布野修司ー201504ー活動記録-201908ー 布野修司古希の会、2019年7月27日
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2026年1月10日土曜日
2026年1月9日金曜日
環境・建築デザイン専攻のこの一年、2008年
環境・建築デザイン専攻のこの一年、2008年
環境建築デザイン学科のこの一年
布野修司
環境建築デザイン学科・学科長
人事としては、山本直彦講師の後任として、ヒメネス・ベルデホ・ホアン・ラモンJimenez Verdejo Juan Ramon講師が4月1日付で着任されました。ホアン先生は、スペインのセヴィージャ大学大学院を終了し、日本に留学、神戸芸術工科大学大学院芸術学研究科で博士(芸術工学)を取得されました。設計をこよなく愛し、日本でも設計活動を行って来られました。その指導は土曜日曜も厭わず、実に熱心で、学生たちに大きな風を吹き込んで頂いています。一方、スペインの植民都市に関する研究を精力的に進められており、その成果も大いに期待されます。
2008年も、学生たちの活躍が続いた年でした。日本建築学会が開催した技術部門設計競技「公共建築の再構成と更新のための計画技術」(9月19日)では、大学院の高橋渓・小川哲史・4回生中村嘉裕君のチームがプロを相手に佳作入賞、アーキニアリングデザイン展コンテスト「未来へつなぐ~身近な材料でつくる未知なる空間や造形~」(10月19日)で、2回生の石黒 浩兵・田中 正紘・中田哲寛・長澤 優作君が「優秀賞(準優勝)」を、澤
修平・高田 和希・竹川 浩平君が「佳作」を受賞しました。一次審査を通過したのは、日本大学(2作品)、慶応義塾大学、東京藝術大学、横浜国立大学、武蔵工業大学、滋賀県立大学(2作品)です。審査員は 斎藤公男(学会長)、遠藤秀平、宮本佳明、曽我部昌史、西沢平良、藤本壮介、石上純也、福島加津也、冨永祥子、加藤詞史、佐藤淳、金田充弘、という錚々たるメンバーで、陶器浩一教授がが司会進行をつとめました。また、11月22日に開催された、信長建立の安土城摠見寺再建コンペでは、全国10大学の強豪を破って、大学院の川井操君チームが最優秀賞、高橋俊也君のチームが佳作を獲得しました。その他・・・
学生たちの自主的活動組織」である「談話室」の活動では、ことしも西沢立衛(5月18日)、芦沢竜一(7月30日)、飯田善彦(11月6日)と一線の建築家を招いて活発な議論が展開されました。また、昨年度の活動をまとめた『雑口罵乱』第二号「思想・職能」が出版されました。
昨年からA-Cupという全国規模の建築系のサッカー大会に本格的参加し、幅広い交流関係を構築しつつあることは昨年も報告しましたが、なんと今年はいきなり準優勝ということで、コルビュジェ杯を獲得しました。
教員の方も学生たちにまけていません。松岡教授、陶器教授がそれぞれ建築学会の最高の賞である学会賞(業績賞、技術賞)を受賞されました。また、富島准教授は、建築史学会賞を受賞されました。それぞれの詳細な業績内容は他に譲ることとしますが、小規模な建築系学科でこれほどの受賞が相次ぐことは他に例のない快挙と言っていい誇りです。10月21日には盛大な受賞パーティを開催しました。その直後、柴田教授が副理事長を務めるNPO法人が築250年の彦根の街の駅「寺子屋力石」の木造伝統構法による耐震改修で「第2回日本耐震グランプリ・内閣総理大臣賞」を受賞されました。内外に滋賀県大パワーを示した年になりました。
そうした評判を聞きつけてか、天下の安藤忠雄先生が大講演会を自ら望んで開催してくれました。題して「若者たちに言いたいことがあるー地域を元気にー」。建築の学生だけではもったいないと全学の学生一般にも公開、大盛況でした。また、秋には、重村力先生(神戸大学教授)にも来ていただいた(環境科学セミナー、11月25日)。
学科独立に伴う国土交通省の建築士資格の継続については問題なくパスしましたが、建築士法改正に伴う受験資格の科目認定への変更に伴い、続いてカリキュラムの検討を余儀なくされました。必修科目の取り扱いに多少苦労しましたが、2009年4月からのスタートを無事きることができます。
独立法人(公立大学法人)化がスタートして3年、奥貫学部長を中心に、次のステップへの展開が始まります。環境共生社会システムセンター(CSES)も立ち上がりました。環境建築デザイン学科は、主として都市研究部門を担当することになります。文部科学省の「地域再生人材創出拠点の形成」プログラム(科学技術振興調整費)も中間評価を得て、次のステップに進みます。
