吉村篤一 地模様の建築を織りなす,新たな建築家像を目指して 布野修司対談シリーズ3,日刊建設通信新聞社,19960705
布野修司対談シリーズ
新たな建築家像を目指して
吉村篤一
地模様の建築を織りなす
図と図の間の地獄・・・京都の歴史環境をつなぐ景観の悲惨の中で
吉村さんは京都生まれの京都の建築家である。京都の建築家と思われている。しかし、いかにも京都らしい和風の作品をつくっているかというと全く違う。町家の改造を始め、京都市内に多くの作品があるが、むしろ、京都の町に新しい感覚を吹き込む姿勢が一貫している。
場当たり的だと吉村さんはいう。しかし、そのデザインにはモダニズムの筋が一本通っている。ただ、単純なモダニズムのイデオロギーや美学に固守するわけではない。
場当たりとは、場毎に回答を出すと言うことである。住み手と設計者の共同作業の場が基本である。その関係性の中でものをつくる、それが原点である。また、地模様の建築を、と吉村さんはいう。常に新しいものをつくりたいというのも本音だけれど、新奇な建築をつくりたいというのでは全くない。図と図の間の地獄を埋めるのが役割かな、というのは相当の覚悟である。
仕事は公共建築に広がりだし、その地模様の建築は、吉村通り、吉村界隈として、既にその姿を見せ始めている。
布野: 建築環境研究所を始められて、ちょうど二十年という区切りがすぎたわけですが。
住み手の顔と像
吉村: これまで住宅の仕事を中心にやってきたんですが、最近は、京都市の岩倉図書館とか、JRの花園駅とか突然に公共建築をやるようになってきてます。それと、共同住宅の仕事が増えてきまして、地震で中断していたんですが、六甲アイランドの仕事が再開したところです。平行して、京都では町家型共同住宅とか、大阪府供給公社の賃貸の二段階供給のプロジェクトを始めてます。
布野: 仕事の積み重ねが公共に評価されてきたんですね。
吉村: 今までは施主と一緒につくるという住宅のやり方をやってきましたので、それだけではいけないようなことが起こってくるのではと思っています。民間ディベロッパーには独特のフォーマットがあって、共同住宅というのも、なかなか思い通りにいかないものだと感じているところです。戸建住宅ですと住み手の顔がありますでしょ。それを内部にも外部にも表現するということでつくってきた。設計者と住み手の共同作業ですね。集合住宅の場合は住み手の像を仮設的に考えていかないといけないわけですね。方法論が違ってくる予感があります。
京都「吉村通り」
布野: 作品を京都の地図にプロットしてみると相当になりますね。京都には「吉村通り」と僕らが密かに呼ぶ通りがある。
吉村: 「大龍堂」の近辺はもともと町家が残っていたんです。ただ、街並みとか景観をそんなに意識して造ってはいないんですよ。派手な住み手の場合はやっぱり派手になるんです。町家の改造のような仕事の時には当然ですね、街並みを意識するのは。ただ、町家を復元するつもりはありません。建て変わるのであれば建て変わっていけばいい。いいものができればいいんです。
布野: 基本的にデザインのベースはモダニズムですよね。「上京の町家」(吉原邸)の改造なんかはいかにも吉村さんらしい。ラディカルといってもいい。
吉村: そういう世代なんです。坂倉に入ったときから、いかにセンスのいいものをつくっていくかということですね。コルビュジエのモデュロールをT定規に貼って仕事してきたんです。僕はほんとに場当たり主義なんです。その場その場でいい面を出していこうということでやってきただけなんです。一〇年ぐらいやってたら、なんか共通点があるかなと思えてきたんです。
拠点としての大阪と京都建築フォーラム
布野:京都に育たれて住んでおられるわけですが、事務所は大阪ですね。吉村:大阪は関西の中心なんですよ。地理的に扇の要の位置にあるから京都も神戸も奈良も和歌山もいつでもいける。動きやすいんです。京都に住んでて京都で仕事してる人は、よく行くなというけど、若いときから通ってるから全然苦痛ではありません。ショウルームとか多いから、情報も得やすい。
布野: 京都という地域との関わりは大きいですよね。吉村さんというと京都の建築家のイメージがある。
