希望のコミューン
新・都市の論理
分散型自立組織としての都市ネットワーク
世界は,いま,大きく転換しつつある。
第一に,世界の歴史の大転換が進行中である。第二次世界大戦後の世界を規定してきた冷戦構造が崩壊(ベルリンの壁崩壊(1989年11月),ソ連邦の崩壊(1991年12月))して以降,本格的にグローバリゼーションの時代が到来する。ヘゲモニーを握ったのはアメリカ合衆国であり,世界随一の軍事力を背景にアメリカ合衆国によって世界が主導されていく時代が開始された。アメリカ合衆国のヘゲモニーは,しかし,21世紀に入って,9.11(2001)の同時多発テロ,イラク戦争(2003)によって揺らぎ始める。そして,リーマンショック(2008)が世界経済に深刻な打撃を与える。その一方で,大きく抬頭してきたのが中国である。北京オリンピック(2008),上海エクスポExpo(2010)を成功させ,中国が国内総生産GDPで日本を抜いて世界第2位となったのは2010年である。そして,アメリカ合衆国にアメリカ・ファーストを唱えるD.トランプ政権が誕生すると(2017~2021),イギリスのブレグジットBrexitなど自国第一主義を唱える経済ナショナリズムが世界各地で顕著になる。また,民主主義(自由主義諸国)vs権威主義(中国,ロシア他)という新たな世界秩序の構図が鮮明に浮上してきた。「一帯一路」vs「自由で開かれたインド・太平洋」という経済圏の囲い込みをめぐる対立構図がそれに重層する。
世界経済のヘゲモニーをめぐる米中の対立構造は,これからの世界史を大きく規定していくことになるが,これに割って入るかのように,ロシア連邦のウクライナ侵攻が開始された(2022年2月24日~)。第三次世界大戦を引き起こしかねないこの暴挙の背景には,プーチン大統領の強大であったソビエト連邦時代さらにはロシア帝国再興の夢があるとされるが,共通に問われているのは世界資本主義の行方である。世界はどこへ向かうのか,今のところ誰にも予測できない。
第二に,ICT(情報伝達技術)革命とインターネット社会の到来,そしてAIの出現がある。インターネットthe Internet(インターネット・プロトコル・スイートTCP/IP(Transmission Control Protocol/Internet Protocol)の起源は1960年代に遡るが,インターネットを用いて複数のコンピュータ・ネットワークを相互接続した地球規模の情報通信網の形成が開始されるのは1980年代後半であり,インターネットを基にした世界初のWWW(World Wide Web)が初めて実装されたのは1990年末である。そして,21世紀に入って,膨大なデータを保持,圧倒的な競走優位な立場に立った巨大なプラットフォーマーGAFAM(グーグル,アマゾン,フェイスブック,アップル,マイクロソフト)が出現する。インターネットが普及し始めた頃のWebがWeb1.0,すなわち読むだけのWebの時代,FacebookやTwitterが登場して双方向になってきたのがWeb2.0とされる。さらに,オープンAIによるChat Gpt(Generative Pre-Trained Transformer)が出現(2022),GAFAMが瞬時に追い上げ,あっという間に生成AIが社会に浸透しつつある。
第三は,世界史の転換どころではない。地球環境そのものの危機(転換)がフィードバック不可能な点にまで近づきつつある。「人新世Anthropocene」という言葉が一般的に流布することになったのは,オゾンホール関する研究でノーベル化学賞を受賞した(1995)パウル・ヨーゼフ・クルッツェン(1933~2019)が2000年に用いて以降であるが,46億年の地球の歴史に比すれば瞬時と言っていいホモ・サピエンスの活動が,地球の環境システム全体に影響を及ぼすことは驚くべきことである。
地球環境の危機の起源となるのは産業革命である。世界人口の幾何級数的な増加は産業革命によって引き起こされる。19世紀初頭の世界人口は約10億人と推定されている。それ以後の人口増加率の劇的変化は明瞭である。それでも20億人に達するまで(1927)100年以上を要したが,その後の人口増加はすさまじい。グレート・アクセラレーションと呼ばれるのは,化石燃料,とりわけ石油を大量に消費し出した20世紀後半以降である。そして,気候変動による異常気象は連動しており,わずかに思える平均気温の上昇が地球環境全体のバランスを崩し,転換点を超えてしまう恐れがあるということである。転換点とは,最終氷期(ヤンガードリアス期)の終結から現在にいたる1万年(完新世Holocene)とは異なる時代に移行する閾を意味する。仮にIPCC(気候変動に関する政府間パネル)が目標とする1.5°上昇以下に抑えられたとしても,産業革命以前に戻るには数百年はかかるとされる。
★
