすると「風景」は土地土地で共有された見方である。ヨーロッパでは、風景(landscape landchaft)とは「土地」、「地域」のことだという。中村良夫氏の『風景学入門』(中公新書 一九八二年)によれば、「風景とは、地に足をつけて立つ人間の視点から眺めた土地の姿である」。
「風景」とは、風情=情景であり、心情(なさけ こころ)が入っている。風土、風、風化、景色、光景、・・など類語をさぐりながら「風景」の意味を明らかにするのが内田氏であるが、景観問題とは、そうした地域=風景が破壊されつつあることにおいて意識され始めた問題であるということができるであろう。
景観問題を引き起こすもの
景観問題を引き起こすものは何かというと、例えば、全国一律の法制度がある。大都市も小都市も、同じ規制という日本のコントロール行政は大いにその責任があるだろう。建築家だってかなりの責任がある。やたら新奇さを追うだけで、風景の破壊に荷担してきた建築家は多いのである。
そもそも近代建築の論理、理念と風景の論理は相容れない。鉄とガラスとコンクリートの四角な箱型の建築は、もともとどこでも同じように成立する建築を目指したものである。国際様式、インターナショナルスタイルがスローガンであった。合理性、経済性の追求は、結果として、色々なものを切り捨ててきたことになる。その論理に従えば、本来地域に密着していた風景が壊れるのは当然のことなのである。
近代建築は面白くないといって喧伝されてきたポストモダニズムの建築もかえって都市景観の混乱を招いたようにみえる。徒に装飾や様式を復活すればいいというものではない。地域性の回復ということで全国同じように入母屋御殿が建つというのも奇妙なことである。
景観形成の指針とは
景観、ここでいう風景を如何に形成していくかについては少なくとも以下のような点が基本原則となろう。
●地域性の原則 地域毎に独自の固有な景観であること
●地区毎の固有性 地区毎に保存、保全、修景、開発のバランスをとること
●景観のダイナミズム 景観を凍結するのではなく、変化していくものとして捉えること
●大景観 中景観 小景観という区分 景観にも視点によって様々なレヴェルがある
●地球環境(自然)と景観 自然との共生
具体的にどうするか、ということで、まず、前提となるのは、どのような景観が望ましいかについて常に議論が行われ、地域毎に、あるいは地区毎に共通のイメージが形成されることである。地域の原イメージを象徴するものとはなにか、その地域にしかないものとは何か、その地域には要らないものは何か、等々議論すべきことは多い。
次に原則となるのは、身近かな問題から、できることからやるということである。議論ばかりでは進展しないし、景観というのは日々変化し、形成されるものである。清掃したり、花壇をつくったり、広告、看板を工夫したり、といったディテールの積み重ねが重要である。
建築行政としては、いいデザインを誘導することが第一であるが、地区モニター制度、景観相談、景観地区詳細提案など制度として検討すべきアイディアが色々ありそうである。
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