京都大学東南アジア研究センター編:事典 東南アジア 風土・生態・環境,布野修司:住,弘文堂,1997年
集落の要素・・・建築類型
住 住居と関連する建築形式として、穀倉、墓、東屋、露台、寺院、家畜小屋、作業小屋、見張小屋、儀式のための構造物、あるいは集会所など公共の建物、そして船などが挙げられる。
住居とこうした建築諸形式の間には様々な機能が配分されるのであるが、その配分の仕方が民族によって地域によって異なる。住居と様々な建築物で構成される集落の形態は、生活様式や生業形態などによって規定されるが、儀礼的、公共的機能が多様な方法で諸建築物の間にいかに分配されるかにもよっている。
起源の家・・・儀礼の場としての住居
東南アジアの住居のなかには、実際には住まわれない、ある親族集団の「起源の住居」として維持されるものがある。具体的には儀礼の場として使われ、儀礼時に使用する様々な物やクランの聖なる宝物などが収蔵される。住居より寺廟に近い役割をする建築物である。
インドネシアのいくつかの地域で、集落全体が人の住まない「起源の住居」ばかりの村に出くわすこともある。子孫たちが集まって儀礼を催すためだけの集落である。サダン・トラジャ族の場合も、空家のままのトンコナン(住居)は珍しくない。その子孫は、近くの近代的な住居に住み、あるいはジャカルタなどの大都市に住み、儀礼の時に伝統的な住居を使うのである。だから、空家のまま改修新築されることも少なくない。
ケダンでは、ほとんどすべての村落が、「古い村」、すなわち起源の場所とみなされる部落をもっている。クランは、儀礼の場として用いられる「起源の家」をもち、そこには、石の祭壇、村の寺院、そして、フナーレラン、すなわち「古代の家」と呼ばれる、女性の先祖の住居を表現した住居のミニチュアがある。ミニチュアの家を持つ地域は、フローレス島のンガダ地域など他にもある。
祭式の家・・・寺院、祭壇、仮設建築
東南アジアの土着信仰のほとんどは別個に建てられた寺院ないし礼拝の場を用いない。住居あるいはその周辺が儀礼のために使用される。しかし、恒久的な儀礼のための構造物を持つ場合もある。
マドゥラ島には、ランガールと呼ばれるムスリムの礼拝のための高床の建造物がある。屋敷地の西端に置かれ、東向きに開口が採られる。礼拝時以外は、様々な用途に使われる。住居は地床だけれども、ランガールは高床である。
フローレスには、祖先崇拝と関連のある、様々なタイプの小さな「祭式の家」がある。ナゲ族は、男のクランの先祖に捧げた水牛の角を納めた男の祭式の家ボヘダと、家財と木製の先祖の人形とを納めた女の祭式の家サオ・ワジャとをもつ。エンデの祭式の家はサオ・ケダと呼ばれ、死者の骨を二度目に埋葬する際に用いられる。モルッカ諸島南部のタニンバル諸島の村々では、その中心に、舟の形をした石造構造物が立ち、時として装飾された木製の「へさき(船首)」と「とも(船尾)」がつけられ、村の儀礼的な中心となっている。
また、各地域で儀礼時には仮設建造物がつくられる。トラジャの埋葬の儀式さえも凌ぐ、バリの葬儀においては仮設建造物が重要である。三界世界を象徴するという巨大な塔がつくられ、動物をかたどった棺に入れられた死体とともに火葬場に運ばれ焼かれるのである。
バレ、バライ
ロングハウスの場合、屋外のテラス、屋内の通路のように、半公共的空間があり、ひとつの構造物のなかに公私双方の空間に必要なすべての機能が満たされている。しかし、ビダユー族(陸ダヤク)のようにロングハウスに隣接してパンガという、集会のための特殊な構造物をつくる例もある。一般的には、集落はその内部に共同体のための施設をもっている。
インドネシアの多くの社会で、集落にはバライやバレと呼ばれる集会所がある。バレ、バライが分布するのは、ニアス、ミナンカバウ、マレー、バリなど極めて広範囲である。
オーストロネシア語のバレ、バライは、もともと「壁で囲われていない住居」を意味するという。コバルヴィアスによれば、バリ語のバレは、「休憩所、住居、カウチ、あるいはベッド」で、住居の中庭にある壁のない休憩所がバレと呼ばれる*[1]。村落の広場にある集会場はバレ・バンジャールと呼ばれ、これも壁のない建物である。
また、ミナンカバウ族の村落にあるバライルンと呼ばれる年長者用の集会所や、ニアス島にある男性集会所も同様に壁のない建物である。ルソン島のイフガオ族やロンボク島のササック族の両方でバレは住居そのものを指す。ササックでは別にブルガと呼ばれる壁のない高床の東屋(露台)があるが、スラウェシの言語のなかに見られるバルガと同じ語源とみなせる。そして、バルガもまた壁のない集会所を意味する。
若衆宿
若衆宿のような男性のための集会施設が建てられる地域も多い。既婚者と未婚者、あるいは男性と女性という区別によって施設が異なるのである。
東北インドのナガや北ルソンのボントックは男性のための住居をもっている。ナガの村は父系のクランあるいはリネージに基づく地区に分けられており、それぞれの地区は男性の住居モルンを中心にしている。モルンは防御用の砦、議会、集会所、共同宿舎などの機能をもつ中心的施設である。北ルソンのボントックのパブフナンは昼間はある種の男性集会所、夜は未婚男性と客の寝室として機能する。ファウィは年配の男性が集まる建物である。
ニアスの社会もミナンカバウの社会も男性のための集会所をもつ。知られるように女性が住居と土地の所有者になるミナンカバウの母系社会では、女性の権力は男性より強いのであるが、男性集会所があるからといって女性がないがしろにされるということでは必ずしもない。
バタック・カロの穀倉は、集会施設と若い未婚の男性の宿舎、そしてお客が夜眠る場所を兼ねている。若衆宿も様々な機能と複合することによって様々な形をとるのである。
サクディでは青年期の若者たちが、自分たち自身で特別の住居をつくる。そこで年長者から自立を果たすのである。女性のための家というと珍しいが、バタックのなかには、少女が年長の女性の監視のもとに共同の住居に寝る例があるという。また、モルッカ諸島南部のタニンバルに未婚の人びとのために建てられるクサリという建築物の例がある。クサリは小さな構造物であり、高い杭の上に建てられる。そして、このなかには身分の高い少女が結婚前のある期間隔離されたという。
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