伝統建築コース,周縁から32,産経新聞文化欄,産経新聞,19900326
32 伝統建築コース 布野修司
熊本県立球磨工業高校(人吉市)に全国で初めて「伝統建築コース」が設けられて一年になる。神社、仏閣、数寄屋など、日本の伝統建築を守る技能者を育成するというので全国的に大きな反響を呼んだのだが、そのユニークな試みとはどのようなものか。
従来の建築科の定員四〇人を二分してつくられた「伝統建築コース」に新しく設けられたのは「日本建築」、「伝統技法」、「課題研究」という三つの科目である。「日本建築」では、計画・構造・施工などの基礎とともに建築様式など日本建築史を学ぶ。「伝統技法」では、規矩術や木割などの伝統的技法を実習する。「課題研究」では、自らテーマを設定し、作品制作したり、調査研究を行う。
三年間の工業高校教育の現在のフレームのなかでできることはそう多くはない。一方でCAD(コンピューター支援設計)教育も行われる。必ずしも伝統技能一辺倒ではないのだ。数寄屋大工というより、伝統技能を深く理解した現場を総括できる技術者を養成することが目標とされているといえるであろう。
ただ、「伝統技法」という科目は実に興味深い。まずは大工道具箱をつくる。その前に、のみ、鋸、鉋など工具の正しい使い方を学ぶ。否、その前に工具の研ぎ方の練習である。工具箱のあとは、規矩術の基本・基礎として、規矩の原理と使い方を学びながら、制作を続ける。そして、継手・仕口(つぎて・しぐち 木材をつなぐ様々なやり方)の基本を学習し、軸組(じくぐみ 柱梁の組立て)模型の制作を行う。板図(いたず 板に画く図面)の書き方の実際もそこで学ぶ。そして、一年の最後は、四方転び(四つの脚が四方に広がった)踏台の制作に至る。
様々な試行錯誤が行われている。「伝統建築コース」のようなコースが全国の工業高校に広がりをみせるかどうかについては予断を許さない。しかし、より自由度のある大学ではどうか。この「伝統技法」のような実習科目は、伝統技能を無視し続けてきた大学でこそ行うべきではないかと、ふと思う。
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