吉村: 京都に住んでて、人間関係がありますから仕事は多くなりました。京都でやって欲しいと言われるんです。事務所に入りたいという若い人も京都じゃなくてがっかりする。京都で公共建築をやろうとすると京都に事務所があった方がいいらしいんです。
布野: 京都はいろいろしがらみがあってやりにくいということですか。
吉村: そういう面はありますね。僕でもわからないことがあるんです。ただ、京都建築フォーラムというのもやってて、若い人たちに賞だしたりしてるんですよ。若い人たちに期待してます。
図と図の間が地獄
布野: 建築家には、言葉やコンセプトを全面に出すタイプとしっかりつくってものに語らせるタイプがありますね。
吉村: 絶対後者です。
布野: また、図を造るタイプと地をつくるタイプがありますね。「地模様」の建築ということをおっしゃってる。
吉村: 外国人が京都に来ると、京都が駄目になったというんです。京都は古建築はすばらしい。ところが移るときが地獄だ。図と図の間が地獄になっている。図になるような仕事はほとんどないので、地模様をつくるのも役割かなと思ってるんです。
布野: 伝建地区のように様式を凍結する場合がある。文化財としてファサードの様式を保存する。かっての地模様を固定するわけです。一方、北山通りのように新しい街並みをつくるやり方もある。
吉村:ぼくはいつも新しいものをつくりたいと思ってるんです。ただやりかたが違う。性格にもよるしね。ものをつくる姿勢として何か延長線上にあるものをつくりたいんです。そういうものしかつくれないからかもしれないんですけどね。地域性とか風土ということは建築には大事だと思いますし。町家を例に取りますと、形は新しくても、そこでの生活や四季の行事を考えながらつくっていけば新しい様式になっていくわけです。
形ではなく作法
吉村: 伝統的な形をそのままつくるのではなく、新しい発想で、新しい技術を使ってつくっていく。形ではなく、古い建築のもってる作法を新しい考えで使っていく。形は丸でも三角でもいい。
布野: 既存の町家のストックはどうすればいいでしょう。僕は「京町家再生研究会」のメンバーでもあるんですが。話があれば一戸一戸対応しますよ、ということでしょうね。
吉村: 立派な町家は残るでしょうから、一番問題なのは一般の町家ですね。壊されるのはもったいない。無くなっていくと地模様にならない。なんとか手を入れたい。
布野: 消防法とかの問題があって木造の町家は建たない。
吉村: 木造じゃなくてもいいんですよ。新しい材料で。ただ、僕の仕事を見て、こうしたいとおっしゃるけれど頼みには来られない。そこに問題がある。住みにくいから郊外にでていく。空き家に住みたい人は沢山いるけれど貸すのは嫌だ。都心に住む人がいないから小学校が廃校になる。
布野: 悪循環ですね。
保存と言わずに・・・一戸一戸から面へ
吉村: 現代生活がきちっとできる町家ができないといけないんです。都心在住の主婦五人の発想をまとめてモデル住宅をつくろうというプロジェクトをやってるんですけどね。図面は出来たんです。
布野: 本音をいいますと、結局一戸一戸やっていくしかない、という気はしてるんです。ただ、「吉村通り」にしても、もう少し、広がりをもてないか。モデル住宅も二戸、四戸ともう少し面的なイメージが出来ないかと思うんです。
吉村: 京都を意識したのはヨーロッパへ行ってからですけど、東洋の町は西洋のように古い街区を残して別に新しい町をつくるようにはならないですよ。混在というか、ハイブリッドですね。ただ、京都しかそういう町にならないんじゃないかと思う。奈良、鎌倉は古いですし。
布野: 北部保存、南部保存は共通理解になってる。
吉村: 混在してていいんですよ。伝建地区もいいんですけど、みんな伝建地区にはならないでしょう。二〇年くらい前に、全部瓦ということにしておけばうまくいったかもしれませんけどね。部分部分は厳しくしていいけど、網を掛けるというと、必ず網をかいくぐる人がでるでしょう。行政だけではうまくいかないでしょうね。コンテクスト保存というか、それを保存と言わずにいい言葉はないですか。
細部の全てに眼を
布野: 開発か保存か、ということにすぐになるけど、地区によっても違うんですよね。シティー・アーキテクトというか、地区アーキテクトがいて、そういうセンスあるアーキテクトに見てもらった方がいいという発想がある。一戸一戸どう建てればいいかアドヴァイスするわけです。
