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2024年1月5日金曜日

ポスト・モダニズム建築批判の不遜,KB Freeway,『建築文化』,彰国社,198312

 ポスト・モダニズム批判の不遜

 

  七〇年代の近代建築批判の多様な試みの一切を無化しようとする、いわゆる「ポスト・モダニズム」建築批判の顕在化があって、この一年もまた建築ジャーナリズムは、「ポスト・モダニズム」建築をめぐる議論を軸として展開してきたように見える。しかし、それが極めて皮相なレヴェルから一向に深化されようとしないのも相変わらずである。見るところ、深化されるべき議論の種は随所にあるけれど、単に言葉だけ、それも手垢にまみれた言葉だけにおいて議論が空回りしているところに建築ジャーナリズムのより一層の衰弱がある。そして、その衰弱の大きな原因は、むしろ「ポスト・モダニズム」批判を展開する側の批判の水準にまずあると言い切っておこう。

  「ポスト・モダニズム」建築をめぐる議論として、とりあえず管見する範囲でいくつか挙げてみよう。まず、松葉一清の『近代主義を超えてー現代建築の動向』*[i]がある。いささか大仰なタイトルではあるが、そのものずばり、建築におけるポスト・モダニズムとモダニズムの相克をとらえながら、建築デザインの現況をジャーナリストの眼でバランスよく浮き彫りにしている。表現の幅を拡大することを基調に、双方を相対化し、それぞれへの批判、ことに、モダニズムの側のポスト・モダニズム的表現の曖昧な取り入れへの批判を含んでいるのが大きな特徴である。一般ジャーナリズムといえば、ニュー・ジャーナリズムの旗手、トム・ウルフによる『バウハウスからマイホームまで』*[ii]が邦訳化された。徹底した近代建築批判の書であり、また「ポスト・モダニズム」建築批判の書でもある。建築家による住宅(近代住宅)に対して「われらの家」(アワー・ハウス)を対置するトム・ウルフの議論の平面は、「ポスト・モダニズム」議論がどうしようもなく建築家集団あるいは建築ジャーナリズムのパラダイム(方言)の内に閉じている日本においては考慮されるべきであろう。

  「ポスト・モダニズム」という概念(というより標語)をめぐっては、それをどう規定するかの問題は依然として残っている。それを批判する側がむしろ意図的に、個々の差異を認めない曖昧な全体概念として用いているからである。しかし、一方、「ポスト・モダニズム」の概念規定の問題は、近代建築そのものについてのとらえ直しを要求する。「近代建築をどう理解するか」*[iii]といった議論がそうである。欧米においては、近代建築の歴史をとらえ直す著作の出版が相次いでいる。日本においても同様の作業は続けられているといわねばならないが、必ずしもその成果は上がっていない。それ自体、日本の近代建築の歴史が薄っぺらである一つの証左であるともいえようが、ここでも一つの問題は、建築におけるモダニズムの立場を再確認する立場からの作業が希薄であることである。近代建築の精神なり理念を疑うことなく前提とし、歴史や現実の厚みを内に省みることなく、感覚的な「ポスト・モダニズム」への反発のみが現れていることである。

  「ポスト・モダニズム」建築をめぐる議論と密接にかかわりながら展開されようとしたのが、いわゆる「健康建築論争」である。建築における「健康」という概念をめぐるこの論争は、「ポスト・モダニズム」建築=「不健康」という極めて単純で素朴な決めつけを出発とするものであったが、上空飛翔的な議論に陥りがちな「ポスト・モダニズム」論議を建築家の日常における問題へ引きおろす契機をもつものであったといっていい。事実、論争の軸となった内井昭蔵*[iv]と石山修武*[v]の間の論争にとどまらず、伊東豊雄*[vi]、宮脇檀*[vii]、本多昭一*[viii]、小玉祐一郎*[ix]等を含んだ論争へと広がりを見せようとした。ここで議論の広がりを確認する余裕はないのであるが、基本にあるのは、「健康」という概念が近代建築の精神や理念と密接不可分であり、一方がその概念とそれを支える社会のあり方、ひいては近代建築と建築家そのもののあり方を根底的に問おうとするのに対して、一方は「健康」という概念なり、「健康」な建築をつくる建築家の理念をアプリオリに前提とし、それと現実との落差を問おうとするという構図である。後者の立場は、いうまでもなくオーソドックスな近代建築家のそれであり、そのある種の啓蒙主義なり素朴な市民社会への信頼が疑われようとしない限り、あるいは歴史的な評価を限界を含めて行おうとしない限り、議論はすれ違うことになる。前者の立場にとっては、近代建築家のスタイルについてはすでにあまりにも懐疑的であり、内省のない理念や精神の再確認のみであるとすればアナクロでしかないのである。また、無批判な現実肯定を招くとしか思えないのも確かである。

