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2023年2月23日木曜日

書評・解説 西山夘三 『これからのすまい』、相模書房、一九四八年

 西山夘三 『これからのすまい』、相模書房、一九四八年

布野修司

 食寝分離、起居様式、住宅生産の工業化、土地の公有化、家事労働の合理化 


 浜口隆一の『ヒューマニズムの建築』(雄鳥社、一九四七年)とともに戦後建築の指針を示した書として著名。建築家によって貪るように読まれたという。

 戦後まもなく、建築家にとって全面的に主題になったのが、住宅復興である。日本の建築家たちは様々な回路で住宅問題に取り組むが、とりわけ勢力を注いだのは、新たな住宅像の確立というテーマであった。数多くの小住宅コンペが催され多くの若い建築家が参加したのであった。

 敗戦後まもなくの建築家の意識をきわめてストレートな形でうかがうことができるのが浜ロミホの『日本住宅の封建性』(相模書房、一九五○年二月)である。そこには、「床の間追放論」や「玄関という名前をやめよう」といったきわめてセンセーショナルな主張が展開されている。また、家事や育児のために過重な負担を背負ってきた婦人の解放の主張と結びついた、台所の生活空間としてのとらえ直しの主張に大きなウェイトが置かれている。その主張はきわめてヴィヴィドに戦後まもなくの状況を伝えてくれる。また、少し遅れて、池辺陽の『すまい』(岩波書店、一九五四年)がある。

 そうした戦後復興の混乱と昂揚の中で、住宅と都市に関して、その方向性を最も包括的なパースペクティブの下に提出したのが西山夘三である。『これからのすまい』の冒頭には簡潔に「新日本の住宅建設に必要な十原則」が記されている。

 一、ふるいいやしいスマイ観念をあらためて、文明国の人民にふさわしい高い住宅理想をうちたてる。

 二、国民経済の発展に対応する国民住居の標準をうちたて、在来の低い住宅水準を高めて行く。

 三、地方的、階級的に乱雑不合理な昔のスマイ様式を、働く人民の合理的なスマイ様式に統一してゆくo

 四、居住者の職業や家族の構成に応じた住宅を与えるため、住宅は公営を原則として住宅の配分を合理化する。

 五、生活基地を、細胞となる住戸から、組、町(部落)、住区(村)、都市という、それぞれの性格に応じた協同施設をもつ集団の段階的な構成にととのえて行く。

 六、生活基地の合理的な建設をするため、都市の土地制度を根本的に改革する。

 七、住宅の量の不足と低い住居水準を解決するため、住宅産業の位置を高めて完全雇傭体制の恒久的な一環とする。

 八、住宅生産を封建的親方制度と手工業的技術から解放して合理化工業化する。住宅は定型化され、その中に入る生活用具や家具も、それをつくる建築材料や部品も規格化される。

 九、住宅の構造は国産資源とにらみ合わせて我国の気候風土に適合した形の、新しい燃えない堅ろうな構造にかえて行く。

 十、狭い国土を活用するため、特に都市では集約的な高い居住密度の得られる複層集団的な住居形式にかえて行く。

 住宅生産の合理化・工業化、建築材料や部品の規格化(八)にしても、高い居住密度の得られる複層集団的な住居形式(九)にしても原則のいくつかは、戦後の過程において具体化されていった。もちろん、西山が終局的にイメージしていた住居や都市のあり方は、その十原則を貫くものであり、そうした意味では、それぞれが擬似的に現実化していったといった方がいい。住宅は公営を原則とする(四)、あるいは、都市の土地制度を根本的に改革する(六)、生活基地を細胞となる住戸から都市まで段階的な構成にととのえてゆく(五)、といった間題はほとんど手つかずだからである。その結呆、わが国の気候風土に適合した形の新しい住宅(九)が生み出されたかどうかは疑間だからである。

