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2021年6月24日木曜日

現代建築家  宮内康・布野修司編・同時代建築研究会著:ワードマップ『現代建築ーーーポスト・モダニズムを超えて』

  宮内康・布野修司編・同時代建築研究会著:ワードマップ『現代建築ーーーポスト・モダニズムを超えて』,新曜社,1993


 現代建築家

 

 





 「建築家は文章の学を解し、描画に熟達し、幾何学に精通し、多くの歴史を知り、努めて哲学者に聞き、音楽を理解し、医術に無知でなく、法律家の所論を知り、星学あるいは天空理論の知識をもちたいものである」 ヴィトルヴィウス 『建築十書』 第一書第一章。

 

 「建築家 名詞 あなたの家のプラン(平面図)を描き、あなたのお金を浪費するプランを立てるひと」 アンブローズ・ビアズ 『悪魔の辞典』

 

 「建築家の定義 自分の創造力を崇拝するたたき上げの男」 リチャード・イングランド

 

 「偉大な彫刻家でも画家でもないものは、建築家ではありえない。彫刻家でも画家でもないとすれば、ビルダー(建設業者)になりうるだけだ」 ジョン・ラスキン

 

 「建築について知っている建築家はほとんどいない。五〇〇年もの間、建築はまがいものであり続けている。」 フランク・ロイド・ライト

 「ローマの時代の有名な建築家のほとんどがエンジニアであったことは注目に値する」 W R レサビー

 

 「エンジニアと積算士(クオンティティー・サーベイヤー)が美学をめぐって議論し、建築家がクレーンの操作を研究する時、われわれは正しい道に居る」 オブアラップ卿

 

 「建築家は社会的に有用であるとともに視覚的に美しい何かを作り出すべきだ」 チャールズ ウエールズ皇太子 

 

 「歴史と文学を知らない弁護士は、機械的な単に働く石工にすぎない。歴史と文学についての知識をいくらかでももてば、自分を建築家だといってもいいかもしれない。」 ウォルター・スコット卿

 

 「人間の命の短さは建築家という職能を憂欝にさせる」 ラルフ・ワルド・エマーソン

 

 「芸術のヒエラルキーにおいて、ボスは明らかに建築家である」 エリック・ギル

 

 「建築家とは、・・・  確実ですばらしい理性とルールに基づき、まず第一に、心のなかで知性に従って物事を如何に分割するかを知っていること、続いて第二に、実際の仕事において、物体を組み合わせたり積み上げたり、重量を配分することによって、人間の要求に極めてうまく適合するような材料を如何に統合するかを知っている人である」 レオン・バティスタ・アルベルティー

 

 「建築家とは、今日思うに、悲劇のヒーローであり、ある種の落ちぶれたミケランジェロである。」 ニコラス・バグナル

 「もし建築家の職能に未来があるとすれば、人々に自分たちの問題を自分で解くことができるようにするすぐれた理解者としてである」 コリン・ウオード

 

 「建築家と一緒に仕事をすることより悪い唯一のことは、建築家なしで仕事をすることである」 ジョン・パーカー

 

 「われわれはテクノロジーの盲目の司祭に問わねばならない、いったい全体、彼らは自分のしていることをどう考えているのかと」 「専門家の世界の自己満足は囚人の幻影である。扉を開く時だ。」 ルイス・マンフォード

 

 「ほとんどの建築家は建築について何も知らない。五百年もの間、建築はまがいものであり続けている。」 フランク・ロイド・ライト

 「建築家も医者や弁護士と同様色々である。いいのもいれば、悪いのもいる。ただ、不幸なことに、建築の場合、失敗がおのずと見えてしまう。」 ピーター・シェパード

 

 「建築家の仕事は、デザインを作り、見積をつくることである。また、仕事を監督することである。さらに、異なった部分を測定し、評価することである。建築家は、その名誉と利益を検討すべき雇主とその権利を保護すべき職人との媒介者である。その立場は、絶大なる信頼を要する。彼は彼が雇うものたちのミスや不注意、無知に責任を負う。加えて、労働者への支払いが予算を超えないように心を配る必要がある。もし以上が建築家の義務であるとすれば、建築家、建設者(ビルダー)、請負人の仕事は正しくはどのように統一されるのであろうか。」ジョーン・ソーン卿

 

 「建築家は、社会の、様式の、習俗の、習慣の、要求の、時代の僕である。」「建築家の人生は四五に始まる」 フィリップ・ジョンソン

 

 建築家とは何か。以上のように、昔から多くの定義や金言、椰揄や賞賛がある。いずれも、建築家についてなんらかの真実をついている。

 建築家という職能は、そうとう古くから知られている。ごく自然に考えて、ピラミッドや巨大な神殿、大墳墓などの建設には、建築家の天才が必要であった筈だ。実際、いくつかの建築家の名前が記録され、伝えられているのである。最古の記録は紀元前三千年ということだ。例えば、故事によれば、ジェセル王のサッカラ(下エジプト)の墓(ピラミッド複合体)は建築家イムホテプによるものである。もっとも、彼は単なる建築家ではない。法学者であり、天文学者であり、魔術師である。伝説の上では、ギリシャの最初の建築家はクレタの迷宮をつくったダエダルスである。かれもただの建築家ではない。形態や仕掛の発明家といった方がいい。ダエダルスというのは、そもそも技巧者、熟練者を意味するのだという。