  内井昭蔵がその「健康建築論」を補足しながら、必ずしもその論が安易な現実肯定ではなく、産業社会のパラダイムそのものの批判をこそ課題とすることを明らかにするとき*[x]0、議論は一つのベースを与えられたといるかもしれない。しかし、CADやTQC、あるいは管理社会の画一化に対置するのが、「健康」であり「個性」であり「イマジネーション」のみであるとすれば、あまりに無防備であり無力であるといるであろう。それはすでにいわれ続けてきたことであり、そのレヴェルにとどまる限り、その限界はすでに明らかであるからである。

  個々の作品をめぐっては、それぞれに議論することがあろう。そこでも「ポスト・モダニズム」論議が大きな影を落としている。例えば、磯崎新の「つくばセンタービル」をはじめとする一連の活動の位置づけは、一つの焦点であり続けているといってよい*[xi]1。建築を自閉的な形態や装飾の遊戯へ追い込み、社会や都市とのコンテクストを見失っているという批判が「ポスト・モダニズム」建築に向けられている以上、都市や社会のかかわりにおいて「ポスト・モダニズム」をどうとらえ直すことができるかは大きな問題であろう。ここでむしろ出発点は、近代都市なり都市計画への批判であり、可能性は「ポスト・モダニズム」の側が握っているといってもいいはずである。

  「ポスト・モダニズム」建築をめぐる問いを、建築における産業社会パラダイム批判の問題としてとらえるならば、さまざまな問題がさまざまな形で指摘されつつある。しかし、そうしたさまざまな問題を掘り下げる視点をほとんど暴力的に根こそぎにしてしまいかねないのが、丹下・篠原対談「ポスト・モダニズムに出口はあるか」*[xii]2に見られる「ポスト・モダニズム」への皮相な理解である。

  丹下健三*[xiii]3は、ときどき来る若い人によくいうのだという。「あなた、あんまりポスト・モダニズムにコミットしすぎちゃいけませんよ。入口は狭いので一回入ったら出てこれませんよ。かと言ってポスト・モダニズムの行く先には何もないんだ、入ってみたら何もないんだ、だけども出てこれませんよ」と。「フィリップ・ジョンソン*[xiv]4みたいに、ときどき冗談みたいにやっては、片一方ではちゃんと普通のものをやっていく、そのようにレッテルを貼られないようなやり方でやらないと行き詰まってしまうかも知れませんよ」という話もよくするのだという。若い人によく話して聞かせるという、このささやきに似た恫喝は一体何を意味するのか。「入ってしまうと出られなくなる」というのは、どういうことなのか。入ってみもしないのに入ってみたら何もないことがどうしてわかるのかと半畳の一つも入れてみたくもなるのであるが、冗談ではできて、一方でちゃんと普通の仕事をしていればよいというのはどういうことか。冗談ならコミットは、出たり入ったりは自由であるようなものの言い方ではないか。篠原一男も口調を合わせるようにいう。「ポスト・モダニズム」は幕間劇としてあってもいい、僕は参加しませんけど、と。一体、ポスト・モダニズムは、参加したり、しなかったり自由自在なものなのか。

  ここで、とても手軽に語られる「ポスト・モダニズム」とは一体何なのか。また、それと区別される普通の仕事とは何か。「ポスト・モダニズム」の作品にもよいものがあるとか、それは何ですか、などということになると、出口がないとか、行く先には何もないとかいうのがどういう意味なのかさっぱりわからなくなる。所詮、こうしたレヴェルで「ポスト・モダニズム」論議がなされるとすれば馬鹿みたいなものである。あるのは、建築ジャーナリズム内的政治だけである。

