このブログを検索

2021年7月4日日曜日

装飾 京都大学東南アジア研究センター編:事典 東南アジア 風土・生態・環境,布野修司:住

京都大学東南アジア研究センター編:事典 東南アジア 風土・生態・環境,布野修司:住,弘文堂,1997 

 

 装飾

 

 近代建築の理念は装飾を排除することにおいて成り立つ。機能と装飾は分離され、装飾の価値は貶められてきた。ポストモダンの建築も、機能と装飾を分離した上で装飾の復権を主張するものでしかなかった。しかし、ヴァナキュラーな民家の世界では機能と装飾は密接に結びついたものであった。例えば、ミナンカバウの滑らかな屋根の曲線は竹という素材と端部の収まり、さらに煙出しといった機能との見事な結合である。様々な屋根飾りも屋根押さえや構造の合理的形態から発達してきたものである。

 

 交差角・・・千木

 東南アジアの建築について、繰り返し見られるのは、交差する角の形をした装飾的な妻飾りである。この妻飾りは、ブギスやマレーの例のように、垂木の延長として簡素に形造られることが多いのであるが、時には、入念に彫刻が施される。この妻面端部の装飾の名称は、多くの場合「角」という単語に由来している。

 東北インドのナガ族、タイ北部、スマトラのバタック族、また以前の中央スラウェシなどの場合、その角は水牛のものである。バタック・カロ、バタック・シマルングン、バタック・マンダイリングなどは棟に極めて具象的な水牛そのものの彫刻が置かれる。

 西フローレスのマンガライやロティ島、中央スラウェシのポソなどでは、鳥やナガ(東南アジアのコスモロジーにおける地下界を支配する神話上の海ヘビ 龍)の形に彫られる。また、マレー住居のシラン・グンティンのように開いたハサミの形に擬せられることもある。

 角のモチ-フとしての選択が、東南アジアの多くの社会で水牛が大変重要であることを反映していることは疑いの余地がない。水牛の角は戦いの際の主要な武器であることから、角の装飾は家を守る役目をシンボリックに果たしているのではないかという説がある。一般に富の基準は、水牛の所有数で代表され、水牛はしばしば儀式上で一番の捧げ物とされる。豊かな家ほど入念に角の装飾を施し、その装飾的要素は、地位や身分を、それとなく指し示す役割を果たしている。高貴な家柄の重要な建築物のみが、素晴らしく彫刻された装飾を持っているのが各地域で普通なのである。

 水牛が生け贄としての役割を果たす事によって、天上と下界を橋渡しするのだと言う説もある。死者は、天上界(又は、死後の世界)へ水牛に乗って行くと信じられているのである。

 日本では、宮殿と共に伊勢神宮、出雲大社といった神社のみが交差状の角、要するに千木の装飾を許されている。日本の千木や鰹木のルーツは、タイの山間部に求められるという説がある。果たしてどうか。

 

 船のシンボリズム

 妻の端部は、船の船首、船尾を象徴することもある。東南アジアの各地に点々と分布するロングハウスの棟の端部には大規模で勇壮な棟飾りがかっては施されていた。また、鞍型屋根そのものが船を象徴しているという説がある。

 フロクラーヘは、1936年に書かれた「東南アジアと南太平洋の巨石文化における船」のなかで、先端のとがった曲線屋根(切妻転び破風屋根)が実はインドネシア諸島にこの文化をもち込んだ人びとが乗ってきた舟を象徴しているという。彼はこの屋根の様式を「船型屋根」と呼んだ。その理由として、彼は夥しい事例を引用している。すなわち、住居や村落を船にたとえたり、住居や村落の各部の名称に船の用語を使用する、たとえば、村長や他の高位の人びとを「船長」や「舵手」などの称号で呼ぶこと、あるいは、死者の魂が舟に乗って来世へ旅立つと信じたり、また死体を、船型の棺あるいは「舟」という名の石の甕棺や墓にいれて埋葬するといった、インドネシア社会にみられる多くの事例である。

 その後、「マスト」を意味すると主張されている言葉はもともと単に「柱」の意味にすぎないというように、必ずしも船に関わる言葉とは限らないといった指摘がなされる。また、船のシンボリズムを欠く地域も当然ある。船のモチーフが、東南アジア各地に点々と見られるのは事実である。

