アヴィラ:布野修司編:世界都市史事典,昭和堂,2019年11月30日
L22インカ帝国の聖都
クスコCuzco,クスコ県、ペルー共和国República del Perú
先スペイン期あるいは先コロンビア期の最後にアンデスを統治したのがインカである。インカは,もともとクスコ(ケチュア語でQusqu'Qosqo)周辺を拠点とする集団で,12世紀頃部族として成立,クスコに小規模の都市国家(クスコ王国)を築いたとされる。インカは,ケチュア語でインティ(太陽)の子という意味で,王の名称である。
ケチュア族自らはタワンティン・スーユTawantin Suyu, Tahuantinsuyoと呼んだ。「タワンティン」は「4」,「スーユ」とは,州,地方,クニ(国)を意味する。4つの「スーユ」とは,クスコの北,旧チムー王国領やエクアドルを含む北海岸地方のチンチャ・スーユ Chinchasuyu(北西),クスコの南,ティティカカ湖周辺,ボリビア,チリ,アルゼンチンの一部を含むコジャ・スーユ Collasuyu (南東),クスコの東,アマゾン川へ向かって下るアンデス山脈東側斜面のアンティ・スーユAntisuyu(北東),クスコの西側へ広がる太平洋岸までの地域のクンティ・スーユ Contisuyu(南西)の4つを指す。
スペイン人は,占領の過程でクスコを徹底して破壊したとされる。しかし,ハトゥン・ルミヨック通りやロレト通りなど,剃刀の刃も通さないと言われるインカ時代の石壁は現在もそここに存在しており,かつての街区割りを復元できる(図1)。
クスコの平面形態について,しばしばプーマの形をしていると指摘される。北西のサクサイワマンSacsayhuamanの丘がプ-マの頭,2つの川が合流するプマチュパンPumachupan地区が尻尾で,中心広場ハウカイパタHuacaypataが腹部にあたる。
古代アンデスでは,猫科のプーマあるいはジャガーは聖獣とみなされ,神として,権力と支配のシンボルとして崇拝されてきており興味深いが,予めプーマの形を前提にして設計がなされたという確証があるわけではない。
このプーマ説の当否はともかく,クスコがインカの人々の一定のコスモロジーに基づいて計画されていたことははっきりしている。クスコは,タワンティン・スーユ全土を縮小するミニチュアと見立てられ,アナンHanan(上)クスコとウリンUrin(下)クスコの2つに,そしてさらに4つの地区に,チンチャ・スーユ(北西),アンティ・スーユ(北東),コンティ・スーユ(南西),コラ・スーユ(南東)に分けられるのである。フワカイパタを中心に,王,そして高官など身分の高いものが居住し,それぞれの地区にはそれぞれのスーユ(地方)の出身者が住んだ。素朴には,クスコは,フワカイパタという世俗的王権の中心,コリカンチャは宗教的中心という2つの中心をもつと理解できる。
ピサロはクスコ市設立を宣言すると,兵士たちおよび入植者たちのための街区を計画するが,クスコの市街地全体を大きくグリッド街区に改変することはしていない。教会あるいは修道院といった象徴的な建物は中心広場ハウカイパタ周辺に建設された。カテドラルが建設されたのはかつてインカの宮殿ヴィラコチャViracochaの場所である。ハウカイパタは 3つに分割された。一番大きいプラサ・マヨールはほぼ300ヴァラ四方である。
ピサロはリマを首都とするが,クスコは聖なる都市として,スペイン人とインカ人の統合の象徴であり続ける。しかし,クスコはインディオの襲撃を度々受け,また内戦が続いたために,さらに飲料水の問題があって,16世紀半ば頃は数百人のスペイン人が居住していたにすぎない。クスコが安定的に発展するようになるのは,フランシスコ・デ・トレドが着任して,インカ帝国を完全に滅亡させて以降である。リマの外港であったカジャオとポトシ銀山を結ぶ中継地となって以降である。1556年に,実に整然としたグリッド・パターンの都市として描かれたクスコの都市図が残されている(図2)。
17世紀初めにクスコは11の教区に分かれていたが,そのうちの8つはインディオの教区であり,人口は2万人に達しており,インディオはスペイン人の4倍であったと推計されている。1643年の地図が残されているが,市の北西の教区(サン・ペドロとサンタ・アナ)には草葺きのインディオの住居が建ち並んでおり,入植後100年を経てもインディオの町の雰囲気が維持されていたことがわかる(図3)。
クスコは,メキシコ・シティのように先住民の土着の都市を破壊せず,改造利用するかたちのスペイン植民都市のユニークな1類型である。
現在は人口約30万人の県都として、その歴史的景観を維持してきている(図4)。クスコ市街は、1983年、世界文化遺産に登録されている。
【参考文献】
『ペデロ・ピサロ・オカンポ・アリア-ガ ペル-王国史』大時代航海叢書第Ⅱ期16(岩波書店,1984年)
シエサ・デ・レオンCieza de Leo’n『インカ帝国史El Sen~orio
de los Incas』(大時代航海叢書第Ⅱ期15,岩波書店,1979年)
ホセ・デ・アコスタJose’ de Acista『新大陸の自然文化史Historia natural moral
de las Indias』
ベルナベ・コベBernabe’ Cobo『新大陸の歴史Historia del Nuevo Mundo』





0 件のコメント:
コメントを投稿