  もちろん、「ポスト・モダニズム」をさかなにした対談の言葉尻をとらえてもはじまらないことである。丹下健三のいわんとするところは、その対談を通じて浮かび上がっているはずである。要するに、もう少し現実を見よということである。産業社会、情報社会の代弁者であり表現者であることに、建築家の使命が一貫してあるという主張である。日本の近代建築を主導してきた丹下健三らしい状況認識であり、一貫する立場を表明するものといるかもしれない。しかし、問題はその先にある。そもそも、この間の「ポスト・モダニズム建築」をめぐる議論は、産業社会をどうとらえるかにかかわっており、その現実をどう評価するかがそもそもの出発点といっていいからである。七〇年代半ばから多様に展開されようとしてきた近代建築批判の試みが、一般には、単にスタイルやデザインの問題として展開されてきたことは否めないことである。それにはそれなりの理由があったといっていい。近代建築のテクノクラシー支配に対して、その批判のために、現実の問題を提起することが一つの突破口になりうると一瞬信じられたことも事実である。しかし、それはやはり近代建築批判の矮小化でしかなかったといわねばならない。やがて、近代建築批判の多様な模索が「ポスト・モダニズム」という不用意な概念において一括されるに至ったのも、十分な理由のあることである。「ポスト・モダニズム」建築批判の顕在化の背後には、その近代建築批判の水準そのものが露呈していると見ることができるであろう。

  しかし、いわゆる「ポスト・モダニズム」建築批判は、必ずしもそうした脈絡にあるわけではない。近代建築批判を前提としたうえで展開されようとしているわけではない。「ポスト・モダニズム」建築は「不毛」であり「徒花」であり、「不健康」であり、要するに「袋小路」で「出口」のないものであることが、ほとんど一方的に宣言されているだけである。

  そこで対置されているのは何か。端的にいって、産業社会の現実であり、テクノクラシーの体制であり、実務の論理である。そして、それらと密接に結びついたモダニズムそのものの理念や規範である。そこにあるのは批判でも何でもない。「ポスト・モダニズム」がそもそも出発点とした問いそのものを、無化しようとする露骨な意図があるだけである。近代建築の抱えてきた問題を根底的にとらえ直そうとするものにとって、その反批判の水準は極めて政治的であり、犯罪的とすらいるはずである。問いそのものを認めないファッショ的行為といっていいはずである。

  「ポスト・モダニズム建築」に出口がないとすれば、産業社会に変わりうる世界を見い出しえていないからであって、それ以外の理由があるわけではない(情報社会の表現ということであれば、丹下健三がそれを模索しようがしまいが、ポスト・モダニズム建築がすでにその時代の表現たりえようとしているといっていいはずである)。産業社会のリアリティにしがみつき、それを正当化することは自由である。しかし、そのリアリティによって、産業社会のパラダイム・シフトを目指す試みを批判することは全く的はずれといわねばなるまい。産業社会の危機を認識しないものにとって、そもそも「ポストモダン」も「ポスト・モダニズム」もないはずなのである。

