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2025年2月4日火曜日

世紀末建築論の予兆 ,建築思潮Ⅰ『未踏の世紀末』,学芸出版社,199212

 世紀末へ


世紀末建築論の予兆           

                布野修司

 

 世紀末である。この世紀末へ向かう十年の間に建築に何が起こるのであろうか。フランス革命の頃、ルドゥやブレーなどの建築家が現れ、球体や円錐形など斬新な建築ヴィジョンを提示したのが一八世紀末である。産業革命からロシア革命にかけて近代建築の胎動において、鉄という素材を駆使したアールヌーヴォーの華が開いたのが一九世紀末である。そうした世紀末を思い浮かべてみると、何となく激動の予感がしてこないか。

 革命、あるいは急激な社会変動が、建築的想像力を刺激し、解放することは以上を思い浮かべるだけでも明らかである。今、湾岸戦争が世界を揺さぶりつつある。東欧の民主化が加速度的に進み、ソビエトの体制が搖れている。世界の枠組みが大転換するなかで、建築もまた大きく変化していくのであろうか。

 そうした世紀末を見通すかのような本がでた。磯崎新と多木浩二による対談集『世紀末の思想と建築』(岩波書店)である。帯に「建築と批評をめぐる現在にケリをつける徹底対談」とある。ケリがつけられているかどうかは疑問であるが、忙しすぎて全く議論がなくなったかのような日本の建築界に一石を投じていることは間違いない。

 「六八年にすべての源があった」で始まる対談は、この二五年を五年づつ五期に分けて振り返っている。六八年は、「五月革命」の年である。世界中で学園闘争の嵐が吹き荒れた年である。この文化革命が結果として産んだのは何だったのか。果してポストモダニズムに行きつくより他に道はなかったのか。政治、資本主義、テクノロジー、形而上学等々、建築をめぐってテーマは拡散するのであるが、全体の通奏低音になっているのは六八年におけるラディカリズムの行方である。

 全ての枠組みが失われつつあるかにみえる現在、建築の根拠は何なのか、創造の源泉は何なのか。それを見抜いた建築家のみが世紀末を生き抜き、二一世紀への展望を持つことができる。対談を読みながら、そんなことを思う。



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布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...