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2022年3月31日木曜日

伝統建築コ-ス,雑木林の世界08,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センター,199004

 伝統建築コ-ス,雑木林の世界08,住宅と木材,(財)日本住宅・木材技術センター,199004

雑木林の世界8

 伝統建築コースーーー熊本県立球磨工業高校の試行

                        布野修司

 

 熊本県に行ってきた。熊本職業訓練短期大学校、熊本県立球磨工業高校を取材するためである。熊本職業訓練短期大学校は全国で初めて開設された認定職業短期大学である。その十年後の状況について聞いてみたかった。また、球磨工業高校に伝統建築コースがつくられて一年になる。その具体的な様子が知りたかったのである。

 熊本職業訓練短期大学校は、熊本市をはじめ、建設業、サービス業等二五団体で構成された職業訓練法人熊本市職業訓練センターが運営する、全国で唯一特殊経営体を基盤とする短大で、ユニークな訓練方法をとっている。入学の条件として企業への就職が必須というのがまず特徴的である。つまり、働きながら学ぶのである。専門学科・基本技術は大学で学び、応用技術は事業所で学ぶというシステムである。熊本市建築組合熊友会、熊本市建築大工技能士会、熊本市左官共同組合の建築関係の三組合が求人活動を行い、事業所を決定した上で大学校に派遣するのである。

 当初は建築科、左官科の二科であった。一九七九年に開設されてからの入校生の推移を聞いてやはりと思う。三五、二五、三一、二三、一七、七、九、一〇、〇、一三、二四。一九八七年はついに零である。せっかくのユニークな訓練システムも風前の灯火となったのであった。

 原因は何か。第一にもちろん若者の建築業離れがある。3K,6K(きたない、きつい、きけん、に加えて、給料が安い、休日が少ない、気持ちよく働けない)が大きい。もうひとつ、熊本地域の建築事情の変化がある。建築科は木造建築が主体であったのであるが、鉄筋コンクリート造、鉄骨造が増え、求人と教育内容がずれてきたことがある。左官科についてもインテリアの仕上げが多様化してきたということがある。

 そこで昨年、学科の再編成が試みられ、総合建設科に建設専攻(型枠・鉄筋)と建築仕上専攻(建築・左官)のふたつを設ける形態がとられた。今年度、二四人に持ち直したのはその効果なのである。こうした形の地域の職人養成システムは極めて重要である。地元にしっかりした作りの手の集団が常に安定的にいることが、地域地域に建築文化の華が咲続ける条件である筈だ。

 

 球磨工業高校は、今年度、全国で初めて「伝統建築コース」を設けた。名称からすると熊本訓練短期大学校とは逆の行きかたのような気がしないでもない。あるいは、役割分担をするかのようである。一方は、建築界の変化に対応するようカリキュラムを変化させるのに対して、一方は、伝統技能を守る技術者の減少に歯止めをかけようというのである。

 球磨工業高校では、村上静夫校長、富岡茂則の両先生に実に興味深い話を伺った。そもそもきっかけはなにか。いうまでもなく伝統的な日本建築に携わる技術者が少なくなってきたことが背景にある。また、工業高校の生き残り策としての、特色ある学校づくりというねらいもある。そもそもの発想は県の教育委員会にあり、その具体的な検討の過程で、従来から、木造建築についての教育に力を注いできた球磨工業高校に白羽の矢があたったということだ。

 人吉・球磨地区は県の中でも重要な林産地区であり、地域活性化のねらいもある。地域として木造建築技能者の育成強化が必要とされているのである。また、細川熊本県知事の「田園文化圏の創造」という地域づくりの一貫でもあるという。知られるように、細川知事は「熊本アートポリス博」を展開中である。球磨工業高校の実習室もその一貫として「象」が設計を担当することになるという。地域全体のプログラムの中の「伝統建築コース」なのである。

 反響は大きかった。全国からの問い合わせが相次いだという。実際、僕が球磨工業高校の「TAC(Traditional Architectural Course)」というパンフを入手したのは茨城県であったから、相当知れ渡っていることは事実であろう。京都工芸繊維大学の中村昌生先生、京都の安井杢工務店の安井清棟梁が全面的に協力するというのも大きな話題であった。昨年十月末には、人吉市で「伝統建築フォーラム」も開かれたという。

 従来の建築科の定員四〇人を建築コース二〇人、「伝統建築コース」二〇人に二分したのであるが、「伝統建築コース」は、従来のコースとどう違うのか。実施に当たっては大変な苦労があるに違いない。試行錯誤の連続ではないか。非常に興味深々であったのは、「数寄屋づくりの専門家」の養成がうたわれていたという点である。少なくとも、一般には、神社仏閣や数寄屋を造る技能者を養成するコースができた、と受け止められている。マスコミの反応は明かにそうだ。果してそうなのか。

 富岡先生は、その辺の事情を冷静に書いている。*1 必ずしも、数寄屋大工の養成が目指されているわけではないのだ。三年間の工業高校教育のフレームのなかでできることはそう多くはない、といってもいい。新しく設けられたのは「日本建築」、「伝統技法」、「課題研究」の三つの科目である。

 「日本建築」では、計画・構造・施工などの基礎・基本、さらに建築様式など日本建築史を教える。「伝統技法」では、規矩術や木割などの伝統的技法を実習する。また、木や竹など材料の見方、工具の扱い方を実習する。「課題研究」は、いわば、卒業研究、卒業制作である。自らテーマを設定し、作品制作したり、調査研究を行うものである。

 一方でCAD教育も行われる。必ずしも、伝統技能一辺倒ではない。数寄屋大工の養成につながる技能者を養成するのではなく、伝統技能を深く理解した、現場を総括できる技術者を養成することが目標なのだ。

 「伝統技法」では、まずは大工道具箱をつくる。その前に、のみ、鋸、鉋など工具の正しい使い方を学ぶ。否、その前に工具の研ぎ方の練習である。工具を生徒自身に揃えさせるかどうかは随分悩んだという。特にのみを鞄に入れて通うのは危険である。結局、今年については学校で揃えたのであるが、予算のこともあり、また工具はそれぞれが自分の魂を込めるものという考えもあり、今後の検討課題だという。

 工具箱のあとは、規矩術の基本・基礎として、規矩の原理と使い方を学びながら、制作を続ける。そして、継手・仕口の基本を学習し、軸組模型の制作を行う。板図の書き方の実際もそこで学ぶ。そして、一年の最後は、四方転び踏台の制作に至る。訪ねた時には、四方転び踏台制作の真っ最中であった。

 これからも試行錯誤が続くであろう。「伝統建築コース」のようなコースが全国の工業高校に広がりをみせるかどうかについては予断を許されない。しかし、より自由度のある大学ではどうか。この「伝統技法」のような実習科目が全国大学でできないものか。

*1 「全国初「伝統建築コース」への取り組み」 『建築雑誌』 1990年1月号


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