  そもそも、丹下をはじめとする建築エスタブリッシュメントたちの「ポスト・モダニズム」批判を支える現実は、丹下が全く認めようとしない第三世界の現実、スクォッター・スラムの世界の評価において極めて明快なものといるであろう。丹下にとって、近代建築の世界制覇、全地球の産業化の道しか眼中にはない。グローバルに見て、どちらにリアリティがあるのか。「東南アジアに仕事が多くなってきているという状態」で、「多少は気をつけますけれどもあんまり考えなくて、日本に建てるものもどこの国に建てるものも気候条件以外はあんまり区別がないんですよ」と言い切るその態度こそが、問題ではないのか。それこそ出口がないのは、産業社会そのもののほうではないのか。丹下健三は一方で、ローテクの活躍する余地を認めようとする。社会的な貢献はするけど、芸術的な貢献はそんなにしないという留保つきで。内井昭蔵は、産業社会批判を話題としながら、I・イリイチを引き合いに出す。I・イリイチのいうように、「インダストリアル社会のパラダイムを根底から否定し、ヴァナキュラーな社会への逆光(?)をなしとげなければ本物の健康の回復にはならないのかもしれない」と。しかし、すぐさまいう。それは極端な危険思想であり、革命的すぎると。こうした言い方で、彼らエスタブリッシュメントたちが守ろうとするものは何か。「ポスト・モダニズム」をめぐる議論は、こうして、不毛な、建築をめぐるどうしようもない問いへ堂々めぐりをはじめつつあるといはしないか。彼らがいかに「大文字の建築」(磯崎)に固執しようと勝手である。しかし、「大文字の建築」を前提とした「ポスト・モダニズム」批判に何の根拠もないことは、はじめからわかりきったことではないか。「ポスト・モダニズム」批判こそ袋小路といるであろう。

  「家、すまい、住、住むことと建てること、住宅町づくりをめぐる多様なテーマを中心に、身体、建築、都市、国家をめぐる広範な問題をさまざまな角度から明らかにする」ことをうたう『群居』という小さなメディアを創刊して、早いものでもう一年になる。故小野二郎*[xv]5の「住み手の要求の自己解体をこそーー住宅の街路化への提案」を巻頭文とした創刊準備号を昨年の暮れに出してその構想の一端を明らかにし、四月に、「商品としての住居」を特集テーマとする創刊号によって華々しくデビュー(!?)を飾って以来、七月*[xvi]6、一〇月*[xvii]7と当初どおり刊行してくることができた。所詮、三刊本の世評もものかは、来年度四冊のプログラムもほぼ固まり、現在は「建築家と住宅」を特集テーマとする第四号*[xviii]8の編集作業に追われつつある。ささやかな経験ではあるけど、その作業は、皮相な「ポスト・モダニズム」論議とは無縁である。出口があろうとなかろうと、産業社会の根底的批判こそが大きなテーマである。『群居』に限らず、このところ僕の知っている範囲では、いくつかの小さな雑誌を刊行しようという試みを見ることができる。『R』*[xix]9、『同時代建築通信』*[xx]0、『TASS通信』*[xxi]1、『極』*[xxii]2などがそうである。『同時代建築通信』については、僕自身、同時代建築研究会の一員としてかかわっており、現在三号まで発行されている。こうした試みは、あるいは限られたものでしかないのかもしれない。たまたま、そうした試みが僕の周辺に見られるだけなのかもしれない。一概に、一般化はできないにせよ、こうした試みの背後には『群居』もまたそうであるように、一つは、「ポスト・モダニズム」をめぐって空転する建築ジャーナリズムへの不満があることは事実である。

  しかし、今さら、建築ジャーナリズム論でも、メディア論でもあるまい。言葉を研ぎすましながら、持続的な作業を続けていくしかないことである。出口がないのはどこでも同じであろう。一方にのみ出口がないと言い放つ傲慢さこそ、不遜の極みである。

 



*[i]  鹿島出版会

*[ii]  諸岡敏行訳、晶文社

*[iii]  『新建築』、八三〇一、八三〇五

*[iv]  『新建築』八〇〇九ほか

*[v]  『都市住宅』八二一〇ほか

*[vi]  『新建築』八三〇二

*[vii]  『新建築』八二〇八

*[viii]  『建築文化』八三〇四

*[ix]  『建築文化』八三〇五

*[x]  「健康の建築をめぐって」『新建築』八三〇七

*[xi]  「つくば/磯崎/建築の現在」『建築文化』八三一一

*[xii]  『新建築』八三〇八

*[xiii]

*[xiv]

*[xv]

*[xvi]  第二号、特集テーマ「セルフ・ビルドの世界」

*[xvii]  第三号、特集テーマ「職人考--住宅生産会社の変貌」

*[xviii]  八四〇一

*[xix]

*[xx]

*[xxi]

*[xxii]




 

布野修司編集活動リスト 1976-2024

 

