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2022年3月3日木曜日

ヴァナキュラー建築の豊かな世界,『建築技術』,太田邦夫著『世界の住まいに見る 工匠たちの技と知恵』,2008年2月号

 ヴァナキュラー建築の豊かな世界,『建築技術』,太田邦夫著『世界の住まいに見る 工匠たちの技と知恵』,20082月号

太田邦夫著 世界のすまいに見る 工匠たちの技と知恵 学芸出版社 200711

 

ヴァナキュラー建築の豊かな世界 

布野修司

 

 評者が初めてインドネシアを訪れたのは、19791月のことである。赴任したばかりの東洋大学で「東南アジアの居住問題に関する理論的実証的研究」という研究プロジェクトに参加することになり、以降30年近くアジアを歩き回ることになるのであるが、この最初の旅はとりわけ印象深い。スマトラのバタック諸族そして西スマトラのミナンカバウ族の住居集落は今でも鮮烈である。この旅でご一緒したのが著者の太田邦夫先生である。太田先生は、既に東欧の木造建築を数多く見て回っておられたのであるが東南アジアは初めてであったと思う。

 評者は、以降『カンポンの世界』(パルコ)にのめり込むことになるけれど、その後も太田先生には一貫して教えを受けてきた。『群居』では、本書の前身といってもいい「エスノアーキテクチャー論序説」を連載して頂いた。R.ウォータソンの『生きている住まい』(布野修司監訳、アジア都市建築研究会訳、学術出版社、1997年)を翻訳したのも、『世界住居誌』(布野修司編、昭和堂、2005年)をまとめたのも太田先生の教えに導かれてのことである。

 本著は、170頁ほどであり、実にハンディで読みやすい。しかも、300点もの図版が収められており、ヴァナキュラー建築の豊かな世界、その奥深さを誰もが知ることができる。

 全体は12章からなるが、全体は、「住まいを実際建てる順に従い」「まずは建物の基礎から始め、柱や杭と床との取り合い、柱・壁の捉え方、屋根の架け方、そして屋根と町並みの関係で終わるという順」に構成されている。具体的に焦点を当てられているのは、「工匠たちが現場で採択せざるを得ない、主要な部位の建築手法」である。

 まず1章は「床が横に動く住まい」である。イランのカスピ海の沿岸ギーラン州にあるこの高床式住居の写真を何年か前に太田先生に見せられて仰天したことを思い出す。本書に依れば、太田先生は25年も前からその存在を知っていたと言うが、基礎の部材を縦横に並べて地震のエネルギーを吸収するのは免震構造そのものである。工匠たちは、免震という手法をとっくに思いついて実践していたのである。

 2章は「浮上する高床の住まい」と題される。これも床が動く例である。『水の神ナーガ』を書いた建築家スメット・ジュンサイがタイには「陸生建築」と「水生建築」とがあるというが、筏住居あるいは船上住居は一般的である。しかし、家の四隅に柱を立てて洪水あるいは増水に備えるスラット・タニー県の例はユニークである。タイは随分歩いたけれど全く知らなかった。太田先生の連想はこの事例からウクライナの屋根が上下する乾草小屋、そして四本柱の家に及ぶ。

 3章は井楼(井籠)組の話である(「地震帯に何故井楼組が残っているか」)。木を横に使う井楼組は日本では校倉造りといった方がわかりやすいかもしれない。英語で言えばログ(ハウス)である。この井楼組は当然木材が豊富な地域のものである。そのルーツは黒海周辺と考えられている。この構法は日本にも正倉院の校倉のみならず相当程度建てられてきたと思われるが、掘っ立てではないから跡が残らない。村田次郎は『東洋建築系統史論』において、その伝播経路を南北二系統と説明し、熱帯には及ばないだろうとしたが、太田先生と最初に訪れたバタック・シマルングンの住居の基礎は井楼組であった。そして、本書で太田先生は井楼組が地震と関係があるという。

 こうして、各章「眼から鱗」の話が満載である。設計を志し、愛する我々の必読書と言っていい。



 

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