 敗戦後まもなく書かれた建築家による住宅論のなかで、また、戦前戦中の蓄積を踏まえた、きわめて其体的かつ現実的な方向性を提示する点で、本書はきわ立っている。西山がそこでとりあげている間題は、イスザ(椅子座)とユカザ(床面座)の間題、衣服様式と関連した二重生活の間題、家生活と私生活の関係の間題、間仕切と室の独立性の間題、非能率的家事労働の合理化、機械化、そして生活の共同化の間題、新しい家具と設備の採用の間題、国民住居標準の設定の間題などである。それぞれの間題について、実にきめこまかな鋭い眼が往がれている。例えば、起居様式(椅子座と床面座の間題)について、彼は、三つの改革の方向を提示しながら、「最も素朴で一見ブザマに見え又調和の失われている様に感じられる」第三のゆき方、すなわち、学生の下宿屋の起居様式、ユカザ生活を基調とし、とりあえず、起居、家内作業に必要な程度のごく少ない支持家具を導入しつつ、歪められた[ユカザ生活」を改善してゆくやり方を選ぽうとするのである。「少数の洋風生活心酔者、急進的な生活様式改革の主張者、建築家の試験的な住宅などにみられる、二重生活の完全な清算」による洋風椅子座生活、および、藤井厚二に代表される折衷的な住宅は、国民的住まい様式の改革過程としての現実性において否定されている。そこで、やがて完成さるべき起居様式として想定されているは椅子座様式である。そうした意味で、「二重生活の弊害の一端を最も明白に表現」する、また住の非能率的な側面を拡大する祈衷的な様式は、一層低い評価しかあたえられていない。西山もまたア・プリオリに、住宅の合理化、近代化の方向性を前提としていたことは確かである。しかし、彼にはしたたかに現実を見つめ、その矛盾を引き受けようとする姿勢があったといえようo

 西山のリアリズムに根ざした提案の多くは、きわめて日本的な解決の方向であった。少なくとも、いまふり返ればきわめて状況的であったといいうるであろう。しかし、その提案が現実の過程において担った実践的な意味はけっして過少評価することはできないだろう。その最も代表的なな食寝分離、隔離就寝の主張は、戦後における日本の住宅のあり方を大きく決定する役割を担ったのである。それは、やがて2DKさらに(nLDK)という平面形式をもった住宅を生み、戸建住宅にも取り入れられて、DK(ダィニング・キッチン)というきわめて日本的な空間を日本中に定着させることにつながっていったのであった。

   

◎西山夘三全著作(単行本)リスト

 四三 住宅問題、相模書房

 四四 国民住居論攷、伊藤書店

 四七 これからのすまいー住様式の話、相模書房

 四八 建築史ノート、相模書房

 四九 明日の住居、京都府出版協同組合

 五二 日本の住宅問題、岩波新書

 五六 現代の建築、岩波新書

 六五 住み方の記、文芸春秋

 六七 西山夘三著作集1住宅計画、勁草書房

  六八 西山夘三著作集2住居論、勁草書房

  六八 西山夘三著作集3地域空間論、勁草書房

  六九 西山夘三著作集4建築論、勁草書房

 七三 都市の構想、岩波書店

 七四 すまいの思想、創元社

 七五 町づくりの思想、創元社

 七五 日本のすまいⅠ、勁草書房

 七六 日本の住まいⅡ、勁草書房

 七八 住み方の記、増補新版、筑摩書房

 八〇 日本の住まいⅢ、勁草書房

 八一 すまいー西山夘三・住宅セミナー、学芸出版社

 八一 ああ楼台の花に酔う、彰国社

 八一 建築学入門ー生活空間の探求(上)、勁草書房

 八一 戦争と住宅ー生活空間の探求(下)、勁草書房

 八九 住まい考今学ー現代日本住宅史、彰国社

 九〇 まちづくりの構想、都市文化社

 九〇 歴史的環境とまちづくり、都市文化社

 九二 大正の中学生、彰国社

 九三 京都の景観・私の遺言、かもがわ出版

 九六 科学者の社会的責任(早川和男)、大月書店

 九七 都市とすまい、東方出版

 九七 安治川物語、日本経済評論社

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