 編集活動

『同時代建築通信』(同時代建築研究会) 1976年~1991

「鯨通信」(鯨の会,東洋大学) 1978年~1991

『群居』 編集長                  1982年~2000

0号(創刊準備号) 座談会:箱・家・群居ー戦後家体験と建築家   1982128

1号 商品としての住居                     1983425

2号 セルフビルドの世界                   1983727

3号 『職人考』ー住宅生産社会の変貌              19831029

4号 住宅と「建築家」                     1984218

5号 アジアのスラム                      1984520

6号 日本の住宅建設                      1984825

7号 住イメージの生産と消費                  19841225

8号 ポストモダンの都市計画                  1985411

9号 戦後家族と住居                      1985729

10号 群居の原像                        19851125

11号 住政策批判                        1986331

12号 不法占拠                         1986718

13号 ウサギ小屋外伝                      19861130

14号 東京異常現象                       1987424

15号 大野勝彦とハウジング戦略                 1987921

16号 本と住まいPART1                   19871227

17号 ショートケーキハウスの女たち               1988529

18号 列島縦断・住まいの技術                  1988825

19号 ハウジング計画の表現者                  19881222

20号 住居の空間人類学                     1989426

21号 町場ー小規模生産の可能性                 1989825

22号 都市型住宅再考                      19891215

23号 それぞれの住宅戦争                    1990520

24号 日本アジア村ー外国人労働者の住まい            1990830

25号 増殖する住宅部品                     19901225

26号 「密室」ー子供の空間                   1991429

27号 居住地再開発のオルタナティブ               1991825

28号 建設労働                         19911225

29号 X年目の住まい                      1992423

30号 住まいをめぐる本の冒険                  1992912

31号 日本の棟梁                        19921225

32号 崩壊後のユートピア                    1993427

33号 ローコスト住宅                       199385

34号 在日的雑居論                       19931115

35号 中高層ハウジング                     1994327

36号 世界のハウジング                     1994824

37号 木造住宅論攷                       19941231

38号 J・シラスとその仲間たち                 1995616

39号 震災考                          19951124

40号 ハウジング戦略の透視図ー51年目のハウジング計画      199658

41号 イギリスー成熟社会のハウジングの行方           19961115

42号 地域ハウジング・ネットワーク               1997421

43号 庭園曼荼羅都市ー神戸2100計画               1997825

44号 タウンアーキテクトの可能性               1981122

45号 建築家のライフスタイルと表現               1998521

46号 DIYー住まいづくりのオルタナティブ          1998930

47号 「木匠塾」                         199934

48号 居住の未知 家族の未知                  1999724

49号 群居的世紀末                       2000327

5021世紀への遺言                     20001028

51号(終刊特別号) 群居の原点                 20001231

 

『建築思潮』(建築フォーラム,学芸出版社) 1992年~1997

01 特集 未踏の世紀末     19921225

02 特集 死滅する都市     19931220

03 特集 アジア夢幻      1995  320

04  特集 破壊の現象学     1996年 225

05 特集 漂流する風景     1997年 320

 

SSF News』(サイト・スペシャルズ・フォーラムSite Specials’ Forum

SSF News 000 19910101

SSF News 001 19910601

SSF News 002 19910901

SSF News 003 1992???

SSF News 004 19920915

SSF News 005 19930430

SSF News 006 19930901

SSF News 007 19931201

SSF News 008 19940430

SSF News 009 19941001

SSF News 010 19950401

SSF News 011 19951120

SSF News 012 19960415

 

『都邑通信』01(私家版)

 

traverse『新建築学研究』,Kyoto University Architectural Journal京都大学建築系教室

布野修司執筆原稿

001 植民都市の建設者・・・計画理念の移植者たちThe Builders of Colonial Cities・・・Planters of Western Urban Planning 植民都市研究のためのメモ,traverse01, 新建築学研究,2000

002 タウンアーキテクトの役割と仕事ー京都コミュニティ・デザイン・リーグの提案 The Roles and Tasks of Town Architects in Japan A Proposal for the establishment of Kyoto Community Design Leaguetraverse02, 新建築学研究,2001

