木の移築プロジェクト,雑木林の世界95,住宅と木材,199707
雑木林の世界95
木の移築プロジェクト
布野修司
オーストリアのウイーン工科大学、フィンランドのヘルシンキ工科大学、米国のヴァージニア工科大学からたてつづけに建築家、教授の訪問を受けた。ウイーン工科大学からは建築家ヘルムート・ヴィマー氏。ウイーンを舞台に興味深い集合住宅のプロジェクトをいくつも展開中である。中高層ハウジング研究会と京都大学のアジア都市建築研究会で話してもらったが、大いに刺激的であった。
例えば、開口部、ファサードのシステムの提案がある。周辺の歴史的建造物の壁の色に合わせたブラインドがつけられており、時間毎にファサードの表情が変わる。また、別のプロジェクトで、居住者が思い思いの絵やメッセージをファサードに描くシステムもある。
後の二大学は学生それぞれ二十人前後が同伴しての訪問であった。目的もよく似ている。京都の町を素材に特に木造建築について学ぼうというのである。ワークショップ方式というのであろうか、単位認定を伴う研修旅行である。日本の大学も広く海外に出かけていく必要があると思う。うらやましい限りである。
修学院離宮、桂離宮、詩仙堂…、二つの大学のプログラムを見せられて、つくづく京都は木造建築の宝庫であると思う。実に恵まれているけれど、時としてその大切な遺産のことを僕らは忘れてしまっている。議論を通じて、日本人の方が木造文化をどうも大事にしてこなかったことをいまさらのように気づかされて恥じ入るのである。
フィンランドは木造建築の国である。だから木の文化への興味は実によく分かる。フィンランドにはアルヴァー・アールトという大建築家の存在があって日本にもファンが多い。建築の感覚に通じるものがあるのである。建築史のニスカネン教授のアールトについての講義はいかにその作品が深くフィンランドの木造建築の伝統に根ざしているかを具体的に指摘して面白かった。建築のグローテンフェルト氏と美術史のイエッツォネン女史の講義も、フィンランドの建築家の作品の中に日本建築の影響がいかに深く及んでいるかを次々に指摘していささか驚いた。
学生たちはただ観光して歩いているわけではない。両大学ともスケッチしたり、様々なレポートが課せられている。レイ・キャス教授率いるヴァージニア工科大学のプログラムで特に興味深いものとして具体的にものを制作する課題がある。近い将来日本の民家を解体してアメリカに移築しようというのだ。「木の移築」プロジェクトという。プロジェクトの中心は、京都で建築を学ぶピーター・ラウ講師である。民家の再生を手がける建築家、木下龍一氏がサポートする。
まず、初年度は民家を解体しながら木造の組み立てを学ぶ。そして、次年度はアメリカで組み立てる。敷地もキャンパス内に用意されているという。米国の大工さん(フレーマー)も協力する体制にあるという。問題は日本側の協力体制である。面白そうだから協力しましょう、という話になったけれど、容易ではない。組み立て解体の場所を探すのが大変である。解体する民家を探すのも難しい。いきなり今年は実行できないけれど、とにかく何か共同製作しようという話になった。
みんなでひとつの巨大な「連画」を描くのである。場所は、国際技能振興財団の「ピラミッド匠の広場」(滋賀県八日市市)になんとか確保した。ヘルシンキ工科大学は参加できなかったが日米学生三〇数名が参加した。
指導は彫刻家大倉次郎氏であった。木彫で海外にも知られる。作業は簡単といえば簡単であった。墨で線を引くだけである。
とにかく筆の赴くままに無心に引け、という。意識してパターンをつくってはいけない、という。交代して順番に引いていく。前の人の線が気になる。ルールは、前の人の線に接してはいけない、ということである。
まず、紙の上に木や竹、石などを置く。これも構成を意識せずにばらまく。置かれたものをよけて線を引くのもルールである。
やってみると意外に面白い。筆の太さによって線は規制されている。個々の線に個性はでるけれど、全体として統一感は自然にでてくろ。一心不乱に引いて、共同でひとつの作品ができる。貴重な体験であった。
「木の移築」プロジェクトもなんとか成功させたいものである。
ところで「木匠塾」も軌道にのりつつある。今年は加子母村(岐阜県)でバンガローを建てる。学生の設計で学生による自力建設である。加子母村については、学生主体の運営で来年以降も継続して二棟ずつ自力建設を行うことになった。また、これまでの成果をまとめ、全国的に展開する段階に達しつつある。
SSF(サイト・スペシャルズ・フォーラム)の第八回スクーリングは陸前高田氏で開かれた。大変な盛り上がりで、毎年開く勢いである。
