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2023年2月1日水曜日

松江城周辺の建築物の高さを規制するべきか,否か,雑木林の世界57,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センターセンタ-,199405

 松江城周辺の建築物の高さを規制するべきか,否か,雑木林の世界57,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センターセンタ-,199405


雑木林の世界57

 松江城周辺の建築物の高さを規制するべきか,否か

 

                布野修司

 前回報告した「地域の住宅生産システムーーこの十年」と題されたシンポジウムに続いて、「文明の地域性」という、とてつもないタイトルのシンポジウムに出席する機会があった。文部省の重点領域研究「総合的地域研究」の一環で3月2日、3日の二日間にわたって、東大の山上会議所で開かれたものだ。「文明と地域性」ではなくて、「文明の地域性」である。文明というのは、諸文明というように複数の存在がありうるのか。文明と文化とはどう違うのか、と次々に疑問が湧いてくるのであるが、「地域と生態環境」、「地域性の形成論理」、「地域発展の固有論理」、「外文明と内世界」、「地域連関の論理」、「外世界から」と個々のセッションの報告はそれぞれ魅力的であった。

 基本的な問いは必ずしも明かにならなかったのであるが、どうも、文明化の地域性、文明の地域化のプロセスが問題らしかった。とにかく、論客を集めて、なかなかに刺激的であった。一応、東南アジア地域が主たる研究対象だから、知的な情報も有り難かった。南米のスリナムがオランダの植民地で、多くのジャワ人が移住していたという歴史的事実など全く知らないことであった。とにかく痛感したのは、地域性の問題がジャンルを超えた大きな問題であり、グローバルな文明史的な課題でもあることである。

 ところで、それはそれとして、近年になく面白いシンポジウムの司会を務めた。以下に紹介しよう。各地で、どんどん行われると面白いと思う。

 「ディベートによるモデル討論会」と主催者は呼ぶのであるが、「ディベートとは、特定の話題に対し、肯定と否定の二組に別れて行なう討論のやり方」で、「活発な議論が期待されるモデル討論会として、肯定と否定の組分けを、参加個人の主張とは無関係に役割として割り当てて行なうことにする」というものである。

 具体的にテーマとされたのは、「松江城周辺の建築物の高さを規制するべきか、否か」というテーマである。「市街地景観セミナー」のワンパートとして企画されたものである(3月12日 於:島根県民会館 松江市)。

 一九九二年度、島根県市街地景観形成マニュアル作成委員会の委員長として、「魅力ある建築景観づくりのためにー市街地景観形成の手引き」と題されたリーフレットを作成した経緯もあって、司会をやれということであった。直感的には面白い、と思ったのであるが、いささかしんどいな、という気もしないではなかった。実を言えば、実際、松江市の城山周辺で八階建てのマンション建設をめぐる「紛争」が昨年秋から続いており、モデル討論とは言え、かなりのリアリティーを持って受けとめられることは明らかだったからである。

 ディベーターは、規制に賛成、反対、それぞれ三人ずつ六人、鬼頭宏一(島根大学法学部)、湯町浩子(島根総合研究所)、原田康行(創美堂)、長谷川真一(長谷川染物店)、石原幸雄(石原建築設計事務所)、足立正智(建築設計事務所飴屋工房)の各氏である。

 ディベートに先だって、塩田洋三(島根女子短期大学)、矢野敏明(島根県建築士事務所協会理事)の両氏から、島根の景観についての講演があった。実は、「魅力ある建築景観づくりのためにー市街地景観形成の手引き」を作成する際に、建築士事務所協会会員たちは、島根県中の景観を撮影する作業を行っており、そのスライドを用いたわかりやすい講演であった。身近な環境を見直す意味でも、その景観を記録する意味でも、貴重な作業であったのであるが、折角の作業をこうしたセミナーの場で活かそうというねらいも面白いと思った。

 ディベートは、規制賛成派の冒頭陳述で始まった。アイデンティティー論が主軸であった。松江らしさ、松江の固有性にとって松江城周辺は極めて重要であること、京都、奈良に続く国際文化観光都市としてのアイデンティティーを保持すべきであるという主張であった。また、美の根源はコントロールにあり、というテーゼも出された。

 それに対して、規制反対派は、すぐさま活性化論を対置した。都心の空洞化をどうするのか、歴史的遺産を保護するのは当然だけれど、都心こそ開発すべきであるという。また、規制ではなく、生きたルールこそ大切だという主張に重点が置かれた。

 高層化は空洞化対策にはならない、地上げによって空洞化がますます進行するだけだという反論がすぐ出された。また、現行の規制は最低基準であって、公共の福祉を業者の利潤追求から守るために松江はもっと強化すべきだという論調が重ねて出された。

 司会は思ったより大変であった。双方に対する反論をメモしながら討論を聞き、噛み合わせるのは容易なことではないのである。

 模擬裁判というのがある。検察官と弁護人がいて論理を闘わせる。そして、裁判官役が判決を下す。しかし、この場合、判決を下すわけにはいかない。あくまで、景観問題の多様な広がりを多角的に考える素材を提供するのが目的である。

 どっちかが明らかに優勢になっても困る。しかし、司会者がどちらかに肩入れしてもまずい。せいぜいできることは、発言の時間が偏らないようにすることぐらいである。また、少しづつ論点をづらして、決着がつかないようにすることも必要かと思われた。しかし、途中から楽になった。ディベーターが充分場を盛り上げてくれたからである。

 市民の意識は高い、規制をする必要はない、という主張に対して、市民の意識は低い、といったかなり思い切った発言も飛び出したのである。

 ディベートに先だって提出された聴衆の意見をみるとそのほとんどが何らかの規制が必要であるという意見であった。しかし、どの程度の高さならいいのか、具体的にどのような地区区分をすればいいのかについては必ずしもはっきりしない。

 規制反対派が、あくまであらゆる規制について反対という以上、規制の中味については具体的な議論に入れなかったのであるが、丁々発止のやりとりは、司会をしながらも、結構楽しむことができたのであった。

 ディベートを終えて、各地区でこうした試みをやったらどうかという話になった。景観問題をめぐってはとにかく議論が必要であると思ってきたのであるが、こうしたディベート形式は問題を掘り下げる上でかなり有効ではないか。

 皆さんの地域でも、こうしたモデル討論を企画してみたら如何だろう。賛成反対の役割はあくまで籤で決める。論理のみ闘わせるのは、地域の訓練としてとてもいいと思う。

 


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