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2023年2月21日火曜日

台湾紀行,雑木林の世界81,住宅と木材,199605

 台湾紀行,雑木林の世界81,住宅と木材,199605


雑木林の世界82

台湾紀行

布野修司

 

 中央研究院台湾史研究所と台湾大学建築輿城郷研究所での特別講義に招かれて台湾に行って来た(三月一六日~二六日)。折しも、台湾は総統選(二三日投票日)の渦中にあった。わずか十日ほどの滞在であったけれど、つぶさに総統選の様子を見聞きすることになった。

 中央研究院での講義は、中央研究院が今後東南アジア研究を展開する上で色々示唆を受けたいということで、「東南亜都市與建築之最新研究動向」と題して、具体的には、バタビア、スラバヤ、チャクラヌガラという三つの都市の歴史について話した。知られるように、オランダは、バタビア建設に取りかかった一七世紀前半、平行して、台湾でゼーランジャ城、プロビンシャ城の建設を行っている。その都市計画の比較は興味深いテーマだと思ったのである。オランダ研究の専門家から鋭い指摘を頂いたり、随分刺激的であった。また、文献も随分整理されつつあることを知った。

 台湾大学建築輿城郷研究所では、「東南亜伝統民居」と題して、多くのスライドを使って様々な比較の視点について議論した。前日、九族文化村に出かけて、アミ、ヤミ、ブノンなどの九族の民家をじっくりみてきた。ブノン族などの石造りの家は、東南アジアの他の地域ではちょっと見かけないものだ。講義は、台湾の伝統的民家をオーストロネシア世界全体から見るとどうなるかを考えるのが主眼になった。

 講義ということでは、台湾工業技術学院でも行うことになった。大学院時代の同僚で、今や台湾の都市計画学会の重鎮である黄世孟教授(台湾大学)のお弟子さんで日本への留学経験のある李威儀先生に頼まれたのである。幸いこうゆうこともあろうかともう一本用意していたので、「東南亜集合住宅」と題して様々なハウジング・プロジェクトを紹介することにした。

 後は、研究室の闕銘宗君と田中禎彦君と台湾発祥の地、  (ばんか)地区を歩き回った。廟について論文を書こうとしている闕銘宗君を手伝おうというのである。調査は、基本的にはインドネシアのカンポンでやったのと同じである。建築の類型を見分けながら、各種施設をベースマップの上にプロットしていくのである。調査は常に様々な発見があり、疲れるけれど楽しい。また、実際に見聞きしながら文献を読むとよく頭に入る。

 中国の軍事演習でミサイルが飛び交うなど政治的緊張が予想されたが、市民はいたって平静であった。選挙戦はお祭り騒ぎで、人々はむしろ楽しんでいる雰囲気すらある。各党の集会にも顔を出してみたが、家族連れも多く、旗や帽子、警笛など様々な選挙グッズが売られ、各種屋台も並んで縁日の趣もあった。

 各党の主張の背後には、複雑な台湾社会の歴史があるが、それぞれの主張はわかりやすい。大学や研究所でも、タクシーの運転手さんも、はっきりとどの候補を支持するか意見を述べるのも印象的であった。

 台湾には、司馬遼太郎の『台湾紀行』(朝日新聞社)を携えて行った。李登輝総統との対談を含むその著作は選挙戦でも話題にされる程、台湾という国家を深く問うものである。司馬遼太郎が存命であれば、総統選について必ず何らかの鋭いコメントをしたであろうと思う。例によって、台湾に関するほとんど全ての文献に眼を通した上での力作である。

 司馬遼太郎の『台湾紀行』には、楊逸詠夫妻が登場する。楊逸詠先生(台湾文化大学)も、黄世孟先生と同じ頃東大の内田祥哉研究室に在籍されていていわば同級生である。楊夫人は、台湾きっての日本語通訳で司馬遼太郎の台湾紀行のために白羽の矢が当たったのだという。一晩、御夫妻と会って旧交を温めることができた。

 投票日は、午後四時の締切りと同時にその場で開票が行われた。「二号 李登輝一票」などと読み上げる声とともに「正」の字が書かれていく。我らの調査地区である  は下町で、台湾独立を主張する民進党の支持者が強いと言われていたのであるが、李登輝の中国国民党とは確かにデッドヒートであった。開票の様子を住民たちが取り囲んで見る。臨場感満点である。日本の選挙文化との違いを否応なく感じさせられたのであった。

 ところで、こうして民主化の速度をはやめてきた台湾で、「社区総体営造」あるいは「社区主義」、「社区意識」、「社区文化」、「社区運動」という言葉が聞かれるようになったことは前に触れた(雑木林の世界  )。繰り返せば、「社区」とは地区、コミュニティのことだ。そして、「社区総体営造」とはまちづくりのことだ。「経営大台湾 要従小区作起」(偉大な台湾を経営しようとしたら、小さな社区から始めねばならぬ)というのがスローガンとなりつつあるのである。

 「社区総体営造」を仕掛けているのは、行政院の文化建設委員会であるが、幸い、その中心人物である陳其南氏、台北市でモデル的な運動を展開中の陳亮全氏(台湾大学)に、黄蘭翔氏(中央研究院)とともに会い議論することができた。

 「社区総体営造」を進めるときは社区から始めなければならない。しかも、自発的、自主的でなければならない。何故、「社区総体営造」なのかに関して陳其南氏に詳しく聞いた。基本的に移民社会をベースとする台湾では、漢民族の家族主義が強いこともあって、コミュニティ意識が希薄である。まちづくりを考える上では、どうしてもその主体となるコミュニティの育成が不可欠であるという認識が出発点にあるのである。

 清朝に遡って、伝統的なコミュニティのシステムはもちろんある。村廟を中心にした伝統的な組織システムは、現在でも農村部では生きている。しかし、それに選挙で首長を選ぶシステムが重層する形で設けられており、コミュニティに求心力がない。中国国民党の党のシステムも戦後持ち込まれた。

 十日の間、  地区に泊まって時間があれば地区を歩き回ったのであるが、里、そしてその下位単位である隣は、ほとんど意識されていないのである。かってコミュニティの核であった廟がここそこにあるけれど、まとまりは失われつつある。

 こうした地区で「社区総体営造」はどのように展開できるのか。台湾の友人たちとともに考え始めたところだ。

 






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