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2021年7月3日土曜日

家畜小屋 京都大学東南アジア研究センター編:事典 東南アジア 風土・生態・環境,布野修司:住

 京都大学東南アジア研究センター編:事典 東南アジア 風土・生態・環境,布野修司:住,弘文堂,1997



 家畜小屋

 

 





 家畜とは、野生状態から、何らかの形で人間の管理下におかれた動物をいう。従って、家畜小屋のような装置は、家畜の発生と同時にさまざまな形で造られてきたといっていい。もっとも、放牧の形態のように小屋の形態をとるとは限らない。野生状態でいるものをその都度捕獲し馴致する例も少なくない。家畜の種類によって、管理の度合いも異なっている。イヌやネコの家畜化はかなり古いとされるが、生業のための家畜と比べると、交尾生殖の管理の度合いは低い。ニワトリやブタも野生の種と交配し、野生化する場合がある。

 東南アジアあるいはオセアニアの場合、家畜管理の度合いは低いとされる。従って、家畜小屋というのは数多く見られるわけではない。住居周辺で共生する形態、具体的に高床式住居の床下空間を家畜の空間とする例が一般的である。

 東南アジアの家畜・家禽の主要なものは、水牛、牛、馬、山羊、羊、豚、犬、鶏、家鴨である。タイの山間部では象が材木等の運搬の役畜とされている(トル●家畜とは、犬が狼から、牛がオーロックスから、豚が猪から、山羊が野生山羊から、羊が野生山羊から馴化されたように、野生動物から遺伝的に改良した動物を家畜といい、象は通常家畜には含められない)。農用動物としての家畜は乳、肉、卵、毛、皮革、毛皮、羽毛などの畜産物を生産する用畜と労働力として利用する役畜に分けられる。人々の生活にとっていずれも欠かすことのできないものであり、家畜・家禽と共に住むのが今でも東南アジアの農村部の基本的な生活スタイルである。

 地域によって、すなわち、農耕の形態によって、家畜の種類や役割は異なっている。大雑把に言えば、ジャワ・バリまでが米と水牛、牛の世界であり、ロンボク以東が芋と豚の世界である。また、水稲稲作圏と焼畑陸稲耕作圏、雑穀圏では同じ水牛でも役割が異なるのである。さらに、重要視される家畜の種類は宗教的な背景によっても異なる。豚を忌むイスラーム圏では供儀に用いられるのは山羊である。

 

 水牛

 東南アジアにおける家畜・家禽と言えばまず水牛である。稲作のための役畜として欠かせないもので、極めて重要で神聖視される。東南アジアの各地で、水牛の角や頭部の形態がは様々な形でシンボルとして用いられていることがその特別の位置を示していよう。

 アジアスイギュウは紀元前30002500年ころインド北部高原で家畜化されたといわれる。沼沢水牛と河川水牛の二つにグループに分かれ、東南アジアで飼われるのは沼沢水牛である。半水生の動物である。高温多湿の環境を好み、熱帯作業の水田作業に適している。

 水田耕作のためには一般には犂を引かせる。犂には様々な形態があるがインド犂と中国犂の2系列あって、インド犂の系列に連なるマレー犂のタイプは2頭で、中国犂の系列は1頭で引かせる。マレー犂は犂底が短く、犂身と犂底の角度は鋭角である。中国犂は犂底が長く、屈曲して前方に伸びる犂くびきが特徴的である。

 犂を用いず、水牛を水田に追い込んで蹄で田踏みさせる蹄耕を行う地域がマレー半島、スマトラ、ボルネオ、スラウェシ、チモール、ルソン島の低湿地である。この場合は、通常は半野生状態で放牧されており、個々の屋敷地に家畜小屋は必ずしも必要とされない。スラウェシのトラジャのように供儀のためのウエイトが極めて大きい地域もある。水牛の所有が社会的なステイタスの表現になり、地域の政治、経済にとって水牛は大きなウエイトをもつのである。

 

 床下の世界

 家畜は育成期間は放牧されることが多い。牛、馬、羊、山羊などは草食性であり、牧草地へ放牧して飼育するのが自然である。しかし、管理のためには畜舎、家畜小屋がつくられる。

 家畜小屋の形態は様々であるが、東南アジアで最も典型的なのは高床住居の床下の空間を家畜のための空間として利用するものであろう。例えば、バタック・トバの床下の基礎構造は、貫を使って丁度柵のようになっている。そこに入口を設けて豚や鶏を飼う。建築構造的には必ずしも多くの貫は必要ないから、家畜小屋として使うというのは当初からの概念といっていいだろう。水牛も床下に飼われる場合が多かった。トラジャの場合もそうである。床柱と床梁あるいは貫が組み合わされた基礎部分の構造が、床下に強固で便利な囲いを創り出し、動物が夜でも安全に過ごすことができるようにするのは実に合理的である。

 オランダ人は、床下の空間で水牛を飼うのをやめさせる。平和な状態になってそのような安全対策の必要はなくなったということもあるけれど、飼っている牛の上で暮らすことはヨーロッパの農民の知らない習慣であり耐えられなかったのである。

 東南アジアの高床式住居の屋根裏、高床、床下という三層の構造は、しばしば、三界観念と結びついている。すなわち、屋根裏を天上界、高床の生活レヴェルを地上界、床下を地下界とみなすのである。天上界には家宝や穀物が納められる。天上裏は稲の神が住む場所である。

 そして、床下の地下界は家畜の世界である。床上から残飯などが床下に捨てられ、それを家畜が餌にする、そういう形がかっては一般的に見られた家畜小屋の形態である。

 

 豚便所

 済州島の民家は、基本的には分棟型である。屋敷地の中に、母屋、釜屋などいくつかの建物が配置される。中でも面白いのが、家畜小屋である。家畜小屋といっても小屋が建てられることはほとんどない。済州島特有の火山岩を積んで囲いがつくられるだけである。興味深いのは、そこがトイレと兼用になっていることである。トイレ兼家畜小屋である。便座が置かれ、その上だけ小屋掛けされるものもある。

 尾篭ではあるが、人糞を家畜、特に豚が処理するパターンはかなり一般的である。先の高床の場合も、上の便所から床下に落とすのがかっては一般的であった。こうしたリサイクルは実に合理的なシステムだったのである。

 済州島の豚便所は豚と人間との共生の関係を示している。便座の脇には必ず棒が置いてある。女性の場合、舐めてくれるというのであるが、男性の場合、食いつかれないように追い払わねばならないからである。

 床下の家畜小屋の場合も高床の上から用が足され、下で豚が待ち受けていたのである。

 

 家畜との共生

 ムカデや蠍が自由に這いまわり、蟻は人の上を横切って道をつくるし、ゴキブリが飛びまわっても放っておかれる。現代人には耐えられないことである。鶏は家の中に巣をつくるし、豚は村中を自由にあさってまわる。家畜に自由が与えられているのはヨーロッパ人の目から見て我慢ならないことであった。ヨーロッパ人たちが推奨したのは家畜と人間を分離し、床下を解放することであった。しかし、東南アジア世界においては家畜とともに住むのは実に自然のことであった。

 床下の空間は、人間の糞便やあらゆる廃物の溜まり場であり、同時にイヌやブタや子どもたちの空間である。衛生観念が異なる、あるいは無い、と言えばそれまでであるが、全く異なった世界観にヨーロッパ人たちは向き合ったことになる。家畜の世界と人間の世界の分離こそ、実は、家畜小屋の成立に関わっているといえるかもしれない。家畜と共生する東南アジアの生活世界は、しかし一方、家畜小屋の成立によって維持され続けているともいえるかもしれない。

 

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