布野修司 共同通信 学芸=見聞録 連載全21回 2000年8月~2002年4月
熊本農業大学校学生寮 熊本県 設計 藤森照信+入江雅昭+柴田真秀+西山英夫共同体
全体は懐かしい木造校舎のようだ。工事の時の残土を積み上げた小さな丘の割れ目を抜けると、生木の皮を剥がしただけの木が5本、入口の庇を突き抜けて建っていて、不思議な雰囲気を醸し出している。手作りの雨樋が楽しげだ。仕上げ材料は基本的に木と土、布と縄である。照明器具など、随所に手作りの味がある。自然(生物)材料を徹底的に用いる、というのがこの建築の方針である。
設計者は建築探偵、藤森照信をチーフにする地元の建築家共同体だ。熊本アートポリス事業として藤森が選ばれ、この建築のために地域の精鋭が招待されたユニークな試みだ。自宅「タンポポ・ハウス」の設計で建築家としてデビューして以来、藤森の作品は数作になるが、自然材料を基本とするのは一貫している。
工業材料が溢れ、世界中が同じような建築物で埋め尽くされる中で、可能な限り生の素材を使おうという単純な主張は、素朴な共感を呼んでいるように思う。しかし、実際は大変である。生木は捻れ、割れ、容易に人の言うことを効かないのである。現場は悪戦苦闘である。普通の建築家であればクレームに耐えられないかもしれない。
しかし、出来上がった空間は絶妙だ。圧巻は食堂である。無骨な生木が林立して森のようだ。さすが当代の目利きの作品だと唸った。建築がうまくなるためにはとにかく建築を見てまわることである、とつくづく思う。
建物を上から見ると、インベーダーゲームのキャラクターのようで、異世界から舞い降りたかのようだ。建築の訓練は受けたといえ、藤森の本領は建築史であって、建築のプロから見れば素人である。この建築はおよそ洗練とか、熟練とかからは遠い。下手くそといってもいい。しかし、出来上がった空間には建築の原点に関わる迫力がある。素朴に建てよ、誰でも建築家であり得るのだ、そんな藤森の声が聞こえるような気がしてくる。
➊仮設住宅の創意工夫 台湾のまちづくり最前線 伝統文化の継承 見聞録01,共同通信,200007
❷循環型の社会へ一戸の住宅から 石井の家 見聞録02,共同通信,200008
❸出島の復元 日蘭交渉400年 まちづくりの世界史 見聞録03,共同通信,200009
❹緑再生の巨大な実験 傷つけて癒す・・・建築の本質 見聞録04,共同通信,200010
❺出雲大社は一六丈あったのか 巨大木造建築の伝統 見聞録05,共同通信,200011
❻空調を使わないビル エコ・オフィス 見聞録06,共同通信,200012
❼知られざるモニュメント 丹下健三の「動員学徒記念若人の広場」見聞録07,共同通信,200101
❽木匠塾の目指すもの ざらざら,ぼこぼこの素材感 見聞録08,共同通信,200102
❾笑う住宅 くねって,捻(ひね)って,捩(よじ)って 見聞録09,共同通信,200103
❿縄文の森を埋め込む 屋上緑化 壁面緑化 見聞録10,共同通信,200104
⓫自然素材の魅力 誰でも建築家になれる 建築探偵の佳作,見聞録11,共同通信,200105
⓬建築の保存再生 建物を大事に使う時代へ 無闇に壊すな,見聞録12,共同通信,200106
⓭骨太の建築 斜めの空間 新たな空間を生み出そうとする悪戦苦闘 デコン(破壊)派の傑作!?,見聞録13,共同通信,200107
⓮バブリーなハーグの建築,見聞録14,共同通信,200109
⓯メキシコ・シティの再開発 タワーめぐり一騒動勃発,見聞録15,共同通信,200110
⓰超高層の危険隠した20世紀の「設計思想」ー何故ビルは一瞬で崩壊したか,見聞録16,共同通信,200111
⓱コレクティブ・ハウスの行方 新しい共同住宅のあり方を求めて 使われない共用空間!?,見聞録17,共同通信,200112
⓲巨大な「箱」に多様空間 はこだて未来大学,見聞録18,共同通信,200201
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⓲土木デザインの新展開 都営大江戸線・飯田橋駅,見聞録19,共同通信,20020201
⓴古都にふさわしい建築とは 巨大マンション登場,見聞録20,共同通信,200203 11
㉑京都都心の惨状 林立するマンション 消えゆく町家 覆いがたい理念の分裂,見聞録21,共同通信,200204