大変な金融恐慌で学生たちの未来が気になります。しかし、どんな時代であれ、環境建築デザインという分野が魅力的な社会にとって不可欠な分野であることに変わりはありません。確固たるな努力を続けていきたいと考えています。
2026年1月8日木曜日
環境・建築デザイン専攻のこの一年、2007年
環境・建築デザイン専攻のこの一年、2007年
環境・建築デザイン専攻のこの一年
布野修司
環境・建築デザイン専攻・専攻主任
2007年は、学生たちの活躍が続いた年でした。石野啓太君(4回生)「マチニワ」が日本建築家協会東海支部設計競技で金賞を受賞、日本建築学会Student Summer Seminar 2007で、奥田早恵さん(4回生)「hanasaku」が優秀賞、牧川雄介君(3回生)「しえる」が遠藤精一・福島加津也賞、橋本知佳さん(3回生)「木漏日」が小西泰孝・福島加津也賞を受賞しました。さらに日本文化デザイン会議(神戸大会)の設計競技「日本、一部、沈没」で、岡崎まり、仲濱春洋、中貴志(以上M1)、中村喜裕(4回生)のチームの「Parasitic Town」が最終8作品に残り、さらに公開審査に臨んだ結果、堂々の優秀賞(準優賞)を獲得しました。
学生たちの自主的活動組織」である「談話室」の活動では、山本理顕(5月18日)、馬場正尊(7月12日)、佐藤淳(12月11日)、中村好文(12月14日)と一線の建築家を招いて活発な議論が展開されました。また、昨年度の活動をまとめた『雑口罵乱』創刊号「環境・地域性」が出版されました。滋賀県立大学の「環境建築デザイン学科」の活動を広く社会に発信していく雑誌として、また、上下をつなぐメディアとして育って欲しいと思います。今年からA-Cupという全国規模の建築系のサッカー大会に本格的参加(6月)、幅広い交流関係を構築しつつあります。
人事としては、山本直彦講師が奈良女子大学准教授として4月1日付で転任になられました。2年という短い赴任でしたが、諸般の事情から送り出すことになりました。今後の活躍を期待したいと思います。入れ替わる形ですが、陶器教授の昇任に伴う准教授として高田豊文(三重大助教授)が着任されました。虎姫高校の出身で、願ってもない人材として、故郷での大いに期待したいと思います。最適設計の構造力学の理論派でありながら、フラードームを手作りでつくる演習など建築構造教育に積極的な素晴らしい先生です。地域防災についても三重県での実績を踏まえて滋賀県での活躍が楽しみです。
開学以来13年目を迎えた「環境・建築デザイン専攻」は、2008年4月から「環境建築デザイン学科」として独立することになります。2007年の前半は、文部科学省への届け出、また、国土交通省の建築士資格の継続申請で追われることになりました。
「耐震偽装問題」以降、建築界は大揺れです。大学もそうした趨勢と無縁ではありません。建築士法改正で、受験資格について大きな変化が起こりつつあります。日本建築学会あげておおわらわですが、国土交通省の改編の動きは、事態の改善には逆行と言わざるを得ません。国土交通省の住宅局の建築指導課と直接議論しつつありますが、事態は容易ではない状況にあります。とりわけ、建築士の受験資格、大学院の実務実績の問題は大学にとって深刻です。しかし、滋賀県立大学の環境建築デザイン教育は揺るぎないものとして、確固として進んでいきたいと考えています。
独立法人(公立大学法人)化がスタートして2年目、様々な問題を抱えながらも、新たな模索が続いています。ひとつの柱は地域貢献です。文部科学省の「地域再生人材創出拠点の形成」プログラム(科学技術振興調整費)は軌道に乗りました。奥貫隆教授を中心とするその試みは、次のステップをにらんだ動きが必要となりつつあります。「霞が関」の方針に翻弄される研究教育プログラムですが、「近江楽座」(現代GP)から「近江環人(コミュニティ・アーキテクト)」地域再生学座に至る歩みは、確実に滋賀県立大学の主軸に位置づけられていると思います。奥貫先生が次期環境科学部長に選出されたのは、大きな流れだと思います。
もうひとつ環境科学の研究ベースの柱が期待されます。環境建築デザイン学科としても、環境科学部としての先進的な研究プロジェクトを目指したいと思います。「環境建築」の具体的なモデルを具体化することは大きな課題となっています。松岡拓公雄教授を中心とする学生たちを含んだ設計チームは精力的に工学部新館の実施計画にとり組んでいます。
