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2021年6月17日木曜日

曼荼羅 宮内康・布野修司編/同時代建築研究会著:ワードマップ『現代建築ーーーポスト・モダニズムを超えて』


 宮内康・布野修司編/同時代建築研究会著:ワードマップ『現代建築ーーーポスト・モダニズムを超えて』,新曜社,1993



曼陀羅

 

 




西洋特有の二項対立的論理思考によっては理解し得ない視覚的直観による宗教的認識手段の一つとして曼陀羅がある。

 デカルト以来近代理性における対象把握法において、人は、部分における代数的認識行為から論理的に一歩一歩真理を堀り下げるやり方をとる訳だが、もとより、部分における固定化され教条化された視点の狭さは、目、耳、鼻、舌、身体等他の5感すべてにわたる非言語的認識領域を疎外しているのであり、全体→←部分との広範なつながりの中から、「意味の微分〓差異化による無限への接近過程(中沢新一)」として《解析》に思考をひろげていくことができなたった。

 図像を媒介とした東洋的思考は、多く直観的であり、二元論的思考の解体過程としてあらゆる矛盾を包み込みつつ《個体》→←《宇宙》への即時的な全体知を志向する。

 昔、インドやチベットの僧侶がきびしい修業をへて悟りを得る瞬間に脳裏に浮かんだイメージを図像化したものがマンダラだと言われており、悟りの場(空間)として凝縮されたこの象徴的世界図式には、神秘的直観によってのみ解読されるべき数知れぬ記号がセンサーのごとくぎっしりつめ込まれている。

 

 また、曼陀羅は、形の起源として見た場合、古代インドの王城を模したものと言われ、多くの宗教建造物が曼陀羅における円型と方型の二つの基本構造とパターン的関連性を持つなど、強固な空間性を具備しているから、都市や建築との造型理念的つながりの中からマンダラを解読することも十分可能となる。

 まず、マンダラの語源について申し述べるならば、「マンダ」とは本質を意味し、「ラ」とは具有を意味すると言われている。

 一口にマンダラと言っても、密教の教理を総合的に示すマンダラから、ある教理を個別的に図示したものに至るまで、種類は多種多様である。

 主に密教系のマンダラに限って言えば、「金剛頂経」の示す仏の悟りの境地へと至る実践と認識の過程として、凡夫から仏への修業過程を五段階にわたって実践すべき「五相成身観」を図示したと言われる「金剛界曼陀羅」と、仏の持つ広大無辺の慈悲が胸底深く秘められ、あたかも胎内における胎児の如く蔵されている「大悲胎蔵生曼陀羅」略して「胎蔵界曼陀羅」とがあり、この二つのマンダラに、至高の仏大日如来と、大日から枝分かれし様々な機能的側面を分かち持つ分身的諸仏達が、実在面と実践面の双方からダイナミックに図示されている。

 うち胎蔵マンダラは、宇宙の根本理念としてある大日如来のダイナミックな展開が、個別性を排した即時的全体性として周辺領域へと及びつつ、逆に、全体性へ没入する個別性として見るならば、周辺領域から中心部への帰依的回路をも相互循環的に表していると言われている。この種の構図的配列のあり方が、都市的構造と結びつくことは今さら言うまでもあるまい。

 また、宗教学者の井筒俊彦氏は、「意識と本質」の中で、胎蔵マンダラにおける非時間性=無時間的な《全体同時性》を指摘しておられる。すなわち、絶対的無分節者としての大日如来の展開が、「元型」的自己分節においては即時的現勢態としてある以上、潜勢態のひそむ余地がそこにはなく、一切が現勢態であるかの如き存在のあり方は本質的に非日常性をはらみ、多分深層意識においてのみ体験される特殊的事態なのである……と。

 しかし、都市や建築が空間的芸術であることを胎蔵マンダラにあてはめて考えるならば、この種の一挙同時的現勢体を見おろした如きものではないだろうか。「時間におけるリズミカルな続きは、相前後して継続する諸要素の継承であるが、空間においてのそれは、横に並んだ諸要素の並置である」と、ギリシアの建築家で哲学者でもあるP.A ミヒャリスが『建築美学』の中で書いていたミヒャリスの説をひくと、時間的芸術形態である音楽において我々がリズムを聴く場合、二つ目のリズムを聴く時には最初の音はもう消えてしまっているけれど、空間芸術としての建築において、柱廊の持つリズムの強点はすべて一緒に現れ動かない。我々は、一つ目のものから二つ目のもの、あるいはその逆といった具合いに、相互同時的にすべてを眺めることが可能である。もちろんこの考え方は都市を把握する場合も共通して使える事柄であり、小説の如く、時間の展開に従い順次物語が進行するのでは決してなく、すべては一挙同時的に視界へと飛び込んでくる訳である。そしてこの図像的認識のあり方こそ、我々が、マンダラを見る場合と共通であり、まさに、我々の住む生活世界を一個の巨大な曼陀羅として即時的に眺め解読することの可能な都市像であり建築像であるとさえ言い得るのだ。

 「人類が記憶し意識もする以前からマンダラは都市像であり、建築の姿を写し出してきたものであるようだ。」と毛綱きこう氏は書いておられる。氏は、「都市の遺伝子」の中で、マンダラシステム図の都市像的拡大解釈として、胎像界マンダラとしての建築を対応させ、宝憧仏→神殿、天鼓雷音→庭園、開敷華王→銀行、彌ろく→宮殿、無量寿→市場、文殊→図書館及び博物館、大日如来→中心都市広場といった対比を試みるなどユニークなマンダラ的都市論・建築論を展開しておられる。

 都市がもしマンダラであるならば、神々の住まう聖なる空間としてのマンダラは都市においても実現されねばならないだろう。すなわち、胎蔵曼陀羅における都市的存在様式としては、一尊の大日如来を中心として、外へ、如来、菩薩、明王、天部等と尊を重ね、幾重も外周を拡げつつも、常に中心で安定して移動しない大日如来のあり方は、同心円型の構造を持ち、都市的中心の様相を暗示していなければならない。その求心的中心は常に静的であるが、同時に内面深く入っていくに従い根源から湧出して止まない無限の活動力を秘め隠しており、この種の都市における交通の中心こそ、曼陀羅における大日的活動力に符合している筈である。また、金剛界曼陀羅における存在様式としえなら、全体があたかもモンドリアンの抽象絵画の如き整然たる枅目に見えるが、実は螺旋の構造を持ち、その内面的本質は流動的に展開して止まない構造のあり方として、この種の都市形態を暗示しているのに違いない。

 この種の類型的構造の解明ではなく、マンダラが、個と全体、宇宙と人間との深淵なる調和的ユートピアを語っているとしたならば、都市もその希望的要請に答えていかねばならなくなってくる。

 ユングが、密教曼陀羅の研究家で、人間の意識を五層に分類した中の最深部、すなわち「集合的無意識のうち、決して意識化されることのない部分」の深層的表現形態としてマンダラに着目していたことは一般によく知られている。彼は、マンダラ的図形が、神経症患者達の描く絵の中で発病期と回復期に決って表れることに注目。自身マンダラをも含めた東洋思想を研究するのと同時に、精神療法の一つとして患者にマンダラを描かせることを思いついたという。

  過剰な機械文明という瀕死の重病におかされた我々の都市が、発病期のマンダラをへて、これから先、自然との相互調和をめざした理想的都市形態へと回復期に向かうとしたならば、そのとき、我々の都市の上には、いついかなる形のマンダラが、また誰の手によって美しく描かれていくのだろうか。




                                                   

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