クラクフ:布野修司編:世界都市史事典,昭和堂,2019年11月30日
E23 北方ルネサンスの古都
クラクフ Kraków,マウォポルスカ県Województwo małopolskie,ポーランド共和国
Rzeczpospolita Polska
ポーランド王国(1038頃~1569)の首都として知られるクラクフの起源は10世紀に遡る。グロッドgrod(城塞)的な城壁で囲われた集落遺構が発掘されたヴィスラ河上流左岸のヴァヴェルの丘が発祥地とされている。11世紀に王宮が移されて首都となると、急速に都市形成が行われた。司教座が置かれ、ヴァーヴェルの丘のサン・ミシェル教会を始め多くの教会が建設されるが、ほとんどが13世紀までの建設であるとされる。
東ヨーロッパの都市の形成は、グロッドと呼ばれる防御壁で囲われる都市核ができる段階、それに教会地区や商人地区が加わる段階、そして、都市法によって市制が整備される段階に分けられるが、クラクフはこの3段階目の典型だとされる。1257年にクラクフは市の権利を授与され、旧市街に残っている中央広場や街並も作られた。中央広場は中世都市の広場としては最大規模のもので(約40,000㎡)、中央にスキェンニツェ(織物会館)、西南脇には旧市庁舎の時計塔、南側には聖ヴォイチェフ協会がある。また、13世紀から15世紀にかけて、ヴァヴェル城を中心として当時の城を取り囲んだレンガや石造りの城壁が建設されている。
モンゴル(タタール)の襲撃によって破壊されるが、14世紀に入るとカジミェシュⅢ世(大王)(1333~1370)の下でクラクフは最盛期を迎える。ヨーロッパの人口が半減したとされる黒死病(1348~49)の流行時もポーランドは影響を受けていない。黒死病蔓延の元凶とされたユダヤ人が大量に流入したのもクラクフの繁栄につながる。カジミェシュ大王は積極的にユダヤ人を招き入れ、当時ヴィスラ川の中州であった土地を自治区として提供した。ユダヤ人たちが豊かになるにつれて自治区は対岸にも広がっていく。
大王は、ヴァヴェル城や街並みを形成する建築物をゴシック様式に改築し、また、ポーランド最古の大学となるヤギェウォ大学(クラクフ大学)を創設している(1364年)。コペルニクスが通うことになるこのヤゲェウォ大学は多くの優れた卒業生を世に送っているが、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世も入学しており、以来半生をクラクフで送っている。
続くヤゲェウォ王朝(1386~1586)に、ポーランド王国は全盛期を迎えるが、ジグムントⅠ世(1506~48)は、イタリア人建築家バルトロメオ・ベレッチを登用して、ヴァヴェル城内の大聖堂に金色のドームを戴くジグムント礼拝堂を建立する。その当時のルネッサンス建築が現在もなお多く残っている。ポーランド王国は、ヴェネツィアと国境を接しており、ルネサンスの文化、芸術は共有されていたと言っていい。ジグムント・ヴァザⅢ世の時代はバロック文化が普及する。
ヤゲェウォ王朝が断絶すると、王権の弱体化が進み、1609年にジグムント・ヴァザⅢ世は首都をクラクフからワルシャワに遷す。そして、17世紀前半の30年戦争、18世紀前半の大北方戦争で国土は荒廃し、18世紀後半には3度のポーランド分割によってオーストリア領となった。その後、1809年にワルシャワ公国に入り、1815年のウィーン会議に基づいて、様々な自治権を回復していくことになる。そして、クラクフは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ポーランド文化振興の中心地として重要な役割を果たしたとされる。第一次世界大戦後にポーランドが独立を果たすが、第二次世界大戦時にドイツ軍の占領を受けた。ヴィスワ川対岸にあるポドグジェ地区にクラクフ・ゲットーが造られた。クラクフの歴史上、ポーランド国内でも多くのユダヤ人がが居住し、ホロコーストを逃れるため、ユダヤ人はアメリカ合衆国やイスラエルなどへ移住した。現代のカジミェシュ地区では毎年7月初旬、ユダヤ人による「シャローム」祭が開催される。
クラクフが世界文化遺産に登録されたのは、制度創設初年度の1978年である。
図1 クラクフ
(http://www.discusmedia.com/maps/polish_city_maps/3606/


【参考文献】
ノーウィッチ、ジョン・ジュリアス(2016)『世界の歴史都市』福井正子訳、柊風社(Norwich, John Julius(2009), “Great Cities in History”, Thames &
Hudson)。
伊東孝之、井内敏夫、中井和夫『新版 世界各国史 ポーランド・ウクライナ・バルト史』山川出版社、1998
瀬原義生(1993)『ドイツ中世都市の起源』未来社
沼野充義『読んで旅する世界の歴史と文化中欧 ポーランド・チェコスロヴァキア・ハンガリー』新潮社、1996
ポドレツキ・ヤヌシ『クラクフ:バベル城・旧市街・カジミェシ地区:ポドレツキ・ヤヌシの写真100選』Wydawnictowo”Karpaty”-Andrzej Laczynski、1995

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