「大学全入時代を迎え、また、昨今の「建設不信」の風潮の中、環境・建築デザイン専攻の応募者の減少が心配されます。充実した教育研究を展開することが基本ですが、対外的なアピール、高大連携など考慮する必要があります。議論を進めていかなければと考えております。」と昨年書きました。事態は変わりません。環境建築デザインの分野は、しかし、これからますます必要とされる実に魅力的な分野であることに変わりはありません。確実な努力を続けていきたいと考えています。
2026年1月7日水曜日
第9回 アジアの建築交流シンポジウム(The 9th International Symposium on Architectural Interchanges in Asia(ISAIA)) 韓国・光州大会 報告「アジア建築学会へ」,建築雑誌,201301
第9回 アジアの建築交流シンポジウム(The 9th International Symposium on Architectural Interchanges in Asia(ISAIA)) 韓国・光州大会 報告「アジア建築学会へ」,建築雑誌,201301
第9回 アジアの建築交流シンポジウム(The 9th International
Symposium on Architectural Interchanges in Asia(ISAIA)) 韓国・光州大会 報告
アジア建築学会へ
10月22日~25日、韓国・光州において、第9回アジアの建築交流シンポジウム(ISAIA)が開催(金大中コンヴェンションセンター)され、和田会長とともに実行委員のひとりとして参加してきた。日本建築学会の100周年を記念して、日本建築学会の提案によって第一回ISAIAが日本(福岡、京都、東京)で開催(1986年9月)されて26年、隔年定期開催となった第2回(神戸、1998年9月)からは14年となる。この間一貫してアジアをフィールドとしてきた筆者は、第3回(済州島、2000年2月)を除いて、全て出席してきた。この間のISAIAの歴史を振り返りながら、第9回ISAIAについて報告したい。
今回の大会テーマは「建築技術の前進Technological Advancements in Architecture」。第2回以降のテーマを並べてみると、「21世紀のアジア建築」(第2回、神戸、1998年)、「新世紀に向けてのアジア建築の挑戦と役割」(第3回、済州島、2000年)、「建築資源と近代技術」(第4回、重慶、2002年)、「地球環境とアジア建築の多様性」(第5回、松江、2004年)、「A+T:アジア建築の新しい価値」(第6回、大邱、2006年)、「都市再開発と建築創造」(第7回、北京、2008年)、「アジアの見方 未来への秩序と知恵」(第8回、北九州、2010年)となる。それぞれに時代を映してきたように思う。第5回松江大会では実行委員長を務めた。第6回では、「地域固有の価値に根差した建築を目指して:アジア都市計画研究のパラダイムについてTowards
an Architecture based on Vernacular Values in the Regions: On Paradigm of Asian
Studies for Architecture and Urban Planning,」と題して基調講演を行わせていただいた。
今回の3人の基調講演を聞いても、まず思うのは時代の流れである。「建築技術の前進」と訳したが、かつての底抜けの技術への信頼をもとにした技術の進歩、技術革新といったニュアンスは受けなかった。特に、中国建築学会を代表して講演した、弱冠40歳を超えたばかりの中国建築界のホープと目されるチャン・リーZhang Li(精華大学教授)による「柔らかな持続性Soft Technology」には新しい中国建築の方向性を見た気がした。彼のプレゼンテーションは、大学キャンパス内に建てられた外国人建築家によるいわゆるエコ・ビルディングを痛烈に批判することによって開始されたのである。若くして巨大なプロジェクトを任されてきたその仕事に中国社会の底力を感じるが、ほんの少し前までの浮ついたバブリー建築の時代は確実に過ぎ去りつつある。チャン・リーの作品は決して洗練されてはいないが、地域文化と技術との融合を目指しているように思えた。韓国のキム・インチョルIn-Cheurl Kim氏による「開かれた空間The Space Open」も、新技術の展開というより、一つ一つの作品の中に新たな技術の在り方を突き詰めようとする地に足のついた積み重ねを強調しているように思えた。そうした意味では、小堀徹氏(日本設計)の「東京スカイツリー:世界最高構築物への挑戦」はいささか素直すぎたかもしれない。ただ、そのアプローチの技術的積み重ねについての丁寧な説明は二人に共通するところがあり多くの聴衆の共感を得たように思う。
