東京都心の一等地、伊東豊雄の事務所の隣にあった病院が再開発のために壊された。築40年、老朽化したとはいえ、いまだ十分使用に耐える建物が無残に打ち砕かれ、日ごとにがれきの山と化していく姿を見て、建築家の心は痛んだ。更地となった敷地には、やがて、高層住宅やオフィスビルが林立するであろう。これでいいのか。本書は、世界的に著名な建築家のごく素朴な自問から始まる。
建築家は、同じ敷地に架空のプロジェクトを立ち上げ、三人の新進気鋭の建築家を招集する。そして、一年にわたる濃密な議論の末に提案がまとめられた。それを評価する討論には、日本を代表する二人の建築家を招いた。この一年の議論の全過程を記録したドキュメントが本書である。
小著ではあるけれど、建築をめぐる最も知的で良質な議論がここにある。そして建築の原理と手法をめぐる真摯な思索と提案がある。
半世紀前、本書の若手と同じ年ごろの若い建築家たちが、先を争って次々に都市プロジェクト(「塔状都市」「海上都市」「垂直壁都市」…)を発表したのを思い出す。1960年代の日本は高度成長を続け、提案はさまざまに実現していった。その末が、われわれが現在目にする高層ビルの林立する風景である。架空のプロジェクトが目指すのは全く異なった都市の風景である。
若い建築家たちの提案は一見、かたちをもてあそんでいるように見える。しかし、追求されるのは全く新たな環境と建築との関係なのである。あらかじめ拒否されているのは、全体を経済原理によって一元的に決定するシステムである。「巨樹」のような建築、「山」のような建築、自然と共生する生命体のような建築が共通に目指されているように思える。
身近な環境を見つめなおすことで、日本の建築のあり方が大きく転換していく、そんな予感が本書にはある。問題は、しかし、その先にある。若い建築家たちのこの思考実験が数多くに共有され、具体的なプロジェクトに実際に生かされていくことを期待したい。(布野修司・滋賀県立大教授)
(INAX出版・2205円)
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