布野修司 共同通信 学芸=見聞録 連載全21回 2000年8月~2002年4月
ムナラ・メシニアガ・ビル クアラルンプール郊外 建築家:ケン・ヤング
一風変わったビルだ。円筒形は珍しくないが、所々に窪みがある。よく見ると凹(へこ)んだ空間は螺旋状になっていて、空中に樹木が階段状に植わっている。低層部は半分芝生を植えた屋根で覆われ、屋上には模型飛行機のような形に鉄骨が組まれている。
ムナラ・メシニアガ・ビル。マレーシアの首都クアラルンプールの中央駅から西南へ二〇分ほど行った郊外にこのビルは建っている。建築家はケン・ヤング。ケンブリッジ大学で博士号をとった学者建築家である。一九九〇年代初頭に彼の名を一躍有名にしたのがこの一四階建てのオフィス・ビルだ。
一言で言えば、「空調を使わないビル」というのが思想である。いかに自然の風を取り入れるか、その工夫が螺旋状の通風階段である。屋根の鉄骨は輻射熱を防ぐ装置である。樹木や芝生は断熱効果を狙っている。理論的な裏付けをもった大胆な挑戦である。
二〇年ぶりに訪れたクアラルンプールは思わず絶句するほどの変わり様であった。新都心には、世界一の高さ(四五二メートル)を誇るペトロナス・ツイン・タワー(シーザ・ペリ設計、一九九八年)が聳える。そして、思い思いの形を競うようにビルがにょきにょきと建っている。そうした中で、ケン・ヤングのビルは群を抜いている。二七階建てのセントラル・プラザ(一九九六年)、二一階建てのムナラUMNOビル(一九九七年)も、風の通り抜ける外部空間を大胆に取り入れる同じ思想に基づくデザインだ。
高気密、高断熱というのが日本では常識である。しかし、空調を全く使わないとしたらどうか。ケン・ヤングのビルはひとつの方向を示している。圧倒的に人口が増え続ける熱帯地方で、クーラーが一般的になると大変なエネルギーが必要になる。しかし、それを指摘しながら、空調を使い続けるのは身勝手だ。日本でも地球環境時代に相応しい全く新たなビルが生み出されてしかるべきである。
➊仮設住宅の創意工夫 台湾のまちづくり最前線 伝統文化の継承 見聞録01,共同通信,200007
❷循環型の社会へ一戸の住宅から 石井の家 見聞録02,共同通信,200008
❸出島の復元 日蘭交渉400年 まちづくりの世界史 見聞録03,共同通信,200009
❹緑再生の巨大な実験 傷つけて癒す・・・建築の本質 見聞録04,共同通信,200010
❺出雲大社は一六丈あったのか 巨大木造建築の伝統 見聞録05,共同通信,200011
❻空調を使わないビル エコ・オフィス 見聞録06,共同通信,200012
❼知られざるモニュメント 丹下健三の「動員学徒記念若人の広場」見聞録07,共同通信,200101
❽木匠塾の目指すもの ざらざら,ぼこぼこの素材感 見聞録08,共同通信,200102
❾笑う住宅 くねって,捻(ひね)って,捩(よじ)って 見聞録09,共同通信,200103
❿縄文の森を埋め込む 屋上緑化 壁面緑化 見聞録10,共同通信,200104
⓫自然素材の魅力 誰でも建築家になれる 建築探偵の佳作,見聞録11,共同通信,200105
⓬建築の保存再生 建物を大事に使う時代へ 無闇に壊すな,見聞録12,共同通信,200106
⓭骨太の建築 斜めの空間 新たな空間を生み出そうとする悪戦苦闘 デコン(破壊)派の傑作!?,見聞録13,共同通信,200107
⓮バブリーなハーグの建築,見聞録14,共同通信,200109
⓯メキシコ・シティの再開発 タワーめぐり一騒動勃発,見聞録15,共同通信,200110
⓰超高層の危険隠した20世紀の「設計思想」ー何故ビルは一瞬で崩壊したか,見聞録16,共同通信,200111
⓱コレクティブ・ハウスの行方 新しい共同住宅のあり方を求めて 使われない共用空間!?,見聞録17,共同通信,200112
⓲巨大な「箱」に多様空間 はこだて未来大学,見聞録18,共同通信,200201
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⓲土木デザインの新展開 都営大江戸線・飯田橋駅,見聞録19,共同通信,20020201
⓴古都にふさわしい建築とは 巨大マンション登場,見聞録20,共同通信,200203 11
㉑京都都心の惨状 林立するマンション 消えゆく町家 覆いがたい理念の分裂,見聞録21,共同通信,200204
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