吉村: 僕は全部見てるんです。仕事は。目が届いているということで頼んでくる人が多いわけですから。多いときで八人、一〇人超えたら目が届かなくなる。
布野: ワンマン・コントロールということになりますか。
吉村: いやいや、僕はほんとに場当たり的なんです。僕がスケッチ書く場合もあるし、最初から若い人が担当する場合もあるし。だけど、最初から最後までどうなったか知ってるということなんです。社会的な責任採るということじゃなくて、内容的に細かいことまでわかってるつもりですけど。デザイン的な問題はチェックしてる。あそこの照明器具がなんだったかといわれると忘れてますけどね。
布野: そういうデザイン的な問題を全部知ってるシティー・アーキテクトが欲しいんです。打ち合わせなんですよね。住宅だとイメージしやすいけど、町になるとひとりに委せるというとうるさいでしょうね。特に京都は。
瓦と竹は扱いにくい
吉村: 素材は本物志向。
布野: 本物というのが難しいんですね。オーーセンティシティ(真正性)の問題は保存でも議論される。構法とか、材料とか、周辺環境とか、どれが本物だったかというとわからない。結局、京都の町をどう見るかということに関係していくような気がします。
吉村: プラスティックでもかまわないんですよ。ガラスでもアルミでも、そのものらしく、素材の本質に沿って使うことですね。みんな同じじゃないですか。コンクリートも木もなんでも使っています。
布野: ただ、瓦は嫌ということはないですか。扱うのが難しいこともありますね。
吉村: ほんとは嫌なんですよ。日本瓦を使うと新鮮味がなくなるんです。瓦を使って新しいデザインを打ち出せばいいんです。ただ、竹というのはほんとに使いにくいですよ。竹を使うととにかく和風になっちゃう。つらいですね。沖縄の床のような使い方をしてみたいんですけどね。基本的には、最終的には土に帰るものを使いたいということがあるんですけどね。
布野: 地球の深いところから採れたものほど返しにくい。
吉村: 伝統的な素材を使わないと街並みが出来ないということはない。コンクリートでもアルミでもつくっていける。地域の素材を使うというのもわかるけれど、最先端の材料技術も欲しい。町家と同じものだけじゃ嫌なんですね。
ポイントはスケール
吉村: 寺町通りと河原町通りのまちづくりのお手伝いをしてるんです。ストリート・エレベーションをつくってみると色々気がつくんですね。
布野: やっぱり、スケールですか。ポイントは。
吉村: 古いものもぽつんぽつんと残っているけど、復元して書き割りで残せばいいということではないしね。ここでは混在してるから、その魅力を引き出す必要がある。こういう通りで日本で成功した例はないんじゃないですか。見学に行くところがない。
布野: 京都でモデル的にやる必要があるわけですね。書き割り映画のセットというか、テーマパークじゃなくて。新しいものと古いものを対立的にデザインするやり方もある。調和するやり方もある。
吉村: 書き割りテーマパークはなんか違うという気がしますね。やってみろといわれたら考えるけどね。とにかく、スケールは大事ですね。大きいものをやる場合は分節するとか工夫がいりますよね。
布野: 色は日本では生(き)の色でいくのがいい。
吉村: 生なりの色を使って、生なりの表現をしていて、スケールが合ってたらそんなにちぐはぐにはならないんです。だけど、京都だと格子はこうだ、瓦はこうしなさい、というのがあるんですね。
布野: 上七軒の町家型集合住宅は新聞でも取り沙汰されてますね。ただ、そういう議論があることはいいことじゃないですか。
吉村: 少しおもねってますかね。ただ、上七軒の場合は周辺はしっかりしたお茶やさんが並んでるわけですから、住民の方にも愛着がある。格子は木じゃなくてはいけない。
布野: 京都の場合は、市民のデザイン・センスのレヴェルが高いんでしょうかね。同じ格子でも、細かく見ますよね。あれは民家風で京町家じゃない、と言われる。
吉村: でも、暮らしの方が先だと思いますよ。町家に暮らせなければ街並みも生き生きしないんです。
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