 

 カーラ・マカラ装飾

 ヒンドゥー教を基層文化とする東南アジアにあっては、様々な神々の形象化を見ることができる。また、ヒンドゥー教の神格の描写に欠かせないのが、神々に随行する鳥獣の乗り物(ヴァーハナ)である。シヴァ神を運ぶ牛ナンディ、ドゥルガー神を運ぶ獅子や虎、ラクシュミー神の象、ヴァーハナは神々を運ぶ乗り物であると同時にその神々の個性のある面を象徴する。

  ヒンドゥー教の神々は様々に化身し、千変万化するのであって、人間と鳥獣を結合する形で表現されることも多い。象の頭をしたガネシャ、鳥の頭をしたガルーダ、ヒンドゥー美術には、夥しい数の、動物の頭をもった人間像、人間の頭をもった動物像で満ちている。

 アンコール・ワット、アンコール・トム、あるいはボロブドゥールやプランバナンなどの仏教、ヒンドゥー遺跡には、ヒンドゥーの神々の象徴や仏像を見ることができる。ラーマーヤナやマハーバーラタの物語がレリーフの形で描かれるのである。東南アジアのヒンドゥー・仏教建築の編年で注目されるのが、カーラ・マカラ装飾である。カーラ・マカラ装飾は、怪獣が口を大きく開けた形をとり、出入口に用いられる。マカラは怪魚あるいは鰐の形をしており、よく排水口に用いられる。また、ナーガ(蛇、龍)、シンガ(獅子)、ガルーダ、キンナラ(人首鳥身)、アプサラス(踊り子)なども頻繁に現れる。

 寺院と違って住居ではそう顕著ではないけれど、バタック・トバの住居や倉の梁の端部はシンガの形に装飾されている。バリ島の住居の場合、随所にヒンドゥーのモチーフを見ることができる。チャンディ・ブンタール(割れ門)には、カーラ・マカラ装飾が用いられるし、棟木を支える部材にガルーダの彫刻が施されたりする。また、柱を柱頭、柱身、柱脚の三つに分けて装飾するのは一般的である。

  

  水の神 ナーガ

  中でも、ナーガの象徴としての装飾は、東南アジア一体で見ることができる。ナーガとは、サンスクリットで蛇のことだ。中国に渡って龍となる。水の神、水の象徴とされるのがナーガである。

 ナーガは、ヒンドゥー教の様々な神話や物語の中で極めて象徴的に扱われる。とぐろを巻いてヴィシュヌ神を護持する役割もそのひとつである。また、宇宙の創生神話の乳界撹拌にも登場する。ナーガを引いて乳界撹拌を行っている場面をものの見事に造形化したのが、アンコールの遺跡群に見られる橋の欄干である。また、コブラの形の形象は至る所に見ることができる。手摺や門、塀などに、くねくねとうねった形は収まりやすい。バリ島のウンプル・ウンプル、あるいはタイのトゥン・チャイ、しなる竹と布をつかった幡もナーガを象徴しているとされる。

 船の舳先にナーガはよく用いられる。水の神の象徴だから最も相応しい。船のシンボリズムとナーガは不可分である。また、屋根の破風、棟の端部にナーガが用いられることも多い。火避けの意味あいもある。また、端部の処理にナーガの曲線が造形化しやすいのである。

 

 ヤモリ

 バタック・カロの住居にはヤモリが描かれる。水牛が目立つのであるが、よくみるといろんなパターンが描かれている。屋根の破風面の煙出しが竹をカラフルに編んでつくられるが、その下部に板を縄で編むようにヤモリがパターン化されているのである。抽象化され、幾何学的だ。また、壁にも同じ紋様が見られる。もちろん、パターン化されるとは限らない。バタック・トバの倉に極めて具象的にヤモリが描かれているのを見たことがある。ヤモリは、まさに「家守」ということではないか。

 魚が描かれる場合もある。台湾の蘭嶼島のヤミ族の住居がそうだ。ニアスの住居にも魚を始め鰐や猿が彫刻されている。動植物のモチーフは各地に見られる。

 トーテミズムの世界では様々な動植物がトーテムとされる。住居や倉が様々な動植物で飾られるのである。



0 件のコメント:

コメントを投稿