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2023年1月31日火曜日

UK-JAPAN ジョイントセミナ-,雑木林の世界06,住宅と木材,日本住宅木材技術センター,199002

 UK-JAPAN  ジョイントセミナ-,雑木林の世界06,住宅と木材,日本住宅木材技術センター,199002

雑木林の世界6

UK-JAPAN ジョイント・セミナー

                        布野修司

 

 昨年暮れに『住宅戦争』(彰国社)を出版した。野辺公一、大野勝彦に続く「住まいブックス」シリーズ第三弾である。今年は続いて『住まいづくりの仕組み』、『見知らぬ国の見知らぬ住まい』の二冊を予定しているのだけれど、どうだろう。出版記念会(十二月十五日)ではいろいろと批評を頂いて、針のむしろであった。二度とやるもんじゃない、と思うのだけれど、成るほど、そう見えるのか、という点が多々あって大いに勉強になった。

 ロンドンから帰って、すぐさま「家づくりの会」の公開講座第三回(十二月二日)。また茨城県に出かけて、工業高校と産業技術学院を訪問した(十二月六日~七日)。問題の根が次第に実感されてくる。工業高校の学生にもアンケートしてみた。いずれ報告しよう。

 さらに暮れもおしつまった頃、研究室のOBを中心とする「鯨の会」による山本理顕さんの講演会「表現と住宅」が開かれた(十二月二十二日)。建築家が住宅にアプローチする場合の基本的視点をめぐって面白かった。これまたいずれここで考えてみたい。

 

 

 さて、ロンドンである。主目的は、ロンドン大のバートレット・スクール(建築学科)で開かれた「建設産業研究に関する日英ジョイントセミナー」(十一月二十日)に参加することであった。千葉大の安藤正雄先生のオルガナイズで、日本からの参加者が二十名、全体で五十名ほどのセミナーである。正直に言うと、慌ただしくて気乗りがしなかったのであるが、行って大正解であった。セミナーも安藤先生の獅子奮迅の活躍で大成功。短期留学が遊学にしかなっていない先生が多いなかで、特筆すべき成果だと思う。有意義で得ることの多い一週間であった。

 セミナーでは、どんな国際会議でもそうなのであるが、まず意識させられるのが、彼我の違いである。まずは、ディシプリンの違いがある。建設産業を扱う中心は、経済学である。経済学と建築技術をどう問題にするかは共通に問題であった。また、前提となる建設産業のありかたが全く違う。工業化戦略、生産過程と生産技術、建設管理、情報技術という四つのセッションに分かれていたのであるが、内容は相当異なっていた。

 論文発表については、はっきりいうと、日本チームの論文発表がはるかに上だったと思う。少なくとも僕には日本チームの発表の方に学ぶことの方が多かった。それにある見方からすると、日本の建設産業が進んでいる、という印象である。続いていくつかの建築現場をみたのであるが、日本の大手建設会社の現場のほうがはるかにシステム化されているのである。

  しかし一方、イギリスチームの発表は随分と楽しそうであった。スライドで吊りガラス構造のディテールを何枚も見せてくれたアラン・ブルークス氏やビデオを用いて「知的な設計チームがインテリジェント・ビルをデザインする」と、設計のプロセスを構造化してみせたJ.A.パウエル氏なんかがそうである。プレゼンテーションは、やはり、イギリスの方が数段上だ。

 極めて印象的であったのは、イギリスでは、建築に関わる統計データを入手するのが極めて困難だということである。専ら、統計資料を駆使してマクロな押えを行った日本チームの発表に対して、数字だけ集めても意味がない、といった反応があったりしたのだが、聞いてみるとイギリスでは日本と同じような統計はとらないのである。

  当り前のことで書くのをためらうのであるが、イギリスの場合、建設需要の半分は増改築なのである。増改築というのは、統計にはのりにくい。住宅に関する限り、住宅が百年、二百年もつのは当然と考えられている。新築のウエイトは極めて低い。職人の編成も増改築主体に行われることにおいて日本とは全く事情が異なるのだ。

  ところで、折しもロンドンではチャールズ旋風が吹き荒れていた。チャールズをめぐっては「室内室外」(『室内』九〇年一月号)に書いたから繰り返しは避けたいのであるが、セミナーを通じて考えていたのは、チャールズの巻き起こした波紋についてであったような気がしないでもない。あちこちの建物が議論になっているのだから無理もないのだ。

 ロンドンの再開発をめぐって問われているのは広く言えば建築観なのである。チャールズの主張は平たく言えば、ストックとして歴史的な建築遺産を大事にしようということであろう。議論を単純化すれば、伝統か近代か、モダンかポストモダンか、という争点の背後でストックかフローかということも問われているのである。

 セミナーが終って、というより、そのプラグラムの一貫としていくつかの現場を見学した。スティーブン・グロアク先生のセットである。ロンドン大のステイーブン・グロアク先生は、住宅をめぐる国際的な雑誌『ハビタット・インターナショナル』の編集長でもある。セミナーの論文はこの九月出される『ハビタット・インターナショナル』に掲載される予定だ。『群居』編集長として、ずうずうしくも早速提携を申しいれた。もちろん大歓迎である。『群居』もこれを契機に国際的になっていくかもしれない。

 ところで、見学した現場のひとつが「英国図書館」であった。チャールズ皇太子が激しい批判を投げかけている建物だ。チャールズはなかなかの建築理論家なのだけれど、個々の建物の評価になると露骨にその趣味が透けて見えてくる。彼は、建築はこうあるべきだという、具体的なイメージをもっているのである。

 英国図書館は英国最大の図書館なのであるが、ただでかいだけで設計の密度がない、確かに、そんなによくない建物であった。しかし、周辺環境への配慮にしても、地場産材であるルーフタイルやレンガを用いる点にしても、それなりにポリシーをもった建物のように思えた。昨年、チャールズ皇太子に建築家が反論するテレビ番組もつくられ、ヴィデオを見せてもらったのであるが、英国図書館の設計者が朴とつにその主旨を説明するのが印象的であった。

 チャールズ皇太子がいうのは、国家的施設としての風格がないということである。そのイメージにあるのはカール・マルクスが通った大英博物館の閲覧室なのだ。議論は少しくすれ違っている。

  チャールズ皇太子と建築家の論争は当面続きそうなのであるが、その焦点はシティーであり、ドックランズである。シティーは歴史的建造物を残しながらの再開発がテーマであり、概ねチャールズ路線だ。ドックランズは、およそネオモダニストの路線といえるか。前者は、ポストモダン・クラシシズム路線、後者は、ハイテック路線と言っていいかもしれない。

  グロアク先生の案内でドックランズの現場をいくつか見たのであるが、雇用の問題にしろ、地盤の問題にしろ、廃棄物の問題にしろ、余りに問題が多い。シティーとドックランズは実に対比的な問題を僕らに提起しているのだ。


 


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