初日は基調講演に続く4分野に分かれてのパネル・ディスカッション(「建築デザインにおける技術」「建設工学におけるITと自動化」「ゼロ・エネルギー建築」「次世代新構造システム」)が行われた。2日目は研究発表が行われた。今回の発表題数は全部で283題、うち日本からの発表台数は167題、日中韓の参加国では最も参加者が多かった。ポスター・セッションは44題のうち、日本から11題の発表があった。いくつかの部屋を覗いたが、いずれも熱心に質疑が行われていた。英語の不得手な発表者が懸命にコミュニケーションを図ろうとする姿には、毎回感じることではあるがISAIAという場の大きな意義を確認することになった。
中国を代表して基調講演を行ったチャン・リー氏は研究発表でもモデレーターを務めるなど大活躍であったが、実に英語がうまい。原稿など用意せず、壇上を右に左に移動しながらのまるでスティーブ・ジョブズさながらの基調講演は圧巻であった。どこで勉強したんだと、いうと、留学経験はなく、中国のインターナショナル・スクールで英語を取得したのだという。今はアメリカの大学でも教鞭をとる。そのチャン・リーが、自分の担当したセッションの日本人発表者の発表をしきりにほめる。英語は問題ではない、研究の水準が問題なのだ、というのである。今のところ、日本建築学会が一歩先んじているのは確かにそうかもしれないが、うかうかしていると日本が取り残される日が来ないとも、限らない。
第一日目(23日)には恒例のISAIA実行委員会が開かれた。第一の議題は、2016年の第10回中国大会のテーマ、開催場所、開催次期である。尖閣問題があり、中国開催について若干危惧していたのであるが、中国から特段の発言はなく、中国開催は当然のスケジュールとして議事は進行した。開催についてはホスト国が決定権をもつのが慣例である。最終決定は中国建築学会に委ねられたが、2016年中国東沿岸部(烟台、青島・・・など)、5~6月開催というおよその合意がなされた。テーマは未定であるが、中国では地方における開発と保存の問題が大きな問題になっているという発言があったのが記憶に残っている。
今回の実行委員会で大きかったのは大韓建築学会からABERRAA(Architectural and Building Engineering
Research Association in Asia)なる日中韓のISAIAをアジアに拡大する提案がなされたことである。ABERRAAという名称はともかく、アジアの建築交流を日中韓から広くアジアに拡大することはこれまで建築学会で議論してきており、今回の日本代表団でも話していたところだったから今回の提案はウエルカムであった。そもそも第1回は広くアジアにデレゲーションを出して開催したのである。国際委員会を副会長直属の形に新たに位置づけ直したばかりでもあり、「アジア建築学会」の設立は日本建築学会の国際化に向けての大きな柱になる。
2年に一度集まるだけでなく、恒常的な組織にしていく、さらにアジア全体に拡大していくという提案は、具体的には、①ISAIAの継続拡大を軸に、②JAABEとの連携をベースとし、2年に一度に限定せず、③その時々の共通の課題についてのフォーラム、シンポジウムを開催する。まず、④アジアの都市建築研究のデータ・ベースを構築し、⑤共同研究を展開する、というものである。
いずれも異議なしである。中国建築学会は持ち帰るということであったが、連絡をとりあって構想を煮詰めることとなった。ISAIA20周年となる2016年の第10回中国大会は、第二期ISAIAの出発点となる。
韓国は随分歩いてきたのであるが、光州周辺は初めてであった。最終日のカルチュラル・ツアーに参加して、初秋の光州を楽しんだ。筆巌書院、瀟灑園、楽安邑城、仙巌寺、いずれも一級の文化遺産である。とりわけ観光地化しているとは言え、住民の生活を維持しながらかつての姿を維持する楽安邑城が印象的であった。こうしたツアーもISAIAの楽しみである。
布野修司(本会副会長、国際委員会委員長、滋賀県立大学)
布野修司 履歴 2025年1月1日
布野修司 20241101 履歴 住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14 1949 年 8 月 10 日 島根県出雲市知井宮生まれ 学歴 196...
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