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2025年12月14日日曜日

チャンディ・スク,at,デルファイ研究所,199209

 チャンディ・スク,at,デルファイ研究所,199209


チャンディー・スク 

          

布野修司

 

 チャンディー(     )とは、ジャワのヒンドゥー・仏教寺院の総称である。寺院といっても様々な建造物からなるのであるが、チャンディーというとストゥーパ(卒塔婆      )と違って内部空間をもつものをいう。礼拝供養の対象物(仏像、神像、リンガなど)を納めた祠堂である。  

 チャンディー・ボロブドールをはじめ、数多くのチャンディーを見てきたのであるが、いささか謎めいているのがこのチャンディー・スクである。かなり珍しい。みた瞬間、想起したのはマヤのピラミッドであった。きれいな四角錘台の形態をしているのである。

 チャンディー・スクというのは、中部ジャワの古都ソロ(スラカルタ)ーーブンガワンソロのソローーの東方、ラウ山(      )の山腹に位置する。ソロから車で一時間ほどであろうか、中部ジャワといっても、もう東部ジャワとの境界である。

 チャンディー・スクは15世紀の建造だとされる。中部ジャワに位置するといっても、チャンディー・スクが建てられたのは、ヒンドゥー王国の中心が既にクディリ、シンゴサリを経て、モジョパイトへと移ったころである。

 不思議なのはその形態だけではない。ピラミッドの階段を上がってみると、中央に穴がうがたれていた。そこには巨大なリンガが置かれてあったという(  )。リンガとは男根である。チャンディーの多くはリンガを奉る。しかし、それを覆う建造物が残されていないのは何故か。そこには、バリに見られるような、何層かの木造の塔状の建築があったのではないか。実際、レリーフには、そうした建物が描かれているのである。

 チャンディー・スクへ行くというとみんなにやにやする。エロティックなチャンディーというのである。行ってみるとなるほど、性のシンボルがところどころにおおらかに置かれている。

 子宮のなかにインドの叙事誌「マハーバーラタ」の英雄ビマ(    )を描いた巨大なレリーフは一体何に使われたのか。また、無造作に、甲が平らな大きな亀が投げ出されている。これは何を意味するのか。日本で亀の上に墓石を載せるように何かを載せていたのであろうか。亀というと、蛇の上に亀の載ったインドの宇宙図を思い出すのであるが、それであろうか。沢山のレリーフが方々に置かれているのであるが、ヒンドゥーの神々の様々な物語が描かれているのであろう。

 チャンディー・スクは、実に抜群の見晴らし台にある。軸線は一直線にとられ、下界を見おろしている。何故こんなところにという気がしてくる。山間部という立地も他のチャンディーと違っているのである。千原大五郎氏は、ジャワにも、インド化以前の土着固有の巨石文化が生きており、この巨石文化の名残と消え行くヒンドゥー文化が融合して造られたのがチャンディー・スクだという。果してそうだろうか。巨石文化というほどスケールはなさそうなのだ。

                                                                       

 

 千原大五郎:『東南アジアのヒンドゥー・仏教建築』 鹿島出版界 1983年

    千原大五郎:『インドネシア社寺建築史』 1975年 

 

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布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...