職人大学設立も本格的に動き出した。難問山積であるが、大きな流れになっていくのは間違いないところである。
本誌の連載は「雑木林の世界」以前の四回を加えて丁度一〇〇回となった。木匠塾、SSF、職人大学の動きは記録できたのではないかと思う。ご愛読感謝したい。
以下、小さく縮めて入れて下さい。
●1989:01 雑木林のエコロジー02 草刈十字軍03 出桁化粧造04 智頭杉「日本の家」●1990 05 富山の住宅 06 UKーJAPAN ジョイント・セミナー 07I風水ーーーインドネシア08 伝統建築コース 09Z出雲建築フォーラム10 家づくりの会 11 ワンルームマンション研究 12○地域職人学校ーーー茨城県地域木造住宅供給基本計画 13 中高層共同住宅生産高度化推進プロジェクト14Iカンポンの世界 15 「木都」能代16 「樹医」制度・木造り校舎・「樹木ノート」●1991年
17 秋田県建設業フォーラム 1月
18サイト・スペシャルズ・フォーラム 2月
19A建築フォーラム(AF) 3月
20A地球環境時代の建築の行方 4月
21 「イスラムの都市性」研究 5月
22A住居根源論 6月
23 飛騨高山木匠塾 7月
24 木の文化研究センター構想 8月
25 第一回インターユニヴァーシティー・サマースクール 9月
26S凅沼合宿SSF 10月
27○茨城ハウジングアカデミー 11月
28 第一回出雲建築展シンポジウム12月
●1992年
29 割箸とコンクリート型枠用合板 1月
30Iロンボク島調査 2月
31○技能者養成の現在ー茨城木造住宅センターハウジングアカデミー 3月
32 東南アジア学フォーラム 4月
33 第二回インターユニヴァーシティー・サマースクール 5月
34 建築と土木 6月
35 望ましい建築・まちなみ景観のあり方研究会 7月
36 エスキス・ヒアリングコンペ・公開審査方式 8月
37 日本一かがり火祭り
38 京町屋再生研究会
39 マルチ・ディメンジョナル・ハウジング
40 朝鮮文化が日本建築に与えたもの 12
●1993年
41
42 群居創刊10周年 2
43 京都・歩く・見る・聞く 3
44 4
45 韓国建築研修旅行 5
46 飛騨高山木匠塾93 6
47 北朝鮮都市建築紀行 7
48 SSF第一回パイロットスクール 8
49 東南アジアの樹木 9
50 空間アートアカデミー:サマー・スクール
51 飛騨高山木匠塾第三回インターユニヴァーシティー・サマースクール
52 現代建築の行方ーー出雲建築フォーラム
●1994年
53 SSF第二回パイロットスクール
54 町家再生のための防火手法
55 木造建築のデザイン
56 これからの住まい・まちづくりと地域の住宅生産システム
57 市街地景観セミナー「城山周辺の建築物の高さを規制するべきか、否か」
58 ジャイプールのハヴェリ
59 町全体が「森と木と水の博物館」鳥取県智頭町のHOPE計画始まる
60 東南アジアのエコハウス
61 マスター・アーキテクト制
62 飛騨高山木匠塾第四回インターユニヴァーシティー・サマースクール
63 ジャワ島横断
64 アジアの建築文化と日本の未来
●1995年
65 韓日国際建築シンポジウム
66 新木材消費論
67 阪神大震災と木造住宅
68 戦後家族とnLDK
69 北京・天津・大連紀行
70 阪神大震災に学ぶ(1)
71 かしも木匠塾フォーラム
72 中高層ハウジング研究会
73 アーバン・アーキテクト制
74 第五回インターユニヴァーシティー・サマースクール:かしも木匠塾フォーラム
75 エコハウス イン スラバヤ
76 ベトナム・カンボジア行
●1996年
77 80年代とは何であったか 第3回かしも木匠塾
78 都市(まち)の記憶 風景の復旧:阪神淡路大震災に学ぶ(2)
79 社区総体営造
80 職人大学を目指して
81
82 台湾紀行
83 明日の都市デザインへ
84 日本のカンポン
85 東南アジアのニュータウン
86 木匠塾:第六回インターユニヴァーシティー・サマースクール
87 住宅の生と死
88 ネパール紀行
●1997年
89 漂流する日本的風景
90 京都グランドヴィジョン研究会
91 組織事務所の建築家
92 パッシブ・アンド・ロウ・エナジー
93 景観条例とは何か
94 パッシブ・ソーラー・システム・イン・インドネシア
95 スタジオコース
96 木の移築プロジェクト
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