この大転換に際して,国際社会は右往左往,一致した方向を見いだせないでいる。193ヶ国が加盟する国際連合The United Nationsは完全に機能不全に陥ってしまっている。気候変動に関する政府間パネルIPCC(Intergovernmental
Panel on Climate Change)が国際連合環境計画UNEPと世界気象機関WMOによって設けられたのは1988年,リオ・デ・ジャネイロで「環境と開発に関する国連会議」(地球サミットCOP(締約国会議)1)が開催されたのは1992年であるが,気候変動,地球温暖化問題への各国の対応が遅々として進まないことは,スウェーデンの若き環境活動家グレタ・トゥーンベリ(2003~)が厳しく告発するところである。
本書が問いたいのは,近代の国民(民族)国家Nation Stateシステムに代わる世界システムである。世界共和国への道を見失って,自国第一主義に陥り,国家間の複雑にもつれた関係を解くことができない中で,国民(民族)国家に代わる基礎単位として注目するのは都市である。国家,中央銀行によるコントロールの不安定な枠組を超えて連携する都市ネットワークによる世界システム構築の可能性である。ブロックチェーンの技術を基盤として,仮想通貨,NFT(非代替性トークン Non Fungible Token)によって運営される,中央集権ではない分散型自立組織DAO(Decentralized
Autonomous Organization)のネットワークがそのイメージとなる。
1950年に25億3600万人であった世界人口は,1989年には52億3700万人で,50億人を突破したのは1986~87年とされるが,以降も人口増加はとどまることを知らず,ほぼ約12年毎に10億人増加して,2022年には80億人を超えた。今や人口1000万人を越えるメガシティは38都市(2019)[1]に及ぶ。このメガシティを産むのは,「差異」=格差拡大を駆動力とし,安価な労働力,物資を求めて,国境,制度,規制を超えて浸透していく資本主義システムである。分散型自立組織としての都市のネットワークが必要なのは明らかなように思える。
★
冷戦構造が崩壊して以降,ICT革命が進行,地球温暖化が加速してきた(グレート・アクセラレーション)時代は,ほぼ日本の平成時代(1989~2019)に重なる。オイルショックによって,高度成長期からの転換を余儀なくされた日本は,低成長かつ安定成長を前提とする社会編成に向かうかに思われた。しかし,1985年9月の先進5か国 G5 (米英仏独日)蔵相・中央銀行総裁会議における為替ルートの安定化(円高ドル安に誘導)の合意(プラザ合意)によって,高度経済成長期の再来かのような好景気が訪れる。しかし,1990年1月4日の大発会から株価の大幅下落が始まる。振り返れば,1986年12月から1991年2月までの51か月間がバブル経済期(平成バブル,平成景気)であった。以降,日本経済が回復することはない。日本経済の長期低迷期は「失われた30年」と言われる(吉見俊哉(2019))。
この間の日本の国際的地位の低下は覆うべくもない。日本の一人当たり名目GDP(国内総生産)は,1990年代前半にはアメリカ合衆国を抜いて世界一となった。しかし,バブル経済が崩壊した1992年以降,GDPの成長率は,年平均1%前後で推移する。2010年には国内総生産GDPは中国に抜かれて世界第3位になる。それどころか,日本の一人当たり国内総生産は世界28位(国際通貨基金2022,27位:世界銀行・国際連合2019)にまで低下している。日本企業の弱体化も明らかである。平成元年には,世界の上位50社のうち33社が日本企業であったのに,30年後には35位のトヨタ自動車のみとなっている。
財政破綻 債務残高GDP2倍超の異常,格差拡大,富裕層と貧困層の二分化,行政(官僚)システムの劣化 縦割り行政の硬直化,食糧・エネルギー自給率の過少化など,日本という社会,国家が抱えているクリティカルな問題については,本論で確認するが,本書が焦点を当てる最大のプロブレマティークは,東京一極集中と地方の空洞化である。加えて,日本が世界に先駆けて少子高齢化社会に向かいつつあるということがある。
日本の総人口は,2013年以降,減少に転じた。2070年には8700万人に減少すると推計されている(厚生労働省人口問題研究所2023年4月)。世界の総人口も21世紀後半には減少に転じることが予測されている。地球が「持たない」ことははっきりしているから,どのようなシナリオになろうとも,一極集中,貧富拡大の資本主義モデルとは異なる社会システムが必要とされていることは明らかであり,日本が世界に先駆けてその社会モデルを実現する大きな意味がある。分散型自立組織としての都市のネットワーク・モデルは,その大きな指針となる。
0 件のコメント:
コメントを投稿