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2026年2月28日土曜日

講演:植えつけられた都市:近代世界システムと植民都市,日本建築学会近畿支部農村計画部会「植民都市と北海道植民」,柳田良造「地域空間計画からみた北海道開拓と都市・村落の発展」,大阪工業大学,2008年3月20日

 講演:植えつけられた都市:近代世界システムと植民都市,日本建築学会近畿支部農村計画部会「植民都市と北海道植民」,柳田良造「地域空間計画からみた北海道開拓と都市・村落の発展」,大阪工業大学,2008320

































2026年2月27日金曜日

小林如泥のこと, 追悼 古川修先生

 小林如泥のこと, 追悼 古川修先生

布野修司

 

 

 京都大学ではすれ違いである。赴任した91年は、古川先生は既に退官された後で、教室でご一緒する機会はなかった。直接の弟子ではないから、自分でも不思議な関係だと思う。

 きっかけは「生産組織研究会」(大野勝彦、藤沢好一、吉田拓郎、安藤正雄、深尾清一、松村秀一、遠藤和義他)である。建築計画研究室の出身でありながら、『群居』で大野勝彦と一緒に活動しており、安藤正雄がクラスメイトだったこともあって、内田(祥哉)スクールに加えて頂いて活動してきた。東南アジアを歩き出して、建築の設計計画をより全体的な生産過程において考える必要に迫られたのが個人的な動機である。後に、内田先生から職人大学を手伝えと言われるのも、この縁の延長である。

 とはいえ、古川先生から直接教えを請う機会がそうあったわけではない。当初は専ら学会の懇親会などで親しく話を聞かせて頂くくらいである。如何にも月並みな関係で、事実そうでしかないのであるが、その酒席での議論が実に刺激的であった。挑発的と言ってもいい。先生は「生産組織研究会」を「おにゃん子倶楽部」と称された。そんな話は一切しなかったけれど、内田先生と古川先生は東大の同級生で、第一工学部と第二工学部、東大と京大ということでライバル意識もあったのかもしれない。「僕は、おにゃん子倶楽部ではありません」とくってかかったのが懐かしい。議論は冗談のようでいて、調査、研究の方法を真摯にめぐっていた。

 ひとしきり議論を終えると、話は決まって「出雲」のことになった。先生は米子の出身で僕は出雲で生まれて松江で育った。実は、東京で家が近所だったこともあって、後にちょっとだけ家族ぐるみでつき合いをさせて頂いくことになったのは「出雲」の縁だと思う。先生は、「お前は毛利だろう」「俺は尼子だから、お前は敵だ」とおっしゃる。やけに気になって調べて見た。布野姓は出雲に多い。行ったことはないのだけれど、広島県に布野村という村がある。どうも尼子に追われて出雲にやってきた一族の末裔らしい。「僕も尼子らしいですよ」というと、にやっと笑われたのであった。僕の学位請求論文を丹念に読んで下さり、学会賞候補に推薦してくださったのは古川先生なのである。

 昨年の暮れ、突然、葉書を頂いた。「妙なことが気になり出したのですが・・・・松江に如泥小路というのはまだあるのでしょうか。」

  顔から火が出た。如泥(じょでい)など知らない、のである。

 海外調査に出かける直前で慌てたのだが、島根県立図書館に勤める後輩などに連絡をとってかろうじて僅かな資料を得て、送った。

 小林如泥(17531813)。松江の生んだ茶人、松平治郷不昧公のお抱え大工である。名人大工で、瓢箪の内側に紙を貼ったり、居酒屋で枡を組み立て一滴も漏らなかったといった「如泥話」がいくつも残されている。最も得意としたのは麻の透彫である。雲州大工如泥の名は全国に聞こえたという。ただの大工ではない。土木工事も請け負った。「如泥石」という石臼を逆さにしたような石を並べて宍道湖から天神川の河口の護岸を守った。如泥石は今でも天神さんの境内に置かれている。

 大酒飲みであった。いつも泥のように酔いつぶれるから如泥である。本名は安左右衛門という。白潟の大工町で生まれ、美しい夕陽を毎日望める家で死ぬまで暮らした。裏口から宍道湖の湖岸までの細い通路を「小林小路」と呼んだ。不昧公は、この細い通路を生涯拝借地として如泥に与えたのである。現在でもその近辺は「如泥灘」と呼ばれている。

 資料を送った直後に入院されたという。何故、如泥なのか、今となっては永遠の謎である。海外に出掛けるのもいいが、お前が育った町のことを知らないでどうする、という声が繰り返し聞こえてくる。

 古川先生は、小林如泥の生まれ変わりではなかったか、などと冗談のように思う。

 

 

1949 8   島根県出雲市生まれ

1968 3   島根県立松江南高等学校卒業

1968 4   東京大学教養学部理科Ⅰ類入学

1972 4   東京大学工学部建築学科卒業

1972 5   東京大学工学系大学院建築学専攻課程(修士)進学

1974 4   東京大学工学系大学院建築学専攻課程(博士)進学

1976 4                       中途退学

1976 5   東京大学工学部建築学科助手

1978 5   東洋大学工学部建築学科講師

1984 4             助教授

1991 9   京都大学工学部建築系教室助教授

1999 4   京都大学大学院工学研究科 生活空間学専攻 地域生活空間計画講座

2026年2月26日木曜日

布野修司 履歴 2025年1月1日

布野修司 20241101 履歴   住所 東京都小平市上水本町 6 ー 5 - 7 ー 103 本籍 島根県松江市東朝日町 236 ー 14   1949 年 8 月 10 日    島根県出雲市知井宮生まれ   学歴 196...