 建築家は、全てを統括する神のような存在としてしばしば理念化される。ヴィトルビウスの言うように、建築家にはあらゆる能力が要求されるのである。この神のごとき万能な造物主としての建築家のイメージは極めて根強い。ルネッサンスの建築家たちが理念化した万能人、普遍人(ユニバーサル・マン)の理想がそうだ。レオナルド・ダヴィンチやミケランジェロ、彼らは、発明家であり、芸術家であり、哲学者であり、科学者であり、工匠である。多芸多才で博覧強記の建築家像は今日でも建築家の理想である。近代建築家を支えたのも、世界を創造する神としての建築家像であった。彼らは、神として理想都市を計画することに夢中になるのである。

 そうしたオールマイティーな建築家像は、実は、今日も実は死に絶えたわけではない。時々、誇大妄想狂的な建築家が現れて顰蹙をかったりする。建築家になるためには、強度なコンプレックスの裏返しの自信過剰と誇大妄想が不可欠という馬鹿げた説が建築界にはまかり通っている程である。

 A.ヒトラーがいい例である。彼は、二流の建築家であった。彼の建築狂いはA.シュペアーの『ナチス狂気の内幕』に詳しい。かって、建築家はファシストか、と喝破した文芸評論家がいたのだけれど、建築家にはもともとそういうところがあるのだ。

 一方、もうひとつ、広く流布する建築家像がある。フリー・アーキテクトである。フリーランスの建築家という意味である。この幻想も根強い。幻想というか、今でも建前として最も拠り所にされている建築家像である。すなわち、建築家は、あらゆる利害関係から自由な、芸術家としての創造者としての存在である、というのである。神ではないけれど、自由人としての建築家のイメージである。

 もう少し、現実的には、施主と施工者の間にあって第三者的にその利害を調整する役割をもつのが建築家という規定がある。上のジョン・ソーンの定義がほぼそうだ。施主に雇われ、その代理人としてその利益を養護する弁護士をイメージすればわかりやすいだろう。医者と弁護士と並んで、建築家の職能もプロフェッションのひとつと欧米では考えられているのである。

 まことに結構な理念なのだけれど、現実は、特に日本の現実は、そうはいかない。建築家というと土建屋というのが一般的イメージではないか。あるいは、山師のたぐいと思われている。高名な建築家が利権をめぐってスキャンダラスな週刊誌のネタになったりするのだから、自業自得の感もある。設計料をダンピングしたり、施工業者にバックペイを求めたりする建築家があとをたたないのだから、言語同断である。もちろん、そういうことを求める施主の風土もよくない。日本の場合どうも建築家の職能を認める社会の成熟がないのである。日本の場合、請負業の力が強かったということもある。そうした職能を制度化する法はいまだかってできない。建築家という職能は今日に至るまで未確立であるといっていいのだ。

 今日、建築家といっても、千差万別である。日本の場合、一級建築士、二級建築士、あるいはインテリアプランナーとかインテリアコーディネーターといった資格があるにすぎない。合わせると、七〇万人にものぼる。スター・アーキテクトから、建築確認申請の代願設計を専ら業とする町場の建築士まで色々なのである。

 フリー・アーキテクトというけれど、実態は全くそうではない。中小企業の社長にすぎない自称建築家も多いのである。また、ゲネコンの設計部や住宅メーカーといった企業内の建築家も多いのである。設計と施工を分離すべきかどうか、という問題は、戦前から問われ続けているのであるが、日本では、設計施工一貫の請負体制が支配的である。それ故、建築家の存在も実に複雑なのである。

 面白い本がある。『アーキテクト』という本だ。アメリカの建築界が実によくわかる。日本の建築家は、欧米の建築家の社会的地位の高さを口にするけれど、そうでもないのである。その最後に、建築家のタイプが列挙してある。日本でも通用しそうである。ひとりひとりの建築家を思い浮かべて当てはめてみるといい。

 名門建築家 エリート建築家  毛並がいい

 芸能人的建築家 態度や外見で判断される 派手派手しい

 プリマ・ドンナ型建築家   傲慢で横柄   尊大

 知性派建築家  ことば好き 思想 概念 歴史 理論 

 評論家型建築家  自称知識人 流行追随

 現実派建築家  実務家 技術家

 真面目一徹型建築家  融通がきかない 

 コツコツ努力型建築家  ルーティンワーク向き

 ソーシャル・ワーカー型建築家  福祉 ボトムアップ ユーザー参加

 空想家型建築家  絵に描いた餅派

 マネジャー型建築家 運営管理組織

 起業家型建築家  金儲け

 やり手型建築家  セールスマン

 加入好き建築家  政治 サロン

 詩人・建築家型建築家  哲学者 導師

 ルネサンス人的建築家

 

 今日、建築家といっても、ひとりで建築のすべてのプロセスに関わるわけではない。建築というのは、基本的には集団作業である。その集団の組織のしかたで建築家のタイプが分かれるともいえるだろう。そうした中で、注目されるのがC.アレグザンダーのアーキテクト・ビルダーという概念である。誤解をおそれずに言えば、現代における中世のマスタービルダーのような存在として理念化されるものだ。建築家は、ユーザーとの緊密な関係を失い、現場のリアリティーを喪失してきた。それを取り戻すためには、施工を含めた建築の全プロセスにかかわるべきというのである。上述したように、日本では設計施工の一貫体制が支配的であり、アーキテクトという概念が根付いていないから複雑なのであるが、アーキテクト・ビルダーという概念は検討に値しよう。建築家は単なるデザイナーでも、不動産屋でも、コピーライターでも、ドラフトマンでも、芸能人でもないのである。 

 



 

 

 

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