003 アジアの都市住居 発展途上地域の大都市における居住地モデルに関する研究 Urban Housing in Asia Research on Community Model of Metropolis in Developing Regions (Humid Tropics)traverse03, 新建築学研究,2002

004 植民都市の特性と類型 Characteristics and Typology of Colonial Cities オランダ植民都市研究 Study on Dutch Colonial Citiestraverse04, 新建築学研究,2003

005 Directors of Urban Change in Asia On Tokyo A Speculator and Builders’ paradisetraverse05, 新建築学研究,2004

006 東南アジアのヒンドゥー都市ーーインド的都城の展開 Hindu Cities in Southeast Asiaーー 曼陀羅都市研究 Study on Cities as Mandalatraverse06, 新建築学研究,2005

007 「インド・イスラーム」都市論ノート Notes on IndoIslamic Citiestraverse07, 新建築学研究,2006

008 景観・風景・ランドスケープ Notes on Theory of Landscape Designtraverse08, 新建築学研究,2007

009ハトとコラル 非グリッドの土地分割システム Hatos & Corales AntiGrid Land Division System traverse09, 新建築学研究,2008

010 条里と水利 Jori & SuiriTraditional System of Land Allocation and Water Supply traverse10, 新建築学研究,2009

011 オンドルとマル,そして日式住宅Ondor Mal & Nisshiki Jutaku(Japanese Style House)Transformation of Korean Traditional House traverse11, 新建築学研究,2010

012 建築少年たちの夢:現代建築水滸伝 Dreams of ArchiBoysStory of Contemporary Japanese Architects traverse12, 新建築学研究,2011

013 グリッド都市The Grid City traverse13, 新建築学研究,2012

014 『周礼』考工記「匠人営国」条考 On Ancient Chinese Ideal City Model described in “Zhou” traverse14, 新建築学研究,2013

015 殺風景の日本ー東京風景戦争ー A Bleak Japan The Tokyo Wars on Landscapetraverse15, 新建築学研究15 20141001

016  大興城(隋唐長安)の設計図ー中国都城モデルA Plan of Chang’anA Model of Chinese Capital, traverse16,新建築学研究16 20150930

017 アレクサンドロスの都市 Cities of Alexander the Great, traverse17,新建築学研究17 2017

018 壁のない住居ータイ系諸族の伝統的住居 House without Walls – Traditional Houses of Thai Tribes, traverse18,新建築学研究18 2018

019  ある都市の肖像:スラバヤの起源 Shark and Crockodiletraverse19,新建築学研究19 2019

020   「アジア」の欠落:世界建築史をいかに書くか?Lack of Asian Architecture: How We Write a Global History of Architecture?, traverse20,新建築学研究20 2020

021  ヒューマン・ウェブ(蜘蛛の巣)の未来:COVID-19とステイ・ホームThe Future of Human Web: COVID-19 & Stay Home, traverse21,新建築学研究21 2021

022   カンポンとコンパウンドKampung and Compound, traverse22,新建築学研究22 2022

023  棲み分けの多様な原Diverse Principles of Segregation , traverse23,新建築学研究23 2023

 

『建築雑誌』(日本建築学会) 編集長 20021月号~200312月号

 

『京都げのむ』(京都コミュニティ・デザイン・リーグCDL2001年~2006

No.1  特集 話題沸騰CDL

No.2 特集 京都売ります!

No.3 特集 セクシー京都

No.4 特集 あしたのキョー

No.5 特集 CDL西安へ行く

No.6 特集 みやこきわめぐり

 

『雑口罵乱』(談話室,滋賀県立大学) 2007年~

布野修司執筆原稿

01 DANWASHITSUへの期待 2007

02 未来をつくる 夢をつくる 2008

03 初心に還る 2009

04 「建築少年」についてのメモランダム 2010

05 全ては建築である 建築を学ぶ全てのひとたちへ 2010

06 最後の『建築雑誌』を目指してー建築メディアの死と再生 2010

07 建築家の生き延びる道!? 2011

08 モノづくりとの闘い 20156月 2015

09 融解する建築の領域 20183月 2018

 

WEB版『建築討論』(日本建築学会) 2014年~2017年 No.0113

 

布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...